型無しの剣技
村雨との木刀での模擬戦。彼女の繰り出す剣技を前にやる気に熱が入った瞬間のことであった。
「止め」
村雨先輩の制止を呼び掛ける声がかかる。その声はいつもよりわずかに冷たい響きを持っていた。
が、現状、そんなこと知ったことではない。
「なんで止めるんですか?」
良いところで試合を止めた彼女を睨む。
オレ達はお互いに有効打が入った訳でもないし、降参と言った訳でもない。それにも関わらず、冷や水を浴びせるかのように試合を止められた事が腹立たしかった。
そんなオレに村雨先輩は、いつもの甘ったるい雰囲気を一切感じさせない鋭い眼光を向けてくる。
「今の試合はシロちゃんの実力を見るためのものだよ。村雨流の実力を見せるための試合じゃない」
快活なわけでも、明朗なわけでもない。
それでいて道場全体に響き渡る村雨先輩の冷たい声音。
オレはその雰囲気に呑まれ、言葉を失ってしまう。それほどに普段とは違っていたのだ。
「それと全力で闘わないとダメだよ」
「オレなりに全力なんですけど」
「それはなっちゃんに合わせた剣術でだよね? 本来のスタイルでやりなよ。ぎこちなさすぎるよ」
「……………」
確かにオレが振るっていたのは、村雨が振るっていた剣術に合わせた至極正統なモノだった。
それを違和感のない程度に振っていたつもりなのだが、村雨先輩にはバレていたようだ。普段の馬鹿でアホなところを見せつけられていただけに、このギャップには驚かされてしまう。
「仕切り直しだよ」
村雨流を知る以上、こちらにも手を晒せということだろうか。
有無を言わせない短な言葉には反論も出来そうにない。
「………準備があるんでちょっと待ってて下さい」
これ以上の反駁はお互いにデメリットしか生まない。そう判断したオレはそう言ってから、静かに目を閉じた。
「戒めの鎖・三次解錠」
小さく魔法の言葉を紡ぐ。
瞬間、自分の中で自分を縛るものが外れるような感覚が訪れる。
同時に、これまでにはなかった高揚感や膨大な魔力のみなぎり。全身の血が沸き上がるような心地よい感触に身を委ねながら、オレは閉じた時と同様に静かに目を開いた。
「瞳が紅く……」
そう呟いたのは村雨。彼女の言う通り、オレの瞳は琥珀色から紅蓮色へと変わっていた。
これは自分を縛っていた五本の鎖の内、三本を解いた副産物のようなものだ。あとの二本を解けば、髪も瞳と同色の紅蓮色に染まることだろう。
ちなみにこの魔法は壊されない限り、何度でも着脱が可能である。外しても、詠唱するだけで代償無しに再びつける事が出来る仕様。そういう風に創った魔法でもある。
「こっちのオレの姿も写真で見たことがあるだろ? まぁ、今回は目だけなんだけどな」
「一応は知っています」
短く返してくる村雨。
彼女たちがこっちのオレを知っているのは当然の事だった。
あの忌まわしきクソ生徒会長様が、自分で撮影したらしき写真を生徒会に持ち込んでいたからだ。そのお陰で凛姉と和解出来たのだが、行動事態は忌々しい限りである。
「それじゃ、今度こそ始めるよ」
オレは村雨先輩に頷き返してから、村雨に向き直って告げた。
「オレは今から突飛な行動をするけど、ちゃんと反応してくれよな。さもないと痛い目にあうぞ?」
村雨は言葉では何も言わない。
彼女は構えをとることでそれに応じる。
村雨先輩は深く息を吸う。
「始めっ!」
二度目の開始の合図。
今度先に打って出たのはオレだった。
一度目の村雨と同じように開始直後の先制攻撃を狙う。
勢いをつけた一歩目を踏み出し、思いっきり振りかぶる。
そして、木刀を素早く村雨の顔面へと目掛けて投擲した。それはもう全力投球で。当たれば確実に昏倒するはずだ。
木刀を手放した自らも、一歩目の勢いに乗ったままそれに追従し、標的である村雨へと接近していく。
「――――っ!?」
声を圧し殺した驚愕の悲鳴が上がった。
しかし、自らの得物を投げるという剣士から遠く外れた突飛な行動に、村雨は動揺しながらもどうにか反応して見せた。
彼女はオレが投擲した木刀を、顔に当たるギリギリで弾くことで防ぐ。
これで一先ず、攻撃は回避されたわけだ。
だが、それでオレの攻撃は終わりじゃない。弾かれて飛ばされる前の木刀を、そのまま宙で逆手に掴んだ。更にその勢いを殺さずそのまま腕を振り、木刀をそっと村雨の無防備な首筋に当てがう。
時間にして、わずか半拍。
たったそれだけの時間での出来事だ。
「まず、九重の分は返したぞ」
村雨に向かって静かにそう告げた。
「くっ!」
悔しげな表情を浮かべて木刀を振るってくるのを、大きく後退することでかわす。
「次は風切の分だからな?」
そう、あからさまな挑発をけしかけた。
「そう何度もやられませんよ!」
普段のクールさが嘘のように猛然と打ちかかってくる村雨。
息もつかせぬ速さで次々と打ち込まれてくる剣閃は、日頃から鍛練しているのが伝わってくるほどに見事なものだった。
「本当にいい剣筋してるな。思わず見惚れそうになっちまうよ」
「だったらそのまま当たったらどうですか!」
それは流石にお断りだ。当たったらマジで痛そうだし。当たるくらいなら避けるに決まっている。
ひたすら回避に徹していると、業を煮やした村雨は強引に鍔迫り合いに持ち込んできた。その細腕からは予想もつかない圧力に驚きを覚えるも、オレは力の流れに身を任せ、弾かれるように大きく後ろに跳躍した。
力の矛先を失った村雨は、体勢を崩してぐらりと身体をよろめしてしまう。
目に見える好機だ。そこを逃さずに、オレは今出せるそれなりの速さで村雨に目掛けて一直線に突っ込んで行く。
もちろんただ突っ込むだけではない。
先の行動を予測するため、村雨の視線に着視する。
人間の行動は視線に出やすい。
それは当然のことだと言える。口、耳、鼻、手など、複数ある人体のパーツの中で最も情報を与えるのは目である。
味で判断する、音で判断する、匂いで判断する、感触で判断する。そんな情報よりも、視覚で直接確認した方が何倍も安心できる。だからこそ、目の前にある何かに対してアクションを起こそうとすれば必然的に視線はそれに寄せられてしまう。
そのことをよく知っているオレは、村雨がきちんと目で追えているのを確認してから、深く身を沈ませることで視界からわずかに外れようとした。
当然、姿を捉えるために村雨は視線を動かす。
だが、それは意味を為さない。
村雨が視線を下に向けて追おうとした瞬間、オレは脚力にものをいわせておもいっきり飛び上がった。
「なっ――――!?」
その後、空中で身を翻し、そこまで高くない天井を両の脚で蹴る。
ダンッ、と鈍い音が道場に響いた。
音だけを置き去りにし、素早く村雨の背面に着地した後、オレは再び彼女の首筋に木刀を当てがっていた。
「これで二回目」
宣言と同時に薙ぐように振るわれてくる木刀を自身の木刀で受け止め、その後に宙返りしつつ後退する。
その動作を捉えようと追従してくる木刀を、オレは地に足を着けたあと次々とかわしていく。サイドステップ、バックステップ、ジャンプ、フェイントなどを駆使し、翻弄する。
だが、それで諦める村雨ではなかった。翻弄されながらも追従し続ける。
だが、それは一度も掠りもしない。
「この――――っ!」
現状に次第に焦れていく村雨。
段々と振りが雑になり始めていた。こうも真っ直ぐな村雨にわずかに笑みがこぼれてしまう。
それを侮辱だと受け取った村雨は、大きく木刀を振るう。
ここ一番に大振りになったその時。
オレはようやく反撃に打って出る。村雨の剣撃を弾いた後、わざと目で捉えれる速度で木刀を振るった。
それに対し木刀で防御しようとしている村雨。
その斬撃が彼女に届ききる前。
オレは木刀を握る手を弛めて得物を手放した。当然、何も握られていないオレの腕は届くこともなく空を切る。
その行動に目を見開く村雨を尻目に、オレは逆の手を使い、宙に浮く木刀を手に取って一筋の軌跡を描く。
「三回目だ」
カランカラン、と。
飛ばされた村雨の木刀が乾いた音を立てた。
「そこまで」
終了を告げる村雨先輩の静かな声。
オレはそれを聞き、木刀を下ろしたのだった。




