本音と別れ
剣を主な戦力とするオレと、刀剣創者の魔法を保有する一人の剣士。
剣士同士の邂逅は刹那で終わりを告げる。
交わされる熱を帯びた視線。誰もが沈黙していることで起こる静寂さ。
オレは静かに目を伏せながら対戦者に声をかけた。
「残念ながら、タイムアップを抜きにしたら、オレたちの負け―――なんて結果にはなりませんでしたね。これでオレは名実ともに勝ちを証明しました」
「……そうみたい、だね」
ぶつかり合った刹那の間。その短な時間のなかで、彼女の握る得物は刀身を無くしていた。根元から鋭利な刃物で切り落とされたかのようなその刀身。
だが、オレの手の中にはそれを斬ったらしき刃物は握られていない。周囲にはまるで、素手で刀を切り落としたかのように見えていたことだろう。
それらの要素を踏まえてオレや舞華は一度足りとも攻撃を受けることはなかった。この光景を見れば、誰もが勝敗など問うまでもない。
「すごいね、それ」
真っ直ぐに向けられた熱を帯びた視線は、研ぎ澄まされた刃のように鋭く、それでいて微かな興奮を湛えている。
村雨先輩は折れた刀を捨て、新たな刀を作りだして柄にそっと右手を添えた。
「いいね、ぞくぞくするよ」
自分はまだ満足していない。もっともっと自分を満たせ。この程度では闘争心は燻らない。
そんな内心が伝わってくる程に、ギラギラした言葉を、感情を向けられる。
でも、オレにはその気はなかった。
「遺憾ながらこれでお終いです。続きはまた今度しましょう。それよりも保健室に案内してくれませんか?」
「……怪我はしてないはずだよ?」
感情の昂りに水を差された村雨先輩は、不満げに眉を寄せた。彼女が言う通り、結界魔法のお陰で誰も怪我をせずに済んでいる。
だけど、保健室に連れていくべき人は居た。
「オレじゃなくて、あの人を保健室に連れていくんですよ」
そう言って、顎をしゃくるようにして倒れている人物を差した。
その言葉に村雨先輩は目を点にして驚く。
「意外そうな顔しないで下さいよ」
心外だとばかりに肩を竦めてため息をつくと、村雨先輩は臨戦体勢を解き、いつものように朗らかに笑う。
その変化には驚きを禁じ得ない。
雌獅子のような威圧感を与える獰猛な雰囲気から、日溜まりで微睡む猫のような柔らかい雰囲気への変化だ。これで何も感じない方がおかしい。
「そっかそっか、君にとって大切な人だもんね。よしっ、じゃあ一緒に保健室にレッツゴーだよっ!」
おーっ、と片手を突き上げ、てくてくとマイペースに歩き出す彼女の背中を追った。
道中、担当教師に保健室に向かう旨を伝えてドームから出る。
もちろんちゃんと対象者は抱えている。
天月凛。オレの一つ歳上の元姉。
真っ白な肌に映える紅蓮の髪。同色の瞳を匿うように下ろされた薄い瞼。薔薇の蕾のように可憐な唇。
ほっそりとした華奢な体躯の割りに肉付きがよく、無防備なその姿は歳不相応の色香を放っている。
五年ほど見ない間に随分と綺麗になったものだ。
ぼーっ、と彼女の顔を見つめながら足を交互に進めていると質問が投げ掛けられた。
「リンちゃんって本当に美人さんだよね~。ねね、君もそう思うでしょ?」
特に隠し立てする意味もないわけだから、普通に受け答えした。
「オレもそう思いますよ。五年前よりもずっと綺麗になった」
「うんうん、その上リンちゃんはしっかりしてて、人気者で、格好良いんだよっ」
「それに気遣いができて、優しくて、今はなんか上品な感じもしますね」
流れる勢いで言葉を交わすオレと村雨先輩。
そこに拭いきれない違和感を感じたらしい。
「……できれば君の本音を教えてくれないかな?」
真剣な目付きで質問を投げかけてくる。オレは一定のリズムで歩を進めながら、彼女の質問にノータイムで答えた。
「知ることに意味は無いですよ。在るものは在るもの。起こったことは起こったこと。敗者は目の前の出来事を受容しなくてはならない。それが世界の理です」
突き放すように淡々と語ると、村雨先輩は頬を子どものように膨らませてしまった。どうやらこのような回答はお気に召さなかったらしい。
「君はとんだうそつきさんだねっ。まったくもうっ! そんなつまらないうそをつくのはこの口かなっ!?」
声を上げるなり、オレの唇を白魚のように透き通った綺麗な指先で、「えいえい」とつつき始める。
つんつん、つんつん、ちくちく、つんつん。
うん、ときどき爪が刺さって痛いから、是非ともやめてほしい。
「君が本音を言うまでやめないからねっ」
思った矢先の、まさかのやめない宣言。
……本当に厄介な先輩だ。
意趣返しに噛みついてやろうかとしたが、難なくかわされてしまった。
浮かべられるしたり顔。それを少しでも可愛いと思ってしまった自分を殴ってやりたいものだ。
つんつん、ちくちく、つんつん、ちくちく。
止むことのない彼女の攻撃に段々とうんざりしてきた。
「分かった。分かりましたよ。本当のこと言うからやめてもらえませんか」
すると、途端に攻撃はピタリと止まる。このまま逃げてやりたいところだが、人を一人抱えているせいで逃げように逃げられそうもなかった。
それに保健室の位置を知らないのも痛い。故に仕方ないことだと割りきるしかなかった。
「オレは天月に捨てられたんですよ。当主直々にお前は『欠陥品』だから要らないって、ね」
このことを話すのは二度目。一度目は天堂家の屋敷だった。そのせいか、抵抗というものが小さかった。
「ふむふむ、なるほどなるほど。じゃあ、リンちゃんをイジめた理由は?」
その表現はどうかと思うが、あながち間違っていないところがグサッとくるな……。
「二人ともにメリットがあるからですよ。オレは今後一切として天月に関わりたくない。そうすることで、この人は変わることのないいつも通りの日々を送れる。互いに不干渉が一番だと思ったんです」
語るオレの言葉を静かに聞く村雨先輩。
だからオレは続けた。
「だけど、万が一にも天月が行動を起こせば、オレは天月を潰すつもりでいます。オレが対象になったとしても、この人が対象になったとしてもね」
舞華にも言った通り、天月は信頼が置けない。
オレは天月に捨てられた。それだけでも十分に忌むべき対象だ。
それに加えて、大切な人に害を加えられれば、敵対するには十分過ぎる理由だ。二度と安心して太陽の光の下を歩くことが出来なくなるよう、徹底的に蹂躙するに違いない。
だけど、それは決してしてはならないことだ。
「それでも天月がこの人にとっての帰るべき場所です。オレ個人の意思で潰してしまえば、この人は拠り所がなくなっちまう」
「つまり君は、リンちゃんを遠ざけて、今までの生活だけでも守ろうとしたと」
「はい」
「……………………」
そこで会話は途切れてしまった。
隣に居る村雨先輩は、さっきまではあれだけ喋っていた姿とはうって変わって静かになる。
不思議に思って村雨先輩を見やれば、彼女は顔を伏せて肩をプルプル震わせていた。
何でだろうと声をかける前に、村雨先輩はガバッと顔を上げて叫んだ。
「うーっ、健気だっ、健気だよ弟君っ!」
村雨先輩は突然後ろに回り込み、背中側ににぴょんと飛び付いてきた。
むにゅっ。
そのまま飛び付いてこなかったのは、前に人を一人抱えていることに対しての村雨先輩なりの配慮なのだろう。
だが突飛な行動理由が不明だ。てか、今の『むにゅっ』って感触は……。
「弟君はツンデレなんだねっ。ツンツンしてた時からかわいいとは思ってたけど、デレまで加わるなんてもう無敵すぎるよっ。んー、かわゆいかわゆい」
ふざけないでほしい。誰がツンデレだ、誰が。
ジャンルとしては男のツンデレもあるだろうけど、例えそうだとしても、自分をツンデレだとは言ってもらいたくはない。
憤懣たる思考が伝わることもなく。
なでなで、すりすり、むにゅむにゅっ。
この時点でなんかもういろいろと限界だった。ただえさえ恥ずかしいのに、背中にあたる自己主張の激しい二つの山脈が羞恥を割り増ししてくる。
熱くなる顔を背けるようにしながら、押し殺した声で注意を飛ばす。
「こういうのは止めてもらえませんか? 誰かに見られたらどうするんですか」
「イヤだっ! 弟君は私がお持ち帰りするんだもんっ!」
どうやらオレは彼女にこのままお持ち帰りされてしまうらしい。それはそれでいいななんて思ったり、思わなかったり、やっぱり思ったり。
ダメだ、正常に頭が働かない。まぁ、なんにせよだ。
「いいからさっさと放しやがれ!」
理性の限界を前にして、敬語も忘れて大きな声で叫ぶオレ。
「なんとその提案は却下されましたっ!」
負けないくらいの声量で拒否する村雨先輩。
「やかましいわ! 保健室前で騒ぐなや!」
ガラッと扉を開いて怒鳴る白衣の女性。
「「はい?」」
突然の闖入者に、オレと村雨先輩は見事に声を揃えて首を傾げる。
「イチャコラすんなら、保健室の前やのうてどっか別の場所でせぇ言うてんのや! 年齢=独り身のウチに喧嘩売っとんのか!? えぇ!?」
なんだか微妙な関西弁で苛立ちを露にしている女性は、オレたちの状況を見て何故か妙に納得したような表情に変化していく。この反応は確実に誤解されたパターンだな。
案の定、その通りに、
「……あぁ、なんや、修羅場かいな。すまん、邪魔したな」
ガラガラガラッと音を立てて閉まる扉。フェードアウトする白衣の女性。
やはり素敵な勘違いをなさったようだ。
つーか、普通にマズイ。このまま誤解されたままにしておくと、ほぼ百パーセントで即バットエンドまっしぐらになってしまう。
「ちょっと待ってください!」
扉が完全に閉まりきる前に足を差し込み、閉まるのを妨害する。内心では挟まれた痛みに悶絶するも、表では顔をしかめるに留めた。
「……なんや、ウチかって空気くらいは読めるで? 修羅場に首を突っ込むほど、野暮な真似はせぇへん」
「だから盛大に誤解しないで下さい!」
図らずにして出る大声。その声には必死さが滲み出ていた。
「そないに必死にならんとってもええって。ほら、あれや。お目にかなった女を保健室連れ込んでイイコトしようとしとったら、本物の彼女に見つかってしもうたー、ってパターンやろ?」
女性はいやらしい笑みを浮かべながら、手をなんとも言えない形にして何かを表現する。
その仕草にキレてはいけないモノががプツンとキレた。
「だから誤解だつってんだろ! いい加減にしろ! ぶっ飛ばすぞこの変態女!」
「うおっ、キレおった!? 図星差されたさかいキレるとか、最近の若者こわっ!」
「うるせぇっ、いいから説明を聞け!」
怒鳴った勢いで、そのままこうなった経緯を並べ立てていく。
かくかくしかじか、かくかくしかじか。身ぶり手振りを加えながら説明をする。
そう言えばよく『かくかくしかじか』が使われる場面があるが本当に伝わっているのだろうか?
結局その事柄に関して説明を省略してるわけだから、どこか説明が分かりにくかったり、きちんと分かってもらえないこともあるはずだ。それでも伝わるのだから言葉は不思議に満ちている。
……数分後。申し訳なさそうに頭を掻く白衣の女性が目の前にいた。
「なんやぁ、ウチの早とちりかいなー。いやー、悪いな、変な勘違いしてもうて」
「分かってもらえればいいんですよ、分かってもらえれば」
説明することに疲れ、「はぁー」と大きなため息が口からもれた。
「それより、その嬢ちゃん寝かせに来たんやろ? そこらのベット適当につかい」
「ありがとうございます」
女性の言葉に従い、いくつかあるベットの一つに抱えている少女を下ろした。彼女が目を覚まさないようにゆっくりと、労るように、ある種の感情とともに。
「ごめんな、傷付けちまって」
別れを惜しむように言葉をかける。これがおそらく最後になる言葉。だから、心からの言葉を贈った。
「また一緒に暮らそうって言ってくれて嬉しかったよ。ありがとな、凛姉」
オレとベットに横たわる少女。それ以外の二人に聞こえないように言った。それでも、寝ている彼女には、この言葉は届いていないだろう。
「でも、オレは天月には戻らないよ。オレは自分の道を進む。そうすれば互いに苦しい思いをせずに済むだろうからな」
だけど、それを悲しく思う自分がいる。
……まったく、今更何を後悔してるんだか。
「ここで本当のお別れにしよう。オレのことは忘れてくれ。その方がオレも楽でいい」
最後に残ったわずかな繋がりさえ断つ、短い別れのあいさつ。
同時に踵を返して、歩を進めて距離を作っていく。
「じゃあ、これでオレは失礼します。村雨先輩に、えーと……」
「月見里千鶴や。よろしゅうな」
名乗りを上げた保険医に礼をして、オレは扉に向けて歩き出した。




