資格
普段、見ることの出来ないであろう村雨の優しい微笑み。その温かい表情に見惚れていたところ、
「おまたせーっ!」
ちょうどキリの良いタイミングで、この場に台風のごとき人が帰ってきた。
思わず、タイミングの良さを誉めるより、文句の方が口から出掛かる。
五月蝿すぎてリクが起きてしまうではないか。少しくらいは落ち着いて欲しいものだ。
だが、そうは思えど、言葉にしてないものが伝わることはなく、
「あれ? どうしたかしたの二人とも?」
不思議そうに首を傾げている村雨先輩。
彼女のその姿を尻目に、オレと村雨はお互いに小さく笑みを交わした。たぶん、特に意味のあるものでは無いのだと思う。でも、逆にその事が可笑しかった。
「なんでもないですよ」
「なんでもありません」
オレと村雨のシンクロした言葉に、村雨先輩は頬を膨らませてしまう。なんだか、怒っているようだった。
「絶対にウソだよっ! 私だけ仲間外れなんてひどいよっ! 仲間に入れてよっ!」
「そんなことよりも早くご飯にしましょう」
「そんなことって流された!?」
村雨先輩の悲しげな声をよそに、食卓に料理が並べられ、食欲をそそる匂いが居間に広がっていく。
肉汁が溢れそうな唐揚げ、狐色にこんがりと揚がったコロッケ、彩り取り鮮やかな野菜サラダ、ホカホカと湯気を立てる味噌汁。見ているだけで食欲を刺激されっぱなしである。
「いただきます」
三人で手を合わせて料理に箸を伸ばしてゆく。
「どうどう? おいしいかな?」
期待を含む視線を向けてくる村雨先輩に、オレは首を縦に振って肯定した。
「はい、美味しいですよ」
「うんうん。そう言って貰えると作った甲斐があるよっ」
屈託ない笑みを浮かべる姿は、普段が残念な人である事を忘れてしまう程に魅力的だった。
美味しい食卓に素敵な笑顔。普段は残念な人だが、これだけでも人を惹き付ける魅力としては十分だ。将来、この人の作ったご飯を毎日食べれる男は幸せ者だな。
そのような事を考えながら、オレはふと気になったことを口にした。
「そういえば親御さんはどうしたんですか? 一応、挨拶とかしときたいんですけど」
これから二日間もお世話になる家庭だ。許可が出ているとはいえ、きちんと自分の口から挨拶をしておかなければならないだろう。
そう思っての発言だったのだが、
「もしかしてお父さん達に『娘さんを下さい』って挨拶してくれるのシロちゃん!? やったーっ! 遂に私にも春がきたよーっ!」
途端に身を乗り出した村雨先輩は、ひどく興奮しているご様子。はっきり言って、完全にアホの子だ。
それと確かに春は来ているらしい。頭の中だけ限定で。オレの中で、魅力+アホ=0の式が成り立った瞬間である。
「それは絶対にないですね。それにもし貰うとしても、先輩じゃなくて間違いなく村雨を貰います」
「な、なっちゃんに負けた!?」
驚愕に目を見開く村雨先輩。彼女の逐一されるリアクションは見ていて楽しく、飽きない人だった。
「冗談ですよ。二日間もお世話になる予定だから、厄介になる事を自分からも言っておかないといけないと思いまして」
「むぅ、シロちゃんのいじわるぅ。リンちゃんにはすごく優しいのに、私には優しくしてくれないんだぁ……」
ぷくぅー、と頬を膨らませる行動は子供染みていた。
姉が頼りにならないと思ったのか、質問には村雨が答えた。
「父さんは先週末から、剣聖の認定試験を受けるために海外に行っています。母さんもそれに着いていってるので、この家には私と姉さんの二人きりです」
オレはそれを聞いて、苦虫を口一杯に詰めてから噛んだような顔をしてしまっていると思う。決して親御さんが居らず、美少女二人と一つ屋根の下の状況に対してじゃない。
理由としては、今しがた村雨が口にしたとある試験のせいだ。
剣聖の認定試験。それは文字通り、新しい剣聖を認定するための試験のことだ。
しかし、与えられる称号から神聖視されがちな試験なのではあるが、実はそれほど良いものでもない。試験とは名ばかりの、受ければ最悪の場合、剣を捨ててしまうかもしれないものなのだ。
「ちなみに試験を受けるのは初めてか?」
「いえ、確か今回で三回目です」
「……二人の親父さん、すごいな」
それを聞いて、少なからず驚いた。
あの人の試験を受けて剣士を辞めていないことに加え、すでに二回も受けているのだ。普通ではあり得ない精神力である。その並外れた精神力は、称賛に値するレベルだと言えよう。
そう言い表すのにも理由がある。
あの人の剣聖認定試験は、何時如何なる場合であろうとシンプルな一騎討ち方式とされている。何の理屈もない剣の交じり合いだ。
ただ、その試験が長く続くことはない。
試験が始まってから、わざと相手の剣撃を受け、そこから反撃の一太刀。たったそれだけで試験は終わってしまう。もちろん勝つのは何があろうとあの人だ。
一応致命傷を負わせないように配慮はしているみたいだが、挑戦者の握っていた愛刀は耐えきれず砕け散ってしまう。そして愛刀と同時に夢やプライドまで砕かれてしまう。剣士にとっては、『死』と同義とも言える認定試験なのだ。
事実、オレは圧倒的な実力差に絶望を刻まれ、剣の道を諦めた人を沢山見てきた。だからこその驚きなのだ。
「それを言ったら、『赤銀の剣聖』はもっと凄いですよ。誰もが越えられない壁を唯一、越えたんですから」
「そうだよそうだよっ。きっとすごい人なんだろうねっ」
それを聞き、思わず啜った味噌汁を吹き出しそうになった。そこで『赤銀の剣聖』を出してくるなんて、まさかの不意打ちだ。
寸でのところで粗相をこらえたオレの様子に気づいた風もなく続ける。
「ただ、正体が不明なのがとても気になりますね。出来ればどんな人なのか、お目にかかってみたいものです」
へいへい、そいつなら目の前に居ますよー。なんならサービスで握手でもするかいお嬢ちゃん。今なら特別にサインも付くぜ?
―――なんてこと言えるか馬鹿野郎。
すでに背中には冷や汗が滝を作っていた。
剣術に関わる人物ならば、二代目剣聖に興味を持つことは必至だと思う。だけどオレは知られたくない。試験なんて厄介なものをしたくはないし、変な騒ぎはもっと厄介だからだ。
だからこそ、師匠には無理を言って二つ名だけで、正体の開明は避けてもらったりしたのだ。故にバレるわけにはいかない。そう心の中で固く決意する。
そんな時、何気ない様子でポツリともれる呟きが一つ。
「私もいつかは剣聖になりたいなぁ」
純粋な本心からの呟きだったのだろう。
オレはそれに対して反射的に口を出していた。
「理由は?」
「だって剣聖だよ? すごく憧れるじゃん」
憧れるから剣聖に成りたい。
それを聞いて、冷めた口調で断言した。
「絶対に無理だから止めた方が良いですよ。これから先も剣士としてやっていくなら、それがオススメです」
否定の言葉。オレの言葉を受けた村雨先輩は眉根を寄せ、怒ってしまう。
「確かに今は実力不足だけど、もっと頑張ったらなれるかもしれないよっ!」
頑張ればなれるかもしれない、か。
確かに実力があれば他者には認められる。だが、そういう問題ではないのだ。
実力があれば剣聖になれる。剣聖の認定試験を受ける挑戦者達がそう認識してるからこそ、剣聖として認められずに幾人も散っていく。
剣聖の認定試験は、剣士の実力をはかるためのものではない。もっと大切なもの。それが認定試験にて試されている。
そして剣聖足る資格がないと判断されるからこそ、一太刀にて切り捨てられ、試験は終わりとなる。全ては受験者の勝手な勘違いである。
現にオレは実力が伴っていない、実力うんぬん以前。
つまり剣を習う前には、師匠である『焔の剣聖』にすでに剣聖の資格があると認められていた。その上で実力の向上に伴い教育過程を修了し、『赤銀の剣聖』という仰々しい二つ名を押し付けられたのである。
だからこそオレは分かるのだ。今のこの人は絶対に剣聖になれない。先程のはそれ故の言である。
オレは怒る村雨先輩に向けて、
「なれるといいですね」
口先だけの作り笑いでそう返すだけだった。




