記憶にまつわること
舞華を救出したあの日。オレは自分が神域の人間であることを藤十郎に打ち明けた。
その時に言った言葉をなぞらえるような発言の後、眼前の女性は言った。
「ウチも自分と同じ神域の人間や」
途端に脳内が混乱で埋め尽くされてゆく。
理由は簡潔。神域に属する人間。その者たちは、どうしようもない場合を除いて、自らが神域で明かす人間はいないと断言してもいいからだ。
それは自分の本質を打ち明けることに他ならないことにある。
オレのように第三者から決定的な情報が漏れたわけではない。
にも関わらず、自分の魔法をぼやかしたりせずに神域だと告げた。故の混乱であった。
それを他所に彼女は言葉の続きを紡いでいく。
「魔法名は『追想の神託』、役割は追憶。効力は対象の記憶の読み取りと書き換え。代償は使った分だけ、自分自身の記憶が欠如していくってとこやろうか」
追憶に類する神域。記憶に干渉することができる魔法。
だから、あのとき保健室で……
「ウチは自分を探るために記憶を盗み見てしもうた。ウチは……」
思い出すように唇を噛み締める月見里先生。自らの行いを悔いるように、恥じるような態度。そこに偽りといったものは見られない。
だからなのか、対してオレの口からこぼれたのは、思いの外に穏やかな声だった。
「別にいいですよ。後悔してるんですよね?」
「あぁ、ほんまにすまん……」
何度目かも分からない謝罪。そこからはやはり後悔が滲み出ていた。
この事から察することが出来るように、この人は敵にはなり得なかった。
そこに魔法などを絡めた力量の有無は関係ない。他人の記憶を覗いたからといって、ここまで後悔することが出来る人が敵対するとは思えなかった。
「むしろオレは月見里先生の方が心配ですよ。大丈夫ですか?」
オレの中にある自己の記憶。これまでの可笑しかったこと、楽しかったこと、嬉しかったこと、たくさん経験してきた良い思い出の数々。
その良い思い出は誇れど、悲観すべき要素は皆無と言ってもいい。
でも記憶というものはそれだけじゃない。
泣き叫んだ、哀しんだ、絶望した。
希望という光を塗りつぶす多くの暗い闇、闇、闇。途方もない闇が光と一緒に渦を巻いている。
それを彼女は覗き見てしまっていた。
「……はっきり言ってしんどいわ。ここまで酷いやつには出会ったことあらへん」
「ですよね」
オレは困ったように笑うことしか出来なかった。
こんな時、どういった表情をすればいいのか分からない。もし分かる者が居るのなら是非とも教えてほしいものだ。
笑うオレの顔を見て、表情を歪ませる月見里先生。
彼女はどんな思いを抱いて、この記憶を見ていたのだろうか?
「なんで自分は平然としとるんや……」
保健室でされたのと同じ問い。
彼女の言葉の意味が理解できた今では、それが深く胸を抉るように突き刺さる。
それでも泣き言は言えなかった。
「平気なわけないじゃないですか。記憶を見たんなら知ってるでしょ。初めの頃は相当に参ってたんですよ」
一度目は天月に捨てられたとき。オレは一度生きることを諦めていた。
そこから二度目が起こるのは、さほど長い時間ではなかった。
「だけどオレは生かされた。アリスに、アルヴィンに。だからオレは立ち止まるわけにはいかない。ただそれだけです」
「……アリスっていやぁ、自分の恋人やった娘のことやな」
オレの言に無理して取り繕ったように笑う。はっきり言って、その姿はかなり痛々しかった。
「そんなんじゃないんで茶化さないで下さい。それと無理しなくていいですよ」
「……そこまで分かりやすいかねぇ?」
「まぁ、自分の記憶ですから。誰よりも分かりますよ」
「それもそうやな」
たはは、と月見里先生は悲しそうに笑う。オレも同種の笑みを返すことしかできないでいる。
月見里先生は口を開く。
「それでウチはどうなるんや? 知った以上、自分に殺されるんか?」
あまりにも物騒な質問が飛んできた。
こちらの様子を窺うようにされる質問にオレは半眼で呻く。
「んなわけないでしょう。オレを何だと思ってるんですか……」
「せやて、記憶を覗いた限り、三ツ首ノ猟犬の『オメテオトル』は殺す必要があれば殺す。それに殺すことには躊躇いを持たない主義やろ?」
オレにつけられた二つ名である『オメテオトル』。それは三ツ首ノ猟犬のトップに君臨しているオレへの呼び名だ。
ただ組織のトップとは言っても、他に二人の最強を冠した同列の者が居る。
彼女が今しがた言った主義の話。
彼女が言った通り、トップの三人にはそれぞれの主義があり、また同時に三つの派閥に分かれている。
一つ目は『オメテオトル』が率いる中立派。
ここでは、自己判断にて殺す必要があると判断するなら、対象を殺すことも已む無しとされている。これは逆に必要が無ければ、敵対者だとしても決して殺したりはしないということだ。
ここには何がなんでも願いを叶えたいという、確固たる目的のある者が集まることが多い。
二つ目は『アテナ』が率いる穏健派。
つまり、そこでは敵対者がどんなに悪でも、殺さずに捕縛するように取り決めされている。故にここには基本的に温厚な人格を持つ者たちが集まっている。
最後に『タナトス』が率いる硬派。
ここには悪を憎む人間が集まっている。だからこそ悪を殺すことに躊躇いはない。むしろ処断しない方が非難される。
三つの頭から構成されたが故の三ツ首ノ猟犬という命名。それが今挙げた最強足る三人の率いている、三つの派閥から構成された組織だ。
だが、互いに主義の食い違いからバラバラということはない。互いに互いの意思を尊重していることもあり、どの派閥も上手くまとまりを持っている。
というか、どちらかと言うと率いる三人が三人だけに、規律も緩くて基本的にフリーダムな感じで成り立っている組織となっていた。
その中の一人の返答はこうだ。
「残念ながら、凪城学園1ーA所属の東雲恭弥は、面倒事が大嫌いな事勿れ主義ですよー」
その気は全くないと伝えるため、わざとらしくおどけるように手をプラプラ振ってアピールした。
確かに過去を覗き見られたのは最悪だと思わざるおえない。これに関しては本当に怒りたいところである。
だけど、月見里先生が記憶を見てしまったということは、同時にこの胸の中にある感情も受け取ってしまったと言うことに他ならない。我の事ながら、それに同情してしまう。
「あんたも神域なら、それなりの心の苦悩を抱えてるんだろ。それに加えてオレのやつまで抱えちまったんだから、それだけで十分な罰になるはずだ。だからオレはあんたを殺さないよ」
思わず歳上だということも忘れ、素の口調が口を突いて出てしまう。それでも月見里先生は気にした様子はなかった。
「罰、かぁ。高一の坊主にしては、大人じみた考えするもんやな……」
しみじみといた様子で呟く月見里先生は、湿っぽさを増していく。状況が状況だけに、この様な空気は気が重くなってくる。
だからこそオレは胸を張ってこう言った。
「当たり前ですよ。なんたって最近、コーヒーをブラックで飲めるようになったオレは、もう大人の中の大人と言っても過言じゃないですからね。なんなら、ビックヒューマンと呼んでくれてもいいですよ?」
二人の間をヒューと一陣の風が通り抜けた。
「……それでボケとるつもりかいな」
「ボケじゃなくてジョークと言ってもらいたいもんですね、まったく」
月見里先生の返事に憤然としてしまう。
せっかく場を和ませようとジョークを飛ばしたら、まさかのボケ扱いされてしまったせいだ。
意味的には似たようなもんだが、若干のニュアンスの違いがあるはずだ。
ネタを含んだトークで相手の笑いを狙うのがボケで、小粋なトークで笑いを狙うのがジョーク。そこら辺を間違えないでほしいものだ。
「とにかくオレは月見里先生をどうするつもりもないですよ。分かったらオレの気が変わらない内にどっか行っちゃって下さい。さもないと襲っちゃいますよ。もちろん性的な意味で」
それは建前。今は誰かと話をするだけでも気が滅入る。
だから、しっし、と軽い調子で追い払うように手を振ってこの場からの退場を促す。
それを彼女は組み取ってくれたらしい。
「わかった」
相も変わらず月見里先生の瞳には悲しみが宿り、雰囲気は重々しさだけが蔓延していた。彼女はオレの言葉通りに背を向け、屋上から去る意思を窺わせる。
「あんまり独りで無理するもんやないで。人は独りじゃ絶対に生きられへん」
ポツリと一言こぼし、彼女は屋上を後にした。
「……知ってるよ、そんな事は。だから心の苦悩として抱えてるんじゃねぇか」
記憶を覗かれてしまったということは、月見里先生はオレの抱える内側のことも分かっていて当然だった。それが時々的な気分によって変わるものでないなら、尚更のことである。
刻まれた記憶の残留。その事を思い出す度に、必ず同じ感情が胸の中を渦巻く。
屋上からの落下を防止するために設置された胸までの高さほどの鉄柵。そこに自分の体重を預けるように身体をもたれかけさせた。
月見里先生が言った、たった一つの言葉。
『アリスっていやぁ、自分の恋人やった娘のことやな』
この言葉が何度も繰り返すように切なく脳裏に響く。
「なぁ、アリス、教えてくれよ。オレはお前に恋してたのか?」
自分の事ながら自分の事が分かりそうもなかった。
数年前、天月に捨てられたオレは姉さんと出逢い、彼女に拾われた。その後一緒にアメリカに渡るも、オレは彼女以外に心を許さなかった。
この世界では魔法の能力が何よりのステータスとして認識されている。そのような世の中で、自分を救ってくれた人物以外を信用しろと言う方が無理な話だ。
どうせまた失望され、見放される。それが目に見えているから、身内以外の人間はすべからく全員敵。それが当時のオレの認識だった。
そんな時に偶然にも出逢った一組の兄妹。
オレより三つ歳上である少女、アリス・ブランドル。
更にその二つ歳上である少女の兄、アルヴィン・ブランドル。
彼女は、彼は、オレに関わろうとしてきた。
出会えば声をかけてくる。出会えば遊びに誘ってくる。
だけど、その当時のオレにとっては鬱陶しいものでしかない。
身内――つまり、姉さん以外は誰もが敵。敵に関わりたくないと思うのは当たり前だ。
それでもしつこく、何度も何度も何度も。
ある日オレの感情は爆発した。自分でも驚くほどに思うくらいに怒鳴った。自分の中にある感情をありったけぶつけて、拒絶の意を示した。
どうせ自分を知れば失望する。見放されるくらいなら、最初からいない方がいい。それを怒りに任せてぶつけてやった。
対する反応はというと――――
何故か思いっきり殴られた。延々と長い長い説教をされた。主にアリスという少女に。
兄であるアルヴィンが焦る程の剣幕で、マシンガンの如く怒鳴り散らした。こちらがドン引きするような汚い言葉も時折混じりながらも、説教をするその姿は不思議と嫌なものではなかった。
なぜなら、キツい言葉の節々から滲み出ているのは彼女の心だったから。
それに救われた気がした。一人目の恩人が姉さんだとしたら、アリスは二人目の恩人と呼べる存在に他ならない。
だから今度は自分から歩み寄ってみようと思った。
「友達になってほしい」
たったそれだけのことを言うのが難しくて。噛みながらも、吃りながらも、オレはなんとか伝えることができた。
返答は満面の笑みとともにもらった。
その件からオレたち三人は、自然に打ち解けていく。
毎日のように言葉を交わし、一緒に知識を蓄え、魔法の訓練に励んだ。
一切の進歩のない魔法の訓練も、その時は嫌では無くなっていた。
本来の目的である力をつけること。最早、そんなことはどうでもよくて。
ただ言葉を交わすだけ。それだけのことがすごく楽しかった。心から嬉しかった。本当に幸せだった。
そして、気がつけばオレは二人に心を許していた。
近くに居るのが普通で、居ないと違和感を感じてしまう。それほどに縮まった二人との距離。
こうして、変化を遂げた日々は続いた。灰色の毎日は色がついて輝き出す。
しかし、初めて出逢ってからおよそ半年後。前ぶれなく二人とは離ればなれになってしまうことになる。
それは距離などというものではなく、二度と会うことのできない今生の別れ。だからもう二人と会うことは叶わない。
いつも勝ち気で強情な台風少女。
いつも笑っている日だまり少年。
彼女たちの事を想う都度に心が疼く。
彼女たちの事を想う都度に心が渇く。
彼女たちの事を想う都度に心が痛くなる。
これは一体どの様な感情なのだろうか?
友情? 親愛? 罪悪感?
一つ一つ思いつくものを片っ端から当て嵌めていくも、一向に答えは見つからない。それがひどく悲しく、もどかしい。
「なぁ、アリス、教えてくれよ。……オレはお前の何だったんだ?」
既にこの世を去った者への問いは、吹き抜ける風に揺られ消えていく。
いつの間にか周囲を照らすのは眩い日差しではなく、茜に染まった夕陽へと変わっていた。
それでも答えを待ち続ける自分がここに居た。
う~ん、今回も主人公がアレだ……(((((((・・;)
早く悲劇気取りから脱却させたいけど、先が長そうです。
いつかまともになるまでお付き合い頂ければ幸いです(*^^*)




