金曜日の放課後
あれから早くも金曜日の放課後。
オレは村雨先輩たちと一緒に自分の家へと帰省していた。
「もう少しで準備が終わるんで、少しは大人しくしててもらえませんかね?」
オレは嘆息しながら村雨先輩に視線を向けてそう言った。
今現在はオレの部屋にて、泊まり込みの準備をしている最中。
その室内に居るのは、オレ、村雨、村雨先輩の三人。村雨先輩の強い要望もあって、彼女たちはオレの部屋に来ていた。
オレが準備をしている間、村雨はイスに腰掛けて大人しく待っている。
ピンッと伸びた背筋に物静かなその様子は、彼女持ち前のクールさを全面的に押し出している。
対する姉の方といえば、だ。
妹ほどの落ち着きがないように見える。
オレの視線の先に居る彼女はあっちに視線をフラフラ、こっちに視線をフラフラ。視線を迷わせたと思えば、目についた机の引き出しを開いたりと大忙しだ。
そして今はと言うと、フローリングの床に伏せ、ベットの下を覗きながら精一杯に手を伸ばしていた。
「う~ん、ここにもないのかなぁ……? でも、シロちゃんも男の子なら一冊くらいは……」
呆れるオレの視線の前で、村雨先輩はぶつぶつ小声で呟く。
オレに背を向けてベットの下を必死に捜索している彼女が動く度に、制服のスカートがヒラヒラと危険な感じで揺れている。
そこから伸びる肉付きのよい白い美脚は健康的に引き締まっており、視線を奪われてしまう程度には魅力的だと思う。
絶対領域のチラリズムという蠱惑。だけどその関心も、珍妙な行動のせいで台無しな感じであった。
っていうか何やってんだ、この人は。
そう思ったとき、ふと彼女の言葉がよぎる。
『う~ん、ここにもないのかなぁ……? でも、シロちゃんも男の子なら一冊くらいは……』
……男の子なら一冊くらいは?
意味がわからず、考え込んでしまう。
一冊ってのは本などを数える単位。男の子ってのはオレの性別であって。ここにもないと言っていることは、村雨先輩は何かを探しているわけだ。
今述べた事実を簡潔に繋げてみた。
オレの部屋に異性が来て、男が持っているであろう本の類いの何かをあちこちと探している。その何かを探している場所は、主に机の引き出しやベットの下。
事実の断片は確かに繋がっていく。
導き出された結果は―――どうやら彼女は紳士の宝物を探しているらしい。紳士の宝物こと、通称エロ本。思春期の年頃の男に分類された人間ならば、誰もが持ち得るだろう秘蔵のアイテム。
確かにそういう類いの本は部隊のメンバーから渡されることがあり、オレも持っていたことがあった。
いわゆるコスプレや着エロと呼ばれるマニアックなモノから、本当に見えてしまっている王道的なモノまで様々だ。
あの頃は思春期真っ只中だったこともあり、特に嫌がらずに貰い受けていた。むしろ感謝していたと言ってもいい。年頃の男なわけだから、それはもうテンションがうなぎ登りになるのも仕方ないだろう。
だがある日のこと。姉さんたちにそれが見つかって本は一掃され、オレはありがたい説教を半日ほど頂くことになる。
その時の怖さのなん足るや。本心から核爆弾の方が可愛く思えた。あれを再度体験するのは絶対に勘弁被るね。
そういった理由もあり、オレはその類いの本を二度と所持しないと固く誓っていた。だからそれ以来は手元にない。
「ご期待に添えなくて残念ですけど、探したってエロ本なんて出てきませんよ」
呆れ半分で告げるオレに村雨先輩はガバッと身を起こし、憤然とした様子で言った。
「なんでえっちな本がないのっ!? これじゃシロちゃんの好みの女の子がわからないじゃないっ!」
「いや、そんなこと知りませんよ」
つーか、なんでオレが怒られないといけないんだよ。
勝手に人の部屋を漁る方がダメだろ。
「せっかくシロちゃんの好みの女の子を探ろうとしてたのに……」
「そんなもんで探ろうとしないで下さい」
「じゃあじゃあ直接聞くけど、シロちゃんの好みってどんな女の子なのかなっ?」
村雨先輩はなぜか興味津々の様子で視線を向けてくる。
期待に合わせるように、瞳もらんらんと輝いている。何がそこまで彼女を駆り立てているのか理解できない。
とりあえず、オレは真っ直ぐに彼女を見つめて言葉にした。
「そうですね……。ライトブラウンの髪を腰辺りまで伸ばした、巨乳で美少女な元気っ娘とか最高ですね。思わずギュッてしたくなります。視界に入った瞬間、一目惚れ間違いなしです。というか実際に目の前に居ますしね」
すると、ぱぁっと顔を輝かせた村雨先輩。
「それって私――――」
「ま、もちろんウソなんですけど」
最後まで言い切る前にしれっと遮った。
「うっ、うそなのっ!? ……うぅ、ひどい……シロちゃんのいじわるぅ……」
天上へ登りかけてからの奈落への突き落とし。それがオレのやり方だ。
しょんぼりと肩を落とす姿が可哀想だと感じたものの、オレは彼女を諫めた。
「これに懲りたら、少しは大人しくしてて下さい」
オレは荷物の準備を再開する。
それから少しして彼女たちには一度部屋を出てもらい、私服に着替えることにした。その時に覗こうとした村雨先輩が、自分の妹に頭をどつかれたのは言うまでもないだろう。
「流石だなあの人は。ブレるってことを知らないみたいだ」
最早、呆れを通り越して感心してしまう。
そこ居るだけでわいわい騒いで、自分の周囲を賑やかにする。
人の感情たる喜怒哀楽。その全部を全面的に表に出して表現する元気な少女。今までオレの周りに居なかったタイプの人だ。
オレの近くに彼女が居る。それが煩わしいと感じる反面、楽しくも感じている自分がいる。
「他人と関わるのが楽しい、か。昔のオレからしたら考えられない成長だな」
そう口にしただけで自然と笑みがこぼれた。
「オレも随分とお前に毒されたもんだよ。なぁ、アリス?」
一人だけの部屋では返事など返ってくるはずもない。
漏れるのは再度の笑み。
「さて、この三日間、楽しみ尽くそうか」
着替え終わったオレは荷物を肩にかけ、部屋の扉へと向かった。
今日からの楽しみが九割、心に蔓延る寂しさが一割を占める、思ったよりも軽い足取りでそのまま一直線。
しかし、それも扉に手をかける一歩手前までのことだった。
「姉さんには常識ってものが無いんですか? 他人の着替えを覗くなんて言語道断です」
「他人じゃありませんー。シロちゃんは私の可愛い可愛い後輩ですー」
「そういう問題じゃないです。姉さんは自分の着替えが東雲さんに覗かれたら嫌でしょう?」
「ぜんぜん嫌じゃないもんね。むしろ覗いて欲しいくらいだねっ」
「姉さんは馬鹿ですか? 阿呆ですか? 変態ですか?」
聞こえてくるのは珍妙な会話。
扉越しに聞こえてくる遠慮のない辛辣な言葉の羅列は、正確に的を射ていた。この場で多数決をとれば、その意見は可決されることだろう。もちろん二対一で村雨の勝ちだ。
そのような結果を露知らず。
「ちっちっち、残念ながらそれは違うよなっちゃん。ただ私はシロちゃんに対しては、フルオープンなだけなんだよっ」
「わかりました。姉さんは痴女で稚女で恥女なんですね。取り合えず、病院にでも行ってきて下さい。感染ったら困ります」
「な、なっちゃんがひどい!?」
「ひどくありません。当然の態度です」
「昔はいつも『お姉ちゃん大好き』って言ってくれてたのにぃ……」
「そ、それは昔のことでしょう!」
「昔は『大きくなったらお姉ちゃんのお嫁さんになる!』って言ってくれてたのにぃ……」
「そのようなことは言ってません!」
「うわーん、なっちゃんが反抗期だよー」
「誰が反抗期ですか!」
次第にヒートアップ(?)し始める会話。
姉妹でコントをする分には構わないが、これ以上邪険な雰囲気になられてはオレとしても扱いに困る。
そろそろ止めるべきだろう。
「すみません、お待たせしました」
いかにも、「何も聞いてないですよ」的な体で言葉という名の銃弾が飛び交う戦場へと赴くオレ。ここから先は戦場。一歩間違えば、流れる銃弾によって蜂の巣と化すことだろう。
決死の覚悟を携え、自室の扉を開いた。
そこに広がる光景はというと。
幾重にも血に塗られた修羅の道にて怨敵を討ち取らんとすべく、勝ちを欲する亡者のごとき視線を交わし合う一対の姉妹が佇んでいる。
というのは過度な比喩表現で、簡潔にいうと今にも廊下で取っ組み合いの姉妹喧嘩が始まりそうな勢いだった。
ちなみに、村雨先輩はすでに涙目なので、かなりの劣勢。ドーベルマンvsチワワの構図を想像してもらえればありがたい。
そんな劣勢に陥っている彼女は、顔を出したオレにいち早く気付いて駆け寄ってくる。
「シロちゃんシロちゃん聞いてよ聞いてよっ。なっちゃんが反抗期なんだよっ」
「だから誰が反抗期ですか!」
どうやらオレが登場しても、姉妹喧嘩は勃発してしまいそうな雰囲気な様子。せっかくの覚悟を粉砕され、やれやれとため息をつきたくなる。
それでもなんとか堪え、諭すべく口を開いた。
「ほらほら、落ち着いてください。理由がなんであれ、喧嘩していいことなんて何一つ無いんですよ」
「でも、なっちゃんがっ」
「悪いのは姉さんでしょう」
声を揃えて反論する二人。
それを耳にして、仲が良いなと思ってしまう。
やれやれと首を振りながらオレは言う。
「よくわかってるじゃないですか。悪いのは二人ともです」
その言葉に、
「ほえ?」
「はい?」
と、またもや理解ができないとばかりに声を揃える二人。
本当に仲がよろしいようで羨ましいことだ。
「そうだな……まずは村雨。お前は少しは言葉を加減するべきだと思う。お前は自分の言葉で大切な姉さんを傷つけたいのか? 違うだろ? お前のしようとしてることは、正しい方向に村雨先輩を向かわせることじゃないのか? だったら、まずはきちんと間違いだけを指摘するべきじゃないか?」
視線をまっすぐに彼女に向けて指摘する。
その指摘にぐっと押し黙る村雨。
次にもう一人の少女の方に向き直った。
「それと村雨先輩はもう少し落ち着いて下さい。貴女が何が行動する度に一番振り回されてるのは誰がわかってますか? まがりなりにも姉であるなら、妹である村雨の苦労も考えてあげるべきです」
その指摘にしゅんと項垂れる村雨先輩。
二人に聞こえるようにもう一度言った。
「だから悪いのは二人ともです」
返ってくる返事はなかった。
それでもオレの言葉を沈黙して聞く二人は、言ったことの意味をきちんと考えてくれているように見える。
やがて向き合う姉妹。
先に頭を下げたのは村雨先輩の方であった。
「……うん、シロちゃんの言う通りだね。いつも迷惑かけてごめんね、なっちゃん」
「私の方こそすみませんでした。少々言葉が過ぎたようです」
村雨の方もきちんと非を認めて頭を下げる。根が素直であろう二人は、自分の悪いところを認めて相手に謝ることができた。
良き哉、良き哉。やはり争いよりも平和が一番。それも血の繋がった彼女達ならば尚更だ。
オレは場をまとめるように口を開く。
「荷物もまとめ終わった事だし、行きましょうか」
二人は首肯し、確認したオレは先導するように階段を下りた。
その後、お茶を一杯飲んで喉を潤してから、玄関にて靴を履き替えて家を後にしたのだった。
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