あまあまな生徒会室?
和解が成立したあとのこと。
あれからしばらく凛姉はオレの胸の中にいたのだが、ようやく少し落ち着いたらしい。
彼女はそっと身体を離し、
「ごめんね。服汚しちゃって」
頬を赤く染めて恥ずかしげに謝ってきた。
凛姉の言った通りにオレの着ている服の肩口は、彼女の涙によって濡れてしまっていた。
だが、そのことは最早どうでもよかった。オレは再びそっと抱き寄せる。
「オレも凛姉と仲直りできて嬉しかったんだ。だからこれくらい泣いたっていいって」
凛姉も抵抗することなく、そっと柔らかく温かい身体を預けてくる。
普段なら間違いなく緊張してしまうだろうが、今は不思議と気持ちは落ち着いており、そうしてるのが自然に感じられた。
しかし、どこに問題があったのだろうか。凛姉は胸の中からオレの顔を見上げるようにして、少し不満げに小さく唇を尖らせている。
「私はたくさん泣いてたのに、恭弥はあんまり泣いてないのね」
どうやらオレがあまり泣いていなかったのがお気に召さなかったらしい。
「……オレはこれでも男だからな。あんまり涙を見せるもんじゃないんだ」
思わず視線を逸らしながらも、苦しい言い訳をした。
正直な話、ただ単に泣いている姿を見られるのが恥ずかしくて、懸命に涙をおさめることに努めていただけだったりする。
「でも泣いてたじゃない」
「……………………」
そっぽを向き、黙殺を決め込むオレ。
大体仕方ないだろう。あんなにも優しくて嬉しい言葉をかけられたら、ああなるのは当たり前のことだ。
それでも認めるのは恥ずかしかった。そのことを悟られないために、あえて軽口を叩く。
「凛姉ほどじゃないって。凛姉なんて子供みたいに泣きじゃくってただろ? なんだか昔を思い出したよ」
「それは恭弥が……」
そう指摘すると羞恥心を感じているのか、凛姉の頬がかなり赤くなっている。
だけどそれはこちらも同じだった。オレの頬もかなり熱く、きっと彼女と似たような顔をしているんだと思う。
真っ赤な顔同士でお互いを見つめ合うオレたち。
目があった瞬間に同時に逸らされる瞳。それからオレたちは、示し会わせたように同時にチラリと互いを盗み見る。
また目があえば同時に逸らされてしまう。その行動のなんと可笑しいことか。
「ぷっ、あははははっ」
「ふふ、ふふふふふっ」
どちらともなく笑ってしまう。
こうして笑い合えることが心から嬉しかった。
凛姉に嫌われることで決別して、二度とオレに関わらないように仕向ける。
自分の描いた最悪のシナリオは、こんなにもあっさりと破綻させられた。他ならない実姉の手によって。
もう一度ぎゅっとしてから、
「ありがとな、凛姉。嬉しかったよ」
オレは凛姉からそっと身を離した。
「そろそろ降りようか」
オレは立ち上がり凛姉へと手を伸ばす。
「うん!」
凛姉が浮かべている表情は記憶に残っているものと同じ、眩しい笑顔だった。
◇
二人揃って屋上をあとにしたオレと凛姉は、1ーAの教室へと向かっていた。
理由は単純にオレが着替えるためだ。
先ほどまでの出来事が印象が強くて忘れているかもしれないが、オレの服装は実技用のままなのである。
ちなみにそれはいわゆる体操服的なもので、半袖半ズボンという従来の運動着スタイル。しかも驚くことにこの体操服には、受けた魔法の威力を和らげる効果があるらしい。
なんでも、服の生地に織り込んである特殊な繊維が魔法を受けた際に反応して瞬間的に繊維の性質が変質して魔法に対する―――うんたらかんたらと長い説明がされていたが、正直あまり覚えていない。
まぁ、要するに魔法を和らげることができる便利な防護耐性の付いた服という認識でいいと思う。それは凪城学園の制服にも適応されており、日常的に魔法が飛び交う学園内ではかなり重宝されているとの事だ。
本当に世の中、便利になったものだ。魔法に関するものを使うだけで大概のことはできるんじゃないだろうか?
そんな思考は同伴者によって打ち切られた。
「ちょっと恭弥、聞いてるの?」
隣を歩いていた凛姉が少しピリピリした様子で言う。
どうも、オレが思考を巡らせている間に何か話しかけてきていたようだ。
「聞いてた聞いてた。えーと、あれだ、オレがいない五年の間でいかに凛姉が美少女になったかって話だろ?」
「全然聞いてないじゃない!?」
がるる、と猛獣のごとく噛みついてくる凛姉をヒョイとかわし、朗らかに笑う。
「ごめんごめん。やっぱり上品にしてるより、今の方が凛姉って感じがするな」
「……まったく、恭弥は……」
凛姉は呆れのため息をついてみせるも、その口元はわずかに緩んでいた。たぶんオレも似たような表情をしてると思う。
こうやって互いに言葉を交わすことができるのが、本当に心から嬉しいことだと痛感できる。
「で、何の話だったんだ?」
「まったく、やっぱり聞いてなかったのね。だから貴方が着替え終わってから、私の荷物を取りに寄ってもいいかって訊いてるのよ」
「ん、もちろんオーケーだ」
そんな会話をしている内に教室へ辿り着いた。
ガラッと扉を開き教室に入るも、教室の中にはもう誰もいない。おそらく、六限目が終了してからそれなりに時間が経っているからだろう。
凛姉を保健室に運んでから月見里先生と話し、その後に凛姉とした話をしているころには日が傾いていた。その時間まで残っているとしたら、用事がある奴か部活動のある奴くらいだ。
「んじゃ、ちゃっちゃと着替えるから、待っててくれ」
「了解よ」
その返事を聞いてから、自分の席へと向かう。
その場で着替えるべく服の裾を捲った。
そこでふと感じるデジャビュ。密室、着替え、異性と二人きり。以前もこのようなシチュエーションがあったような気がする。なので面白半分に、いつぞやみたく冗談を飛ばした。
「なんださっきからじっと見て。もしかして、凛姉もオレの着替えが見たいのか? 見たいんならサービスするぞ」
「ええ、当たり前じゃない。他の誰でもない貴方の着替えだもの。許可が出たからじっくりと見させてもらうわね」
まじめな顔で頷き、先よりもまとわりつくような視線を寄越す凛姉。獲物を捕食するようなその視線が地味に怖い。
「……あの、今のは冗談なんで、教室の外で待っててもらえないでしょうか?」
「最初からそう言えばそうしてたわ」
あっけらかんと言い放つ言葉がなんだか白々しい。
割りとあっさり引いて教室から出ていく凛姉を見送ってから、改めて着替え始めた。
まず先にズボンの方を履き替え、その後に上着に手をかける。そして、一息に脱いだ。外気に触れる肉体。鍛え上げたこの肉体は、オレの努力の結晶だ。
だけども、
「こんなもん見たって気分が悪くなるだけだろうしな」
そう自嘲的に呟いた。
左肩から背中にかけて走る大小の二筋の傷跡。いつまでも消えない創造神との契約の証。それは見ているだけで痛々しい印象を与えるものであった。
それ以上の感慨に更けることなく、その傷を隠すように手早に上着を羽織っていく。
それから帰る準備も済ませ、凛姉が待っているであろう教室の外に出た。
「おまたせ」
「別にそれほど待ってないわ」
「そっか。じゃあ、次は凛姉の方に行こうか」
「ええ」
簡単なやりとりをしてから、再び肩を並べて歩くオレたち。
他愛もない話をしながら歩き続け、数分後には次の目的地へと辿り着いてしまう。
……今更ながら着いてきたことに後悔してしまう。
普通、荷物って自分の教室に置いてると思うもんじゃないだろうか?
ところがどっこい。現在位置は凪城学園生徒会室。凛姉はいつもここに荷物を置いているらしい。
今のオレは、生徒会室と書かれたプレートがついている重厚な扉と絶賛にらめっこをする羽目となる。凛姉に着いて来たのはいいが、その扉を開くことに難儀していた。
扉を開けれないというのは、肉体的な問題からくるものではない。たかだか一戦して、悲しい話しをして、屋上から飛び降りたくらいでガタがくるような柔な鍛え方はしていないつもりである。
故に本当に開けられない理由は気分的なものからくるもので、一種の喩えでしかないのだが、扉を開けられないという意味では変わらない。なにしろあれだけ凛姉のことを傷付けて場の空気を悪くしといて、当の本人は仲直りして喜んでいるわけだ。そんなやつが入ってきたら空気が悪くなるに違いない。
「大丈夫よ」
優しく微笑んだ凛姉はきゅっとオレの手を掴み、そのまま扉を開けてしまった。
そして彼女に手を引かれるままに導かれ、前回来たときと同じソファーに腰掛けさせられる。右隣に座った凛姉がやたらと近すぎると感じられるのは気のせいだろうか。
「おや? 思ったより随分と早い再会だったね」
そう言ってオレと凛姉を迎えたのは、何がそんなに楽しいんだよ、と訊きたくなるような笑みを浮かべている生徒会長様だった。いっぺん爆発しやがれ。
「この前はケーキを食べ損ねたので、ケーキを食べに来ました」
内心穏やかではないものの、それを表に出さずにしれっとそう返す。
すると生徒会室内に居た彼らは、各々の反応を示した。
生徒会長は冷やかすようにニヤニヤと。
舞華は仲直りしたことを察したようでホッとした様子。
村雨先輩は相変わらず、にぱーっと向日葵みたく笑っている。
村雨はクスリと小さく笑い、ケーキと紅茶の準備をしてくれた。
みんながみんな、話さなくても分かっているとばかりの反応をしている。その気遣いがとてもありがたかった。取り合えず生徒会長だけは後でシバこう。
そう決めて、出されたケーキを食べるためにフォークを手に取ろうとした。
……のだが、それは横から掠め取られてしまう。
フォークを掠め取った犯人は凛姉だった。ここでまさかの仕返しなのだろうか。こう、フォークでザクッと的な……。
「えーと、凛姉? 何でフォークを取っちゃうんだ? ケーキが食えないんだけど」
困惑するオレを他所に、凛姉は生クリームがたっぷり乗ったショートケーキをフォークに乗せた。
「はい、恭弥」
やたらといい笑顔でこちらに差し出してくる。
それは普段浮かべている凛々しさのある微笑みとは違う、年相応の少女らしい無邪気な笑み。その笑い方がひどく懐かしく、そして魅力的で、思わずドキリとさせられた。
どうやら彼女は周囲の目があるこの場で、あーん、をさせたいらしい。
「あ、あのな、凛姉、流石にそれは……」
「いやなの?」
凛姉はちょっと傷付いた表情をした。
さっきの事があるだけに、泣きそうな表情をされると弱い。
オレは慌てて首を横に振り、
「あ、いや、食べさせてくれ!」
差し出されたフォークをパクリと口に含む。
途端にボリュームのある生クリームが口の中でほどけるように溶け、ほどよい甘さが広がっていく。それでいて後味はさっぱりしているため、いくらでも食べられる気がする。
やばい、これどこのケーキだろう? 主食にしたいくらいに美味い。
しっかりと味わって嚥下したところで、再び運ばれてくるケーキの乗ったフォーク。
「あーん」
まさか凛姉はこのケーキが全部無くなるまで「あーん」をするつもりなのか?
気恥ずかしさを覚えつつフォークを口に含む。向けられる生暖かい視線のせいもあって、ケーキの味が次第に分からなくなっていた。
舞華が「いいなぁ」と羨ましそうな表情を浮かべてこちらを見ているが、代われるのなら代わって欲しい。
ちょいちょいと左側から袖が引かれた。そちらを向けば、また別の皿に乗せたケーキを左手に持った村雨先輩が、にこにこと笑って鎮座していた。
その笑みに何故か一筋の汗がこめかみを流れて行く。
「ど、どうしたんですか?」
村雨先輩はケーキにスッとフォークを入れ、一口分だけ乗せる。そして、今以上に目映い笑みを浮かべ、爆弾にも近い発言をかました。
「あ~ん♪」
……どうしてそうなる。オレは一気に困惑させられた。
だが、空気を読まないのが村雨先輩クオリティー。
固まっているオレに構いもせずにフォークを進撃させてくる。
結果として、閉じられた唇にフォークが突き刺さってしまった。それでもグイグイしてくるものだから、口の周りはクリームでベタベタになり、唇には血の雫さえ浮かび上っていた。
「ちょっ、痛っ、フ、フォークが刺さって―――むぐっ!?」
「どうどう? 美味しい?」
にぱっ、と向日葵のような笑みが眼前に広がる。
悪意が無いのはこの顔を見れば分かる。分かるんだが……。
オレはプルプルと震える右手を左手で押さえ込む。そうでもしないと握り込んだ右拳を振り抜きそうになっていた。
口に残るケーキの甘味に意識を集中させる。そうすることで、殴りたい衝動をどうにかやり込めた。
「恭弥」
声と同時に今度は右側からクイクイと袖を引かれた。右に座するは凛姉。
「はい、あーん」
声に滲むのは威圧感。この五年間で美人と言っても過言ではないほどに成長した顔には、笑っているようで笑っていないという、奇妙な表情が湛えられていた。
戦場で研がれた直感が告げている。逆らわずに素直に口を開けろと。
オレは直感に従い、凛姉が差し出したフォークを口に含む。すると、威圧感は霧散し、表情は本来の笑みに変わる。どうやら危機は乗り越えられたようだ。
「どう恭弥、美味しい?」
「あ、あぁ、うまいよ」
唇に感じるチクチクとした痛みに顔を引き釣らせながら、どうにか笑みを返す。
これまたちょいちょいと引かれる左袖。そちらにはやはり、満面の笑顔の村雨先輩。
でも。でもだ。振り向く前にフォークを差し出すものだから、頬にフォークが埋没した。
すなわち、頬がクリームまみれになり、グイグイ押しているせいで同時に血が出るわけで。
……これはそろそろ殴ってもいいって合図なのだろうか。
「あっ、頬っぺたにクリームが付いちゃってる。それに血も出てきてるよっ!?」
本心からの驚愕からか目を見開いて叫ぶ馬鹿。
ここまで来れば我慢の限界だった。目には目を、歯には歯を。オレは彼のハンムラビ法典に乗っ取り報復を決意した。
取り敢えず唇と頬をフォークで刺そうと、村雨先輩の握るフォークをぶん取った。
が、村雨先輩の動きはオレよりも迅速なものだった。
頬を撫でる生暖かい温度とヌメリとした感触が襲ってくる。
「……んっ……ちゅっ……ぁまぃ……」
「――――っっっ!?」
眼前の光景に硬直せざるおえなかった。
「……でも、血の味も……ぁむ……んぅ………」
両の手でこちらの顔面をロックし、頬に舌を這わせる村雨先輩。
止める者など誰もいない。突飛過ぎる行動のため、村雨先輩の独壇場だ。あまりの出来事に生徒会室内に居る全員が全員、活動の停止をしていた。
「……ぁ……口にも……」
視線は頬から唇にロックオンされる。
さすがにこれは冗談では済まない。オレは無理矢理拘束を振り切り、彼女から距離を取るべく全力で後退した。
必然的に村雨先輩とは反対側に居る凛姉も巻き込まれるわけで。彼女もろともソファーから転げ落ちる羽目になった。
「ち、ちょっと恭弥。何してるのよ……?」
上がる道連れとなった者の非難する声。これはオレのせいとなるのだろうか甚だ疑問に残る案件である。
それともう一つ疑問が。
「凛姉、手に持ってたケーキは?」
それは彼女の手から姿を消したケーキの行方。いったい何処にいったというのか。
「恭弥っ! 上! 上っ!」
舞華の焦ったような声音。
忠告通りオレは上に視線をやる。
ベチャ、と。生々しいケーキの着地音が残る。オレの顔の位置にて。
「……甘い」
雰囲気のこともある。
それを踏まえて、顔上に落ちてきたケーキを口に含んだ感想は、ひたすらにその一言に限ったのだった。
ようやく一騒動終えた恭弥たち
この後らへんに、今回の件にまつわる、ちょっとだけ(?)ブラックな裏話を二つほど入れられたらなー、と思ってます
それを見たら今回の件は少しだけ印象が変わっちゃうかもΣ(ノд<)




