二つの用件と二つの拒絶
「やあ、初めまして。僕は三年の天城院泉里だ。この学園の生徒会長をしている。どうぞよろしく、東雲恭弥君」
にこやかに挨拶し、右手を差し出してくる、天城院泉里と名乗った男。こいつがこの凪城学園の生徒会長らしい。
いつまでも彼を待たせておくわけにはいかない。オレもすぐに右手を出した。
―――もちろん生徒会長の顔に向かって。
拳を握り込んだ右ストレート。
しかし、それは手を掴まれる事であっさりと阻まれてしまった。内心で大きな舌打ちがもれる。
「ひどいな。初対面の相手を殴ろうなんて」
癖のあるグレーの髪に女性が放っておかなそうな整った顔立ち。その顔に余裕に溢れた微笑を浮かべている男は、オレに向かってそう宣いやがった。
オレは苛立ち混じりに言う。
「こっちはあんたの呼び出しのせいで、晒し者にされるわ刀で襲われるわでイラついてるんだ。それに村雨から殴る許可も貰ってる。その手を離せ。さっさと殴らせろ」
言葉を聞き、村雨の方へと顔を向ける生徒会長。その速さのなんたるか。人間の限界速度に迫る勢いだった。
「そんな許可を出したのかい?」
「はい、出しました。貴方は一度、顔が変形するくらい殴られた方が良いと思いましたので。早くその手を離してあげて下さい」
冷たく突き放すように生徒会長に向かい、辛辣に言い放つ村雨。
彼女とはとても仲良くなれそうだ。あとで連絡先を交換しとこう。
「で、村雨もこう言ってるわけだし、殴られてくれませんかね」
「もちろんお茶目な冗談だよね?」
冷や汗を流しながらも問うて来る生徒会長。それに対してオレは極上の笑みで答える。
「そちらこそお茶目な冗談は言わないで下さい。さっさとこの手を離して、すぐに殴られろ。このクソ生徒会長」
ようやく本気であることを察したようだ。オレの対応に生徒会長は目を泳がし始めた。
が、それも数秒のこと。視線を逸らしながらも、さも思い出したかのように言った。
「あっ、そうだ。お客様にはおもてなしをしないとね。那月君、お茶の準備をしてくれないかな?」
拳を掴んだまま、備え付けのソファー付近まで移動。
その後、オレの両肩を掴んでソファーへと強引に座らせた。そのまま生徒会長は対面のソファーに座ることで距離的な避難をした。
ひどい誤魔化し方に呆れていると、オレの隣に刃を向けてきた少女が腰を下ろす。
そして彼女は座るなり、先ほどの斬り合いがなかったかのような、明るい様子で前置きも無しで勝手に自己紹介を始めた。
「私はなっちゃんのお姉ちゃんの村雨六花。得意なことは剣術、好きなことはお昼寝!今は二年生だから、君の一つ先輩になるのかなっ!」
溌剌とした自己紹介を無視して、この人物をあらためて近距離で観察する。
背中の真ん中当たりまで伸ばし、一部だけ結んであるライトブラウンの髪。どこかおっとりしているものの整った顔立ち。彼女の顔には人懐っこい笑みが浮かべられていた。
普通の男なら直ぐさま鼻の下を伸ばしていたところだろう。
だけどオレは最初からこの人に興味を持つつもりが失せていた。
「そうですか」
淡白にそう答えてから彼女へ向けていた視線を外す。
ソファーに座ってから間もなく、村雨が丁寧な動作で紅茶とショートケーキを運んでくれた。
「ありがとう」
その事に笑顔でお礼を伝えてから、出された紅茶を啜った。紅茶は飲む者に配慮されており、適度な熱さでとても飲みやすい。
「村雨は紅茶を淹れるのが上手いんだな」
「そうですか?」
「あぁ。もう一杯いいか?」
一杯目を飲み干し、おかわりの催促。
それでも彼女は嫌な顔一つせずに二杯目をついでくれた。
紅茶の上品な風味を味わっていると、向かい側に座った意外そうな顔をしている生徒会長と目が合う。
ジロジロ見てんじゃねぇよ、と微かに苛立つが我慢した。
「オレの顔に何か付いてるのか?」
「君は那月君に対してはずいぶんと丁寧な態度で接するんだね」
「オレは接する相手に相応しい態度で接しているだけだ。拒否権無しの呼び出しを連続でしたり、人の首を目掛けて刀を振ってくる馬鹿共が礼儀を払ってもらえると思ってる方がおかしいだろ。それともあんたの中ではそれが常識なのか?」
冷たい視線と共に、にべもなく言い放つ。
すると、生徒会長は困ったように頬を掻きながら、謝罪を口にした。
「それについては僕が悪かった。どうか許して欲しい。昔からの悪癖でね、興味を引かれると、つい周りが見えなくなってしまうんだ」
被害者であるこちらにとっては、すごくはた迷惑な悪癖である。本人が自覚しているなら直せよ、と指摘してやりたい。
その後、生徒会長に続いて村雨(姉)も涙目で謝罪をしてきた。
「私もごめんなさい。会長がああすれば君の刀剣創者の魔法が見れるって言うから、つい……」
はぁー、と深いため息を吐いてしまう。
オレは自分の中で、人間の種類を二つに分けることにしている。それは自分が対等に付き合おうと思う相手と、そうでない相手だ。
自分が対等に付き合いたい相手にはきちんと礼儀も払うし、できるだけ気も遣う。
だけどそうでない相手には別だ。相手が振る舞う態度に合わせて接する。
この生徒会長は拒否権無しの呼び出しをしてきたから、村雨(姉)はいきなり刀で襲いかかってきたから後者の方に分類していた。
だけど一先ず謝ってもらったことだし、迷惑には変わりないが悪気も無いことが分かった。オレの方も一度全て水に流して態度を改めることにした。
それにしても、やはり村雨(姉)の件も大きな原因は目の前の生徒会長にあったらしい。それを信じて実行するのもどうかと思うが、それでも原因は原因だ。
こんな人が学園を統治してるのか……と、頭を悩ませていると、その最中にかなり重大な事に気付いた。
「なんでオレが刀剣創者を使えることを知ってるんですか……?」
この場に居る人間で、オレが刀剣創者を使えることを知っているのは、本人であるオレと一度目にした舞華だけだ。
だけど舞華がそれを許可なしで勝手に他人に話すことは無いはず。
それにも関わらず、なぜか知っている目の前の男に自然と警戒心が強まっていた。
「おや、君はもう僕の名前を忘れてしまったのかな?」
肩を竦めながら言う生徒会長。
その動作に言いようもない殺意が湧くものの、浅い記憶を掘り起こして思い出す。
たしかこの生徒会長の名前は天城院泉里。そこに何かの引っ掛かりを覚えた。割りと最近にこの男以外にも、天城院という姓を聞いたような気がする。
しばらく記憶を辿っていると、ようやく思い出すことが出来た。転入初日にオレと模擬戦をして、ぼこぼこになった天城院雅貴の存在を。
それが指し示すのは、この男とあいつが兄弟であることを意味している。
「あの残念鳥頭の兄ですか。んで弟からオレの情報を聞き出して敵討ちって魂胆ですかね?」
もしそうならば、徹底的に潰す。オレが敵意を含めて訊ねると、
「それはないね。僕はあいつが嫌いなんだ。自分の力に慢心して他人を見下す。そんな奴のために敵討ちするなんてあり得ないね」
冗談は止してくれ、とばかりに語る生徒会長。
その顔には本当にそう思っていることが分かるほどに嫌悪感が滲み出ていた。
実の兄にここまで言わせるなんてどんだけ嫌われてるんだよあいつは。その事実に思わず呆れてしまった。
「じゃあ、なんで嫌いな奴から情報を聞き出してまでオレの事を調べたんですか?」
「君に興味を持ったからこそ、嫌いな弟と我慢して会話してまで情報を聞き出したんだよ」
「はぁ、興味ですか……」
男相手に『興味がある』と言われても、どう反応すれば良いのか分からない。というか、そもそもこの男に興味を持たれる理由がない。
生徒会長はその疑問を感じ取ったらしく、すぐに理由を付け足した。
「君は雷と氷の属性に加え、まだ知られていない水の属性を持ち、他にも霧の結界や刀剣創者。固有魔法らしいものを三つも保有しているんだ。同時に魔法を素手で無力化する術も持っている。これで興味が湧かない方がおかしいとは思わないかい?」
さっきと違って嬉々として語る生徒会長は、魔法の知的探究心がかなり高いようだ。
オレは警戒を解くと同時に、そこの部分だけには好感を持てた。オレ自身も知らないことを知ることが好きなだけに、生徒会長の知ろうとする姿勢だけはプラスに感じられた。
ただし目の前の生徒会長が語る内容には、ある間違いが生じていた。その間違いは訂正しておかなければならない。
「さっき言った三つの内、あっているのは一つだけです。刀剣創者以外の二つは氷属性に分類される普通の魔法ですよ。オリジナルですけど、使い方を学べば誰でも使えるはずです」
その言葉に生徒会長は目を見開いた。おそらく予想外の返しだったからだろう。
なにせ自分で開発したオリジナルの魔法だ。
それらが魔法師にとって何を意味するかは言うまでもない。
改良した程度ならいざ知らず、まったく新しいものであればとても重要なこととなる。大勢の誰もがその情報を知りたがり、研究や開発に躍起になることだろう。
それほどにオリジナルの魔法は難度が高く、珍しいものなのだ。
しばらく何かを考え込む仕草を見せたあと、生徒会長は静かに口を開いた。
「君、生徒会に入らないかい? 今日は元々そのつもりで君を呼んだんだ」
なんでそんな話になったかは知らないが、その言葉には耳を疑った。何か凄く有り得ない言葉が聞こえた気がした。
目の前の人物は今、何って言ったんだ?
オレは思わず聞き返してしまった。
「もう一回言ってくれませんか」
先日も舞華とこんなやり取りをした気がする。先日は結局オレの聞き間違いではなかった。そう考えると今のも間違いではないはずだ。
だが流石に今回は有り得ないだろう。転入したてのオレが生徒会に誘われるとか、聞き間違い以外に思い付かない。
しかし、生徒会長はその考えを裏切るように、もう一度言葉を改めて言った。
「僕は君を生徒会に招き入れたい」
その有り得ない言葉に対して、
「……は?」
自分の口から間抜けな声が出てしまう。
わずかな時を挟み、生徒会長の言葉をようやく理解したオレは、考えるまでもなく答えを出した。
「お断りします」
「理由を訊いてもいいかい?」
「一重に面倒事が嫌なだけですよ」
オレは修行や仕事に加えて、大切な人が事件に巻き込まれた場合などは、自分から率先して動くことにしている。
だがそれ以外の面倒事は別だ。基本的に面倒事は大嫌いなので頭を突っ込むつもりはない。どうしてもという時には仕方なく関与するが、基本的にそのスタンスを貫いている。
だからこそ、面倒事はお断りだ。生徒会になんてものに所属したら周囲の視線が鬱陶しいし、仕事そのものが面倒に決まっている。
「どうしてもダメかい?」
どうにかオレを引き入れようと再び訊ねてくる生徒会長。
これは長引きそうだ。そう感じたオレは、助けを求めるために視線を横にスライドさせた。
横に座っている村雨(姉)は、期待するようなキラキラとした眼差しをしていた。この人は無理そうだ。役に立ちそうにない。
そう判断してその更に奥。
舞華や凛姉へと向ける。二人は苦笑いを浮かべている。だが助け船を出すつもりはないようだ。
駄目だ、次。
オレはこの場の良心であり、最後の砦である村雨へと視線を向けた。
彼女は頭が痛そうにこめかみを押さえていた。
オレにはよく分かるぞ、その気持ち。だから助けて欲しい。
じっと彼女に「助けてくれ」と念を込めた視線を送り続ける。
しかし、無情にも首は横に振られてしまう。それは言外に「諦めて下さい」と言っていた。
その動作にかなりのショックを受ける。まともな村雨なら、救いの手を差し伸べてくれると思っていたのに……。
心情としては「ブルータス、お前もか……!?」といった感じだ。
それでもオレは負けない。オレは孤立無援の状態でも、決して抗うことを諦めなかった。
「面倒事が嫌いなオレには、面倒な生徒会の仕事なんて務まるとは思えません。なので全力で遠慮します」
言葉に加えて、視線でもノーサンキューと主張する。
「まぁ、突然言われてもそう言われるか……。時間を空けてから、また勧誘することにするよ」
がっくりと肩を落として残念そうに言う生徒会長はどこと無く哀愁が漂っていた。
だが、それも数秒のことだ。
彼は気をとりなおすように顔を上げ、
「それじゃあ、もう一つの用件に移ろうか。今度の主役は凛君だよ」
生徒会長はおもむろに別の方へと視線を動かしてそう言った。
オレも同じように視線を向ける。そこには先までと違い、どこかそわそわとした様子の凛姉の姿。
それから見るに、そのもう一つの用件というものがどんなものか察してしまう。
嗚呼、どうしてこんなにも面倒事は続くのだろうか。
凛姉はこちらまで近付いてきて、オレの正面である生徒会長と席を交代し、そのままそこに座る。
彼女は一つ深呼吸をし、覚悟を決めたような顔に変わる。
それから真っ直ぐにオレを見つめ、予想されていた質問をしてきた。
「今度こそはっきりさせましょう。貴方が私の弟、天月恭弥で間違いないわね?」
「はい、そうですよ」
―――だなんて、いくらなんでも馬鹿正直にそう言えるはずがない。僅かな沈黙を挟み、重くなった口を開いた。
「人違いですよ。オレは東雲恭弥です。大体、この前も言った通り、貴女に会ったのは先日が初めてなんですよ?」
わけなくとぼけて見せる。が、今回は凛姉の瞳はまったく揺るがない。
どうやら今回はオレが天月恭弥だと完全に確信しているようだ。それを示すように、凛姉は何かを取り出してこちらに差し出してくる。
「これでも嘘を吐くつもり?」
差し出されたものは二枚の写真。
一枚目には、先日の廃工場に入る前の白銀の髪をしたオレの姿。二枚目には、舞華を連れたって廃工場から出てきた紅蓮の髪をしたオレの姿。
本来の姿と現在の姿が写し出されていた。
「この同じ日の同じ場所で撮られた写真。これが決定的な証拠よ」
「……ちなみに情報源はどこから?」
それを訊かずにはいられなかった。万が一それが天月だったのなら、それなりの対応が必要になるからだ。
凛姉は生徒会長の方へと視線を向けた。
それですぐに理解する。どうやら情報源はこの生徒会長らしい。
情報源が天月でないことに一抹の安心を覚えるとともに、余計なことをした男に憤りを感じた。
やはりこいつには接し方を改める必要はなさそうだった。本気でこの男を叩き潰してやろうとすら思える程、強く激しい憤りが沸き上がる。
だがそうするわけにもいかないのが現実。
物的な証拠がある以上、言い逃れは不可能となった。オレは怒りを圧し殺しながら、目の前に居る凛姉に向き直った。
「……はぁー、遂に完全にバレたか。はいはい、認めてやるよ。確かにオレは元・天月恭弥で間違いない。で、それがどうしたんだ?」
面倒くさそうで、かつ、なおざりな反応。オレは馬鹿にでも分かるように『元』を強調して告げた。
すると、凛姉はしっかりと意思の籠った瞳でオレを見据える。
「恭弥、お願い。天月に戻ってきて。また一緒に暮らしましょう」
あまりにも予想通りな台詞に展開。
やはり、凛姉は数年経っても凛姉だった。記憶に残る、優しい優しいオレの姉。
でも、それが示すのは完全な決別だ。オレは前もって決めてい通りに台詞を紡いだ。
「残念ながら答えはノーだ」
どこまでも冷えきるような視線と声で、凛姉に向けて決別を示す言葉を送った。後悔などはない。
「なぁ、まさかあんたはオレがあの家に戻りたいなんて考えてると思うのか?」
冷えた声での問いかけ。こればかりは筋書きなど関係ない、掛け値なしの本音であった。
「あそこはオレにとって忌まわしいものでしかないのにさ」
「で、でも恭弥は私の家族で……っ!」
「家族、ね。なら聞くけどさ、あんたはオレの何を知ってるんだ? オレが天月に居た時、どんな風に感じてたと思う? オレはなんで天月から離れたと思う?」
「それは……」
「分からないよな。だってあんたは天月の人間だ。オレを『欠陥品』と呼んで蔑んだやつらと同じな。オレの事なんざ知ったことじゃねぇってな」
「そんなことない!恭弥は私の弟で、私は――」
それ以上、言葉を紡がせるつもりはなかった。
オレは彼女の言葉を上書きするように次の句を挟んだ。
「そもそも勘違いするなよ。オレとあんたはもう家族でも何でもないんだよ。今は血が繋がってるだけの他人に過ぎない。そのことに気づいていないのか?」
冷たい言葉を受けて、凛姉の表情が変わっていく。覚悟を決めた表情から弱々しい少女の顔へと。
自分が大切にしていた『家族』に、そのような拒絶を向けられれば仕方ないといえた。
「大体、五年以上も前の幻想をいつまで信じてるんだよ、馬鹿らしい。オレには新しい家族が居るんだ。いつまでも家族ぶられると迷惑だ。いい加減にしてくれ」
途端にくしゃりと歪む表情。
オレの言葉を受けた凛姉の瞳からは、既にぽろぽろと涙の雫が頬にこぼれ落ち始めていた。
そこにトドメとばかりに、更に追い討ちをかける。
「おいおい、泣けばオレが情に絆されるとでも? 温室で育ったお嬢様は気楽でいいな。……あぁ、そうだ、せっかくだしオレが天月を出た理由を教えてやるよ」
一拍置いて、告げた。
「それはな、オレがあんたの事が大嫌いだったからだ。はっきり言ってウザいんだよ。昔も今もオレにまとわりついてきて。本当に目障りだ」
やはり、こういうのは苦手だ。
人を傷付けるためだけに用意した言葉。それは的確に凛姉の心を傷付けていた。
本格的に嗚咽を漏らしていた凛姉を見て、深い罪悪感が心を圧迫してくる。それに今の状況にはかなり参っている。慣れないことはするべきではない。
それでもどうにか今の表情を保ち、ソファーから立ち上がる。
「話は終わりだ。オレは帰らせてもらう」
そのまま入ってきた扉へと向かった。
しかし、それは村雨によって塞がれてしまう。
「頼む、村雨。退いてくれ」
「貴方を帰らせるわけにはいきません。貴方が放った言葉が、どれだけ天月先輩を傷付けたのか分かっているのですか」
「……わかってるさ。わかってるから言ったんだ」
凛姉には見えない角度だから、オレは安心して表情を崩せた。
浮かべた表情はどこまでも深く暗く、言葉には先ほどにはない重さがあったに違いない。
「貴方はな―――」
村雨は何かを確めるように口を開こうとするが、最後まで言い切る前に横を素通りさせてもらう。
「とにかくオレは帰る」
「……待っ……恭……弥」
嗚咽混じりに懇願する凛姉の声。それを無視して扉を開けた。
……互いにこれが一番の選択だ。これで互いに面倒事にならずに済む。
そう胸中にて自分を納得させるように呟き、後ろ手でドアを閉めた。
もう一度振り向く気は、さらさらなかった。オレはそのまま歩き出す。
不意に後ろから、ガチャリと扉が開く音が耳につく。誰が開けたかなんて考えるまでもない。
「やだよ……やだよ、恭弥……私を一人にしないで………」
嗚咽を漏らしながらも、凛姉が生徒会室から出てきて、オレの背中を追ってきていた。
ぼろぼろ流れる涙を袖で必死に拭いながらも、その足は止まらない。そこには先日の凛々しい少女の姿はなくなっていた。
あったのはオレが傷付けた弱々しい少女の姿。
振り返らないと決めていたはずなのに、向けてしまった視界にその姿が掠めた途端、一瞬だけこの足が止まりかけてしまった。
止まって、引き返し、凛姉の元へと行きたいと思ってしまった。
オレはその考えを首を振ることで頭の中から追い出す。
それから見なかったことにして走り出した。そうすれば何もかもこれで終わる。
よく考えてもみろ。
オレは天月に関わるつもりは一切ない。凛姉もその一員なんだ。オレは関わらない方が得になる。
大体、オレとあの人はもう姉弟の関係じゃない。さっきも言った通り、血の繋がった他人だ。
別に決別しようと問題ないじゃないか。嫌われようとまったく関係無い。
だからこれで終わりだ。
走れ走れ走れ走れ走れ走れ。それだけが脳裏を埋め尽くす。
それからどれくらい時間が経ったのか。どんな経路で帰ってきたのか。まったく覚えていないが、気が付けばオレは家の自室にいた。
「これで終わりだ……」
今回の件で天月との関係は完全に絶つことができた。
これでようやく天月のことで憂うことなく、普通の学生として振る舞える。
「これでいいんだよな……」
オレは現実から逃避するようにベットへ倒れ込み、無意識の彼方へと思考を追いやった。




