優しい友達
『理想世界の想像者』を読んで下さっている読者の皆さん、あけましておめでとうございます。今年もどうか本作品をよろしくお願いします。
評価・ブクマなどしてもらえるような作品にしていきたいです(*^^*)
「貴方は私と同じ年だと思えませんね」
そんな一言に軽く傷付いてしまったオレ。
彼女の言うように、そこまでオレは老成して見えるのだろうか? 一抹の不安を抱えてしまった瞬間である。
「結構、真面目な話だったんだから、貶さないでくれよ……」
「違いますよ。むしろ誉めてるんです」
那月はそう言いながらこちらから目線を外し、コンビニの袋から必要なものを取り出していく。
「手を見せて下さい」
オレは素直に言われた通りに手を出した。
それを見た途端、那月は苦々しく眉を潜めて表情を曇らせてしまう。
「うん、流石にこれを直視したくはないよな」
手を那月の方へと差し出しておいてからではなんだが、改めてまじまじと見るとそう思えるほどに酷かった。
手の皮が擦り切れて血が溢れ、乾燥して固まっている。それが満遍なく手のひらを覆っている状態。そうでない場所も刀を握る力が強かったせいか、所々が赤黒く変色していた。
正直かなりグロい。よくあるアクション映画に出てくるゾンビの一歩手前くらいの迫力はある。あまり見ていたくない光景だ。
やはり自分でやろうと思って手を引っ込めようとしたところ、那月に手を掴まれ、それを阻まれてしまう。
「動かないで下さい」
那月はそれ以上は何も言わず、脱脂綿に消毒液を含ませ、オレの手を丁寧に拭っていく。
その課程で手に痛みが走るが、この歳にもなって泣き叫んだりはしない。というかこれくらいで泣き叫んでいるようじゃあ、師匠と剣の修行なんてやってられない。
あの人は正真正銘の剣の天才であり、そして鬼でもある。からからと笑いながら、普通ではあり得ないようなふざけたメニューを課す。つまりのところ、極悪非道な鬼なのだ。
そのお陰で剣に関してはかなり成長出来たのだが、普通なら確実に死んでいる。そのことを思い返せば、あの人との鍛練が一般とかけ離れていた事を認識させられた気がする。
そんな事を考えている間に、あっという間に片手の手当てを終えて逆の手に移る。テキパキと手当てを進めていく那月を何となしに眺めながら、昨日の試合の時から不思議に感じていたことを訊ねてみた。
「なぁ、那月。そういえばさ、昨日の試合の時にオレたちって木刀で打ち合ってただろ。その時にオレの木刀だけ凹んでたのは何でなんだ?」
那月は「ああ」と思い出すように小さく声を相づちを打つ。
やはり彼女は何かをしていたようだ。同じ質のもので、オレの木刀だけ凹むのは疑問に感じて当然だったようだ。
「私が魔力を使った得物の強化をしていたからです。ちなみにこれは村雨流の基礎中の基礎で、これが出来なければ村雨流の型は一つも使えません」
「へぇ」
那月の言う得物の強化。それを聞いて納得ができた。
簡潔に言うならば身体強化のような原理だ。オレは試したことがないが、得物に魔力を纏わせることで、それの性能は向上するらしい。だから同じ木刀で打ち合っていても、オレの木刀だけが凹んでいたということなのだろう。
那月の言はオレにとって新しい発見だった。
オレは次なる疑問を問いかける。
「それは同調的強化か? それとも補強的強化か?」
「同調? 補強? 何ですかそれは?」
那月はオレの言っている言葉の意味が理解できないらしく、キョトンと首を傾げていた。
その姿にオレは自らの失言を悟ってしまう。この質問に那月が答えられないのは当然であった。なにしろこの知識は、那月はおろか一般に出回っていないものである。
知っているのは、研究に携わった三ツ首ノ猟犬の数人のメンバーだけ。別に機密情報というわけでは無いが、わざわざ一般に広めるのはあまり良いとは言えない。
やはりこちらに来てからも、あちらに居た頃の感覚が抜けていないようだ。力の加減を間違えたり、無意識にローカルなスラングが出てしまったりと色々と気が緩んでしまっているらしい。
裏側のオレと表側のオレ。そこら辺の線引きはしっかりとしなければならないだろう。そのために早急にこちら側に馴染まなければならない。
オレは意識を切り替え、なんでもないと首を横に振った。
「いや、悪い。分かんないんならいいんだ。それよりもどうやったら出来るんだ?」
あやふやに話を切る。那月はそのことに釈然としないといった表情を浮かべるも、質問にはきちんと答えてくれた。
「身体強化と一緒ですよ。握っている得物が自分の身体の一部だと思って魔力を循環させるんです」
それを聞いたオレは、既に治療が終わっている方の手で刀を取り、すぐにやってみた。
だがしかし。
「……出来ないな」
そう、出来ないのだ。
自身の魔力を刀に流すことは問題なく出来る。だが、その後がダメだ。魔力の維持、循環が難しい。
自身の身体に強化を施す感覚と同じとは、案外難しい表現をするものだ。身体に魔力を循環させる場合は、血流をイメージすれば容易いのだが、物にはそういった概念がない。元々、自分とは切り離されている無機物を、自分の身体の一部だと考える方がおかしい。
しかし、その理屈が罷り通っているからこそ、得物の強化という行為が成立していると言えるのだろう。
得物を自分の身体の一部だと思い、魔力を流し込み、それを循環させて保つ。これが出来なければ、村雨流では先に進めない。
初チャレンジだから当然と言ったら当然なんだが、魔力の扱いにはそれなりに自信があっただけに、出来なかったことに少なからぬ残念さを感じてしまう。
何気に落ち込んでいると、那月はそんなオレをフォローをするかのように言う。
「初めてなら出来なくて当然ですよ。最初からポンポン出来るのはごく少数です」
「ちなみにポンポン出来た人ってのは?」
「うちの姉さんですよ。あの人は正真正銘の天才ですから」
「……そうか」
『天才』という存在。その存在は生まれつきに恵まれた才能を与えられた人間達であり、オレにとっては越すべき壁だ。
凡才はいくら努力しようが、天才になることは絶対にない。だが、凡才でも努力を続ければ、必ずいつかは天才を負かせれる。いつになるかはわからないが、純粋な剣技だけで師匠もろとも負かしてやろうと心に誓う。
「ちなみに那月はどのくらいで出来るようになったんだ?」
「そうですね……一週間弱といったところでしょうか」
ふむ、那月でそれなら、オレにはもっと沢山の時間がかかりそうだ。
ただしそれは同じ練習量であればの話。この技術は村雨流の基礎中の基礎らしいし、他のことにも応用ができるかもしれない。覚えるのは必須だろう。今から四六時中ずっと練習すれば、きっと一週間以内には出来るようになるはずだ。
「そうと決まれば早速やるか」
「させませんよ」
そう言って治療中のオレの手を「これでもかっ!」ってくらいに強く握る那月。傷口を押さえられる形になり物凄く痛い。
「痛ってぇっ!」
思わず大声で叫んでしまう程だった。流石に泣き叫びはしなかったが、大声で叫んでしまうのは理解して欲しい。
真新しい傷口を強く押さえられてるんだ。これで悲鳴じみた大きな声が出ない方がおかしいというものだ。
オレは恨めしく半眼で那月を睨んだ。
「なにすんだよ」
「貴方は馬鹿ですか」
呆れを含んだため息を吐く那月。オレは憮然として返した。
「馬鹿ですけど何か?」
「そこで開き直らないで下さい……」
那月は再度呆れのため息を吐いた。それから治療中のオレの手を見て言う。
「その手で刀を握るつもりですか?」
「そりゃ、当たり前だろ。刀を握らなきゃ振るえないからな」
「いい加減にして下さい。こんな怪我をしていて黙認できるはずないでしょう」
声に若干の怒気を含ませている那月は、かなり怖かった。まるで悪鬼羅刹が目の前に居るようだ。普段から村雨先輩はこれを体感しているのだろうか?
それならあの人の凄いと思う所が一つ増えた気がする。
「今、失礼な事を考えませんでしたか?」
「いえっ! 滅相もありません!」
ギロリと鋭い眼光をむけられ、何故か敬語になってしまうオレ。いろんな意味で弱すぎだろ……。
「とにかく何をするにも適度がいいんです。恭弥さんみたいなオーバーワークは体を壊す原因です」
感情を吐き出すような提言。
オレはようやく那月の意図を悟った。彼女は、オレの事を心配してくれて怒っていたのだ。オレにとってはこれが普通になっていたのだが、それは確かに端から見たら異常だったかもしれない。
「つまり『Too much of something is like something That's not enough(過ぎたるは、及ばざるが如し)』って事だな」
「いや、そこは日本語で喋って下さいよ」
彼女はオレが何を言ったのか理解できなかったらしく、不満げな顔をしていた。オレはニヤリと笑い、問い掛ける。
「だけど『Forbidden fruit is sweetest(禁断の果実は甘い)』とも言うから、仕方ないよな?」
「何を言ってるのかは分かりませんが、これ以上無茶をするようなら、天月先輩に言いつけますよ」
その言葉に思いっきり頬が引きつった。目の前の少女はなんて恐ろしい脅し文句を使ってくるんだ。
凛姉に言いつけるだと? そんなことされたらオレが破滅する。
なにしろ経験上、姉という種族は怒らせると、とてつもなく恐ろしいのだ。何時間も正座させられて説教を受け、その最中で泣かれると罪悪感が半端ない。その上、終わったと思えばまた次の説教。受け続ければ、間違いなく心が折れてしまう。
「人の弱味につけ込むなんて卑怯だぞ……!」
オレは那月に抗議した。
だが、まともに取り合ってもらえない。
「そうさせる貴方が悪いのでしょう」
「くそっ。オレだって弱味につけこんでやる」
「出来るものならどうぞ。私にはそんなものありませんから」
クールに笑ってみせる那月。
そのような顔してられるのは今の内だけだ。
「オレには心強い味方が居るんだ。弱味の一つや二つなんてすぐ分かるさ」
「ならばその味方とやらを頼ればいいじゃないですか」
余裕綽々と言う那月を尻目に、オレはリクを抱えあげた。
「なあ、リク。那月の秘密や弱味とか教えてくれよ」
遊んでもらえると勘違いしているらしいリクは、ご機嫌な様子で尻尾をフリフリと振って一つ鳴く。
オレはそれに対し、
「ふむふむ」
と適当に相槌を打った。
「それでその子と喋ってるつもりですか」
オレは那月に対して意地悪く笑む。
「なぁ、那月さんや。リクを拾った日に思い当たる恥ずかしい事ってあるだろ?」
途端にピキリと固まる那月。カマをかける程度の質問だったが、この反応を見るに、手応えがありだ。
「な、なんのことですか? そんなものあるわけないじゃないですか。勝手な決めつけはよして欲しいものですね」
動揺しながらも声を振り絞る那月。彼女の目は、大海の魚群も真っ青な勢いで泳ぎまくっている。
その姿にオレは更に笑みを深くした。
「そうだなぁ……。無視、噛まれる、吠えられる、落ち込む、泣く、とか思い当たりがあるんじゃないか?」
オレは断片的に適当なワードを幾つか並べてみた。この中のどれかに反応すれば、そこから次なる糸口に辿り着けるはずだ。悪徳商法や詐欺にも使われるよくある手口である。
腹黒い算段をしている内に、彼女は慌てて早口で捲し立て始めた。
「べべべべっ、別にリクに相手にされなかったせいでっ! か、壁際で膝を抱えて落ち込んでいたとか全然一切合切全くもってありませんからっ……!」
……聞いてもいないことを話し始めていた。どうやら那月はリクを拾った日、リクに相手にされなくて落ち込み、壁際で膝を抱えていたらしい。まさかの段階をすっ飛ばして、いきなり結果まで辿り着いたようだ。
彼女は普段は余裕があるため冷静に物事を捉えることが出来るが、図星を突かれると焦り出すタイプの人間らしい。インチキな占いや詐欺に引っ掛からないか心配だ。
「ふむ、思ったより深刻だったな。次に、昨日の夜なんてオレとの模擬戦の事を思い出して――――」
勿論そこから続く言葉は無いのだが……。
「全く全体何もありませんっ。リクと仲良くなれたことが嬉しくて、リクに愚痴を聞いてもらったりだとか、慰めてもらったりなんてしてません………ッ!」
と、自分から話してくれた。普段のクールさが嘘のように慌てふためくその姿を見ながらリクに語りかける。
「聞いたかリク。那月が自分から弱味を教えてくれたぞ」
「~~~~~~~っっっ」
羞恥のためか顔を真っ赤に染める。そんならしくない仕草でさえ、普段とのギャップからか、とても可愛らしく見えた。
だけど今は交渉という名の闘いの最中だ。心配してくれているのは大変ありがたいのだが、オレは刀を振るうためにここに来ている。刀が振るえなくなれば本末転倒である。
オレは今得た情報をダシに交渉を試みた。
「というわけでだ。刀を振るうのを黙認してくれ」
那月はプライドとの天秤にかけているのか、唸りながら葛藤していた。しばらくしてようやく答えが出たようだ。
「……ダメです。黙認しかねます」
「そこをなんとか許してくれよ、なっちゃん。この秘密はオレの胸の内にしまっとくからさ」
「貴方までその呼び方をしないで下さい。……それと脅しには絶対に屈しませんよ」
鋭い目線で「認めません」と語る那月。彼女の意志は頑ななようだ。そこでオレは譲歩することにした。
「じゃあ、こうしないか? 怪我が治るまでの間、那月の監視の下に限って無理の無い範囲でオレが鍛練するのを認める。それ以外の時はちゃんと大人しくしてる。それならいいだろ?」
それでダメと言われたら、もう那月の目を盗んでやるしかない。そうでもしないとここに来た意味がない。
でも凛姉にチクられるのだけは勘弁だ。彼女に怒られるのも嫌だし、心配させるのはもっと嫌だ。
「頼む、この通りだ」
手を合わせて頼み込んだ。
すると、那月は疑うように訊ねてきた。
「……本当にその言葉を守れますか?」
その言葉に、わずかに光明が見えた気がした。オレはすぐさま首を縦に動かして肯定する。
「もちろんだ」
「本当の本当ですね?」
「本当の本当の本当だ」
オレは真っ直ぐに那月を見て、言葉を返す。その視線を真っ向から受け止めていた彼女は、しばらくして諦めたようにため息を吐く。
「本当に無茶はダメですよ。少しはこちらの気持ちも考えて下さい」
那月にとっては何気ない一言だったのかもしれない。
それでもオレは、気付けば彼女の頭に手を伸ばしていた。
「と、突然何をするんですか!?」
真っ赤になって慌てふためく那月に、オレは笑顔で言った。
「心配してくれてありがとな」
正直、すごく嬉しかった。過去の出来事があるだけに、自分を少しでも気遣ってくれる人が居ると実感できた事がこの上なく嬉しかった。本当は抱き締めたいくらいなのだが、流石にそれはダメだろうと自制する。
那月はオレの感謝の言葉に、視線をフイッと逸らしてしまう。
「貴方にはリクの恩があるからです。だからこれでプラスマイナスゼロです。貴方も気にしなくていいです」
那月は早口でそう捲し立てた。
なんともクールな彼女らしい物言いだ。
それでもオレは笑ってもう一度言った。
「それでも、だ。ありがとな那月。お前みたいな優しいやつと友達になれてに本当に嬉しいよ」
「~~~~~~っ。もういいでしょうっ! 早く朝食を摂りに行きますよっ!」
那月はさっとオレから離れ、真っ赤な顔で逃げ去って行ってしまう。きっと脱兎の如く逃げるとは、このような状況を指すのだろう。
そう思った瞬間であった。




