ナイトの駒
「ってなわけで、月見里先生も三ツ首ノ猟犬に入りませんか?」
「なにが、『ってなわけで』や。この不真面目なサボり魔め」
翌日の四限に該当する時刻のこと。
オレの申し出はにべもなく突っぱねられていた。
「失敬な。誰がサボり魔ですか、誰が」
あまりにもひどい物言い。
この不名誉な誹謗中傷は、名誉毀損だと然るべき場所に訴え出てやりたいものだ。
「いつもより体調が悪いから、わざわざ授業担当の教師に許可もらって保健室まで来たわけですよ。それをサボりって酷くないですか?」
「そう言いつつも、どこにも問題はあらへんやないか。その上、勧誘て、どう考えてもサボりやないかい」
オレが保健室に来たとき、当然のごとく理由を訊かれた。
怪我をしたのか………いいえ。
病気なのか………いいえ。
体調が悪いのか………はい。
どう悪いのか………さぁ、どう悪いんでしょう?
サボり魔と判断される間の会話である。
「いやいや、普段よりも熱っぽいですよ。ビックリするほど美人な保健医にお熱―――って、そんな冷めた目で見ないでくださいよ」
憤然たる抗議に反駁を返され、更に言葉を返せば、白けた目で見られた。
冗談なんだから、そこはノリのいいツッコミの一つは欲しいものだ。舞華を見習って出直して来てもらいたい。
「ちぇ、美人ってとこは本音だってのに待遇が酷い」
「褒めたって何も出らへんで」
回転式の椅子に座り、くるくると回っていると、月見里先生の呆れたような声音が耳朶を打つ。
同時に最寄りの机上にコトリと音を立てて置かれる湯飲み。
意外だ。何も出ないと言いつつも、お茶は出てくるらしい。
「ありがとうございます」
好意にあずかり湯飲みを手に取れば、熱が手のひらに伝わってくる。熱いお茶もいいが、どうせなら今は気分的に冷たいものが飲みたかった。
まぁ、こちらは受け取る側だから文句は言えるわけもない。とりあえず、冷ますために息を吹き掛けることにした。
「それで、勧誘するためだけにここに来たんか?」
「……………」
「授業をサボってまで話す案件やないと思うんやが」
「……………………」
「まさか、冗談でもそんなことはあらへんよな?」
「………………………………」
湯飲みの中のお茶は一向に冷める様子はない。
「おい、聞いとるんかい」
くそ、中々に厄介な強敵だ。こうなったら意地でも冷ましてやる。
そう意固地になった時のことだ。
「いつまで息吹き掛けてるんや!」
室内を揺るがす大声に、思わず湯飲みを落としそうになる。
わずかに零れた数滴のお茶が足にかかり、温度差にチリチリとした火傷独特の痛みを催す。
それ以前にボケにはツッコんでくれない癖に、オレの素の行為にツッコむとはこれ如何に。ツッコミ所は間違えないでもらいたい。
オレはキッと月見里先生に視線を向ける。
「月見里先生……っ!」
「なんや? ウチが悪いとでも言うんか?」
月見里先生はオレの心情を察したのか、眉を潜めて返してくる。
それに対してオレは机をダンッと叩き、声を大にして言った。
「なんでお茶だけ出して、お茶受けは出してくれないんですか!?」
「今関係ないやろそれはっ!」
はい、ナイスなツッコミいただきました。
一先ずはこれで満足である。
妙なやり遂げた感と共に、未だに熱を帯びたお茶をコクリと一飲みし、喉を潤してから話の続きをすることにした。
「で、月見里先生は三ツ首ノ猟犬に入る気とかないですか?」
「自分、端から会話を成立させる気さらさら無いやろ!? そうなんやろ!?」
「まさかー。美人な女性と会話出来て嬉しいなー。オレってば世界一の超幸せ者なんじゃないのかなー」
「言葉も棒読みやし、嘗めとんのかほんまに!?」
眉を吊り上げ、声を荒げ、苛立ちを露にする。
ちょっとだけふざけ過ぎたようだ。少しだけ申し訳ないことをした気分になる。
オレは眉尻を下げ、おずおずと言葉を発した。
「あの……あんまり怒ってるとシワ増えますよ?」
「余計なお世話や! もういい! こっちで勝手に読み取るさかい、自分は口開かんでいい! てか、もう喋るな!」
瞬間、魔力の流れが周囲に満ちる。
言わずとも知れた魔法の発動を報せる予兆。
その事に小さな笑みが溢れた。
次に訪れるのは、その魔力が自分を対象にしたという感覚。
姉さんといい、月見里先生といい、濃密な魔力の質に感服してしまう。やはり、これが一般の魔法師と神域の魔法師の違いなのだろう。
思考の海に石を投げ込んで波紋をたてていると、月見里先生がこちらを憎々しげに睨んでいたことに気付く。
オレはにっこりと最上級の笑みを向ける。
「どうしたんですか?」
「……やってくれるやないかい、この性悪坊主」
問いの答えは、低い罵倒だった。
記憶の読み取り・書き換えを行う神域の魔法こと『追想の神託』。彼女はオレの記憶を読み取ったのだろう。
記憶というものは様々な要素から構成されている。
当たり前である時間の流れ。
自己のした数々の経験。
肉体の要する感覚による刺激。
複数の要因から生まれる感情。
そして何よりも思考という人間にとって欠かせないもの。
それらのパーツが組合わさり、総じて記憶と呼ばれている。
つまりは一度記憶を読み取れば、先挙げた中のものは抜き取れるということ。即ち、先までオレが考えていたことまで読み取るということになる。
「わざとイラつかせてウチに魔法使わせよったな……?」
「さーて、なんのことやら。清廉潔白かつ純真無垢なオレがそんなこと考えるわけないじゃないですか」
「よう言うわ、思考読んだ相手に素っと呆けよってからに」
月見里先生の言葉に、オレは変わらずにこやかに応じる。
「いやー、それにしてもすごいですね。その魔法って直接触れなくても効果があるなんて」
「そうやな、今からでも自分の記憶全部消し飛ばしたろか」
やたらと物騒な物言い。
睨み付けてもくるが、何のそのだ。再度にこやかに応じる。
「出来るならご自由にどうぞ。オレとしては構いませんが?」
「ちっ、素知らぬ顔してほんま腹黒い奴っちゃな。残念ながら、神域相手に記憶の書き換えは出来へん。出来るのは読み取りまでや」
「へぇー、そうなんですか。それと、そんな簡単に自分の手の内を晒すような情報を教えてもいいんですか? 魔法師にとって、他人に自分の性能を知られることは致命的なのに」
月見里先生はオレを無視して続けた。
「ちなみに触れずに効果を及ぼせるのは、自分を中心に半径十五メートル程度や。当然、近ければ近いほど効果を及ぼせる。ゼロ距離なら言わずもがなや。あと神域みたいな魔力の権化みたいな存在には書き込めへん」
ペラペラと自己の魔法について並び立てる。
なんだかヤケクソにしか見えないのは気のせいだろうか?
「これでウチの魔法の全部や。知りたいこと知れて満足やろ? わざとつまらん悪戯仕向けおってからに」
その下らない悪戯に引っ掛かったのは自分だろうに、とは言わない。
本当に有り難いことだ。
少しでも情報を引き出せれば御の字とでも考えてはいたが、ここまで有益な情報を自ら晒してくれるとは思ってもなかった。
オレが知ろうとしていたのは、魔法の効果を及ぼすには接触が必要かどうかということ。
動機などはなんでも良い。適当な会話から魔法を使う流れに持っていければそれで十分。あとは接触してくるか、してこないかで判断出来る。
まぁ、今回は必要以上に向こうから全部教えてくれた訳なんだが。
「まぁ、そうですね。あとは色好い返事が貰えれば最高です」
オレの言葉に対する答えは、
「昨日の今日で勧誘とか阿呆か。自分の姉も時みて誘えて言うてたやろうが。信じられんわ、どんな神経しとんねん」
と、紛れもない罵倒だった。
「どんなって、こんなですけど。それに思考読まれることが分かってる訳だし、どれだけ言葉を尽くそうが、時間を掛けようが関係ないでしょ?」
思考を読み取ることが出来る。それはつまり、こちらの考えは筒抜けであるということ。
幾千万の言葉を尽くしても、その裏の考えは浚われる。
時間を掛けて取り入ろうにも、記憶をもとに先の展開を予想される。
それなら、玉砕を覚悟で始めから直球勝負をした方がいいに決まっている。
「そういった理由があるなら妥当やな。ま、入るつもりはこれっぽっちも無いんやけど」
発っせられたのは否定の言葉。
その言葉を聞き、今度はこちらが並び立てる番だった。
「結構、三ツ首ノ猟犬って待遇いいですよ。本部内は娯楽施設から宿泊施設まで様々かつ環境も完全完備。給与は一口数百万からの依頼料をこなした人数での均等割り。権限はMP関連においては最高位。徽章を掲示すれば方面で融通も利く。序列なんて堅苦しいものもありますが、基本的には立場は平等です。これ以上の待遇は無いと思いますが?」
我ながら饒舌な説服だと思う。
しかし、首は横に振られてしまった。
「それでもや。ウチは今の生活で十分満足しとるさかいな。これ以上は贅沢そのものや」
その言葉には重みがある。神域だからこそ感じさせる強い意思。それはきっと何があっても揺るがないのだろう。
最早、口から零れるのはため息だった。
「まぁ、分かってたんですけどね。それじゃ、本題にでも入りましょうか。時間も有限ですし」
「嘘こけ。今の話題も割かし本気やったくせに」
ジト目で見ないで欲しい。美人にそんな目で見られると、ある種の性癖に目覚めそうになるじゃないか。
「それよりも重要って事ですよ。オレが頼みたいのは―――」
「一つ目は受ける。二つ目は却下や。二つ目については妥協策の方なら認めたる」
オレの言葉を切り、簡潔に答えだけくれる。
人の話は最後まで聞けと教わらなかったのだろうか。
仕返しとばかりにジト目を向けてやる。が、効果は薄いようだったので、直ぐに止めて確認を取った。
「オレが何を頼むのか分かってるんですか?」
「一つ目は天堂舞華に対する、裏の自分について露見した記憶を消すこと。二つ目はウチの魔法を譲渡しろってことやろ。どや?」
「正解です。この思考はわりと隠してたつもりなんですけど、関係無く読み取れるんですね、その魔法って」
「当たり前や。戦闘には向いとらへんけど、これでも神域の魔法なんやで」
「どの口が言いますか。その魔法はバリバリ戦闘向きですよ。集団戦においては他の最強にも追随を許さないレベルでね」
考えてもみて欲しい。月見里先生が戦場にて周囲一帯の人間に『お前たちは自分の配下だ。何があっても絶対に裏切るな』とでも記憶内に書き込んだとする。
するとどうなるか。
その時点で戦は終幕。晴れて一個の戦闘軍団の出来上がりだ。
それに、オレが帰国した際にあった事件の首謀者。
彼の狙いは魔法具を兵器として利用し、世界征服じみたことをするという荒唐無稽なものであったと記憶している。ハッキリ言わせてもらうが、この手の輩は警察行く前に病院に行くべきである。
しかし、月見里先生の魔法ならばそれも夢じゃないはず。
代償は尋常じゃないほど掛かるが、『自分の命令は絶対遵守である。逆らうことは許されない』とでも記憶に書き込んだらそれで完了。
争い無くして自分の思いのままの兵士の出来上がり。
オレや他の最強といったイレギュラーを抜いて、命令一つで対人に関してなら何でも可能となる。
「本当に三ツ首ノ猟犬に欲しい人材なんですけどね」
「欲しいのはウチやのうて魔法やろ?」
「魔法もですけど、月見里先生のことも欲しいですよ。ほら、職場には華が必要ですし、美人な女性が居れば野郎共のやる気も向上するに違いありません」
「ほんま悪どい奴っちゃな。本人だけでなく、及ぼす利益まで視野に入れるとか、ガキの考えじゃあらへんわ」
オレは笑う。
「褒めたって何も出らへんで?」
「似とらへん似とらへん。それに褒めとりもせん」
呆れたように手をパタパタと振る。
上手く真似れたと思ってただけに、その反応には少なからずショックだった。
「ま、用件も終わりましたし、そろそろ教室に戻ることにします。サボってまで交渉しに来た甲斐あってよかったです」
「結局、最後にはサボりって認めるんかい……」
「だってあの現国の先生の授業って眠くなるんですよ。その上、つまんないですし」
「それが学生ってもんや。学生の身分に甘んじてる以上、我慢しい」
……もっともなご意見で。
オレは残りのお茶を全てあおり、湯飲みをコトリと置いて立ち上がる。それから「ごちそうさまでした」と言い、扉まで歩いた。
背中にかかる声が一つ。
「最後にこっちからもええか?」
「はい」
「ウチはチェスでいうと何の駒や?」
予想もしてみない質問。
例えにチェスを引き出す辺りがまた面白かった。オレとしては本当に逃すには惜しい人材である。
「そうですね……。本人や魔法の性質から考えて、変則的な動きが出来るナイトがピッタリです」
「なら、これでお前にとっての盤上には、ナイトの駒が一つ増えたわけや。三ツ首ノ猟犬には入らへんけど、ウチに出来ることは力を貸したるさかい遠慮はすなや」
その言葉によって心は揺れた。
驚愕、狼狽、それと―――喜びに似たある種の感情が生まれる。
だが、オレは言葉には何も返さず保健室を後にした。
その時にオレの頬がわずかに緩んでいたのは、きっと気のせいだろう。




