嘘
本日の三話目です(*^^*)
「なんで貴方はそんなにも焦っているの?」
深夜。闇夜の一室に響いた一つの疑問。
「オレが焦ってる? なんのことだ?」
意味が分からず聞き返す。
自分が焦っている。なんのことだかさっぱりと皆目が付かなかった。
「じゃあ、言い方を変えるわ。なんで恭弥はこんなにも必死になって、六花から剣術を学ぼうとしているの?」
「だってそりゃ格好いいと思わないか? 刀構えて決めゼリフ言ってみたりとかさ」
「嘘ね。理由にしては薄すぎるわ」
そう光の早さで断言される。
あまりの早さに、オレは一瞬押し黙らさせられてしまう。
「……なんとなく、じゃあ駄目なのか?」
「なんとなくで必死になる必要は無いわよね。分かりきった嘘は要らないわ。本当のことを話しなさい」
オレが誤魔化そうとしているせいもあってか、凛姉の視線は詰問するようなものに変わってきている。
鋭い視線がオレを射ぬく。捕らえるような凛姉の視線は、しばらく黙っていても離れない。
彼女はどうあっても誤魔化すことを認めてくれないようだ。このまま黙秘していても埒が明かないらしい。
「本当のこと、か……」
誰にも届かぬほどに微かな声で呟く。
どこまでなら話しても差し支えがないのか。
どこ以上は決して口にしてはならないのか。
二つの要素を踏まえた上で線引きをしなければ、取り返しのつかないことになってしまう。
そう頭では考えるも、頭より先に口が動いていた。
「オレには必要な事なんだよ。いつまで経っても、確かな魔法の力も才能も無い。そんなオレにとってはなおさらな。物理的な攻撃手段ほど役に立つものはない」
口から出てきた言葉はどこか苛立ちを帯びている。
それはきっと言いたくないことを言わされているからなんだと思う。
「何を言っているの? 今の貴方には優れた魔法の才能があるじゃない。そう自分を卑下することはないわ」
確かにオレの中には、凛姉が言う『優れた魔法の才能』とやらが在ることだろう。
でも、根本的に間違っているのだ。
オレは静かに頭を振る。
「オレは昔と何も変わってないんだよ。オレには変わらず魔法が使えないままなんだ。あれはオレの魔法じゃない」
「……どういうことなの?」
「そのままの意味だよ。オレがオレの魔法として使っているのは、元々オレの魔法じゃない。たまたま偶然オレに宿っていたから使ってる魔法だってことさ」
「それじゃあ、それは貴方の魔法ってことじゃない」
さも当然そうにさらりと言う凛姉。
違う、その考えがそもそも違うんだ。
今、凛姉が思い浮かべているのは普通の固有魔法の概念ならではの知識だ。
固有魔法は、宿した本人固有の魔法。
自分に魔法が宿っていることに気づくのが遅かれ早かれ、本人の身に先天的に宿っている魔法である。
だが、神域の魔法は違う。
神域の魔法は後天的に宿るものである。
心に深い闇を抱えた者。そういった者たちを魔法自体が宿主として選出し、抱えた闇に適合する者に宿るとされている。
現在時点で確認されている神域の人間は自分を含めても五人。
対して世界の総人口数をおおよそ70億人とする。
つまり、単純計算をすれば、14億人に一人が神域の人間である。
それに比べて、「稀少だ稀少だ」と言われている固有魔法を宿したものは、時代によってだがそれなりに居る方だと思う。
数にして2万5000人に一人。世界的に見れば、ざっと28万人も居る計算になる。
対比すればわかることだろう。5万6000倍もの差がある。
……話が若干逸れたようだ。
固有魔法と神域魔法の違い。それは数の差だけではなく、一重に宿ったからといって、その魔法が自分の魔法になるわけもないということ。
藤十郎には、「人間が振るう力じゃないから、使えば代償が発生する」と説明したが、厳密に言えばそれは正しい表現ではない。
人間には扱いきれないその人智を越えた力を代償を差し出すことによって借り、それを使用しているのだ。
自由自在に自分のものとして扱える魔法と、制限や誓約の上に借用するために代償が生まれる魔法。それが固有魔法と神域の魔法の決定的な差だ。
「凛姉はオレとは違う。だから理解できなくてもそれでいい。別に理解できなかったからといって害があるわけでもないしな」
ついつい刺のある言葉になってしまう。
彼女に悪意が無いことは分かっている。
だが、彼女の言葉に随分と感情的になってしまっているようだ。八つ当たりに近いものだということも理解している。それでも止められなかった。
暴走した感情は思考よりも先に、本心という暴言を吐き出し続けていた。
「オレは魔法が使えない。でも誰もがオレの魔法を持て囃す。『すごい魔法の才能だ』だの『立派な才能だ』とか、オレのものでない要素でオレを賛嘆する。もううんざりなんだよ、そういうのは。オレは必要だからこの魔法を使う。だけど、オレはその魔法を誰かに誉めてもらいたいわけじゃないんだ」
淡々と紡がれる募り募った恨み言。
凛姉はオレの感情の発露に唖然としていた。
先程まであった姉弟の和やかな空気は、なんとも形容しがたいものへと変化している。そのことに気づかぬほど愚かではない。
それでも止められないのだった。
「だからオレはオレだけの力を求める。知識だろうが技能だろうがなんでもいい。オレは一から自分だけの力を築き上げるために本来過ごすべき時間をかなぐり捨てた。その成れの果てが――今のオレだ」
嘲るようにそう吐き捨てる。それが例え自分の事だとしても。
「なぁ、凛姉。弱きを理由に陥る蔑みによる孤独と、強きを理由に陥る恐怖による孤独。人を傷付けるのはどちらだと思う?」
「………………」
凛姉は何も答えられない。
それも仕方のないことだ。彼女はそもそも何も知らない。弱いということも、強いということも、何も知らない。
光の隣には当然の如く影はあるが、光の中にはどうやっても影はできない。同様に、日常という光の中で生活する彼女には、非日常という影の事情などわかるはずもなかったのだ。
「『欠陥品』って覚えてるよな。何の力もなかった昔のオレを指す呼び名だ。だけど今のオレにはそれがある。そして、あることでオレがどう呼ばれてるか知ってるか?」
オレは一拍間を置き言った。
「『化物』『人喰鬼』『死神』『呪われた者』『人外』『天災』『悪魔』。全部オレの二つ名の候補だったやつだ。まだまだたくさんある」
駄目だ。限界まで堪えていたが、いよいよ声が震えはじめている。表情もちゃんとは作れていないだろう。
それはそうだ。自分のつつかれたくないところを、自分でわざわざつついているのだから。声が震えるのも自明の理だ。
「……そんな、こと……」
「あるんだよ。現にオレはそうだった。弱ければ弱いほど蔑まれ、孤独に陥った。強ければ強いほど恐怖され、孤独へと陥った。それが人間ってやつだ。自分とは違う人間を理由をつけて徹底的に排斥したがる。人間はそういう風にできてるんだ」
「……で、でも、私、は……」
「知ってるよ。凛姉がそういう人種と違うってことは、オレが誰より知ってる。ただ線引きがしたかったんだ。オレはもう昔のオレじゃない。一人でも立てる。だから凛姉はいつまでもオレを気にしなくてもいいんだ。オレはオレ、凛姉は凛姉。もう互いにやることに対して干渉し合うような年齢じゃないんだ。わかってくれるだろ?」
そう言って、話を締めくくった。
重苦しい沈黙。
凛姉はその場から動かない、動けない。
凛姉はそこから何も言わない、言えない。
全部、オレの言葉の重みと衝撃によるものだった。
今日の会話はここまでだ。
「……もう遅いから、凛姉も部屋に戻った方がいい。明日もあるんだ。お互い、身体を休めよう」
そう退室を暗に促す。
茫然自失。ベットから立ち上がり、そうとしか言い様のない足取りで少女は扉へ足を向けた。
その一瞬に垣間見えた表情は悲しみに彩られていた。
それはぶつけられた言葉による痛みではない。自分が弟の傷口を抉ってしまったと知ったという、自分自身の無思慮な発言への後悔だった。
凛々しさの欠け落ちた小さな背中がそれを物語っている。
「………………」
何も口にせずに立ち去ろうとする凛姉。
「凛姉」
オレは彼女の名前を一つ呼ぶ。
彼女は今にも泣き出してしまいそうな表情で振り向いた。
故に。
オレはいつもの意地の悪い笑みを浮かべて声をかける。
「なーんてな。全部いつもの冗談だ。引っ掛かったか?」
「……え? は? 今、なんって……?」
悲しみから、困惑へ表情は変化する。
オレはとびきりのスマイルで返した。
「It's a joke!(冗談だ!)」
「……あ、冗談ね、冗談。あ、あは、あはは……」
「前に読んだことのある漫画の中にこんな感じのシーンがあったんだ。なかなかに迫真の演技だっただろ? どうだ、引っ掛かったか?」
「うふふ、そうね、すっかり騙されたわ」
笑っていたのは一瞬。
瞬く間に室内の熱量が爆発的に上昇した。
「も……」
「も?」
「燃やしてやる……!」
何を? とは聞くまでもなかった。
「灼熱を司る者よ、我が下に集え。願うのは絶対なる滅却。ここに全てを焼きつくす永久の炎を――希炎の祈り」
冷たい声音で唱える炎魔法の詠唱。
声音とは裏腹に迸る熱量に流れる汗が滝をつくっていた。
熱による生理的な汗と目の前の光景からの焦りによる冷や汗。同時に流れ出すものだから、全身を濡らすには然程時間はかからない。
「ミディアムかウェルダンか選びなさい。特別に選ばせてあげるわ」
魔王様(凛姉)による死刑宣告。
オレは震える声で答えた。
「で、できればレアがいいなー、なんて……」
「残念ね、どう答えようと、初めから消し炭に決定よ! 私を騙したんだから、潔く逝きなさい! 燃やせ、希炎の祈り!」
腕を横に薙ぐ。たったそれだけの動作で、盛る紅蓮の炎は彼女の祈りを聞き届けた。
唸りを上げて押し寄せる熱の塊。
脅威はすぐに訪れる。
「い、いや、これ、冗談じゃ済まな―――うう、うわっ、ちょっ、熱っ、危なっ、し、死ぬぅぅぅぅっ!?」
思わず口をついて出る情けのない悲鳴。
しかし、その程度のことで炎の奔流は止まるわけがない。
迫りくる炎に対し、反射的に固く目を瞑る。
あぁ、どうやらオレはここまでみたいだ。ハードディスクの中身だけは決して見ないでくれよ。見られたら恥ずかしすぎて、二度と外を歩けなくなるから。
なんて馬鹿な思考まで浮かんでくる。
が、いつまで経っても、この身体が熱に焦がされることはなかった。不思議に思って薄目を開くと、先程まで猛威を振るっていた紅蓮は忽然と姿を消していた。
その代わりにと言ってはなんだが、
「ふんっ」
バタン! と強烈な開閉音を轟かせ、部屋をあとにする凛姉の背中が見えなくなるところだった。
一つの山を越えて弛緩する身体。
どうやら相当に安堵したらしい。一度力を抜いた身体はそのままベットに吸い込まれていった。
リモコンのスイッチで部屋を照らしていた明かりをおとす。暗くなる室内は先と変わり、虚しくなるほどに静まり返っていた。
「さーて、オレの言った言葉、どっちが嘘だったでしょうか?―――なんて今さら訊いても遅いよな」
オレは一人笑う。愉快だからなのか、自嘲だからなのか、はたまた何の意味もないのか。それは胸の内に留めておいた。
「People believe a lie simply.It is not knowing that it is a lie.(人はこんなにも容易く嘘を信じる。それが嘘だとも知らずにな)」
闇に紛れた微かな呟き。
オレは暗闇に委ねるようにして、そっと瞼を下ろした。
結局、その深い夜は眠れなかった。




