14 孤独
束の間の休息である夜桜祭も無事盛況に終わり、私たちの日常が戻ってきた。
私たちの日常―――つまりまた、命をかけた戦いが始まるのだ。
そんな秋も深まり、冬の訪れを感じるとある一日。今日も実践の始まりを告げるブザーが鳴り響く。
気を抜けばすぐお陀仏。ここはいつも通り、相棒と2人で力を合わせて戦いたいところ。……だけど。
「河原……惜しい奴を亡くしたわ……」
残念ながら今、我が相棒は隣にいない。
辺りで激しい音を立てながら冷たい海風が虚しく吹き荒れているだけで、私は独りぼっちだ。
一応言っておくと、もちろん死んだわけではない。河原だって伊達に学年2位なわけではないのだ。
―――朝、教室にいない河原を不思議に思って連絡を取ってみると、頭痛がする、体が熱い、フラフラする、くしゃみと鼻水が止まらない、でも今から部屋を出るから心配するな、と言われた。
そこまで分かっていて、それが風邪だと気付かないのは河原くらいだろう。全く、どこまで鈍感なんだか。
とりあえずまず、何としても教室に来ようとする河原を電話口で必死に止めた。それでも来ようとするので、語気を強めて、今日来られても足でまといだと言えば、渋々諦めて大人しく寝てると言っていた。
今日来られても足でまといなのは間違ってない。いつもは頼りになるけれど、熱に侵された重い体をかばいながら隣に居てくれたとしても、それはただのお荷物だ。
ただまあ、少しきつく言いすぎた部分はあるから、後でお見舞いついでに謝罪に行こうと思う。
しかし、戦場に一人というのは、これほどまでに心細いのか。
いつも隣に河原がいるから、そんなことは考えたこともなかったけど。いなかったら心細いだろうなとは思っていたけど、まさかここまでとは。
自分の体が思うように動かない。
今日は隠れて過ごすのが適切だ、ということは分かっている。でも、そういう時だけ自分の仕留めた同級生の最期を思い出して、ああ、あの人はあそこに隠れているところを私が殺したんだっけ、とかぼんやり記憶が蘇ってきて。気付けば何も防御もなくその方向をぼーっと見つめてしまったりする。
(……なんて、泣き言言ってる場合じゃないよね。どうやっても今日は独りなんだから)
こんな状態じゃいよいよ危ない。そう思い、立ち上がっていつもの屋上から移動する。
これで私の方が使い物にならなくて死んでしまっては示しがつかない。今日は何としても、隠れてでも生き延びなくてはいけない。
屋上から出て、廃墟の階段を下る。
―――楽園と呼ばれるこの島自体は、昔、日本がまだ大日本帝国だったころに軍事施設があった島らしい。敵に破られて無人島になってからは人も寄り付かなくなったらしく、日本軍本部が建てられてもシェルター内しか整備されなかったので、実践が行われるシェルター外は帝国の頃から時間が止まったままだ。
いつもと同じはずの風景。それなのに、独りで見てみるとすこし違うように感じる。
ここには今も昔も、軍人の無念の想いが蔓延っている。その独特の雰囲気が、ここの緊張感を生み出しているんだろう。
そんな感傷に耽ってる最中だった。
「ん……?」
何だろう、今、確かに何かが聞こえた。
勘違いかもしれない。でも、何だか嫌な予感がする。
私のそういう予感は、自慢じゃないがよく当たる。
反射的に足をその場に止めたまさにその瞬間、目の前を熱く鋭い風が横切った。
「っ!!」
―――間違いない、銃弾だ。
廃墟には当然窓ガラスなんてないから、一瞬でも守ってくれるものなんてない。
やっぱり、河原がいない今日は狙われやすい。当たり前だけど、それが悔しい。
しかしそんな事で落ち込んでいる暇はない。
やられたらやり返さなくては。そう思って急いであたりを見渡すと、すぐ狼狽える2人組を視界に捉えることが出来た。
(生憎、私だって伊達に……学年3位じゃないからね……っ!)
ライフルを構える時間はないが、幸い拳銃の射程距離ではある。これならいける。
「来世では、河原がいる時に狙ってよね。……なーんて、ねっ」
スカートをめくり、仕込ませてあった拳銃を引き抜き、そしてトリガーを引いた。
私の放った2発の銃弾は、真っ直ぐ彼らの脳天を打ち抜いたらしい。倒れ込んだ後、起き上がる様子は見られなかった。
「ふぅ……よかった……」
標的はちゃんと仕留めた。
それなのに、胸の中に残る悔しさは消えない。
―――ピンポーン。
軽い音が響いて、次いで部屋の主の声が聞こえた。
「はーい」
いつもと変わらない。でも少しだけ気だるげに聞こえる声。
「あ、私。葛西」
「あー、葛西?見舞いに来てくれたんだ?」
ドアを開けて出てきたのはしんどそうな河原。しかしその服装だけは、何故か練習着だ。確かに練習着は着心地が良く、部屋着にしたくなる気持ちもわからなくはない。実際、している人だっていると思う。でも、河原の場合は……。
「大丈夫?お見舞いに来たの」
「うん、ありがとう。だいぶ楽になった」
「それはよかった」
とりあえず調子を聞けば、いつも通りの笑顔を見せる河原に安堵する。順調に回復しているみたいで良かった。
回復していることはいいこと。
しかし、純粋に喜ぶのは少し難しい。河原のその姿を見て察せない私じゃない。なんで練習着を着ているの?……なんてそんな野暮なことは言わないけど。
「でもさ、河原……なーんか、煙臭くない?」
一瞬言葉につまって、やがて気まずそうに苦笑を漏らす河原に、私はため息を漏らす。まあ、彼らしいといえばそうなんだけど。
「……ごめんなさい」
「……うん、正直でよろしい。でも、今日は安静にしてなきゃ。私が頑張った意味ないでしょ?」
「ん?頑張ったのか?」
「あ……えっと、それは……」
咄嗟に言うんじゃなかった、と思った。だけど、後悔してももう遅い。
言い訳くらい、いくらでも浮かぶはずなのに。冗談めかして「死なないように頑張って隠れてたんだから」なんて言えれば、その話題はそれで終わったはずなのに。
でも、いつもと変わらない河原の顔を見たら気が抜けてしまったらしい。
らしい、なんて自分のことすら分からないくらい、突然だった。突然、足の力がすっと抜けたと思ったら、私はへにゃへにゃとその場に座り込んでしまった。
「葛西!?」
「あれ、なんで……」
「大丈夫かよ?……何かあった?」
心配の色の浮かぶ、純粋な河原の瞳。
その瞳を見た瞬間、私の中の何かが決壊してしまったらしい。
「……ねぇ、河原。私、やっぱり河原がいないと全然だめだ。今日も危うく死ぬところだった。……なんで私、こんなに弱いんだろう」
そこまで言ってしまって、気づいても時すでに遅し。言わなくていいことを言いすぎた。
「……どういうことだよ」
風邪で弱っている河原にこんな事言うなんて、本当に私はずるい。
「……何でもない。ちょっと過大に言いすぎた」
今更言い逃れできる、なんて思わないけれど、それでも苦し紛れの言い訳を言う。
でももちろん、河原が、熱があって判断力が普段より劣っているとしても、そんな戯言を真に受けるわけなくて。
「そんなわけないだろ。俺がいなくて危険なのは想像できるし、葛西変なところで抜けてるし」
「抜けてるって……」
確かにそれは、否定出来ないけど。
本当は今すぐ、元気だって言って欲しい。俺がいるから大丈夫だって言って欲しい。でも、それを求めるわけにはいかない。
だって、今ここでそれを求めることは、つまり自分の弱さを肯定してしまうことになるから。自分が弱いことなんてとうの昔に知っているけれど、それをここで肯定するわけにはいかないのだ。
「抜けてるのは、否定出来ないかもしれないけど……でも本当に大丈夫だから」
「いや、でも……!」
「本当だって!それに、私だってこれでも一応、学年3位だし」
「……そっか。それならいいや」
河原はまだ納得していない様子だったけど、それ以上は何も言わず、ただ困ったように微笑んだ。
ズキン、と胸の奥が痛んだ気がした。
彼の察しが良いところが好きで、好きで、でも少し嫌いだ。
―――なんて、そんな風に思うのは、私のわがままなんだけど。
翌日。
我が相棒はいつも通り、何事も無かったかのように登校してきた。もちろん完全復活とまではいかないんだろうけれど、学校に来れるようになったことにひとまず安心する。
「一也っ!大丈夫?」
「うおっ、財前!ああ、大丈夫。ありがとう」
「一也、本当にもう大丈夫なの?」
「富井もありがとな。もう元気だから心配するなよ」
皆に心配されて輪の中心にいる河原を、少し離れて眺める。
―――河原と私。学園の制度でバディなんて組んで今年で4年目。初等部の頃はバディ制度こそなかったけれど、教官に師事するたった2人の仲間として出会ってから、ずっと切磋琢磨してきた。それを含めたら付き合いは今年で10年目だ。
同じように教官から指導を受けて、特訓に励んできたはず。そのはずなのに、最近は私が迷惑を掛けてばかりいる気がする。
最近、周りとの実力の差を感じることが多く、自分が弱気になってしまっているのは分かっている。傍から見れば学年3位なのだから決して弱くは見えないだろうけど、その事実が余計に首を絞めている気がする。
情報科を目指すと決めたばかりなのにこれではダメなのも重々承知しているつもり。でも、強くなろうとすればするほど、焦って弱くなっていく気がする。
「ん?……藍?」
(―――このままじゃ、私はただの役立たずだ。教官どころか、河原との距離ですらどんどん離れていく…)
「おーい、あーいー?」
(―――このままでは私は……)
「おーい……藍ってばっ!」
「え……?」
強く名前を呼ばれて驚いて顔を上げれば、怪訝な表情の財前がいた。
「え、っと……」
「何度も名前呼んだのに、なかなか気付かないからどうしたのかと思ったよ?」
「あ……ご、ごめん」
「いや、大丈夫!それより、一限目移動だよ?一也とまりんは一緒に行っちゃったから待ってるね」
視界の端、教室のドア付近に談笑する2人を捉える。
「あ……そうだったっけ?すっかり忘れてた。ごめんね。待っててくれてありがとう」
そう言って笑って、財前から顔を背けるようにカバンの中を覗きこむ。のぞかなくたって授業道具はタブレット端末1つなんだから困ることはないのに、今は財前の顔が見れなかった。財前に、というよりは誰にも顔を見られたくなかった、と言うべきか。
察しのいい河原と違って、財前は正面からぶつかってくることが多い。時々、触れられたくないことにも触れてくるけど、気付いて欲しいことには一番に気付いてくれる。
そこが財前の少し嫌いだけど、大好きなところ。
当然、私の様子がいつもと少し違うことにも気付いたのだろう。急に財前の腕が伸びてきたと思ったら、自分から背けられた私の顔を包み込み、ぐっと自分の方へ向けられた。
突然のことに驚く私の目の前にいる財前は。少しだけムッとした表情を浮かべていた。
「ざ、財前?」
「ねぇ、藍……心配事があるなら相談してよ?一也じゃ言いにくいことでも、まりんじゃ言いにくいことでも……相棒でも親友でもない俺なら言えるでしょ?」
彼から出た、自嘲気味のそんなセリフに一瞬言葉を失う。
財前のことをそんなふうに思ったことなんて一度も無い。
確かに相棒ではないし、親友でもないのかもしれない。紗也のような悪友でもない。
でも、初等部からの友人で同士。確かに少し鈍いけれど、誰よりも優しくて正義感の強い彼に助けられたことだって多い。
言ってみたら、柄でもないけど、彼は皆のヒーローみたいなものだろうか。
悪を許さない正義の味方。いつでも真っ直ぐな人。それが私の中での財前大空という人物。
だから、そのことをちゃんと伝えないといけないし、伝えたい。
私にとっては財前も、とても大切な仲間なのだ。
「私、財前の事、そんなふうに思ってないよ。相棒ではないけど、でもかけがえのない大切な仲間だよ」
言いたいことが多いほど、口がうまく回ってくれない。口下手な自分が恨めしい。
それでも、思いは伝わったと信じたい。
財前の瞳の奥に、一抹の不安が見えた気がした。
ふと、昨日の私はきっとこんな瞳で河原のことを見ていたんだろうな、と思った。確かにこんな顔をされた上に何も話してくれなかったら困った顔しか出来ない。河原には後でちゃんと謝らなくては。
「藍……本当に?」
でも、目の前にいる財前にはそんな思いをして欲しくない。それはただの自己満足なんだろうけど、それでもいい。
「もちろん。嘘ついたって何の利益にもならないでしょ?」
「あはは、そっか。藍はそういう人だった。なら、その言葉も信じていいよね」
「ええ、もちろんよ」
そっかそっか、と笑う財前は、心から笑えているだろうか。
真意は本人にしか分からないけれど、私には無理をして笑っているようには見えなかった。思いはちゃんと伝わったと思っていいだろうか。……うん、そうであると思いたい。
―――そして今日も実践が始まる。
「河原」
いつもの屋上でライフルの手入れをする背中に声をかけると、「……ん」という無愛想な返事が返ってきた。……やっぱり、昨日のあれじゃ納得はできないか。当たり前だ。
「……昨日はごめん。変な事言って心配かけた」
返事はない。
怒らせてしまったかもしれない。そう思ってしばらく間をあけてみたが、返事どころかこちらを見ようとすらしない。
これはまずい。彼を本気で怒らせてしまった気がする。
「河原、本当にごめんなさい。昨日のあれじゃ、納得できないってのは分かってるんだけど、でも……ちゃんと話すから……だから、ごめん」
何度謝っても無反応な河原に対して増していく罪悪感と、こみ上げてくる怒り。これが逆ギレだということは分かっていて、それなのに怒りがわく自分にまたイライラして、目の奥がツンとした。
「ねぇ、河原ってば……」
震えそうな声を必死に隠そうとしたその瞬間。急に河原の肩が震えだした。
「……っはは」
「か、河原……?」
突然のことに、込み上げてきた涙がスっと引っ込むのがわかった。でも、河原の震えは収まるどころか激しさを増し、やがて河原は仰向けに倒れ込み、大声をあげて笑い出した。
「あっははっ、ははっ」
「ちょっと、何……?」
河原は目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら答える。
「いや……ごめん、俺怒ってないよ。ただ、こんなに落ち込んでる葛西なんて滅多に見られないし、ちょっと意地悪した」
「な……何それ!?私が一体、どんな気持ちで何度も謝ったと思ってるの!?」
「ははっ、ごめんごめん。でも、本当に怒ってないし、むしろ申し訳ないことしたって思ってる」
河原はそう言って立ち上がって、真面目な顔のまま腕を私の脚に伸ばした。その手は私の太ももあたりまである靴下の端をつかんだと思ったら、急に足首当たりまで下げた。
「ねえ、それさ……私以外にやったら、セクハラだからね」
突然の出来事過ぎて頭がついていかない。
咄嗟に出た言葉は、可愛さの欠けらも無い冷静な指摘だった。
「セクハラ?……って、ご、ごめん!気付かなかった!」
「いや……河原だからいいけどさ」
「まあ確かに……今更感はある、よな」
「こら、開き直らない!」
スカートの下にまで手を入れといて気付かなかったなんて、彼は一体どんな神経をしているんだろうか。
まあ、付き合いもながいからそこら辺は理解しているつもりだけど、正直に言えば流石にこれは少し恥ずかしい。冷静を装っているけれど、内心穏やかではない。
ていうかこれ、河原じゃなければ確実に訴えている。
でも、そうしない……というかできないのは、河原がこんな事をした理由が分かっているから。
靴下で隠していたつもりだったけど、彼の目は誤魔化せないらしい。
「……これ、どういう事だよ」
そう言って河原が指さす先にあるのは、包帯が巻かれた私の足首。
昨日、銃弾を避けて相手を撃った時、ヘマをしてしまったのだ。
「いつ捻挫した?……なんで、言わなかった?死にかけたってその時のことか?」
一言一言、すべての言葉から後悔が伝わってくる。……だから、言いたくなかった。
河原は私のことを、良くいえば守ってくれる。つまり、守らなくてはいけない存在―――格下として見ているってことなんだろうけど。
でも、それは馬鹿にしているというわけではない。河原一也という人の本質が、人のことを自分よりも大切にするから、そういう捉え方をするだけなんだろうと思う。
その関係を崩したい、対等になりたいと思いながらも、怖くて甘えて、崩せないでいるのが私の一番弱く、ずるいところだ。
自覚している分、自覚していない河原よりもずっとタチが悪い。ずるいずるい、と自覚してて結局何も変わってない。
―――今までずっと甘えてきたけど、いい加減終わらせないといけない。自分で自分を守らなくては。そして、私も河原を守らなくては。それを昨日痛感した。
そしてそのタイミングは、今だ。
「……ねぇ、河原」
悔しそうに俯いたままの河原に声をかける。
「私、大丈夫だから。河原はずっと私のことを守ってくれるけど、でももう大丈夫だからね。私は、私のことで悲しむあなたをもう見たくない」
河原がはっとして顔を上げた。
私の今の言葉は、彼にとってみれば、今までの自分を否定されたようなものかもしれない。上手な言葉をかけられない自分がもどかしい。
でも、河原はそこで落ち込んだり拗ねるような人ではない。私の真意だって、きっと河原には伝わっているはず。そして、彼はしっかりと向き合ってくれる。
「そっか……そうだな。俺、そうだったんだな……」
見慣れた瞳が私を捉えた。真っ直ぐな眼差しは、いつでも私には眩しすぎるくらいだ。
「……俺は葛西のバディ―――相棒だ。それに、お前は嫌がるんだろうけど、葛西は女子だから俺には守る義務がある。財前に富井を守る義務があるようにな。……でも、ただ守るだけじゃ駄目だった。俺、ずっと葛西に失礼なことをしていた。相棒として信じてるなら、もっと葛西の実力を信じるべきだった。昨日もきっと、心配なんてしちゃいけなかったんだ。……ごめん」
「そんなことは、ないけど……」
でも、間違ってもいない。
―――対等に見られていないのが悔しかった。
初等部の頃は私の方が体力もあったのに、性別のハンデが中等部に入った頃から出てきた。その頃から、河原は私が怪我をする度に無意識に自分を責めるようになった。
河原はそうやって自分を苦しめた。
そんな彼を見るたびに私は苦しかった。
でも、その苦しみを終わらせる勇気が、今までの私にはなかった。
でも、その関係はもうおしまい。
これからは、対等な関係でありたい。私も彼を守れるくらい、対等な存在になりたい。
それが相棒というやつだろう。
「河原、ありがとう。……私、これからは河原のことを守れるようになる」
「葛西……うん、よろしく。俺のこと、守って」
「ふふっ、任せといて」
まだまだ言いたいことはあったけど、今はこれで十分だと思った。
ちゃんと、思いが伝わったと確信が得られたから。
その時、遠くで銃声が響いた。
2人して突然現実に引き戻される。
「そっか、実践の途中だったな……そういや」
「そういえばそうだったね」
すっかり2人だけの世界に入り込んでいたけれど、そうだった、今は実践中だった。こんな大切なことを2人してすっかり忘れていたのがおかしくて、河原と腹を抱えて笑い出す。
「ふふっ、やっぱり河原がいないとね。一人の実践って怖いしつまらないの」
「つまらない、って…ははっ、葛西らしいな」
「だって本当だからね。……それじゃあ、やりますか」
「よしっ、やるか!」
今日はちゃんと、ライフルの準備ができそうだ。それに、今日は頼れる相棒がいる。
……ああ、やっぱり、安心感が格段に違う。
「標的発見。距離は……400くらいか?」
「了解。こちらも発見。おそらく向こうはこっちに気付いてないね。距離は200……いや、250くらいかしら」
「わかった。どっちも仕留めるのは容易いよな?……背中は任せたからな。相棒?」
「あら、都合のいい。……でもまあ、私も任せたからね、相棒?」
照準を標的に合わせ、トリガーを引いたタイミングは河原と同時。
乾いた銃声が2つ重なり、巨大な音となって耳を直撃する。
しばらくして、双眼鏡で標的のことを見れば、予想通りの光景が見られた。
ちらっと後ろを伺うと、河原が小さくガッツポーズをしている。こっちも成功したらしい。
「葛西」
河原が振り返って、得意げな顔で拳を突き出す。
「……お互い、ね」
私もぐっと拳を握って突き出す。
それは、本当の意味で対等な相棒になった証のように思えた。
実践が終わり、シェルター内へと戻りながら冷たい風を頬に感じる。
「昼食は食堂でいいか?」
「うん、どこでもいいよ」
「了解。それにしても、すっかり寒くなってきたな。温かいものを食べたくなってきた」
「あー、確かに」
ついこの前高等部に入って、実家に帰って、やっと夜桜祭が終わったと思っていたのに、あと一ヶ月もすれば年末だ。
時の流れは早い。中等部も気付けば終わっていたのだから、高等部はきっともっと早いんだろう。
特に年が明けてからは、あっという間だろう。
昔の人は、行く、逃げる、去ると表現したらしい。あながち間違っていないから、感性だけは昔も今も変わらないのだろう。
2月になれば、河原の妹と寂れた貿易港で出会ってから1年になる。
あの後から、私も河原も変わろうと思い始めた。高等部の実力を見せつけられ、変わろうと努力した。
実践での成績もそう簡単に上がらなくなってきた。中等部までは人がたくさんいたから、実力がある人もいれば、当然ない人もいた。つまり、中等部のころは比較的成績を上げるのは簡単だった。しかし高等部はそうはいかない。
それに高等部に上がったのは実力者ばかりだ。本気組と馴れ合い組の争いも激しさを増した。
入学当初はすぐに殲滅できると思っていたのに、馴れ合い組もなかなか検討しているのでまだこの争いは続きそうだ。
変わったようで、変わらない現実。
その中で生きていくしかない私たちは、きっと自分が思っているよりもずっと弱いんだろうけれど、それでも必死に足掻いて、上を目指すしか今は方法が無い。
だったら、足掻いて足掻いて足掻きまくってやる。
「……河原」
「ん?どうした、葛西?」
だから、私は我が相棒に宣言する。
「私ね……情報科を目指してるの」
―――もう、自分の実力から逃げない。
河原は突然の私の宣言に驚いたのだろう。目を点にしている。
「情報科……―――って、何だ?」
「あー……そうだった。そこからだった」
いまいち理解出来ていない河原に、情報科のことを教える。
この前夜桜祭でであった聖菜さんは情報科の人間であること、情報科は最高司令部の右腕と呼ばれる極秘任務を遂行する組織であること、など。聖菜さんから聞いたこと、教官から聞いたこと、自分で調べたことを全部伝えた。
「つまり、葛西は最高司令部じゃなくって、同等の立場を持つ、情報科を目指す……ってことでいいのか?」
「うん。それで間違ってないよ」
「なるほどな……」
私の話を聞きながら、河原はずっとうんうんと頷いていた。聖菜さんと初めて会ったときの私はこんな感じだったんだろう。
自分の知らない世界を知った、そんな感じ。
俯いている河原の顔を伺うと、目線がかち合った。優しい瞳が私を捉え、そして目元が優しく緩んだ。
「俺は変わらず最高司令部目指すし、情報科のことも詳しく知らないけど……でもいいんじゃねえの?俺は、葛西なら出来ると思うし」
「河原……本当に?そう思ってる?」
「もちろん。なんて言ったって、俺の相棒だからな?」
「全く……調子いいんだから」
それでも、認めてもらえたみたいで嬉しい。口には出さないけど。
「あー、でも少し残念だな」
話が一旦終わって、食堂で温かいうどんを食べていると、不意に河原がそういった。
「え、何が?」
いまいち言葉の意味が分からず尋ねると、河原は大きなため息をつく。
「何よ?」
「いやー……葛西さ、あの話の流れからして、残念って言葉の意味汲み取ってくれよ」
「残念って……あ、私と一緒に仕事ができなくて、ってこと?なんて―――」
そんなわけないか、と言おうとして言葉を遮られた。
「そうだよ……大正解」
ある意味予想的中。けれどそれが予想外で。
なんで彼は、そんなことを軽々と言えるのだろう。
「葛西?……おーい、葛西さん?」
「聞こえてるってば……私、河原のそういう所嫌いよ」
「はぁ!?なんで!?」
「な……なんでもよ!」
恥ずかしくてこんな反応しか出来ない自分が嫌になるけど、でも今はいい。
これから変わっていけばいい。
「でも、河原ありがとう。私、自信持てそう」
「……そっか。まあ、俺はいつでも葛西を信じてるからな」
―――情報科を目指す私と、最高司令部を目指す河原。良くも悪くもバディでいられるのはあと2年。
今までの10年間は無駄じゃない。だけど、これからもっと相棒になっていけばいい。それが、私たちらしいはずだから。




