勧誘の裏
茜に萌える夕陽は沈み、宵闇が空を覆う時間に変わりゆく。
場所は凪城学園生徒会室。
そこに一組の男女が向かい合ってソファーに腰を下ろしていた。
「で、君は彼と対峙してみて何か感じたかい? 差し支えなければ、教えてくれないかな?」
そう向かいにいる少女に問うのは、凪城学園を統治する生徒会長こと、天城院泉里。
魔法の名家たる『天族』の一つである天城院家の次期当主候補である。もっとも、天城院家全体から見ても、魔法師全体から見ても、特別視される魔法を保有するが故に、最早次期当主と言った方が適切だろう。
彼の注目すべき点はそれだけではない。
学園では常に最優秀の成績を誇り、優男風なルックスも抜群で、身体能力も目を張るものがある。
更に生徒や教師からの人望も厚く、生徒会長を決める選挙では他五名の候補者を抑え、投票率九十五%という驚異的な数字を叩き出した男。
そんな泉里の問いに、対面する少女は答えた。
「うーん、もうなんというか……最高だねっ!」
「最高?」
「そんなんだよ、最高なんだよっ。なんと、かわいいだけじゃなくて、ツンデレなんだよっ」
少女はグッと拳を握り、熱論を語り出した。
「どんな具合にかっていうとね、自分を省みず、不器用ながらもリンちゃんを想って、リンちゃんのために嘘をついてたんだよっ。自分が傷付くのを躊躇わず、自分の大切な人を守るために。それを知った瞬間、思わずきゅんってなっちゃったっ」
乙女純度100%でそう語る少女――村雨六花に、泉里はやれやれと首を振る。
その様子は、話の中核となっている少年の魅力をのろける六花を見て、もうお腹一杯ですといったかんじだ。
泉里は薄い笑みを浮かべながら訊ねた。
「僕が訊いているのは彼の魅力じゃなくて、彼の実力のことだよ。直接闘ってみてどうだったんだい?」
言葉を改めた二度目の問いかけ。
その言葉に六花は一変。あからさまに不快気に眉をひそめた。
「のーこめんと、だよ。なんでそんなことを会長に言わないといけないの?」
「……これまた東雲君と同じで手厳しいね。一応僕にも知る権利くらいはあると思ってるんだけど……」
今、話題に上がっているのは、泉里が名を出した人物である東雲恭弥に関することである。
恭弥、舞華、凛。その三人が生徒会室を去った後、六花はこの場に残るよう泉里に言われた。
一緒に帰るはずであった妹の那月も、泉里によって帰宅を促されて先に帰ってしまった。
そして、残されたと思えばこのような内容だ。六花は更に眉をひそめていた。
「そうやって『力』ばかり見ようとするからだよ。会長はシロちゃんに嫌われて当然だね」
そこに普段の向日葵のような天真爛漫な笑みはない。あるのは一重に泉里を射ぬく鋭い視線。
「言っただろう。僕には知る権利がある。なにしろ、僕はこの学園を統治する生徒会長なんだからね。彼がこの学園にとって脅威になるかならないか見極めなくてはいけない。一人で犯罪組織を壊滅させた彼が、何を思ってかこの学園に留まっている。これはとても危険なことだ。違うかい?」
それは明らかな建前だと分かる言葉。
その事が分かっているというのに、矛盾点を見出だせない言葉である。無理に言葉を返そうとすれば、ほぼ確実にまた筋の通った理屈を返してくることだろう。
「ならせめて会長の考えてることも言うべきだと思うよ?」
六花の遠回しな牽制。それでも泉里は浮かべた笑みを崩さない。
「それとこれとは別問題だよ。学園にとって危険分子である東雲君に関する情報は、生徒会長である僕が知るべきことである。だけど、僕個人の思惑は君が知るべきことではない。何を考えていようが僕の自由だ。異論はあるかな?」
筋が通ったもっともな指摘。
六花は泉里を前に押し黙るしかない。ぐうの音も出ないとは、このようなシチュエーションをいうことだろう。
自分の思考を隠すタイプの人間。それを指摘されれば、筋の通った理屈でのらりくらりとかわす。
六花にとって一番苦手な人物である。
だからなのだろうか。
「……会長よりも強いもん。会長なんてシロちゃんにボコボコにされちゃえばいいんだ」
ポツリと六花は呟く。然り気無く後ろに暴言に似た言葉を付け足してあるがご愛嬌。
泉里は六花の言葉に浮かべていた笑みを消す。
「それは君が実際に感じたものかい? それともただの妄想かい?」
「……どっちもだよ。会長なんてシロちゃんにかかれば、ちょちょいのちょいだもん」
自分の預かり知らぬ所で恭弥のハードルは上げられる。
しかし、ハードルを上げた本人としては本心を述べていた。
「じゃあ、剣士としての意見はどうなんだい? 模擬戦の最後に直接闘う場面があったよね?」
泉里の質問に対し、六花は「知っているなら聞くな」と毒を吐きたくなる気分になってきた。
理由は聞くまでもない。六花にも六花なりのプライドがあるからだ。
実は六花には一般的な魔法の才能というものがない。
七つある属性も保有しているのは風属性の一つだけ。しかも、その資質は同年代と比較して大きく劣るものだった。
それでも、六花にはそれを補えるだけの剣の才能を持っている。
幼くして自己の流派の剣術をすべて修め、自分より一回りも二回りも大きな大人を倒すほどの力量。
また、その才能に呼応するように発現した『刀剣創者』の固有魔法。自身の魔力を媒体に刀剣を精製するその魔法は、六花の才能と結びつき、更なる才能へと高めた。
そしてその先で得たのは、『剣舞姫』という二つ名の名誉。
世界広しと言えども、二つ名を授けられる人間はごく僅かしかいない。その一握りに六花は該当していた。
故に自他共に認められるほどの腕前の剣士はなかなか居ない。
……そう、居ないはずだったのだ。
だというのに、自分は負けた。年下の少年とたった一度剣を交えただけ。たったそれだけで負けたことを悟らされた。
『オレは最強だ。何があろうと、誰が相手だろうと、オレは絶対に負けない』
普段の面倒くさそうにしている姿からは想像も出来ない、一瞬だけ剥き出しにされた闘志の発露。それは何よりも鮮烈で。
無才を理由に追い出されたはずなのに、感じた自分よりも確かな剣の技量。それは何よりも鮮明で。
彼の剣からは特に才能は感じられなかった。
にも関わらず、気が付けば自分は負けていた。
決して慢心が無かったわけではない。それを差し引いても、まさか負けるとは思ってもみなかったのだ。
「……最低でも私と同等。でもあれは多分全力じゃなかったと思う。だから私よりも断然強いよ」
ドームでの模擬戦。
あの時、六花は恭弥を斬ろうとしていた。
対する恭弥といえば、六花をまったく見ていなかった。
恭弥が狙っていたのは、あくまで手にもった得物の破壊。
それに加えて。
「……あの時、何かをされたのはわかった。だけど何をされたのかはわからなかった」
恭弥の繰り出した剣技。乱剣舞・空の型『影亡』。
初めて聞く流派に、初めて見る剣技。今まで耳にする機会はなかった。
だけどそれはおかしい。六花はそう考える。
あれだけの実力があれば、本人にその気はなくても、自然に噂となり広がっていくはずだ。それにも関わらず確かな実力を誇る無名の剣。
自然と一つの答えが脳裏をよぎる。
もし。もし仮にとはいえ可能性があるとしたら――――
そこまで考えて、思考を振り払うように首を横に振った。
「……とにかく、言えるのはそれだけだよ。晩御飯の準備もあるし、私帰るね」
言うが早く六花は生徒会室を後にした。
訪れるのはただただ暗闇の中の静寂。
広い室内に取り残された泉里は苦笑いを浮かべていた。
「魔法に関しては最高位クラス。剣術の腕前は六花君以上。優れた指導能力もあるときた」
恭弥の転入初日。泉里の弟である天城院雅貴との模擬戦で恭弥は幾つか魔法を行使したらしい。
濃霧の包幕。
絶氷の壁。
刀剣創者。
黒天の雷鳴。
水球弾。
この五つの中で世間に知られているのは、絶氷の壁だけである。刀剣創者に至っては固有魔法であり、濃霧の包幕や水球弾はオリジナルの魔法。
そして一番の問題なのは黒天の雷鳴である。
ただ一度の行使で魔法耐性のあるフィールドに、底が見えないほどの大穴を穿った魔法。それほどの魔法を発動できる者は数えるほどしかいないことだろう。
それに加えて六花にも勝る剣術。
六花は普段はアホの子そのものだが、剣術に関しては一線を画している。幼くして村雨流の剣術を修め、剣を冠する二つ名を拝命している、日本国内には二人しか存在しない優秀な人材。
その彼女が自分よりも断然強いと評価する恭弥の実力。それがいかなる意味を有しているのかは考えるまでもない。
最期に指導能力もずば抜けている要素の一つ。
今回のドームでの模擬戦は、ドーム内に備え付けられているカメラを介した映像で見ていた。
二対二での模擬戦。普通に考えてみれば、一年生と二年生ではどちらが勝つか想像はつく。
方や欠陥品と呼ばれた少年と氷の魔法を得意とする天族の少女。
方や剣術の才能を持つ少女と炎の魔法を得意とする天族の少女。
相性的にも実力的にも後者が勝っているはずだった。
しかし、その考えは簡単に覆される。
相性の悪い魔法のぶつかり合い。起こったのはあり得もしない一幕。これまで世間に知られていなかった水そのものの発現を舞華が行ったのだ。
誰が入れ知恵したのかは言うまでもない。
「まったく本当に皮肉な話だね……。『欠陥品』と呼ばれながら、誰よりも強い才能を宿しているときた」
それが今後どう伴っていくのか。
「危険人物を監視するためとはいえ、学園の中枢である生徒会にまで引き込んだんだ。一歩間違えば、取り返しのつかない被害が出る可能性があるのは致し方ないと割りきるしかないのかな」
自分の言葉に泉里は苦笑いを漏らす。
「集めた情報にあった経歴も素性も出来過ぎている。これはもう裏側の人間と判断してくれと言っているようなものだよ」
泉里は自ら集めた情報を脳裏に浮かべ、そう呟く。
天月を出奔したと言われているはぐれ者。
その彼の情報に矛盾、不可解な点は一切として見られなかった。
だからこその勘繰り。
仮にとはいえ天族の少年、ましてや十才の子供。
そんな子供に協力があったとしても、ここまで違和感の無い普通の経歴を築けるわけがない。それも日本国内でだ。
魔力によって及ぼされる遺伝的な体質の特徴。
天月に限れば、紅蓮の髪に同色の瞳。それはどこに行っても、彼を天族の人間だと知らしめる看板となる。
その彼が普通を謳歌出来るはずもない。
「……最悪、一息に排除するために退学処分。天月に情報をリークするなんて手段で彼を謀れれば、ここまで悩まずに済むんだろうにね。まったく、心中穏やかでないとはこの事を言うんだろう」
泉里はソファーから立ち上がる。
「これからの方針としては裏側の人間に頼って情報を集めていくといった方法を取るしかないね。……僕としては、君の目的が危険なものでないと祈るばかりだよ」
それだけを残し、泉里も生徒会室を後にしたのだった。




