三人の帰り道
茜色に染まるアスファルト。
オレ達三人は帰路を辿っていた。オレが真ん中に立ち、右側に凛姉、左側に舞華が並んでいる。
「なぁ、本当に家に来るのか?」
「もちろんよ。弟である恭弥が、だらしない生活をしていないか確かめる必要があるもの」
得意気に頷く凛姉の顔には、使命感に燃えている表情。
だが、その裏には嬉々としたものが混じっている。
何故こうもエネルギッシュなのか。
それは聞くまでもない。彼女は今オレと舞華が住んでいる家に泊まるつもりなのだ。
こうなってしまったのには理由がある。
生徒会室での一件のあと、
『今晩の食事は残ったカレーに手を加えたものでもいいか』
という議題でメニューを何にするか、二人で話し合っていたのが原因だった。
それに聞き耳を立てていた凛姉に問い詰められたのだ。それで舞華が即行で口を割った。
すると一変。凛々しくて淑やかな大人の女性モードから、幼さの残る少女モードへと変わり、自分も一緒に暮らすと駄々をこね始めた。
終いには「何でも言うことを聞くって言ったじゃないっ! 恭弥の嘘つき!」の一点張り。
オレは「普通に考えて家の許可がないと、外泊なんてできないだろう?」と諭すも一蹴。すぐに天堂家と天月家に連絡を取り付け、両家から外泊の承諾を得てしまったのだ。
その際にオレの事をバラさないようにと何度も釘を刺していたお蔭もある。
その甲斐あって、表向きの名目は『舞華に先輩としての指導を施すため、しばらく天堂家の屋敷に下宿する』というものとなった。流石に天堂の当主には本当のことを話していたが、天月にはきちんと建前でくるんで事実を隠していた。
結果、天堂家現当主である藤十郎は快く引き受けてくれ、天月の本家も親交のある天堂家のためならと納得したようだ。
そういうわけで、舞華に加えて凛姉まで一緒の家で同棲することになってしまった。
帰国してから一週間と少しという短い期間で、二人の女の子と同棲だなんて知られたらどんな目に遭うか。
今の家族にバレれば間違いなくネタにされてからかわれるし、学園の連中にバレればかなり大騒ぎになるだろう。
最悪でも後者だけは避けたいと思う。
さすがに野郎共の嫉妬や憎悪の視線を浴びながら、学園生活過ごす羽目になるのは勘弁だ。なまじ悪意などからの干渉に敏感なだけに、気が気ではない。
まだ見ぬ憂いに「はぁー」と深いため息を吐いて頭を悩ませていると、
「やっぱり迷惑だった?」
そう自信なさ気な様子で瞳を揺らしながらも凛姉が訊ねてくる。
オレは素直な心情を述べた。
「迷惑ってより戸惑ってる、かな。凛姉にこんな積極性があったんだなって。五年前とは結構違っててさ」
記憶の中にある幼い頃の凛姉は、優しいところは変わらないが、ここまでの積極性はなかった。
どちらかと言うと、物事には基本的に受け身の姿勢で臨むタイプだったはずだ。だからこそ、この五年間での変化に僅かな戸惑いを禁じ得なかった。
「……待ってるだけじゃ何も変わらないことを知ったから………」
小さく唇を噛み、何かを思い出すように呟く凛姉はひどく儚げだった。今、彼女が何を思い浮かべているのかは知らない。
それでも掛けるべき言葉を探す。
しかし、それは一瞬のことで、すぐに凛姉はいつもの凛々しい表情に戻っていた。
「だから私は自分の心に素直になるって決めた。思ったことはやりたいし、やりたいことは行動に移す。それすれば、後で後悔しなくて済むから」
オレには、そう語っている凛姉の姿がとても眩しく見えた。
自分の心に素直に、か……。
凛姉は言葉通りにそれを示して見せた。
休みの度にオレのもとを訪ねてきた。
話すきっかけを作るために模擬戦を挑んできた。
オレを助けるために屋上から飛び降りた。
一緒に暮らすために天堂と天月の両家に許可を取り次ぎをした。
それに比べてオレはひねくれてるとしか言いようがない。
凛姉をダシに自分のメリットを作った。
彼女を遠ざけるために、演技とはいえ傷つけた。
そして何より、オレは彼女を自分のために――――
そこまで考えて、オレは考えることをやめた。
こんな往来の場所で何を湿っぽいことを考えているんだか……。
心の中で自嘲気味な苦笑いしてしまう。
オレがそんな思考に耽っていると、
「だから」
「ん?」
凛姉が少しずつ近付いていることに気付いた。
「今はこうしたいから、させてもらうわ」
「ちょっ、凛姉……!?」
悪戯っぽく笑みながら、こちらの右腕を取り、ふっくらとした豊潤な乳房を押し当ててくる。
彼女の服越しにでも分かるそれは、とても柔らかくて弾力感があった。その上、オレの腕によって押し潰されて形を変えるそれは、何とも言えぬ幸福感を感じてしまう。
うん、凛姉はこの五年間で随分と素敵な成長をなさったようだ。弟としてオレも嬉しいかぎりである。
その幸福感に浸っていると、目を細めた舞華がジトッと見つめてボソッと一言。
「恭弥のえっち。鼻の下が伸びてる」
「オ、オレは鼻が人より高いんだ。だからそれは舞華の見間違いだぞ」
すると、何を思ったのか凛姉が更に胸をぎゅっと押し付けてくる。
途端に当たる密度が増し、一瞬、頭が真っ白になってしまう。
「ほら、また伸びた」
舞華の冷たい視線が刺さって痛い。
「ふふっ、舞華。左側はまだあいてるわよ」
凛姉はオレの体越しに舞華を見て微笑む。
「わ、私は別にっ! こ、子どもじゃあるまいしっ!」
舞華は顔を赤らめ、ふいっとそっぽを向いてしまう。
子供じゃあるまいしと言ったが、この前は舞華も同じ事をしてたはずだ。
そう指摘しようとするが、やっぱりやめた。
数歩先をスタスタと歩いている彼女は、「これだから恭弥は……」とか「胸が大きければ……」「私だってまだ……」等とぼそぼそと呟いていた。
その姿は哀愁が漂っており、声をかけるのを憚られてしまう。
「ちょっとからかい過ぎたかしら?」
ちろっと舌を覗かせる凛姉の可愛らしい仕草に、オレは少しだけドキリとしてしまった。それでもどうにか表には出さずに留めた。
「ほどほどにしてくれよ」
そう言って、空いている左手で凛姉の頭をそっと撫でる。
凛姉はオレの行動に目を瞬かせた後、穏やかに笑った。
「恭弥も大分変わったわよね。こう、逞しくて堂々としてるっていうか。そう考えると、昔よりも強くなったって感じるわ」
逞しくて堂々としてる。強くなった、ね。実際はどうなんだろうな。
凛姉は何も知らない外側の人間だ。少なくとも、今のオレについては何も。
オレとしても全てを話すつもりはないし、踏み入って欲しい訳でもない。彼女の言葉は表層だけを示したものに他ならなかった。
それを知ったらどう思うだろうな。
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
オレはそう嘯き、曖昧な笑みを返すしかなかった。




