勝敗の行方
一つ年上の上級生、村雨六花は詠う。
鈴を転がすような綺麗に澄んだ声音でそれは相成った。
「求めるは比類なき最強の刃。私はここに誓う。この刃にて剣の頂きに立つことを――刀剣創者」
同じ魔法であるはずなのに、オレとは全くと言っていいほどに違う詠唱。
詠唱を紡ぎ終えた彼女の手には、一振りの壮麗な刀が握られていた。
刀剣創者によって生み出されたそれは光を反射し、確かな鋭さを窺わせている。
「それじゃあ、いくよ」
村雨先輩はそう宣言するなり、刀を携えて駆け出す。
身体強化を施してあるであろう疾駆は、常識ではあり得ない速さを誇っていた。
遠距離・中距離が得意な典型的な魔法師にとって、近距離での闘いが得意な特化型の魔法師の射程圏内に捉えられてしまえば、その時点で敗北となる。
村雨先輩はいわゆる剣士だ。
もちろん遠距離や中距離よりも、近接戦が得意な魔法師なのだろう。疾駆の迷いのなさがそれを窺わせている。
接近を許せば、許しただけ不利に傾くのは必至だ。
だが、それをみすみすと放置するほど舞華も馬鹿ではなかった。
「冷徹なる者よ、我が下に集え。願うのは絶対なる凍結。ここに全てを凍てつかす永久の氷を――希氷の祈り」
舞華は件の魔法を発動させた。
詠唱と重ねて同時期に現れた無数の氷槍は、直ぐ様に村雨先輩を目掛けて降り注いでゆく。
少し離れた所に居るギャラリーからは、驚きと恐怖の悲鳴が上がっていた。
十、二十、へたをすれば三十を越えている氷槍の豪雨。それはまさに氷の蹂躙ともいえる光景。
しかし、舞華の魔法は村雨先輩にとって有効な手にはならなかったようだ。
「こんなの当たらないよっ」
瞬く間にかわし、弾き、斬る。刀と身一つで、一切の無駄のない動きにて全てをしのいでいく。
尚も衰えぬ迅速な疾駆。
これだけの魔法を刀一振りでしのぐとは、近接戦の苦手な魔法師にとっては厄介極まりない相手だ。
彼女との距離は刻々と縮んでいく。村雨先輩との距離は、気付けば既に残り五メートルを切っていた。
この距離ならば剣士にとって十分な射程圏内となる。
「ちょっと早いけど、これで終わりっ!」
一分にも満ちてない、あまりにも早すぎる勝利宣言。
確かに手練れの剣士の射程圏内に入れば、ただの魔法師など木偶に等しい。
なぜなら、近すぎる距離での魔法の行使は自分を、味方を巻き込むからだ。
だが、それがただの魔法師であればの話。舞華は仮にも天族出身である。その一般的な常識なんて当てはまらない。
「そうはいきません」
舞華の魔法によって生み出された氷の壁が、オレたちと村雨先輩を隔てるように小さなドームを作る。
その壁は見事に彼女の攻撃を防いだ。
「へぇ、やるな舞華。無詠唱でドーム状にした絶氷の壁の発動か」
「ううん、これも希氷の祈りの効力だよ。この魔法は三つまで自分の任意で、氷に形を与えることができるの」
「……おいおい」
オレが言えることではないが、その魔法はかなり反則だ。というか、かなりエグい。
自分の任意で氷に形を与えれるってことは、頭を使って効果的に発動すれば、その一回の発動だけで勝敗が決するレベルである。
「六花! 退きなさいっ!」
束の間の思考を断ち切るかのようにこだました、肌を突き刺すほどに鋭い怒号。
その怒号を上げたのは、もう一人の対戦相手である天月凛。
村雨先輩は怒号を受け、巻き込まれると判断したのか、慌てた様子でその場から後退していった。
「灼熱を司る者よ、我が下に集え! 願うのは絶対なる滅却! ここに全てを焼きつくす永久の炎を――希炎の祈り!」
轟と唸りを上げて燃え盛る紅蓮。
それは大きな槍の形を得て、猛威を振るう。
舞華の魔法にて安全性は保障されているものの、その魔法は灼熱という確かな脅威をはらんでいた。
紅蓮を背負う少女は心から叫んだ。
「退きなさい、舞華っ! 私はっ、もう一度っ……!」
向けられる敵意に負けじと舞華も叫んだ。
「私は恭弥の言葉を信じてる。私がこうすることで二人を守れるなら! 私だって絶対に譲らない!」
張り合うかのようにぶつかり合う炎と氷。
炎は少しずつ氷を溶かし、氷は少しずつ炎の勢いを削いでいく。
だが、拮抗しているように見えた対決は、次第に舞華が不利になっていった。
「……ぅっ!」
「その魔法を貴女に教えたのは誰か忘れたの! 魔法の相性的にも、技術的にも私に勝てるわけがない!」
徐々に劣勢になっていく魔法の応酬。
このままでは一気に形勢が傾く。そう判断したオレは二人の応酬に介入せざるおえなかった。
オレは舞華の耳元で囁くようにして訊く。
「舞華、そのままでいいから質問に答えてくれ。この壁はあとどのくらい持つ?」
「……大目に見積もって六分が限界だと思う。それ以上は無理……」
弱ったとでも言いたげに口を開いた舞華。
あの炎をそれだけ食い止められれば、十分過ぎると言える。
残りは時間にして八分程度。そこから六分は舞華の魔法にての足止めが約束されている。
だから厳密には残り時間は二分。オレたちが勝ちを納めるには問題ない計算だ。
「舞華、氷を氷としてでなく、水そのものとして発現させることはできるか?」
「やったことがないから分からない……」
「なら、試してみてくれないか? やり方はオレが教える」
「分かった」
舞華は素直に頷いてくれた。
既に無数の氷槍と氷の壁に使った二つの祈り。
残りは一つ分の祈りだけとなっている。それを水の顕現に費やす。
「舞華、今からオレが言うことを考えてみてほしい。今、模擬戦の最中、水はいったいどこに在ると思う? 水道の蛇口か? いや、そんなものはここにはない。じゃあ、雨? ここは建物の中だ。雨が降ってくるわけがない」
同意するように小さく頷く舞華。
オレは手をかざすようにして眼前の氷の壁に触れた。
「じゃあ、ここに在るのは何だと思う?」
その問いに舞華は「あっ」と声に出す。
彼女が視線を寄せた先。そこに在ったのは、表面の溶けかけた氷の壁だった。
「気づいたか。氷は温度によって形状を変化させる。気体、液体、個体。どれも性質は違うが、結局のところは全部同じものなんだ」
ここまで言えば察することができるはずだ。
「……氷を溶けた水として出すんじゃなくて、初めから水そのものだと認識して顕現させる」
「正解。あとはそのイメージを強く持つこと。そうすれば舞華なら簡単にできる」
「……うん、なんとなくイメージできた」
舞華は簡潔に答えて、現在の氷の防御壁の維持に専念していた。
炎と氷。灼熱と冷気。
オレと天城院が模擬戦を行った時よりも、数段以上ハイレベルな魔法の応酬は終局に向かっていた。
どれだけ頑張ろうとも、舞華の魔法は炎の魔法には敵わない。
それでも、じり貧ながらも粘り続けていた。一分、二分、三分、四分、五分と時間はゆっくりと経過していく。
時間が経つにつれ、目に見えて状況は劣勢に変わっていた。
流れる時は制限時間へと近付いている。
残り時間は三分弱。そろそろ攻めあぐね、焦り始める頃合いだ。
「退きなさいよぉっ、舞華ぁっ!」
一際大きな怒号は空気を震わせた。
同時に放たれていた炎の槍は止まる。
しかし、その変わりに全ての炎は使役者の下に集い、大きな塊として肥大していく。
そして、それを放たんと彼女は腕を振るった。
「行きなさいっ!」
比喩するなら小さな太陽とでも呼べる炎球は指示を受け動き出す。
莫大な熱量の塊の猛槌。
オレは今のような、大きな炎の魔法の発言を待っていた。
「舞華、今だ。あの炎球の前に水の塊を出してくれ。できるだけ大きなやつがいい。それで終わりだ」
「うん」
果たしてそれは成功するのか。舞華にとってはまったく初めての試み。一種のギャンブルと言ってもいいレベルだ。
「お願い、希氷の祈り!」
叫ぶ舞華。
結果として、彼女の祈りに答えるようにして、魔法は現実となり顕現されたらしい。
どうやら賭けには成功したようで、
ドゴオォォォォォォォン!
と、耳を覆いたくなるほどに大きな爆発音がドーム内に鳴り響く。
「きゃぁぁぁぉぁっ!」
絹を裂いたような鋭い悲鳴。
その声の主は誰でもない、過去の姉である天月凛のものに他ならなかった。
「えっ? なに? なにが起こったの?」
何が起こったのか理解できていない舞華。
それは当然のことだ。この爆発は舞華の意思によるものではない。なにせ仕向けたのはオレなんだから。
「水蒸気爆発ってやつだ。聞いたことくらいはあるだろ?」
水蒸気爆発とは、水が非常に温度の高い物質と接触することにより気化されて発生する爆発現象のことを指す。
身近な例として挙げるなら、天ぷらなどの揚げ物を調理中に油に火が点いた場合、その火を消そうと水をかけると爆発が起こることがある。
今回はそれを舞華の魔法にて簡易的に行ったわけだ。
舞華の魔法の効力は、爆発音が聞こえた時点で既に切れてしまっている。
それでも視界を遮るモノのせいで互いに動かぬまま、互いを警戒していた。
若干の時を経て、爆発によって巻き上げられた土煙のカーテンは時間が経つに連れて晴れていく。
そこに映るのは、横たわる天月凛の姿。
彼女のすぐ近くで爆発を起こしたのだから、必然的に彼女も巻き込まれることになる。
ドーム内に張り巡らされている結界魔法のおかげで傷一つないものの、爆発をモロに受けた彼女は気を失っていた。
これで彼女はリタイアだ。この場でもう起き上がることはない。
オレは脱落者から視線を外し、爆発から離れていたお陰で、未だに健在なもう一人の対戦者に問うた。
「これで二対一になりましたけど、まだやりますか?」
「もちろんだよ。勝負はまだ続いてるからね。それにリンちゃんの敵も討たなきゃだし」
「別に死んだわけでもないでしょうに。それに先輩も負けるんですから、敵討ちなんてできませんよ」
あはは、うふふ、と互いが互いに抱える内心を押し隠して笑い合う。笑っていなければ、ある種の感情が振り切れそうになっていた。
「私も負けるわけにはいかないからね」
再び村雨先輩は動き出す。
風を切るような素早い疾駆を前に、舞華は先と同じように魔法を使おうと口を開こうとした。
「いや、いい」
オレはそれを手で制して舞華を止める。
残っている時間はわずか数秒。待っていれば勝利は自然と訪れる。故にオレはそれを待つ。
その数秒後。授業の終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。
それは決着という名の勝利をオレと舞華にもたらす福音となりて響き渡る。この時点でオレたちの勝利は確定となった。
……それでも村雨先輩は足を止めようとしなかった。
俊敏性の高い彼女との距離は、再び有って無いような距離にまで縮まっていた。
「やぁっ!」
短い呼気とともに繰り出される一閃。抜き放たれたその一閃は美しいと感じた。
千里の道を一瞬で疾る風のように、流麗で、速く、洗練された剣筋。この様に澄んだ剣筋には、世界中を駆け巡ろうとなかなか出会えない。
そこからは天性の才能というものを強く感じ取れた。
だけど……いや、だからこそと言うべきか。
本能という本能が理性を食い千切り、隠された獰猛な牙を剥く。
「オレは最強だ。何があろうと、誰が相手だろうと、オレは絶対に負けない」
そう。オレは何があろうと、誰が相手だろうと、決して負けてなんていれない。それがオレが最強である証なのだから。
「乱剣舞・空の型――影亡」
低く囁くような唸り声。
至近距離に居る彼女に届くには十分だった。
重なるように描かれる腕の放物線。
一際甲高く鳴り響く金属音。
宙を舞い踊る細長い何か。
ぶつかり合う瞬間には、あらかじめ決めておいた制限時間は超過していた。それでも行われた剣士と剣士の刹那の邂逅。
交わされる熱を帯びた視線。静寂が満ちる空間。
結果は誰がどう見ても、そう判断するであろう光景が広がっていた。
オレは静かに目を伏せながら声をかけた。
「残念ながら、タイムアップを抜きにしたら、オレたちの負け―――」




