宵闇紛れの剣舞
夕食自体は美味しいが、空気はとても不味い。そういったなんとも後味の悪い食事を終えたオレは、夕食後に風呂をすすめられて入浴した。木の香りが薫る檜風呂。十二分に満喫させてもらった。
上がった旨を伝えると、布団の敷かれた部屋に案内される。
案内した村雨先輩は、
「自分の家だと思って好きに使っていいよ」
と言い残してすぐさま自分の部屋に戻ってしまう。
普段が普段なら、「シロちゃんシロちゃん、何かして遊ぼうよっ♪」なんて言いそうなだけに、肩透かしを受けた気分だ。
まぁ、もっとも、そうなっていない理由は明白な訳だが。
とにかく、本格的な指南は明日からになるらしい。
特に何もすることのないオレは、彼女の言葉に甘えることにした。オレはこっそりと部屋を抜け出して道場に足を運ぶ。もともとその為にここに来たのだ。やれるときにやらないと損である。
道場の中は薄暗いものの、月明かりのお陰で道場の中は視認はできた。オレは借りた胴着に着替えてから、道場の床に腰を下ろし、精神統一から始める。
流水の意。心を流れる水のように穏やかにして、深くて静かな呼吸を何度も繰り返す。
刀を振るう以外、余計なものは遮断していく。目に映る景色、耳に入る音、そして思考。全てを何もない純粋な無にしていく。
不意に立ち上がった。
自分以外に何一つとして動くものはない空間の中、静かに本物の刀を取る。刀剣創者にて創り出した一振りの刀。鞘ごと創り出したそれを手に持ち、ゆっくりと息を吐く。
スゥッと、音もなく抜刀した。
その瞬間、今までの静かな空気が消えてしまったかと思うほど、自分の周囲を取り巻く空気は変わりゆく。
そこに居るだけで、痛いと感じてしまう程に凍てつくように冷たい空気。いつもとは違うひんやりと冷たい空気の中、感情という感情が霧散し、感覚が鋭くなっていく。
思考、筋肉の収縮、呼吸、瞬きにいたるまで。感覚が極限まで研ぎすまされた今では、全てが刀を振るためだけに機能していた。
「――――ふっ!」
鋭い呼気とともに、抜いた刀をそのまま一閃する。鋭い風切り音と共に、決して傷付くことのない大気に一文字の斬り傷をつけた。
その傷が消えてしまう前に、今度は縦に一閃。目にも止まらぬ速さで刀を振るった。縦に、横に、袈裟に、逆袈裟に。無心になってただただ刀を振るう。
これまで自分が受けてきた幾つもの剣筋。それをかわし、受け止め、弾き、反撃する。そして、ひたすらにリアルに近いイメージと擦り合わせていく。
「戒めの鎖・完全解錠」
途端に代わる容姿。
髪は白銀から燃え盛る紅蓮へ。瞳は琥珀から煌々と輝く紅玉へ。自分の全てが変わったかのように感じる中で、全力の身体強化を施した。
鍛え上げた肉体と上等な質の魔力のかけ算。結果として爆発的に向上する身体機能。
やることは一つだけ。ただただ舞う。
師匠を見て学んだ技。努力の末に完成した自分の技。知識にある全ての型を繰り返す。それは誰もが関心を寄せる、流麗な剣舞にすら見えることだろう。
だけども―――
「まだだ……まだ足りない……」
口から自分の心が漏れ出てくる。
幾重の修練や実戦によって洗練された剣筋。そこに至るまでに、果てしない努力とかけがえのない時間を費やしてきた。それでも……師匠である『焔の剣聖』の技量には遠く及ばない。
これまで繰り返した剣舞の感覚を逆再生する。何度も見てきた師匠の剣筋に重ね合わせ、自分の剣の問題箇所を探し出す。
振るわれる刀の速さと角度。足の先から首元に至るまでの筋肉の連動。手足の関節の稼動範囲。一つの技を、一つの筋肉の動作単位で注視し、細かく分解し、 咀嚼していく。
師匠とオレは歳は違えど、同じ人間という名の種族だ。だからこそ、同じ人間であるオレに出来ないわけがない。ひたすら考え、定義し、余分なものは放棄し、リアルなイメージをしていく。
足を強く踏み出す。迅く鋭く刀を振り抜く。遅れて響く風切り音。
「……これじゃダメだ」
さっきよりはイメージに近付いた。
それでも、まだだ。まだまだ足りない。いつまでも追い付けない。剣の頂を冠する人物を越すためには、今の最高を越えなければならない。
一つ一つ、丁寧に着実にもう一度。身体の動作はどこも悪くない。むしろ、良いとすら感じられる。それでもズレるのはなぜか。それだけを考えながらひたすらに剣を振るう。
理想の剣を追求しなければ、これ以上は先には進めない。そこで道は途絶えてしまうだろう。だからがむしゃらに振り続けた。
これがもし………天賦の才ある村雨先輩ならば違っていたはずだ。
凛姉との一件の時に生じた模擬戦。あの時の舞華による氷の蹂躙劇を刀一本で凌いだ技量は本物だった。きっと、純粋に剣だけの技量ならば、オレなんかよりもずっと剣聖である師匠に近い。
そこまで考えて思考を中断させ、意識の外側に放る。
最初は軋みそうになっていた身体も、型を消化していく内に馴染んでいく。久しぶりの剣舞に息が上がり始めた。そんな状態でも休むことなく舞い続ける。
例え泥臭かろうと、今のオレにはそうするしか無かった。




