13 夜桜祭(ⅱ)
時の流れは無情だ。どれほど強く願っても止まることは無い。
つまり何が言いたいかというと、夜桜祭まであと1週間しかないということだ。
メイドをやることになった私たちは、下層部に衣装の買い出しに来ていた。
買い出しのメンバーは私、富井、紗也、そして財前。最初の3人は女子だからわかるとしても、財前はやっぱり謎すぎる。河原曰く立候補らしいから余計にわからない。
「いやー、それにしても藍がうさ耳メイドねぇ」
「絶対似合うよねっ!」
「うんうん。絶対似合うよねぇ」
少し前を歩く富井と紗也が、声を弾ませて楽しそうに話している。
富井の方は本心でそう言ってくれているみたいだが、紗也のあの顔は絶対本心でじゃない。面白がってる顔だ。例え付き合いが短いとしてもあの顔はわかる、無性に腹が立つあの顔は。
「……どうせ似合わないわよ」
面白がられるくらいなら、自分で言ってしまう方が楽だ。そう思って後ろから2人の会話に割り込むと、富井は不満げな顔、紗也は笑いをこらえるような顔をする。
「藍、絶対似合うもん!」
「似合うってば~」
前者が富井、後者が紗也。言うまでもない。
富井は言わずもがな、紗也や私よりもずっと純粋だ。本当にいいと思ったものは心の底から褒めるし、逆に自分の気に入らないものはとことん切り捨てる。それもまた、富井のすごいところなんだけど。
そんな富井の隣にいると、より一層紗也の腹黒さが際立つ。
「富井、ありがとう。紗也、あんたは覚えてなさい」
「えへへ、ありがとう~!」
「ちょっと、まりんちゃんだけってずるくない!?」
「ずるくないわよ!」
単純に嬉しくて表情を緩ませる富井と、一応不満げなことを言いつつもニヤニヤと表情を緩ませる紗也。あまりにも対照的すぎる2人に頭を悩ませていると、私たちの少し後ろを歩いていた財前が、突然声を上げて前方を指さした。
「あっ、あったよ!お店!」
「えっ、どこ?」
「ほら、あそこ!」
財前の指さす先を見れば、そこにあったのはピンクや水色ばかりのファンシーなブティック。服やスカートは見える限り、全てフリフリのレースがあしらわれている。うさ耳メイドなんかしなければ、確実に私には一生縁のない店だっただろう。
「本当だ!行こっ、大空!」
「うん!」
見つけた途端に走り出す富井と財前。その表情を見れば、夜桜祭が楽しみで仕方がないということは一目瞭然だ。
私だってもちろん楽しみじゃないわけじゃない。年に一度のことだし、実践の成績とか何も関係なく楽しめる夜桜祭は好きだ。しかしあのフリフリを着て接客するのだと思うと、1週間前だというのにまだ乗り気にはなれなかった。
「……私、あれ着るの?」
隣にいる紗也に助けを求めたが、彼女はやれやれと言った様子でため息をつくだけ。
「腹くくりなよ、うさ耳メイド?まあ確かに、藍はコスプレチックなヤツじゃなくってもっと落ち着いたメイドさんの方が似合うけどさ」
「その言い分は分からないけど、あのフリフリよりはそっちの方がまだましだと思うわ……」
「まあそこは、藍の交渉次第だね?」
「他人事ね。自分も着るくせに」
「他人事だからね?私は気にしなーい」
そうだ、そもそも紗也に助けを求めること自体が間違いだった。彼女は純粋な形で人助けなんてめったにしない―――というか、できない子だった。
「ちょっと、失礼なこと考えてない?」
「えー、別に?」
それでいて鋭いからちょっとめんどくさい。
「やっぱり考えてるでしょー?」
「考えてないって」
まあ、そんな紗也だからこそこんなに長く付き合えてるんだと思うけど。
兎にも角にも、今はあそこに行くしかない。うさ耳メイドをする覚悟はまだ揺らいでいるけれど、あそこに行く覚悟ぐらいはある。
「……紗也、行こう」
「ほいほい、オッケー」
そうは言ったものの、店に向かう足取りは重い。下手をすれば実践に行くよりも重い。もしかしたら私は自分の命をかけた戦いに行くより、フリフリを着る方が嫌なのかもしれない。
やっとの思いで足を踏み入れた店内は、見た目以上のファンシーさだった。目に飛び込む色はパステルカラーだけ。ピンク、水色、黄色、白。確かに富井の好きそうな色と雰囲気だ。
ふと横を見れば、さっきまではなんてことない顔をしていた紗也も顔をひきつらせていた。このふわふわフリフリな雰囲気とは正反対な私と紗也だ。こういう顔になってしまうのもしょうがない。
そして疑問なのは、そのふわふわフリフリな雰囲気に適応する財前。こいつは一体何者なんだ。
「財前……」
「どうしたの、藍?」
楽しそうにフリフリのスカートを選ぶ財前は、ただでさえ気がおかしくなりそうなこんな空間の中でも異色の存在だった。店員さんのチラチラした視線が私にまで突き刺さる。
「えっと、その……なんで立候補したの?」
「ん?えーと、確かまりんがやろっ!って言ったからかな?」
「え……?そ、それだけ?」
「それだけだよ?」
こっちは意を決して聞いたのに、財前から返ってきたのは拍子抜けしてしまうような回答だった。
これもまた、一種の信頼関係のなせることなのだろうか。少々頭が混乱して、自分と河原に置き換えて考えようとしてやめた。
河原だって、いくらバディの頼みだからといっても女装メイドはしないだろう。否、確実にしない。もちろん命がかかっていたら別だろうけど、逆にそれは一体どんな状況なのだ。
そんなくだらないことを考えつつも、私たちはしばらくそのお店の中を見て回った。結局服やアイテムは富井がすべて選んでくれたので、私たちはただ店内をグルグルしていただけだけど。
「いやーっ、楽しかったね!」
「うん、楽しかった!」
「そうだね!」
なんだかんだで楽しんだ様子の3人。
確かに自分だけじゃ絶対に入らない店だし、いい経験ができたといえば、そうなのかもしれない。そうだ、そう捉えておこう。
「夜桜祭まであと1週間!頑張ろうねっ!」
富井の掛け声に、私も含め他の3人は天高く拳を突き上げた。
「「「お――――――っ!!!」」」
(あぁもう、ここまで来たらなんとでもなれ!)
そして夜桜祭当日。
いつもは静かな本部が、今日と明日だけは賑やかになる。
国家機密レベルの存在である夜桜学園だが、実は楽園に住む人なら存在は誰でも知っている。まあ、楽園に住んでいる人は大概軍人の家族だから当然と言われればそうだ。駿くんがいい例だろう。ちなみに健太くんは初等部の生徒。初等部の生徒は、家がこの島にあれば自宅から通うことが出来るのだ。
それなりの人口を擁する楽園の人口。ほのほとんどがこの2日間は夜桜学園に来る。それだけこの夜桜祭は私たちにとっても、楽園の人々にとっても大きな行事なのだ。
そういえば一般的な夜桜学園―――楽園のイメージは、毎日パレードが行われている楽しいことだらけの地上の楽園、というものだったっけ。
普段はその噂とは真逆の死の地獄。だけど今日と明日だけは、その噂通りの地上の楽園になるのだ。
「うんっ、やっぱり藍はこっちだね!」
やっと腹を決めて挑んだ本番直前の衣装合わせ。
富井が私用に用意していたのは、自分が着ているレースがふんだんにあしらわれたフリフリのものとは違う、落ち着いたデザインのメイド服だった。
「富井、これ……」
「あ、もしかしてこっちがいい?」
申し訳なさそうに尋ねるから大きく首を横にふると、富井は安心したように笑う。
「だよねっ!藍はこっちだよね!よかった!」
「えぇ……でもなんで?」
「えっとね、実は大空がね」
「財前……?」
話を聞けば、財前が私と紗也は落ち着いたデザインの方がいいと助言してくれたらしい。実はちゃんと周りをよく見ている財前らしいファインプレーだ。
そんな当の本人は、嬉しそうにノリノリで富井と同じようなレースのメイド服に金髪のカツラを被っている。スタイルがいいから無駄に似合っているから何も言えない。
「藍ーっ」
名前を呼ばれて振り返れば、別の部屋で衣装合わせをしていた紗也が私と同じメイド服を着て走っていた。
「紗也」
「よかったね。財前に感謝しなきゃ」
「うん。まあ、本人はあれだけど」
「うわぁ……無駄に似合ってんねぇ」
「同じこと思ってたところ」
紗也と2人、なぜか敗北感をおぼえた。
開場時間が来て、いよいよ夜桜祭がスタートした。
学園に階段は一応あるのだが、それはあくまで非常用のためめったに使われない。よって本部内の移動手段はエレベーターのみと言っていい。
第一便として到着した5つのエレベーターは全て満員で、一斉に人が流れ込んできた。
軍の人は見分けるのが簡単だ。最高司令部と情報科以外は制服で働くことが義務らしく、みんな同じ軍服を着ている。涼しくなったとはいえまだ若干暑さが残っているからか、フリンジがついた厳つい上着は着ていないけれど、ネクタイに映える桜で判別は容易だ。
「いらっしゃいませーっ、美味しいケーキいかがですかー?」
他のクラスに負けないよう富井と財前が声を張り上げる。負けじと私も声を出す。紗也は午後の担当なので、どこかに遊びに行ってしまったので残念ながら1人だ。
「紅茶もありますよーっ、いかがですかー?」
やるまでは恥ずかしいものだけど、やってしまえばもう知らない。あとはどうにでもなれ。
開場から30分。
お客さんも沢山入ってきてホールも厨房も忙しくなってきた。そんな中聞こえてきた可愛らしい声。
「あーっ、あいちゃーんっ!」
「あいちゃーんっ!」
振り返れば大きく手を振る男の子が2人。その少し後ろにはその子達の両親―――三坂一家だ。
「健太くん、駿くん!いらっしゃい」
しゃがみこんで視線を合わせたら、2人は私に抱きついてくる。しかしそこで2人は、いつも一緒にいる彼がいない事に気付いたらしい。
「あいちゃん、かずやは?」
首をかしげて可愛らしく聞いてくる健太くん。最近ちょっとずつ生意気になってきたって河原が愚痴をこぼしてたけど、結局河原に懐いてるんだなぁ、なんてほっこりした気持ちになる。
「河原はね、ホットケーキ焼いてるよ」
「ホットケーキ!!しゅんたべたい!」
「食べて食べて?あとで河原も来ると思うから、とりあえず席にどうぞ」
一番近くの空いたテーブルに4人を案内して、富井の手作りのメニューを渡す。可愛いデザインを幸那さんは大絶賛してくれている。
一方教官は渋い顔。まあ、元々そんな顔だと言われたらそうなんだけど。
「あの、教官?メニューお決まりですか……?」
恐る恐るたずねたら、コーヒーの絵を指さしたまま睨まれた。
「あの……何かしましたか、私?」
普段ならまだしも、夜桜祭で睨まれる理由が分からないし、全く思い当たる節がない。だから仕方がなくそう尋ねれば、軽く咳払いをした教官は、私のことを指さして恥ずかしそうに言った。
「葛西、その……破廉恥な格好はなんだ?」
「へ……?」
破廉恥というのは、このメイド服のことだろうか。いや、それしか思い当たるものはない。
確かにメイド服という響きだけなら、富井や財前が着ているようなものをイメージするのも分かるし、でも今私が着てる服はそのイメージとは正反対だ。むしろ制服よりも肌は出てないし、破廉恥とは程遠いと思っていたのだ。
依然不機嫌そうな教官の隣では、幸那さんが心底可笑しそうに笑っている。
「徹くん、もしかしなくても藍ちゃんがこんな服着てるのが気に入らないの?」
「いや、気に入らないとかじゃなくてだな……」
「やっぱりそうなんじゃないの!あのね徹くん、破廉恥っていうのはせめてああいう服を着た時に使うのよ」
可笑しそうに目尻に涙を浮かべて笑う幸那さんの指さす先にいたのは、フリフリの短いスカートに猫のしっぽ、大きなリボンにレースがふんだんにあしらわれたヘッドドレスに猫耳のカチューシャをつけた富井。確かにスカートがあんなにフリフリじゃなかったら、普通に下着が見える長さだろう、あのスカートは。
あれを着ていて破廉恥と言われてしまうのは分かるけど、まさかこの服でそんなことを言われるなんて思ってなかった。
まあ教官なりの心配の仕方なんだろう、きっと。嬉しいような、恥ずかしいような、ちょっと複雑な気持ち。
頬を染めて恥ずかしそうな表情をする教官に追い討ちをかけるように、可愛い2人の息子達は無邪気な笑顔を向ける。
「パパはれんち~」
「はれんち~」
きっと健太くんも駿くんも、その言葉の意味は分かっていない。ただ言いたかっただけだろう。純粋な笑顔がそう語っているし、そうでないと実の息子2人にまで破廉恥と言われた教官があまりに可哀想だ。
そこに救世主のように現れたのが河原。
何も知らない河原は、満面の笑みを浮かべてこちらに駆け寄ってきた。
「教官、幸那さん、いらっしゃいませ!」
「あ、あぁ、ありがとう」
教官は、せめて河原の前だけではポーカーフェイスを保とうと必死な様子。全然隠しきれていないけど。
それが可笑しくて笑いそうになるのを耐えるのがまた大変なのだ。とりあえずこれ以上機嫌を損ねないよう、今はただ耐える。
しかしそんな私と教官の努力をいとも簡単に崩すのが、この河原のある意味凄いところでもある。
「あ、教官」
「ん?なんだ?」
何か思いついたらしい河原が教官に笑いかける。教官は必死に真顔を保つ。
お願いだから、別の話題を提供してくれ。祈るような思いで河原を見る。しかし彼は、私と一瞬顔を見合わせたかと思えば、不意に私の肩を抱き寄せた。突然のことでびっくりして何も言えずにいると、河原は威力最大のダイナマイトを何の前触れもなく投下した。
「葛西のメイド姿、似合ってるでしょ?俺が推薦しといたんですよ。予想以上に似合っててびっくりです。あ、でも教官はこの丈のスカートでも破廉恥とか言うんですかね?なーんちゃって」
その場が凍りついた。
1時間後。
「藍、交代の時間だよー……って、あははっ、河原どうしたのー?ほっぺたもみじじゃん!」
交代の時間になりやって来た紗也が、河原の両頬に咲いた真っ赤なもみじをみて大爆笑している。
河原は未だに納得いっていない様子で、頬をさすってはぶてている。
「河原、ごめんって」
「許さねえ!事情は大体分かったけど、だからって教官も葛西も二人同時に頬叩く必要あった!?」
「それはなかったけど……」
ダイナマイトを投下した河原に待ち受けていたのは、教官と私からの平手打ちだった。つまり両手打ち。
確かに理不尽だ。私なんて一応、褒めてもらった立場なのに。
しかしあの状況であんなこと言われたら、そりゃあしょうがない。しかもさっきまでのやり取りを、まるで見ていたかのようだったし。一瞬疑ってしまった。まあ、河原も教官を家族の前でわざとからかうなんてことはしないので、本当に見ていなかったんだろうから、尚更恐ろしい。
「本当にごめん。私は謝るけど、まあ、教官は許してあげてよ」
「仕方ないなー。まあ、もういいよ」
「河原……ありがとう」
「もういいって。それに、ちょっと分かるし」
「え……?なにが?」
「教官だけじゃないってことだよ、家族の前でカッコよくいたいって思うの。気持ちは分からなくもないからな」
そう言う河原の横顔はやっぱり教官に似ていて、大人っぽく見えて。自分の気持ちだけで寸前までうさ耳メイドをやる決心がつかなかった今の私には、今の河原はちょっと眩しすぎた。
そんな物わかりのいい河原のおかけでなんとか丸く収まったところで午前の部は終了。午後は私たちは自由時間になる。
「んじゃ、藍と河原着替えておいでよ」
「紗也は?」
「私は15分の休憩の時に着替えるからまだいいや」
「オッケー。じゃあ着替えてこようかな」
自由といっても特に目的地はない。午後はどこに行こうか。ぼんやりそんなことを考えながら会話をしていると、突然誰かに肩を叩かれた。
「あらあら、随分可愛いウサギさんね」
「あっ、聖菜さん!来てくれたんですね!」
「もちろんよ!約束は守る主義よ?」
いつの間にか背後を取られていたのは聖菜さん。髪型は初めて会ったときと同じだが、着ているのが黒のニットワンピだからか雰囲気が全然違う。
「葛西、この人は…?」
怪訝な顔で聖菜さんを見る河原と紗也。そういえば2人は聖菜さんとは初対面だった。
「軍の華田聖菜さん。三坂教官の先輩なの」
情報科のことは今度でいいだろう。今はゆっくり話すような場所でもないし。
「えーっ!?教官の先輩なんですか!?」
「あの三坂さんの!?」
そんな聖菜さんに驚きを隠せない様子の2人。
あのプライドの塊のような人の上に立つ人なんて想像出来ないんだろう。私も初めて聖菜さんが教官の先輩ということを聞いた時は、想像出来なかった。
もっとも今なら納得し過ぎるくらいに納得しているんだけど。
「初めまして、華田聖菜よ。男の子の方が河原一也くんね?徹くんから話は聞いてるわ」
「えっ、教官から!?」
「ふふっ、そうよ。藍ちゃんと一也くんの話ばっかりよ、徹くんったら」
「へぇー……」
恥ずかしそうな嬉しいような、複雑な顔をする河原と、自分の胸と聖菜さんの胸を見比べて言葉を失っている紗也。大丈夫、気持ちはとても良くわかる。あれが本当に自分と同じ物質で出来ているのか、私だって未だに信じられない。
もちろん私がそんなことを考えているとは知る由もない聖菜さんは、人が入れ替わるホールの様子を眺めながら話を続ける。
「あら、交代の時間だったのかしらね?」
「そうなんですけど、でもせっかくですし……」
「いいのよいいのよ、私は可愛いウサギさんが見れたから充分よ」
「そうですか?」
正直、聖菜さんだけ接客しても時間はそんなにかからないからいいんだけれど、ここはありがたく彼女の厚意に甘えよう。もしここで接客を続けたら、休憩に入るタイミングを逃してしまいそうだったし。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。せっかく来てくださったのにすいません」
「本当に気にしなくていいのよ。それに、ワンフロア上に後輩置いてきちゃったみたいで。あ、もちろん徹くんじゃあないけどね」
「そうなんですね。じゃあ、エレベーターまで一緒に行きましょう」
「そうしようかしらね。でも、その前に……」
美しい笑みを浮かべた聖菜さんは、何食わぬ顔で携帯端末のカメラ機能を立ち上げ、私と河原を連写する。それがあまりにスムーズな流れすぎて、何が起こっているのか理解するのに少しだけ時間を要してしまった。
「あの、聖菜さん……?」
「ん?」
「いやいや、ん?じゃなくって……!」
何事もないような顔をしているけど、そんなわけはない。事は起こっている。
「気にしなくていいのよ」
「気になりますよ!」
「まあ、そうよね。でも大丈夫、徹くんと幸那ちゃんにしか見せないから。まあ、ちゃんと見に来たでしょうけど」
「来ましたよ!それに、それはやめた方が……」
教官にこの服を見せるのは、もうやめた方がいい気がする。被害を被った河原は、私よりも硬い表情で何度も頷いている。しかし聖菜さんは、そんな私たちを見てまた笑う。
「徹くん、破廉恥とか何とか言ったんでしょ?」
「そこまで分かってるなら尚更……!」
「ふふっ、だと思ったわ!でもね、可愛い教え子のことはちゃんと見たいはずよ。だから記念よ、これは」
「恥ずかしいから消してください!」
「そうねぇ……軍人として偉くなったら消してあげるわ」
今日の聖菜さんは少し意地悪だ。でも、彼女はこの写真を消すつもりは全くないらしい。
それに、この言い分にはぐうの音も出ない。こういうとき、聖菜さんは何枚も上手だと痛感する。もちろん、今の自分が敵う相手だとは思っていないけど。
その後、一度奥に戻って着替えてた私たちは、聖菜さんと3人でエレベーターホールまでやってきた。聖菜はんは上行きに乗り、私と河原は下行きに乗る。
「それじゃあね、藍ちゃん、一也くん」
「はい、また」
「あの、いつか教官の話が聞きたいです!」
「ふふっ、徹くんには内緒よ?」
「はいっ!」
「あらいい返事!それじゃあ、またね」
ヒラヒラ手を振る聖菜さんの乗った上行きのエレベーターが行った数分後、今度は下行きのエレベーターが到着した。
上行きはそうでもなかったが、下行きは人でごった返している。その人の波をかき分けてなんとかエレベーターの中に収まる。
「これからどうする、河原」
「んー、そうだな。とりあえず中等部行こうか」
「うん、了解よ」
夜桜祭はまだ始まったばかり。
その後も、次の日も、私たちは思いっきり年に一度の祭典を楽しんだ。
そうしてさんざん楽しんだ2日目の夜。
男女が少々浮き足立つイベントが、夜桜祭の大トリだ。それは、後夜祭で行われるダンスパーティー。
ありきたりだがそれを密かに楽しみにしている生徒も多いと聞く。私たちも中等部の時は毎年参加していた。もちろんペアは河原だけど。
しかし今年は何となくめんどくさく、かつ河原と意見が一致したのでパーティーは欠席。2人で下の広場のベンチに腰掛ける。空気が澄んできたからだろうか。夏よりもはっきりと星が輝くのが見えた。
「はー、楽しかったわね、2日間」
「だなぁ。何か生き返った」
見上げれば、各部の体育館―――つまりダンスパーティーの行わている場所だけが、より一段と眩しく光っているように見えた。その光の下、私たちは少し肌寒い空気を感じながら缶コーヒーを啜る。
「パーティーに行ったって、結局ずっと葛西といるんだからここで十分だよな?」
「もちろん。私も同じこと思ってた」
楽しい楽しい夜桜祭。来年のことを今から考えると鬼が笑うらしいが、でも年に一度のこれがあるから私たちは頑張れるのだろう。
「来年も再来年も、夜桜祭を楽しめたらいいね」
「あぁ……そうだな」
そんな些細な願いすら叶わないかもしれないのがこの楽園の普段の姿。けれど、1年に一度だけ現れる本物の楽園に思いを馳せながら、私たちは下から優しい光をずっと見守っていた。




