剣術のスタイル
構えていた木刀から力を抜いて下ろす。
その後、対戦者へと小さく一礼し、身体強化を解いた。
「戒めの鎖―――限定施錠」
制限するための魔法の言葉。闘いを終えたオレは、魔力が暴走してしまわない内に鎖を巻き直す。
途端にズシリと身体が重くなった気がした。
やはり魔法を使わないにしても、身体にはそれなりの負担があるようだ。
本当に面倒な体質だな、と心底思ってしまうのは仕方ないことだろう。なにせ、器と魔力の比率が合っていないのだ。そのせいで、解放時は身体には余計な疲労が蓄積されてしまう。
姉さんの推測による話だと、完全に身体が成熟するまでは我慢しなければならないらしい。
だからこその戒めの鎖。自分で身体にダメージが無い程度に制御するために、この魔法を創り出したわけである。そのお陰で色々制限されるのは面倒だが、どうにか暴走せずに済んでいる。
「うんうん、中々いいね。予想以上だよ」
笑顔で近づきながら言ってくる村雨先輩は先ほどの鋭い表情ではなく、いつもと同様の天真爛漫な笑みを浮かべていた。
彼女につられてオレも笑みを返す。
「そう言ってもらえて光栄ですよ」
「ただね―――」
彼女は一度言葉を切り、一拍の間の後に再び口を開いた。
「私はシロちゃんの全力が見たかったな。今回は理由があって出さなかったんだろうけど、いつかは見せてね?」
その言葉を受けて絶句してしまう。
さっきの試合では、この人の言う通りに全力ではなかった。
だが、それは村雨を見下しての行動ではない。理由としては、全力を出すための条件を達していなかったからだ。
その達していなければならない条件は三つ。
よく一般でも言われる心・技・体である。
その内の一つが戒めの鎖の解錠。そうすることで身体強化に使う魔力の質と量を引き上げ、身体面を飛躍的に向上させなければならない。その上で更に一つ上の工程が存在している。
今回はその一つ目の半分だけしか達していなかった訳だから、全力とは程遠かった。
だけどその事を知っているのは、オレと師匠の二人だけ。
だからこそ、初見でそれを見抜かれた事には驚いていた。今度こそ、この人が本当に優秀な人材であることを認めざるおえない。
「さすが『剣舞姫』ですね。お見逸れしました」
「でしょでしょっ。どう? お嫁さんに欲しくなった?」
「いりません」
「ちぇっ、シロちゃんのいけずぅ」
ちょっと見直した次の瞬間にはこれだ。なんと言えばいいのだろうか。はっきり言って、本当に残念な人だった。
そう呆れ返っていると、試合を終えてから沈黙を守っていた村雨が口を挟む。
「……なぜ東雲さんはそれほどの技量を持ちながら、ここで剣術を学ぼうとしているのですか?」
実際に試合をしてそう思ったのだろう。それは村雨にとって最も大きな疑問であったのだと思う。
彼女の質問に対してオレが答えるより先に、村雨先輩が軽く指を振るう。
「ノン、ノン。違うよなっちゃん。シロちゃんの剣術はクセが強くて常に全力で闘えないんだよ。だからその欠点を埋めるために普通の剣術も使えるようにしようとしてるってわけ。使う剣術の切り替えで相手を翻弄しながら、自分の疲労は極端に減らすもパフォーマンスは最高を維持する。そんなスタイルを目指してる。だよね?」
前半部分は村雨に向けて、後半部分はオレに向けて話しかける形で丁寧に説明口調にて話す。
本当にこの人には驚かされる。もしかして普段の馬鹿らしさは演技ではないだろうかと思えるほどだ。
「村雨先輩の言う通りなんだ。オレの剣術は条件が全て揃わないと100%の力を出せない面倒なタイプだからな」
それを聞いて「ふむ」と相槌をうつ村雨。
「でも東雲さんの使われるのが、邪剣というのは本当に意外でした」
されるのはオレの剣術のスタイルに対する村雨の批評。その言葉に苦笑いが漏れてしまう。
正統な剣の道から外れた邪の剣の道。それがオレの身に付けた最良の剣術だった。
師匠には、『性格のひねくれたお前にはお似合いだ、この腹黒鬼畜野郎。馬に蹴られた後、大型トラックに轢かれてドブに落ちろ! それでそのまま沈んでしまえ! 二度と出てくるな!』とか言われていただけに、今の言葉は予想外だったりする。
ちなみに師匠の言葉がなぜか罵倒になってるが、それは気にしたら負けだ。
……思い出したらなんだかムカついてきた。今度会ったら、出会い頭にでも二、三発殴っておこう。
そんなくだらない頭の片隅での思考を彼方へと追いやり、オレは興味本意で訊ねてみる。
「オレってどんなイメージなんだ?」
「そうですね……。『邪魔な敵は正面から叩き斬る!』みたいなものかと」
おお、なんかカッコいいぞ。あれか?
『またつまらぬモノを斬ってしまった』みたいな。ちょっとだけアリかもしれない。キメ台詞の候補に入れておこう。
「それこそ意外なイメージだな。オレはそんな風に見えてるのか」
肩を竦めてそう短く返した。
オレは今言われたような殊勝な人間ではない。
利用できる物ならなんでも利用するし、敵を倒すためならどんな隙でも突く。そのような狡猾なタイプの人間だ。
村雨がイメージするオレが、正々堂々でまともな人間だと思っていることに驚きを禁じ得ない。
「でも予想外だったのは確かです」
「まぁ、人は見かけによらないって事だ。意外性があるこその人間だしな」
実際にそれを如実に体現する人が目の前に居るし、と付け足して村雨先輩に視線を向けた。
「あぁ、なるほど」
村雨はその意見に納得とばかりに頷いた。
そんな失礼な視線を向けられた村雨先輩といえば、気にした風もなくいつもの雰囲気で笑いかけてくる。
「それでシロちゃんシロちゃん。もうそろそろ晩ごはんにしたいんだけど、もちろんシロちゃんも食べるよね?」
道場の窓から外の様子を見れば、日が落ち始めていた。正確な時間は分からないが、確かにご飯時だろう。
だが、オレは首を振って断る。
「オレは遠慮しときます。今の内に、少でも多く剣を振っときたいんで」
向上心溢れる言。
が、その言葉に突如、村雨先輩が怒り出した。
「ダメだよっ。ちゃんとごはんを食べないと体を壊しちゃうんだよっ!」
「いや、コンビニで携帯食を買ってきてるんで、心配しなくても大丈夫ですよ」
「そんなのじゃダメだよっ。ちゃんとしたものを食べないと剣術の指南は絶対にしませんっ!」
オレを見てキッパリと言った村雨先輩。
その勢いに思わずたじたじになってしまう。たかがご飯くらいでお冠になられても困る。
助けを求めるべく、村雨に視線を向けた。すると予想外なことに彼女にまでバッサリ切り捨てられてしまう。
「今回は姉さんの方が正しいです」
「ほらっ、なっちゃんもこう言ってるよっ! 二対一で答えは決まってるよっ!」
オレに与えられた選択肢は『はい』か『Yes 』しかなかったらしい。選択の余地がない。できれば『いいえ』と『No』の選択肢も用意しておいて欲しいものだ。
「……それじゃ、ご相伴に預かります」
結局、夕食をご馳走になることになったオレは再び私服に着替え直すことになった。
その途中で『ごちん!』と鈍い音が響き、『あいたっ!』と声が聞こえる。それを聞いて、「あぁ、平和だな……」と感じる程には馴れてきたんじゃないかと思う。
着替えも終わり、廊下を歩いて進んで行く。
「まったく、姉さんは何時になったら成長するんですか? いい加減にして下さい。さもないと全力で打ちますよ」
ずんずんと先頭を歩み進める村雨。憤然と自身の姉にそう問い掛ける村雨が地味に怖いのはオレだけなのだろうか?
いや、そんなことはなかったようだ。ちゃんともう一人居た。
村雨先輩は涙目になり、きゅっと縮こまっている。プルプル震えていて、まるで産まれたての小鹿みたいだ。
「……シロちゃん……なっちゃんがこわいよぉ……」
その姉としての威厳が皆無な様子に笑みを誘われてしまう。
「……うぅ、シロちゃんまで私を馬鹿にするんだぁ……」
「いやいや、してませんって」
「……だってぇ、今私を見て笑ったもん……」
「勘違いですって。オレは村雨先輩を馬鹿になんてしてません」
「……本当に?」
うるるっとした上目遣いで問われ、ドキリと心臓が高鳴る。
思わず手が伸びそうになるが、頭を撫でたりしたら負けだ。いったい何に負けるかは知らんが。
「本当の本当です。信じてください」
「……じゃあ、『愛してる』って言って」
「まったく関係無いですよね?」
「やっぱり言えないんだぁ……。嘘だから言えないんだぁ……」
うん、そのトンデモ理論が理解できない。
なんで、本当=愛してる、となるんだ。
それでも泣きそうな村雨先輩を見て、コホンと咳払いを一つ。彼女のために恥を忍んで一肌脱ぐことにした。
「……あ、あ、あい、あい……」
「あいあい?」
「あ、あいあい、して」
違うんだ、あいあい、じゃない。決しておさるさんじゃない。
正直、そういう仲でもないんだから、軽いノリで言えば……。そう思っても実行できないのは、多分オレがチキンなせいだったりする。
こんなこっ恥ずかしい台詞を真面目な顔で言える訳もなく、結局は冗談混じりになるオレ。
「I love you.You see?」
我ながら良い発音だ。
途端におろおろしだすのは村雨先輩。
「えぇっ!? なんでネイティブな英語なの!? えっと、えっと、こういう時は前に先生が言ってたよね。た、確か、の、のーさんきゅー。えっと、それでそれで、どんと、たっち、みー……ってシロちゃん!? いきなり崩れ落ちてどうしたの!?」
どうしたの、じゃない。なに? その拙い英語? なに戸惑いながら拒否った上で、さらっと『私に触らないで』とか言ってるの?
せっかく頑張ったのに、まさか精神的にここまでダメージを受けさせられるとは思ってなかった。心がブルーな気分一色に染まった瞬間である。
「……姉さん、いくら英会話が駄目といっても流石にそれは酷いですよ。あれじゃ、誰だって傷付きます……」
「えぇ!? 私、日本語だと何って言ったの!? なっちゃん日本語訳してっ」
「せっかく東雲さんが姉さんの我儘を聞いてくれて、『愛してる』と言ってくれたのを拒否した上で、『私に触らないで』と」
「……本当に?」
「本気と書いてマジと読むくらい本当です」
さぁー、と顔色を変える村雨先輩。
「うわぁっ、ごめんねシロちゃんっ! ごめんねっ! そんなつもりはなかったんだよっ!」
なんかそんな声が聞こえた気がしたが、撃沈したオレには届かない。
「……もうやだ、ボクおうち帰る……。帰って温かいお布団でお姉ちゃんと寝るんだもん……」
「まさかの幼児退行!?」
「いいもん。明日、先生に言いつけてやる。ママにも言いつけてやる」
「シロちゃんが壊れた!? どうしようどうしよう!? 救急車っ!? そうだっ、救急車呼ぼうっ!」
携帯電話を取りだし、わーわーと騒ぎ立てるが、なんだかスケールが大きなことを言い始めた。放っておいたら面白そうなことになるだろうが、巻き込まれるのもオレだ。
……冗談はやめてそろそろ立ち直ろう。
「ちなみに番号とかわかります?」
「110番だよねっ!?」
「それは警察です」
「じゃあ、118番!」
……それも違う。118番は、日本における海上での事件・事故の緊急通報用の電話番号だ。ちなみに一般の電話機からかければ、全国11ヵ所の各管区海上で保安本部に繋がるらしい。
つーか、よくそんなのが出てきたな。正解は119番だ。
「それも違います。というわけでこの携帯電話は没収です」
「あっ、私のケータイが――って、シロちゃん!? 元気になったんだねっ。さっきは本当にごめんねっ。お詫びにごめんねのハグだよっ」
それは心底安堵した満面の笑み。村雨先輩は見惚れる無邪気さでオレを迎え入れんと手を広げる。
そんな彼女に最高の笑みを向けて言った。
「No thank you.Don't touch me」
すると、パタリ。廊下に一つ生ける屍が出来上がった。
「うぅ……確かに意味がわかってたら、これは大ダメージだよぅ……。それに何気にシロちゃんの発音がすっごく良いよぅ……ううぅ……」
メソメソ、シクシク、メソメソ、シクシク。
見ただけでうそ泣きだと分かる仕草だったので、当然村雨と二人でスルーしたのだった。
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