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理想世界の想像者  作者: 夜兎守
3章【Sweet Days 】
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確認作業


 一つ。二つ。三つ。四つと。次第に揺られて消えゆく、泡沫の如き淡い寝夢。


 それはきっと現実と過去の交差点。現在自分が生きている時間と、過ぎ去った遠い時間が複雑に入り乱れて渦巻いている、そんな場所。なんとなく、今、自分はその世界にいるんだと感じていた。


 そこはかとなく静かな空間。無窮にありそうな時間の溜まり場の中心で考えてみた。幸福とはいったい何なのだろうか、と。脳内にて一重の疑問を提示し、それについて簡単に定義してみる。


 オレの中にある自己提示した疑問の答え。それは何よりも温かで確かなものであることが絶対の条件として挙げられる。


 だけど、きっとその答えは正解であると同時に、不正解でもあるはずだ。不正解の理由としては、その回答はオレにとっての幸福の条件であるからである。つまり、オレにとっては正解であり、裏表になるようにして他者の幸福の条件とはまた違っているということ。


 おそらく、一、十、百、千、万。そのような数字では到底足らない。この世界に存在する人の数だけある際限ないその条件。

 贅沢なものでは、一生遊んで暮らせるだけの莫大な金銭が欲しい。些細なものでは、自分だけの格好いい可愛い、彼氏彼女が欲しい。はたまたぶっ飛んだものでは、世界そのものが欲しいなんて言うかもしれない。きっとそれは一個人の抱える願いによって変わってくるのだろう。


 話を少し巻き戻す。オレにとっての幸福について。何よりも温かで確かであることが幸せの条件という話。


 たぶん……今している生活はオレにとって非常に幸せなんだと思う。


 ふと気がつけば、毎日が楽しいと感じ、また毎日笑っている。


 自分の足りないところを埋めてくれる三ツ首ノ猟犬(ケルベロス)のメンバーという頼りになる仲間ができた。昔から関わりのあった姉の凛や幼馴染みである舞華と再会してまた一緒に過ごすことができた。くだらないことで馬鹿なことやって共に笑いあえる新しい友達ができた。


 周囲にそんな大切な人たちが居て、その人たちと一緒に過ごし、場所は変われど笑顔の絶えない日々を送り、少なからずその日々が続いている。


 それがオレにとっての唯一の幸福。ようやく掴むことの叶った、手の中にあるささやかな温もり。それは常にオレの前にあり、オレを温かく包み込んでくれる。


 ……でも……いや、だからこそ時折考えてしまうのだ。


 オレがこんなにも幸せでいいのか、と。


 日が差している場所に影があるように、光のある場所には闇がある。表面上ではどう取り繕うとも、今言ったように心の中には多くの光と共に、それ以上に濃い多くの闇が棲んでいる。



 ――――オレが弱かったからアリスは………。



 アリス・ブランドル。歳はオレよりも三つも上で、自分の言い分が通らないと癇癪を起こすワガママ娘。なにがなんでも自分の道を譲らないというほど強情であり、常に負けることがないとか考えてるくらいに勝ち気な暴風雨が如き台風少女。

 でも同時に、ぶつくさ文句を言いながらも最後まで物事に付き合ってくれるほど面倒見が良い優しい奴でもあった。分からないことを聞けば直ぐに答えを返してくるくらいの天才でもあり、魔法や武芸問わずに一度足りもと敗北したことがないという最も秀でた少女の名前。


 そういった特徴を有する友達であるアリスをオレは誰よりも尊敬していた。遥かな高みにある目標として立て、ずっとその背中に追い付きたいと願うほどに。


 だけど、ある日を境に別れ離れとなってしまったのだ。あの日の、あの時の、あの光景が甦るたびにオレはそれを鮮明に思い出す。


 彼女の浮かべていたあの笑顔が嫌いだった。記憶に深く深く刻まれた、血に濡れている優しい微笑み。辛そうな顔を無理に笑顔に変え、痛みを堪えるために握られた拳。流れる紅の鮮血と対極な青ざめた顔色をしていたことを覚えている。


 その時、アリスは最期の最期まで涙を流したり、痛みに叫んだりすることはなかった。ただただ笑っていた。

 普段は意地悪でワガママ。常に勝ち気で自由奔放な台風少女。そんな彼女が穏やかに笑っていたのだ。


 おそらく、オレが安心できるように。


 おそらく、オレが泣かないで済むように。


 おそらく、オレが笑ってられるように。


 なにより、無力なオレが自分自身を嫌いにならないように。


 それでも。それでもオレは彼女の思いに応えられなかった。

 結局たくさん心配したし、たくさん泣いた。子どもなりに一杯考えて行動しようとするも、最期まで泣いてることしか出来ず仕舞い。

 もう動くことの無い優しく笑ったままの横顔。それを認識しても、もう彼女には何も届くことはなかった。


 息を引き取る前に、せめて一言でも責めて欲しかった。

 お前のせいだ。まだ死にたくない。罵倒だろうが、懇願だろうが、なんでもいい。オレに対する怨み言が聞けたのなら、どれほどよかったことか。


 彼女が最後に残した言葉。それは「約束を守れなくて悪かったわね」なんていう謝罪の言葉。その時も少女は笑っていた。哀しい笑顔をはりつけたまま無理矢理笑っていたのだ。


 あの時は本当に意味が分からなかった。オレのせいで彼女は傷つき、死に行くというのに。それにオレは本来(・・)自分に宿っていた(・・・・・・・・)魔法が使えた(・・・・・)かもしれない(・・・・・・)にも関わらず、彼女を救わなかったというのに。


 最期のあんな哀しい笑顔だけは見たくなかった。


 そして、あの笑顔を夢の中で思い出すたび、思い知らされるのだ。これが本当の意味での『弱さ』と呼ぶんだと言うことを。今となっても尚、欠片ほども変わらずに。目を覚ましても、時々思い浮かんでしまうほどに強く強く。

 あの日から、夢を見ることが一種の確認作業と呼べるものになったのかもしれない。事実を忘れないための確認作業に。


 誰よりも膨大な量の魔力を宿していたが、保有していた魔法を扱うことが出来なかったこと。


 欠陥品と呼ばれて蔑まれ、差別の中で生活するも結局家から追い出されたこと。


 東雲朱里と出会って救われたこと。


 アリスやアルヴィンと出会って初めての友達ができて嬉しかったこと。


 その友達の尊い命を踏み台にしてオレという存在はのうのうと生きているということ。


 それから先も多くの人を救うと同時に、多くの人を苦しめてきたということ。


 その結果、歪の集合体である今の自分が形成されたことを。


 事実という概念からは目を逸らす事も、忘れる事も絶対に赦されない。


「ごめん……ごめんな、アリス……。オレが弱いから、覚悟がないから。オレのせいでお前は――――」



 ―――死んでしまった―――



 幾度となくしてきた後悔。


 その後悔の泣き言がこぼれたとき、


『大丈夫ですよ。今の貴方ならきっと大丈夫です。だから泣かないで下さい』


 ふと、そのような優しい声が聞こえた気がした。


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