16 プレゼント
―――2041年、春。
新学年最初の日、私は部屋の扉を何度も叩く音で目を覚ました。
一度ならまだしも、何度も何度もしつこくノックしてくるのは彼女くらいなものだろう。
「おーい、藍、起きてないのー?」
変わらない甘ったるい声を聞いて、それは確信に変わる。
そういえば1年前も同じようなやりとりをしたような気がするのは私だけだろうか。1年前の私は、高等部での生活に期待と不安を抱いていたっけ。そんなことを思い出し、思わず1人で笑ってしまう。
「はいはい、起きてるから」
玄関の扉を開けると、そこにいたのはやっぱりいつもの2人―――富井と紗也だ。
あの出来事以来、この2人は一緒に行動することが多くなった。故に今朝も聞こえる声は富井のものだけだけどもしかしたら、とは思っていたのだ。
制服を着ている2人とは対照的に、部屋着のままの私。それを紗也が見逃すわけが無い。
ニヤニヤと表情を緩ませて、面白がる口調で尋ねてくる。
「藍、もしかして、今起きたの?」
―――全く、一体誰のせいだと。
意地の悪い笑みを浮かべた紗也の相手を寝起きにするのは面倒なので、素直に認める。
「うん。まだ寝てても間に合うし」
「でもさでもさっ、新学年だよ?早く学園行こうよーっ!」
隣に並ぶ富井は、まだ早朝だというのに既にテンションが高い。いつも高いが、今はそれよりもさらに高い気がする。
「富井は、なんでそんなにテンション高いのよ…?」
眠い目を擦りながら尋ねれば、富井はそうだった、と手をたたいた。
「藍っ、これから紗也ちゃんとまりんと、藍で朝ごはん、食べに行こっ!新たな旅立ちを記念してっ!」
「朝ごはん、って……今から?」
「今から以外にいつがあるの?」
紗也に言われて確かに、と思う。
急な話だけど断る理由はない。確かに今日は富井の言う通り、新しい旅立ちだ。
―――去年、未来へ向けて新たな一歩を踏み出した私たちは、少なくとも二、三歩は確実に進むことが出来たと思っている。でもそれは、たくさんの仲間の屍の上の一歩だということを忘れてはいけない。
そのさらに次の一歩を今年、踏み出す。その旅立ちが今日だ。
「分かった。制服に着替えるからちょっと待ってて」
「やったー!わかった!」
「5分ね、5分!」
「はいはい、分かった分かった」
はしゃぐ2人に苦笑しながら一旦扉を閉め、急いでクローゼットを開く。
形状記憶素材のブラウスはアイロンをかけなくてもパリッとしている。その中から1枚を手に取り、スカートとセーターとネクタイ、靴下も掴んで手早く着替える。
最近は射撃場に行くために訓練着を着てばかりだったから、久しぶりの制服は少し動きにくい。
その他諸々の身支度を整えて再び扉を開けば、そこには満面の笑みで待ち構える2人。
「すごいっ、きっちり5分だよ藍っ!」
「図ったみたいだねぇ、本当に」
「まあ、初等部のときに教官に時間感覚は叩き込まれたから」
「あー、三坂さんか。あの人厳しいもんね」
「実際甘いところもあるんだけどね。さて、行こうか」
「うんっ!」
富井が私と紗也の手を引いて走り出す。どこに行くのかすら知らないけど、なんだかとても楽しい。
富井に手を引かれてたどり着いたのは10階にあるおしゃれなカフェ。
軍の女性軍人がよく利用しているのを見るが、私は機会もなかったので行ったことはなかった。それになんとなく、もっと大人が行く場所のような気もしていたし。
「まりんちゃん、ここは入るの?」
「うん!あれ、もしかして和食が良かった?」
「いや、まあ、大丈夫なんだけど」
さすがの紗也も少し戸惑い気味。しかし富井本人は気にする様子はない。
まあ、モタモタしていたら始業式に遅れてしまうし、店の前でうろうろするのも目立つので、ここは早く入ってしまうべきだろう。
店の中には朝もまだ早いというのに、かなりの人がいた。ほとんどが女性の若い軍人で、ネクタイを締め、肩にフリンジのついた飾緒付きのカッチリとした軍服を着ている。その中で制服を着ている私たちはかなり目立った。
少々肩身の狭い私と紗也とは違い、富井は好きなものを頼みだす。
「フレンチトーストと、スープのセットと、あとドリンクはコーヒーのミルクがたっぷり入ったやつで。あと、デザートにこれ、ケーキセット!」
「ちょ、富井、いくらなんでも頼みすぎじゃない!?まだ朝だし……」
「甘いね、藍!朝だからこそたっくさん食べなきゃだよ!ねっ、紗也ちゃん?」
「それは、一理あるかも、だけどさぁ」
しかしここまで来て何も頼まない、なんてことはできない。普通にお腹は空いているので、私と紗也はパンケーキセットとオレンジジュースだけ頼んだ。
「そんなので足りるの、2人とも?」
「今日は実践ないし、授業もないから多分」
「同じく」
「うー、確かにそうだけどさぁ。まあ、人の注文に文句つける気もないしいいや。それに、またゆっくり来ればいいもんね!」
「あはは、まりんちゃんまた来る設定なんだ」
「もっちろん!また3人で来ようね!」
富井の不思議なところは、彼女に何の屈託もない笑顔でそう言われると、悩んでいたことがどうでもよく思えてしまうことだ。
富井は純粋にカフェを楽しんでいるんだから、私達も楽しむべきだろう。
「うん、そうだね。私もまた、富井と紗也と来たいよ」
だから私もちょっとだけ、素直になってみる。
「うわぁーっ、ゆっくりしすぎたーっ!!」
「ほら、言わんこっちゃない!」
「とにかく急ぐしかないっしょ!」
―――しかしまあ、楽しい時間を過ごしたはいいが、見事に時間を忘れてしまった。
始業式はいつもよりは少し遅く始まるからまだ助かった。これが通常授業だったら遅刻は免れない。
上の階に上がるだけなのに遅刻ギリギリだなんて、本当にゆっくりしすぎた。でも、後悔はしていないから、本当に楽しい時間を過ごせたのだろう。
ギリギリで体育館に駆け込む。
まだ整列はしていなかったようで、隅の方に河原と財前を見つけた。
「おーおー、お疲れさん」
「珍しいね、藍も紗也ちゃんもいるのに遅刻気味って」
「ちょっと大空、それまりんに失礼じゃない!?」
「うわっ、ごめん!」
財前の失言で始まったバディ喧嘩はいつものことなので無視して、残りの3人で話を進める。
「で、なんで遅刻したんだ?」
「遅刻じゃないからね、河原。そこは間違えちゃ嫌だよ~」
「はいはい、ごめんごめん。で、なんで?」
「朝食を3人で食べに行ってたらね、遅れちゃって」
「なるほどねぇ。葛西も井上も時間を忘れるくらいには楽しかったわけだ?」
「まあ、そうなるかなぁ。ね、藍」
「あー、うん、まあそうね」
河原は相変わらず変なところをついてくる。間違ってないから否定のしようがないけど、でも肯定するのも少し恥ずかしい。
富井本人がこの話を聞いてないのがせめてもの救いだ。
その後、軍の最高司令部の人がやってきて挨拶をして、教官たちから1年間の諸注意が行われ、自由解散となった。始業式はこれで終わり。
帰り際、わかりきってはいるが、クラスを一応確認する。
「一也、大空、藍……そして、まりんもAだね、変わらずに」
「まあ、順位変動も去年なかったしな。当然の結果だろ」
「でもまぁ、同じクラスなのはよかったよね」
「ええ。今年もよろしく、ってことで」
そこで富井と財前とは別れ、河原と2人向かうのは100階。
「ったく、始業式の日に呼び出すなんてな。向こうも忙しいだろうに」
「大人になれば4月は1日が一番忙しいんだってさ」
ポーン、と軽い音をたててエレベーターが停止する。
開いたドアの向こう、フリースペースの一角でPCのキーボードを目にも留まらぬ速さでタイピングしている教官が、今から私たちの会う相手だ。
「教官、1ヵ月ぶりくらいですね」
「ん……あぁ、葛西と河原か。悪いな、呼び立てて」
「いえ。それより教官の方が疲れてるようですけど」
「あぁ、まぁ……大人には色々あるからな。ちょっと待ってくれ、これだけ終わらせたいんだ」
そういいながら目頭をつまむ教官は、見るからに疲れている。眼鏡の奥の瞳は虚ろだし、ワイシャツもくたびれて見える。
黙々とキーボードを叩く教官を見て、河原と顔を見合わせる。
「あの、教官……後日でもいいですよ?疲れてるみたいですし」
「ていうか徹夜続きですよね、その顔。何徹ですか」
「……3日……って、そんなのはよくあることだから気にするな。大丈夫だから、あと2分待ってくれ」
教官にそう言われてしまえば私も河原も待つしかない。
そしてきっちり2分後、教官はPCを片付け、私と河原に向き合った。
「悪いな、呼びたてておいて待たせて」
「全然大丈夫です。それよりも教官の方が大丈夫ですか?」
「あぁ。さっきも言ったが慣れているからな。本題に早速入ってもいいか?」
「ええ、もちろん」
コーヒーを一口飲んだ教官は、自分のカバンの中から細長い箱を2つ取り出した。
「これをお前らに渡そうと思ったんだ。いい加減、もうガキじゃないしな。まあ俺からの10年分の誕生日プレゼントとでも思っておけ」
そう言って手渡された箱を開けると、そこにあったのは銀色のクロスのついたネックレス。クロスなんていかついものがデザインされているのに、すごく上品。河原は金色の同じものだったらしく、2人で驚いて顔を見合わせる。
「教官、これ……」
「不満か?」
「そんなことないです!あ、ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「気に入ってくれたなら、まあよかった」
そう笑って言いながら教官は、シャツの下から同じデザインの黒色のネックレスを取り出した。
「お前らは、その、あれだ……俺にとって家族みたいなもんだと、思ってるからな」
下りのエレベーターの中にて。
河原と2人、首元に光る貰ったネックレスを見て、思わずにやける。
「いやぁ……びっくりしたな。すごく嬉しいけど」
「……うん、そうだね。私たちのこと、あんなに考えてくれるなんて、本当にありがたいよね」
あの後、ネックレスを渡すという目的を達成した教官は崩れ落ちるように寝てしまった。
生憎100階には人がいなかったので、迷惑だとは思いつつも聖菜さんに電話をして、迎えに来てもらった。
教官を迎えに来た聖菜さんは、爆睡して全く起きる気配のない教官を見て、呆れたようにため息をついた。
―――あらあら、また無理したのね。昔みたいに若くないんだから……私もあなたもね。
そう言いつつもちゃんと最高司令部の人に連絡をしてくれたらしく、私たちは彼女のもう大丈夫よ、を聞き届けてからその場を去った。
教官と私たち。
初等部、中等部のころは毎日と言っていいほど会っていたのに、高等部に上がってからは全然会えなくなった。
それで関係が変わることはないのは分かっていた。それでも不安に思っていたのは否めない。でも、それは教官も一緒だったのだ。
そう思うと、ちょっと恥ずかしくて、でもとても嬉しい。
河原とも別れ、寮の自室の鍵を開ける。
電気を点け、紙袋からさっきもらった長細い箱を取り出し、舐めるように見つめる。
教官がくれた、プレゼント。
じわじわと実感となってやってきた嬉しさにいてもたってもいられなくて、思わずベッドに飛び込む。
「嬉しいなぁ….…」
このネックレス、どうしようか。実践で付けるにはもったいない。でも、お守り代わりにもしたい。
考えれば考えるほど悩ましい。ああ、なんて幸せな悩みなんだろう。
結局、少しもったいない気もしたけれどとりあえず明日の実践につけていくことにした。
訓練着の下につけておけば壊れることはないだろうし。今後のことはまた明日考えよう。
「明日、なんだか楽しみだなぁ……」
悩みが消えた途端、襲ってきた眠気。
ぼんやりとシャワーは明日の朝でいいか、なんて思いながらその眠気に身を任せる。意識がまどろみの中に消えるのに時間はかからなかった。
翌日、実践にて。
お互いの胸元に光るものを見て、河原と顔を見合わせて笑う。
「葛西、付けてきたのかよ!」
「え、河原も!?」
お互い驚いて、でもバディなんだから考えることも似るんだろう、ということで落ち着いた。
結局私も河原も、このネックレスをお守り代わりにしたというわけだ。
今年度最初の実践。
長い春休み期間中も訓練を怠らなかった成果が出ている。長期休暇明けだというのに体が軽い。体も、心も軽い。
「葛西ッ、右だ!」
「オッケー!……そこねっ!」
焦点を合わせ、トリガーを引く。
今回は障害物なんかのせいで仕留められこそしなかったけれど、手応えは十分。おまけにこちらは無傷。
「お疲れ、河原」
「ん、葛西もな」
鳴り響くブザーを聞き届け、定位置のビルから降りる。その最中、河原があっと声を上げた。
「え、何?」
「いや、そっか……もう2年生か……」
「うん…?だから、それがどうかしたの?」
「いや、実践の時間が3時間目に変わったから、この後もまだ授業あるのかよ……」
「はぁ?なんだ、そんなこと?」
「そんなことって、重要だろ!こんなにお腹空いてるのに、まだ授業とかありえねぇ」
「はいはい、慣れる慣れる」
「ちょっと、俺本当に悩んでるんだけど?」
「慣れる慣れる~」
「おい、葛西ってば~」
2年生は、まだ始まったばかり。
このくだらなくて愛おしい日々が続くか続かないかは、私たち次第。




