21 花束
―――2041年、夏。
8月上旬。夏本番。
照りつける太陽光線は、シェルター越しだろうがそうでなかろうが関係なく強い。建物の外にいるだけで体力を奪われてしまう。
教官の誕生日まであと1週間。当日は島の外のレストランを予約して、そこでお祝いする予定だ。もちろん幸那さん達も協力してくれている。
その準備として、今日の私たち3人はそれぞれ買い物に出かけている。私の担当は花束だ。
花屋へ足を運び、カラフルな花々を眺める。花は癒されるから好きだったりする。
それにしてもカラフル、カラフル。どこを見ても鮮やかな花々。
「何かお探しですか?」
「あ、えっと……」
ぼーっと眺めていると店員さんに声をかけられて、思わず肩を震わせる。
「あ……えっと、プレゼント、なんですけど……」
「わあ、プレゼント!素敵ですね~!どんな方なんですか?」
「初等部時代の教官で……」
花なんて似合わなそうな顔をしてるのに、妙に花束を持つ姿がしっくりくる、あの立ち姿を思い浮かべる。
「そうなんですね~!じゃあ、感謝の気持ちがこもった花束、お作り致しますね!決まりましたら声をかけてください」
「はい、ありがとうございます」
そう言って微笑んで別のお客さんのところへ向かう店員さんの後ろ姿を見送る。
「そういえば……」
色とりどりの花を見ていると、ふと思い出す。
「教官は、花言葉に詳しかったっけ」
そういうのも、考えた方がいいのだろうか。教官、変なところ細かいし。
失礼な花言葉の花を贈るよりは、ちゃんと調べた方がいいだろう。
そう思い端末の検索機能を開いて、花言葉、と打ち込む。
明るい恋の花言葉、悲しい恋の花言葉、尊敬の意のこもった花言葉など、たくさんの花言葉がでてきた。この中からどれを選ぼう。
「流石に恋の花言葉は除外だけど……これなんかはいいかも」
紫のフリージア。花言葉は“憧れ”。私たちの気持ちのこもった花言葉だ。
他にもスイートピーの花言葉は“優しい思い出”、ガーベラの花言葉は“常に前進”。綺麗でかつ素敵な思いのこもった花々がでてきた。
さっきの店員さんを見つけて、花束作りの話をすすめる。
「フリージアとスイートピーとガーベラですか?」
「はい。その……変ですか?」
「いいえ、全然!可愛いと思います。あ、でも……私のおすすめも付け加えてもいいですか?」
「おすすめ?」
小首をかしげると、店員さんはふふっと笑ってそばにあった花を一輪取り出した。
「フウリンソウ、っていうんです」
「フウリンソウ……?」
「はい!お客様、花言葉で花を選ばれてましたよね?」
「気づいてたんですか!?……ってそりゃ花屋さんですもんね、当然か」
「えへへ、もちろん。それでこのフウリンソウなんですけど、花言葉は“感謝の心”っていうんです」
―――感謝の心。私が、私たちが今、教官に一番伝えたい気持ちだ。なんてぴったりなんだろう。可愛い小さめの花は控えめだけど、花束に華やかさが増したように思う。
「ありがとうございます。じゃあ、それも追加で」
「ありがとうございます!お役に立てて良かったです。ではお作りしてきますね」
爽やかな笑みを浮かべて会釈して、店員さんは店の奥に消えた。
それにしても花屋の店員さんの花言葉の知識は、一体どれくらいなんだろう。教官も詳しいようだし、勉強してみたら楽しいかもしれない。
花束ができるまでもう少し店内を見て回っていると、もう1つ大切なことを思い出した。
「そういえば、教官の誕生日の翌日って……富井の誕生日じゃなかったっけ……?」
端末の中にあるスケジュールを開く。……やっぱり。
毎年祝え祝え、と1ヶ月前から言われるから忘れなかったけど、今年は何故か言われないからすっかり忘れるところだった。
でも、なんで今年は言ってこないんだろう?まあ、思い出したからいいけれど。
ほどなくしてカラフルで可愛らしい花束が出来上がった。我ながらいいチョイスだと思う。
それを受け取って部屋に帰って、花束だけ机においてまた部屋を出る。
「あ」
「お?」
私の部屋の扉が開いたのと全く同じタイミングで、少し遠くの同じ列の扉が開いた。中から出てきたのは紗也。しかし、その紗也を見て言葉を失った。
「さ、紗也!?その髪……!?」
「あー……えっと、気分転換、的な?」
目の前にいる紗也は、いつもの見慣れた高めのボニーテールではない。かといって下ろしているわけでもなくて、短いボブカットになっていた。
似合ってないわけじゃないけれど、とても変な感じだ。
「なるほどねぇ……生まれてこの方、ずっとロングの紗也しか見てこなかったから、変な感じだけどね、似合ってるよ」
「そっかそっか!ありがとう!藍に褒められると、なんか信じらんないけど!」
「はあ?なによそれ」
「えへへーっ」
―――よかった。余計な心配かもしれないけれど、ちゃんと笑えるようになったんだと思うと、こっちが嬉しくなった。
そんなことを考えていると、不意討ちで紗也肩を組まれて驚く。
「な、何?」
「んでんで?藍ちゃんは何故一度部屋に入って、また出てきたのかなー?」
前言撤回。こいつは少しくらいしおらしい方がいい。
「目ざといわね……」
「ふふふっ、それでー?なんでなの?」
「……まあ、別に隠すことじゃないしいいんだけどね」
そもそも紗也も誘おうと思っていたし。
「一度部屋に入ったのは、荷物を置くため。そして出てきたのは、富井の誕生日プレゼントを買いに行くためよ」
「え、まりんちゃんの?」
「そう、富井の」
そういえば、紗也は去年の誕生日はまだ微妙な関係だったし、それ以前は最悪な関係だったっけ。知らなくても当然か。
「紗也もくる?っていうか、誘う予定だったんだけど」
「もっちろん!行こ行こ!」
「よし、じゃあ決まりね」
2人でエレベーターに乗り込んで女性用フロアへ向かう。
「何買うの?」
「うーん……実は毎年、何が欲しいってねだられてたから迷わなかったんだけどね。今年は言われないから」
「なんでなんだろうね、言わないなんて」
「そこが、謎なのよね……」
悩んでもどうしようもないので、とりあえずフロアにおりて、お店を外から見てまわる。
なにかいいものが見つかるといいけど。
最初はアクセサリー専門店。
校則ではピアスは禁止されていないけれど、富井は穴を開けていない。
「ねー藍ー、イヤリングはー?」
「ネックレスの方が富井はつけそうだけど……」
「あー、たしかに。じゃ、それキープで次行こ!」
紗也に手を引かれて次にやってきたのは、雑貨屋さん。
「ボディローションは?いい香り!」
「どれどれ……本当だ。フルーティーね」
「じゃ、これもキープ!はい次!」
「ちょ、ペース早くない……!?」
最後は服屋さん。ふわふわしたものなら富井は基本的に何でも着る。
「スカートは?」
「ワンピースっしょ!」
「ならキュロット」
「ブラウスもいいっ!」
片っ端からふわふわした、パステルカラーの服という服を漁る。
結局候補は黄色のシフォン素材のワンピースになった。
候補は3つ。
ハートのチャーム付きのネックレス、ピーチの香りのボディローション、そしてワンピース。
富井と私の意見は、はたして一致するのか。「藍、私は、ネックレスがいいんだけど」
「……ふふっ、奇遇ね。私もよ」
「おぉ、よかったぁ!じゃ、決まりだねっ!」
珍しく一致した意見にほっとしながら、アクセサリー専門店に戻ってネックレスを買い、ラッピングしてもらう。
初めて自分で考えて買ったプレゼントだから、少しでも気に入ってもらえたら、なんて思う。
「それじゃーね、藍」
「ええ、また」
富井のプレゼントは紗也に預けて、今度こそ部屋に帰り、ベッドにつっ伏す。
そういえば冷房をつけたままにしてたっけ。肌に触れる冷気が心地いい。
冷蔵庫の中から冷えたミネラルウォーターをとりだして丸々1本飲み干せば、生き返ったような心地がした。
しかし、私にはさらに決めなくてはならないものがある。―――教官の誕生日の時に着る服だ。
予約したのは高級レストランだけど、さすがに制服は堅いし、かといってカジュアルな格好もできない。でもドレスもちょっと場違い。まあ、ドレスなんてもってないけど。
「うーん、どうしたものかなぁ……」
こういうとき、自分の服のレパートリーの少なさを恨む。個人順位もバディ順位も高いおかげで、お金に悩む事はないけれど、ほとんどは武器の手入れや購入に費やしてしまうから、服なんて必要最低限のものしか持っていない。
「……しょうがない。買いに行くか」
こうして私の本日3度目の外出が決まったのだった。
やってきたのは女性服売り場。手ごろなものから高級ブランドまで幅広く取り扱っている。その中から手頃で落ち着いた雰囲気のお店を選んだ。
「何かお探しですか?」
本日二度目のフレーズ。顔を向けると、おしゃれな女性がにこやかに微笑んでいた。
「ドレスコードのあるレストランに行くんですけど、その服を……」
「なるほど~。それでしたら、こちらはどうですか?」
そう言って彼女は少し遠くから、一着のワンピースをもってきた。首元に控えめなリボンがあしらわれたAラインの紺色のワンピースは、品があって、それでいてかわいらしい。
「わぁ……素敵」
「でしょう?これなら大人っぽくなりすぎることもないし、どんな場にも合いますよ」
さすが。アドバイスが的確で早い。
「それじゃあ、これ、お願いします」
「はい、ありがとうございます!」
優秀な店員さんのおかげで、三度目の買い物は予定よりもずっと早く終わった。
それにしても服を買うなんて一体いつぶりだろう。本当に興味がなさすぎて、毎年同じものばかり着ている気がする。まあ、ここでは流行なんてないし、気にする質でもないからいいんだけど。
丁寧にたたまれ、紙袋に入れられたワンピースを受け取って、今度こそ部屋でゆっくりするため、今一度もう予定はなかったか確認する。
「教官への花束、富井の誕生日プレゼント、レストランの服……よし、完璧ね」
ちゃんと確認してからエレベーターに乗り込む。そして自分の部屋のある階のボタンを押そうとして、手が止まる。
「時間は、まだあるよね」
夕食は適当にあるもので作ればいい。味噌汁とご飯くらいは作れるはずだ。なら、向かう先は1つ。
ポーン、と軽い音とともに開いたドアの先に広がるのは、いつもと同じ射撃場。
やっぱりここがなんとなく落ち着くし、ここに来なくては―――というよりは、1日1回はライフルに触れなくては、なんだか落ち着かないのだ。
買ったワンピースを後ろに置いて、ロッカーの鍵を開け、置いておいたライフルと耳栓などを取り出す。シェルター内でこの射撃場だけ例外的にライフルや拳銃を使える。まあ、床の白線の内側だけ、という制限はあるけど。
背景の設定を“廃墟”にして、ライフルを構える。普段は遠くの的を狙う練習射撃だけど、シュミレーション射撃もたまにはいい。
遠くの的、近くの的、すべて気を抜かず狙い撃つ。設定のせいで薄暗いけれど、そんなの関係ない。上を狙うなら、こんなところで躓くわけないはいかない。
「はぁ……はぁ……だいぶ……ハードだな……これ……」
制限時間10分の間で、一体何発撃っただろう。
確かに最高難易度に設定したけれど、まさかここまでとは。初めてやった高等部のシュミレーション射撃は、想像よりはるかにハードだった。
伝う汗はそのままに、ライフルを軽く手入れして片付けて、壁に寄りかかる。壁の冷たさが心地いい。
ほとんどは中心を撃ち抜けたと思うけど、百発百中とはいかなかった。でも富井なら、河原なら―――とは、思わずにはいられない。
きっと去年の私だったら、ここでまたヤケになってしまっていただろう。
でも、今ならわかる。自分の弱さを完璧に理解出来たわけでもないから、突然泣く自分に嫌気がさしたり、自分に実力不足を感じることも多い。
だけど、私には河原というバディがいて、富井と財前という仲間がいる。それは今も昔だって変わらないこと。そう、彼らはライバルではあるけど、敵ではない。仲間なのだ。
「とりあえず、今日は帰ろう……」
そう誰にともなくつぶやいて、未だに伝う汗を手の甲でぬぐい、立ち上がった。その瞬間、突然視界が揺らいだ。
「うわ……っ」
とっさに片手を壁についてなんとかこらえる。
「ふぅ……セーフ」
「ははっ、大丈夫かよ」
ほっと胸をなでおろしたのと同時に背後から聞こえた声に、胸が激しくはねた。
「河原……!いつから、そこに!?」
ニヤリと笑った河原は、今しがたエレベーターからおりてきたところらしかった。ゆっくりこっちに歩み寄ってくる。
「いつから、って……最初から?」
「え、嘘!」
「ああ、嘘だよ」
「もう……」
「ははっ、でもシュミレーション射撃してるのは見たぜ。だから一旦射撃場から出て、これ買ってきた。ほら」
「わっ」
突然頬に感じた冷たさに思わず声が出た。
「な、何?」
「オレンジジュース。好きだろ」
「好きだけど……わざわざ?」
「まあ、バディですから?」
「……そっか」
ひんやりと冷えたオレンジジュースを受け取って、包み込むように持つ。火照った体がみるみる落ち着いていくのがわかった。
ここにいる、ということは河原もこれから練習するんだろう。邪魔をするわけにはいかないし、私もそろそろ部屋に帰りたい。
そういえば、1つだけ聞きたいことがあったっけ。
「河原、教官へのプレゼントは買ったの?私は花束、財前はメッセージカード、河原はプレゼントだったはずよね?」
「ああ、もちろん。ネクタイを買ったよ。最高司令部は制服じゃなくてスーツを着る機会も多いみたいだし」
「なるほど、それはぴったりね。ありがとう」
そう感謝を述べれば、河原は笑っておう、とだけ言った。
「それじゃ、私はこれで」
今度こそ紙袋を手に取り、エレベーターに乗り込む。河原は律儀にも見送ってくれた。
「いいのに、わざわざ」
「逆だったら葛西だって見送るだろ」
「まぁ……」
「じゃあ、そういうことだよ」
そういうことってどういうこと、だなんて聞くような関係じゃない。小さく笑みをこぼせば、向こうも笑った。
「じゃ、また今度」
「ええ、また」
エレベーターの“閉”のボタンを押すと、扉は当たり前だけどすーっと閉じた。完全に閉じたドアをしばらく見つめ、ようやく50のボタンを押す。
部屋に戻るやいなや、私は袋を床に置き、ベッドに横たわった。
今日はそれにしても忙しい日だった。それに、本当にいろんな人に会った。あんなに知らない人と会話することなんて、滅多にない。
「でも、楽しかったな……」
そうつぶやいて瞳を閉じる。もう夜ご飯もシャワーもいいや。明日の朝ぜんぶやろう。
明日はきっと素敵な日になる。机の上に置かれた花束を眺めていると、そんな確信がもてた。




