二度目のお誘い
最近身近になった平和な日常。
それは思っていたよりもゆっくりと、それでいて早々に流れていくもので、気付けば過ぎていくものである。
オレこと東雲恭弥は、その流れていった時間に思いを馳せ、どこか遠い目をしていた。
理由なんてそれこそ下らない。
今日も昨日と同じように過ごしてしまい、気付けば放課後になっていたからだ。
「なんだかなぁ……」
学校に来て寝る。それで起きてみれば既に放課後とか、どこのダメ学生だよ。学校は勉強する場所なのにな。
それにまた舞華も居ないし。
しばらく待ってるかと思ったところで、ポケットに入っているケータイが振動する。取り出して確認すると、新着メールが一通届いていた。
差出人は舞華。
文面は『用事があるから先に帰ってて』か。
それに『分かった』と簡潔に返信してから、クラスメイトへの挨拶もそこそこに教室から出るべく扉へと向かった。
そして、教室の扉を開いてすぐ。オレはふと足を止める。
そこには一人の少女の姿があった。
少女は壁に自身の背を預け、誰かを待ち構えているかのように身動ぎもせずに立ち続けている。
不躾にも眺めていると、不意に双方の視線が交錯した。
肩にかかる程度に伸ばされたライトブラウンの髪。その髪はセンスの良いヘアピンで止めており、とても似合っている。
背丈は百六十半ばあたりで、手に携えている黒い竹刀袋が冷静で格好良さげな雰囲気を醸し出していた。
顔もかなり整っており、美少女と言っても遜色はないレベルだ。
こういうのをクールビューティーと呼ぶのだろう。
しばらくの間、無言で見つめ合うオレたち。
先に反応したのは相手の少女の方だった。
「白銀の髪と琥珀の瞳……。貴方が東雲恭弥さんですね。私は生徒会執行部、一年の村雨那月といいます。貴方を迎えに上がりました」
余りにも丁寧な口上。見た目は言うまでもなく、声も可憐な少女だったのだが、その分の落胆はかなり大きかった。
オレは確か昨日の誘いは蹴ったはずだ。せめて一週間以上空けてからくるようにと。
それにも関わらず、昨日の今日でなぜ生徒会の役員がオレに声をかけてくるんだ。
そんな疑問を見透かしたように、目の前の少女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいません。昨日から体調が優れないと聞いていましたが、うちの馬鹿がどうしてもと駄々を捏ねるので仕方なく」
「うちの馬鹿?」
思わず聞き返すと、
「生徒会長のことです」
村雨那月と名乗った少女は、どこか疲れたように言った。
つまりこの少女も被害者の一人ということだ。それならば、オレがこの少女に怒りを向けるのはお門違いにもほどがある。
オレはため息を一つ吐いた。
「オーケー、わかった。村雨、でいいのか? 取り敢えずお前に着いて行くよ。差し当たって一ついいか?」
「なんでしょう?」
「生徒会長に会ったら殴ってもいいよな?」
昨日は昼過ぎから大半の時間を、その生徒会長のせいでイライラさせられていた。
凛姉とエンカウントして生徒会長からの拒否権無しの呼び出しを聞かされるわ、周囲から陰口をたたかれるわ、断ったのにわざわざ迎えまで寄越して来るわ。
本当に腹立たしい限りだ。少しぶん殴るくらいなら許されるはずだ。
「もちろんです。お好きなだけどうぞ」
生徒会執行部の一員からも許可をもらった。これで気にせずに殴れる。
「じゃあ、行こうか。案内してくれ」
「はい」
先導するように歩いていく彼女の背中を歩いて追いかけて横に並んだ。
ピンと背筋を伸ばし歩いていく姿を横からぼんやりと眺めていると、
「どうかしたんですか?」
オレの視線に気付いた村雨が怪訝そうにそう訊いてきた。
「ああ、いや……村雨はなんでそんなもん持ってんのかなって」
村雨が手に携えている竹刀袋を指差した。
村雨が剣道部とかなら分からないこともないが、村雨は生徒会メンバーらしい。だというのに、竹刀袋を携えているのが不思議に感じていた。
彼女は「あぁ」と得心いったような相づちをうったあと、オレの疑問の答えを明示した。
「これは生徒会の仕事をする際に使う物です。生徒会は生徒同士の争いが起これば仲裁をしなければなりません。その最中で魔法が飛び交うことはよくあるので、対応するために常に帯刀しているのです」
それは随分と大変そうな仕事である。
通常の生徒会業務に加え、生徒同士の争いが起こる度にその仲裁とは、学園の面倒事を全面的に請け負う役割って感じだな。
絶対にしたくない仕事ランキングを作れば、間違いなく上位にランクインするだろう。
そんなしょうもない事を考えながら、オレはまた別の質問をした。
「ちなみにその竹刀袋の中に入ってるのは、木刀なのか? それとも真剣なのか?」
「もちろん本物の真剣に決まってるじゃないですか。おそらく、いつかこの切っ先が貴方に向かうことになるはずです。東雲恭弥という生徒はなんだか最近悪目立ちしてるそうなので、それなりの覚悟はしておいた方がいいでしょう」
チラリと横目でオレを見て提言。
なんだそのツッコミどころ満載の台詞は。
まず、もちろん真剣だと言っているが、何がもちろんなのか理解できない。法律的に大丈夫なのだろうか。もしアウトならこの場で「お巡りさん、この人です!」と叫ばなくてはならなくなる。
第二に、なぜそれがオレに向かわねばならんのだ。オレはそもそも自分から面倒事に突っ込んだりしないぞ。面倒事には結構な頻度で巻き込まれてしまうが。
最後にオレが悪目立ちしてるだと。それは勝手に他のやつが噂してるだけだ。事実、オレから問題のあるアクションを起こしたのは少ないはずである。
そうオレが脳内にて指摘していると、村雨は堪らないといった風に仄かに笑った。
「なに真に受けているんですか。冗談ですよ。自分から悪事を働いていない生徒に向けて剣術なんて使うわけないじゃないですか」
それを聞いてちよっとだけ安心した。
村雨も案外意地の悪いやつである。不安にさせるようなことを言っておいて、そのあとに撤回して笑うなんて。
だけど同時になんとなく親しみやすさが感じられた。
第一印象がクールビューティーな少女だっただけに、取っ付き辛いイメージがあったのだが、それが今ので希薄になった。
安心したオレは次なる質問を投げ掛けた。
「てことは、村雨は剣術が使えるのか? こう、なんとか流剣術みたいな」
「はい。家が剣術を教えるための道場なので、必然的に私も習うようになりました。ちなみに流派は家名と同じで、村雨流剣術です」
「へぇ、家が道場なのか。やっぱり、生徒会のメンバーだけあって、すごいんだな」
彼女の家は剣術の道場らしい。そういう環境で剣術を身に付けられるのは羨ましい限りだ。
オレが剣術を学んだ時は、指南する人の頭が残念なせいでまともな指南を受けられなかった覚えがある。
山籠りをして、多い時は素振りを一日で十万単位しろだとか、見上げるほど大きな岩を刀一本で両断しろとか無茶な注文ばかり。終いには実戦が一番とか言い出して戦場に放り込もうとしたり、自ら真剣にて全力の立ち合いを挑んでくる始末だ。
とにかく、やれば出来るとか言って、色々と滅茶苦茶な指南を振るう師匠は愉快そうに笑っている。そのような最悪の環境での修業は肉体的にも精神的にもかなり消耗してしまう。
それでもなんとか乗り切れたのは、相棒と呼べるだけの人物が支えてくれたからであった。
怪我したところを治してくれたり、メンタル面でも愚痴を聞いてくれたりと結構なお世話になった。 多分あいつが居なかったら最初の一日で終わっていただろう。
過去の出来事と相棒に思いを馳せながら歩き続けると、村雨が唐突に足を止めた。どうやら着いたらしい。
「ここです」
本校舎の隣に存在する特別棟。 三階の廊下、その突き当たりが終着地点。
重厚な扉には生徒会室と書かれたプレートが埋め込まれていた。
「東雲恭弥さんを連れて来ました」
そう言いながら扉を開けて入っていく。オレも村雨に続いて生徒会室の扉をくぐる。
―――その瞬間、一人の少女が振るう研ぎ澄まされた刃がオレの首に向かって襲いかかってきた。
「なっ!?」
反射的に後ろに下がる事でかわすが、再び振られる刃。それを無詠唱で発動した刀剣創者の魔法によって創られた刀で受けた。
使わないと決めていた魔法を、あっさりと使ってしまった自分に軽く苛立つ。
「いきなり首を狙ってくるなんていい度胸してるじゃないか。喧嘩売ってんのか?」
オレに向かって刀を振ってきた相手を睨み付けた。
一瞬、村雨かとも思ったが違った。顔立ちはどこか似ているが髪の長さが違う。
そもそも、何より纏う雰囲気が村雨のモノではなかった。
初見である少女の顔に浮かんでいるのは、とても楽しそうな笑み。それは親愛や友好からの笑みではない。例えるならば、そう、狩りを目前にした雌獅子のような笑みである。
三度、四度と振られてくる狂刃。それを少女と同じように手にした刀で弾くことでしのぐ。
手にしている刀に伝わる衝撃。刃と刃がぶつかり合うことで鳴り響く金属音。それらを感じる度に、切り替わり始める意識。
普通に過ごそうと決めていたにも関わらず、裏側の自分が引きずり出されるような感覚はあまり好ましいものではなかった。
それは次第に表側から裏側へと覚醒していく。
先ほどまでより強い一閃がこの身に迫り来る。
オレはそれを刀で受け止めた。一際甲高く鳴り響いた耳障りな金属音。
それを耳にしたところで、意識は遂に完全に戦闘用に切り替わった。
オレは下段に構え、相手を観察する。何をされようと、何が起ころうとも絶対の対処が可能になるように。
―――が、結論から言って、それは無駄に終わった。相手の振るう刃が唐突に止まったのだ。
その事を不思議に思っていると、
「やっぱり本当だったんだ……」
少女は何かを納得したように呟いた。
なんの事だ? と首を傾げていると、その次の瞬間、少女の表情が雌獅子の笑みから純粋な笑みへと変わってゆく。
「ねねね、君のそれってやっぱり刀剣創者だよねっ?」
襲ってきた少女は、えらく興奮した様子でギリギリまで詰め寄って来た。息がかかりそうなほど近くに迫った彼女の顔は、プレゼントを貰った子供のようにキラキラと輝いている。
「あ、あぁ、そうだけど」
取り合えず肯定した。どういう展開だよ、これ……。
突然の切り替わりにどう反応すればいいのか困っていると、
「まず謝罪が先でしょう。この馬鹿姉が」
村雨が手に持っていた竹刀袋で、襲ってきた少女の頭を強く小突いた。
ゴスンと、かなり痛そうな音がしていた。
「あいたっ!? いきなり頭を叩くなんて、ひどいよっ!」
「それより先に謝りなさい」
頭を押さえながらも、涙目になって必死に訴えかける少女。それを冷たい目で諫める村雨。
ペースを掴ませない速度でやりとりをされ、どうしていいのか分からずに見守るオレ。
他にもそれを見ている人物が三人居た。
一人目はグレーの髪をした男。二人目はかつての姉である凛姉。三人目は幼馴染みである舞華。
それぞれが今のやり取りを楽しそうに、不安そうに、驚いていたりと三者三様の反応をしていた。
っていうか舞華の用事ってここに来ることだったのか。
そのような些細な事に納得していると、グレーの髪をした男がパンパンと手を鳴らしながら、争いを繰り広げる二人を注意した。
「ほら、お客様の前だよ二人とも。姉妹コントはまた今度にしようか」
その男はそのままこちらへと近付いて来る。
「やあ、初めまして。僕は三年の天城院泉里だ。この学園の生徒会長をしている。どうぞよろしく、東雲恭弥君」
にこやかに挨拶し、右手を差し出してきた男。こいつがオレを呼び出した生徒会長様らしい。
そして、オレもその男に習って右手を―――




