23 仲間(ⅰ)
教官の誕生日は大成功に終わった。とてもとても満ち足りた、楽しい誕生日だったと思う。朝の光が差し込む自室のベッドの上でぼーっとしていても、その気持ちは消えていない。
目覚めたばかりのぼんやりする頭で昨日見た首都の夜景を鮮明に思い出しながら、手探りで枕元においてある携帯端末を取る。
ロック画面に表示されている日付は、当然1日進んでいる。つまり今日は……
「……富井の、誕生日」
―――だけど、何かが違う。
例年の富井は、自分の誕生日の朝、誰よりも早く起きて知り合いの部屋をすべて渡り歩いてプレゼントを要求する。そして1日中誰かに祝われるためにずっと誕生日の話をして、夜はご飯を食べに行こうと騒ぐ。
それなのに今年はどうしたんだろう。
確かに迷惑ではないけれど、とてつもない違和感を感じる。
視界を端末のカレンダーから自分の机に向け、可愛らしくラッピングされた箱を見る。―――紗也と一緒に選んだネックレス。毎年唐突にくるから安物しかあげられなかったけど、今年はちゃんと選んだのに。本当にどうしたんだろう。
とりあえず一通りの身支度を済まして廊下に出てみる。
そこに広がっているのはいつも通りの光景。でもそれが逆に不安になる。例年は、富井が自分のために自分でデコレーションした装飾品が廊下を彩っている。今思えば迷惑な話だけど、もはや慣れてしまった私からすれば違和感だらけなのだ。
「おはよう、藍ちゃん」
「あ、桜庭先輩。おはようございます」
しばらく呆然としていると、優しげな声が私を呼んだ。高等部3年生、学園トップとなった桜庭先輩だった。
桜庭先輩も今日の違和感に気づいているらしく、怪訝な表情であたりを見回す。
「……まりんちゃん、いないのね」
「そうですね……やっぱり、おかしいですよね?」
「うん、おかしい!あのまりんちゃんだよ?なんでこんなに大人しいの?」
「ですよね……!」
やっぱり今年はおかしいのだ。何より、富井本人に出会っていない。とりあえず富井の部屋を訪れる必要がありそうだ。
―――ということで富井の部屋まで来てみたはいいが。
「いない……?」
「居留守、ってわけじゃないよね……?」
居留守なんて使うような子じゃないし、使う意味もわからない。つまり本当にどこにもいないのだ。
ここまで来るとおかしいというより、むしろ不安になってくる。
「私、ちょっと探してきます」
「うん、お願いするね。私はもうちょっと待ってみるね」
「はい」
桜庭先輩と別れ、とりあえず射撃場へ向かう。富井がいるとすれば、そこが一番確率が高いと思った。
しかし残念ながら見当違い。射撃場には富井どころか人ひとりいなかった。しかし……
「火薬の匂い……さっきまで、誰かいたのね」
こんな時間からここを使う人なんて限られているはず。同級生なら、私か河原か富井の誰かしかいない。河原ならこんなに早く帰るわけないし、おそらく富井で間違いない。
しかし、その本人はここにはいない。本当に富井はどこへ行ってしまったんだろうか。
もしかして……
「私、避けられてる?」
そんなことは考えたくはないけれど、毎年真っ先に訪れる私のところに来ないし、そうとしか考えられない。
ならば、私がやるべき事は1つ。
「……探すしかないわね」
ポキポキと指を鳴らし、にやりと笑って射撃場を後にする。私は自分が不利になればなるほど燃えるタイプなのだ。
最初は部屋に戻り、居留守を疑う。寝ている可能性だって無きにしも非ず。
ちなみに桜庭先輩は既に自室に帰ったらしい。もしかしたら探しに行ったのかもしれないが、めんどくさがりのあの人が人探しなんてするとは思えなかった。
玄関の前に立ち、大きく息を吸って呼びかける。
「おーい、富井ー?」
返事はない。
「富井ー?起きてないのー?」
やはり、返事はない。
仕方が無い。こうなったら最終手段を使うしかない。本当はこんなことをしてはいけないんだろうけど、しょうがない。今回だけは許してもらおう。
カードキーというものはセキュリティの面で安全とされているけれど、その安全性には穴がある。やろうと思えば簡単にピッキングできるのだ。
ちなみにそれを知ってから、毎年自分の部屋のカギは、外出時は何重もロックをかけるようになった。
ほどなくして、ガチャリという音を立てて扉は開いた。
「おじゃましま~す……」
一応、小声で挨拶だけはしておく。何の意味もないけど。
思えば、富井の部屋に来たのなんていつぶりだろう。中に入ったのなんて中等部の頃以来かもしれない。
その時と置いてあるものこそ違えど、変わらない雰囲気の部屋。小物はピンク系統で統一されていて、その場にいるだけでめまいがしそうだ。
しかし残念ながらここに富井はいなかった。
他人の部屋に無断で入った時点でもう既に犯罪者だが、とりあえずたまたま紗也から貰った高級チョコレートが自分の部屋にあったので、それを持ってきて富井の部屋の机の上に置いておく。あと“ごめん”というメッセージカードも添えて。
「よし、いいでしょ、これで」
自分の頭の中で“いやいや、大丈夫じゃないでしょ”という声が聞こえたような気がするが、無視してしまおう。
次に向かったのは財前の部屋。
男女間での間違い、なんてこの学園では起こらないが、基本的に異性の部屋のある階への立ち入りは認められていない。
それでもこういう場所だから、緊急事態の時なんかは許可されている。まあ、今回も緊急事態ということでいいだろう。
実際、緊急事態じゃなくても私はよく河原の部屋に行くし、富井も財前の部屋に行く。逆もまた然り。要するにバレなければいいのだ。
チャイムを鳴らせば、ほどなくして財前が出てきた。寝起きらしく、出てきた財前は大あくびをしている。
「おはよー、藍」
「おはよう、財前」
「どーしたの?こんなに朝早く」
「朝早くって、もう10時になるけど……まあ、それはいいの。あのさ、富井来てない?」
「まりん?来てないけど?」
「そっか。なら、いいんだけど」
「どうかしたの?」
財前がきょとんとした顔をする。まあ、彼になら話してもいいだろう。
「……実はね、富井が今年は何もしてなくて」
「今年?……あ、今日ってまりんの誕生日か!俺もすっかり忘れてた!何も言わないんだもん!」
「でしょ!?本当にどうしたのやら……」
今度は2人で頭を悩ませる。やっぱり今年は変なのだ。
「……一也の部屋も、一応行っとく?」
「……うん、そうね」
富井1人で河原の部屋を訪れたことなんてないはずだけど、念には念を。
財前が着替えるのを待ってから、同じフロアの逆端にある河原の部屋に向かった。
河原とは、彼の部屋に行く前に会うことが出来た。
「あ、河原」
「え、葛西?それに、財前まで」
エレベーターホールで河原はエレベーターを待ってるらしかった。
「どうしたんだ、2人揃って」
「えっと……河原は富井見てない、よね?」
私と財前が見ていないんだから、河原だって見てないだろう。そう思いつつも質問したが、その返答は予想外のものだった。
「あー、富井なら上に行ったよ」
「え、あったの!?まりんに!?」
「あ、あぁ……射撃場で朝会ったからな」
やっぱり。彼女は射撃場にいたのだ。
「その後、富井はどこに?」
「さぁ。でも、初等部からいるわけじゃねぇ富井に軍人で親しい人がいた記憶もないのに、エレベーターで上に行ったから怪しいなーと思って、今から探しに行こうかと」
ナイスだ。ナイスすぎる河原。
財前と顔を見合わせ、頷く。
「一也、俺たちも行っていい?」
「いい?」
「あぁ、別にいいけど。……なんかあった?」
探るような河原の目。怪しんでいるわけじゃなくて、単に心配してくれているのだろう。
「いや、なんか避けられてるのかと思うことがあってね。それに、今日誕生日だし」
「あ、そういえば……。確かに今年は何もしてないな、富井」
「怪しくない?」
「まあ、言われてみれば」
河原の表情も徐々に曇り出す。その瞬間、エレベーターが軽い音を立てて到着した。
「よし、行こう」
「あぁ」
「うん……!」
まるで何かの探検隊にでもなった気分だ。まあ、あながち間違っていないような気もするし、それでいい。何としても本人から話を聞かなくてはならないような気がした。
とりあえず120階へと向かう。
教官は富井とは知り合いではないが、財前のバディとして顔くらいは知っているはずだ。
本当は、異性の部屋のある階に行くこと以上に、生徒がこの階へ立ち入ることは認められていない。しかし、私たちが教官の教え子であることと、彼の軍人としての位が高く、かつ最高司令部の所属であることをふまえられ、皆片目を瞑ってくれる。もしかしたら私たちの学年順位も関係しているかもしれないけど。
「確か、教官の部屋は……」
120階には、中心部に最高司令部、その周りに最高司令部所属の軍人の個別の部屋がある。
個人部屋のチャイムを鳴らせば、その部屋の主に連絡が入るらしいので、とりあえず教官の部屋を探しているわけだけど……
「うわぁぁ!どの部屋も同じ!分かんない!一也、藍、わかんないの!?俺そもそも三坂さんに教えて貰ってたわけじゃないし!」
「私も分からないわ……まさか、ここまで全部一緒だなんて……」
「……こうなりゃ、1つずつ乗り込むしか……!!」
「正気!?」
河原がそんなことを言いながら頭を抱えたのとほぼ同時に、私たち3人の頭が叩かれた。
「「「痛―――いっ!?!?!?」」」
目尻に涙を浮かべ、一斉に振り返ると、そこには怖い顔をした教官がいた。
「何やってんだてめぇら」
「教官……!!」
怖いなんて言葉じゃ足りない。まるで今しがた人を数人殺してきたような顔をしている。
「……何やってんだ、てめぇら」
同じことを、より怖い顔で繰り返された。
金縛りにでもあったかのように、体が動かない。さすが、上級軍人。
「あの、富井を探しに……」
財前が今にも泣き出しそうな声で訴えた。
すると教官は、珍しくきょとんとした顔をした。
「富井をか……?」
どうやらもう怒ってはいないらしい。河原もそれを察したらしく、これ以上機嫌を損なわないよう、大声で手本のような返事をした。
「は、はい!俺は今朝、上層部行きのエレベーターにのる富井に会ったんですけど、葛西と財前が富井を探しているっていうから、来てみたんです」
「それはたしかに妙だな」
「ですよね!?」
「あぁ。……実際、お前らは上層部でも顔がきく。お前ら、というよりは、初等部出身者というべきか。今の中等部、高等部の生徒の初等部時代の教官は、ほとんど軍人になっているからな。だが、中等部からの生徒は、どんなに順位が高くても、知り合いがいないから上層部には立ち入れない。まあ、普通は生徒は立ち入れないし、それはお前らも同じなんだが……俺も含め、自分の立場を利用することはできるからな。だから、富井がここにいるのは変だ」
「ですよね……本当にどこに行ったんだろう……」
「……まぁ、上層部に部外者が入ればすぐここに通知が来る。来てねぇってことは、ここには居ねぇってことだ。ということだから、さっさと帰れ」
「そうですよね~……はーい……」
財前の間延びした返事に続くように、私と河原も返事をして、エレベーターに乗り込みそのまま50階まで戻る。
「うーん、分からねぇ」
エレベーターから降りた河原の第一声はそれだった。激しく同意だ。
上層部にいる確率は極めて低いと思っていたけど、本当にいないなら他に見当がつかない。唯一の目撃証言だったのに。
でも、ここで突っ立っててもどうしようもない。
「しょうがない。こうなりゃ片っ端から探すしかないよね」
「そうね。せっかくの誕生日だし、祝いたいもんね」
「そうだな」
3人の意見が一致したところで、エレベーターのボタンの11を押す。この階には例の大図書館がある。富井は結構な確率でここにいる。
今回もそれを期待してみたけだが、どうやら見当違いだったようだ。どこにも富井の姿は見えない。
「ここじゃないの……?」
「むしろ、ここしかないと思ってたんだけどなぁ」
「しゃーねぇな、次だ次」
次に向かったのは、料理が苦手な富井がよく夕食を食べに行くレストラン。ここのウェイトレスと富井は顔見知りだ。ちなみに私達も時々行くから、顔くらいは知られている。
入口にいたウェイトレスに富井を知っているか尋ねると、知り合いだと言われたので、今日富井を見ていないか尋ねた。
「まりんちゃん?今日は朝から見てないけど……」
しかし結果は空回り。
「まりんちゃん、今日誕生日でしょ?」
肩を落とす私たちにウェイトレスが声をかけた。
「あ、はい」
「でしょ?だから、サービスしてあげるって言ったらものすごく喜んでくれたから、夜は来るかもしれないわよ?」
「そうなんですか?それじゃ、また夜に来てみます」
「ええ、ぜひ」
ウェイトレスの気遣いに感謝しつつ、ますます深まる謎に頭を悩ませる。
その後も何軒か思いつく店や場所をめぐり、本部だけでなく植物園などにも行ってみたが、結果は言わずもがな。
シェルター越しの空は既に真っ赤だった。ふと、1年ちょっと前に教官と空の話をしたことを思い出した。
あの時の教官は、私たちを“別の誰か”と重ねてみているような気がしていたけど、よくよく考えれば当たり前だ。
援軍で多くの仲間を失って、無意識のうちに仲間を懐かしんでいたに違いない。それに、私たちを見てかつての自分たちを、思い出していたのかもしれないし。
たった1年前のことなのに、当時の自分がいかに子供だったかと思う。きっと1年後の私は、今日の私のことを子供だと揶揄するのだろう。
そんなことを考えていると、突然心に何かが引っかかった。でも、その何かがわからない。
何かの単語が引っかかる。……1年前?1年後?そんなものじゃない。もっとよく使う……
「あっ……!」
突然叫んだ私のことを、河原と財前が驚いた顔で見た。
「な、なんだよ?」
「どうかしたの?」
「わかったの、河原、財前!私、富井がいるところがどこか!」
財前が肩を鷲掴みにする。頭がふらふらする。
「どこ!?!?」
「財前、ちょっと……!」
「葛西が死ぬぞ?」
「あ、ごめん」
「いや、大丈夫だけど」
「で、どこなんだよ?」
財前のせいで乱れた呼吸を整える。
「……上層部」
私の回答に、2人は虚をつかれたような顔をした。
「上層部って、朝行ったじゃん」
「まさか、教官が嘘ついてるって思うのか?」
信じられないという顔をする2人。私は大きく頷く。
「きっと教官は私たちを試したの」
「試した?」
「うん。だって、教官って……富井のこと、“富井”って呼ぶ人だった?」
「あっ!」
河原も気づいたらしく、小さく声を上げた。唯一わかっていない財前だけが首を傾げる。
「え、どういうこと?」
「あのね……教官、いつも富井のこと“財前のバディ”とか“彼女”とかって呼ぶの。顔は知ってるはずだけど、呼び方はずっと変わらなかった。なのに、なんで今日は“富井”って呼んだの?」
「それは、まりんがその場にいなかったから、とかじゃなくて?」
「富井がいねぇときでも、俺たちの前じゃ絶対“富井”なんて呼んだことねぇんだよ」
「言われてみれば、確かに……!で、でも、証拠としては弱いんじゃない……!?」
「でも、行ってみる価値はある」
私の一言に、河原と財前が大きく頷いた。
そして、私達は上層部行きのエレベーターに乗り込み、120のボタンを押したのだった。




