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理想世界の想像者  作者: 夜兎守
1章【Unexpected encounter】
25/71

間違いの指摘/これからの話


 国民の休日たる土曜日の午後四時。

 昨日の事件からすでに一日が経っていた。


 現在は、間借りしている家の二階に位置する場所に居る。


 そこに広がるのは日常的な光景とは程遠く、あり得ないほど濃密な魔力の奔流が渦を巻いていた。

 それは備え付けられていた家具をめちゃくちゃに吹き飛ばし、四方すべての壁を傷つけ、本来の部屋の原型すら見て取れないほど。


 それは未だに止まることはない。


「ぅあ、ぁぁあぁっ、あぁぁぁっ……!」


 ドクン、ドクンと。

 この全身を駆け巡っている全ての血液が逆流するような。

 この全身に張り巡らされている全ての血管が無理矢理に引きちぎれるような。

 この全身に杭が刺さりどんどん食い込んでいくような。

 どれとも例えようの無い発狂しそうな程の激痛が全身を蝕む。


 これだけは何回、何十回と味わっても慣れない。


「ぐぁぁぁっ、ぁぅぁっ…………!」


 起こっているのは魔力の暴走。膨大な魔力と天命という器。その均衡が急激な変化をきたし、バランスに歪みが生じ、そして崩れた際に起こる一種の副作用みたいなもの。


 あの男に無理矢理に壊された戒めの鎖。それによって溢れだした本来の魔力量。

 舞華を拐った組織を潰した際に使った魔法。それによって失なわれた二月分の天命。

 この二つの要因のせいで魔力が暴走していた。


「い、い……加……減に……しや……が、れ…………」


 暴走して奔流する魔力を無理矢理に押さえ付け、周囲への干渉を止めようとする。それでも、魔力の暴走は止まらない。


「ぅっ、ぁぁぁぁっ、あぁぁぁっ……!」


 さらに速く、さらに強く、さらに暴れる。

 裂かれるような、抉られるような、引き千切られるような痛み。気が狂いそうになるほどの激痛に、意識が飛びそうになる。


 息を切らしながら、四つん這いの姿で何度も荒い息を繰り返す。


 不意に頭上から声が聞こえた。


「おやおや、随分と苦しそうだね恭弥」


 痛みに耐えながら視線を上に向けるために身体を反転させ、床に仰向けで転がった。

 床に身体が当たった瞬間に痛みが奔るも、寝転がっていた方がまだ楽に感じられた。


「なんだい、それは死にかけの蝉の真似かい? なかなか芸達者じゃないか」

「……だ、まれ……よ」


 見上げた視界に映る者。

 それは自分の姿を鏡に写したものが、そのまま現実に現れたとしか思えないほどに似通った者がオレを見下ろしている。


「うーん、どうも聞き取り辛いね。どれ、少しだけまともに喋れるようにしてあげようじゃないか。ボクの親切さに感謝するといいよ」


 目の前のそいつが軽く指を振るえば、身体に灯る淡い光。

 それはそいつが言った通り、ほんの少しだけ痛みを和らげる効果を有していた。


「これでまともに喋れるんじゃないかな」


 それでも、あくまで喋れる程度だ。どうせなら全快させろと強く物申したい。


「……なんでお前が外に出てきてるんだよ、創造神(クリエイター)

「んー、昨日、君がボクの話をしてたから気になってね。お知らせのついでに言っておきたいことを言っとこうと思ったんだ」


 そう軽い調子で言う目の前のこいつが、オレが扱う魔法の本来の使い手である創造神だった。

 今は自分の姿がないのを理由に、依代であるオレの姿をとっていることに違和感を感じさせられてしまう。


 目の前の自分の姿を模した創造神が口を開いた。


「さて、それじゃ、あまり長くは居られないし説教といこうか」

「お前なんかに言われることなんざ何もねぇよ」


 創造神の言葉に対し、オレはそう返した。

 それがこいつには気にくわなかったようだ。分かりやすいほどに目をつり上げ、冷たい感情が垣間見えた。


「君はいつもそうだよね。いつも自分の行動に対しては反省はする。だけど、決して自分の考え方は間違っていないと思っている。今回だってそうだ。自分の幼馴染みを救うために命をかけるだって? その自己犠牲の考え自体が間違ってることに気がついていないのかい? 見下げたものだね、まったく」


 オレが間違ってるだと……? ふざけるなよ。


「それのどこが間違ってるんだよ! オレが自分の大切な人を守るためにこの魔法を使って何が悪いんだ!」


 オレはその言い草に苛立ったあまり吼えた。それでも目の前のそいつの冷ややかな目は変わることはなかった。


「確かにボクは君に魔法を貸し与える対価として三つのものを要求した。一つ目に君の感情と五感の共有。二つ目に魔法を使う対価に命を差し出すこと。三つ目は君が本来宿していた魔法の返還。まぁ、一つ目と三つ目はこの話には関係ないけど、二つ目の対価は仕方ないじゃないか。ボクの魔法は君たち人間が使うものじゃないんだからさ」


 淡々と、飄々と言ってのける目の前の奴に更なる苛立ちが募っていく。


「でもさ、君は自分の魔法を……命を使って助けることが当然だと思ってる。そうやって自分を蔑ろにして人助けをしている自分が正しいと思っている。つまりね、君はただ『悲劇のオレ』を演じて、自分に酔ってるだけなんだよ」


 さも当然のように言われ、怒りが限界を振り切った。


「ふざけるな! お前なんかにオレの何が分かるってんだよ!」

「言っただろ? ボクは感情と五感を君と共有してるんだ。君の感情や考え方はボクにも入ってくる。だから感情も分かるし、考え方だって分かるさ」


 創造神は「でもね」と続けた。


「ボクは君に共感できない。魔法が使えない自分のせいで他人が傷付くのが嫌だった? 魔法を使えるようになったら今度は自分は救う立場にまわる? 自分の命をかけてでも大切な人を守る? それの何処が自分に酔ってないって言うんだい」

「黙れよ! お前が人のことなんて分かるわけないだろ! 人ですらないお前がオレを否定するな!」


 オレの叫びはこいつには届かない。それどころか、やれやれ、と首を振る始末だった。


「じゃあ、自分に酔いしれた君でも分かるように一つずつ説明していこうか」


 一つ、と人差し指を立てた。


「任務中、君が幼馴染みや姉に正体を偽ったのにはこの際、目を瞑ってあげよう。でも、君は幼馴染みに対してこう思ってたよね? 『天月恭弥』でなくなった『東雲恭弥』にしか出来ないことを彼女にしてあげよう。自分ならそれが出来るはずだ。終いには、自分が居なくたってもう大丈夫だ。自分はもう必要ない、とね」

「それがなんだってんだよ! オレはオレにしか出来ないことをしようとしただけだ!」

「まだ分からないのかい、君は? 他人を理由にして、自分を切り売りしてるところとか典型的で分かりやすいと思うんだけどね。そもそも、君の幼馴染みが誘拐されたのだって君のせいじゃないか。君が幼馴染みに対して、自分は必要ないなんて勝手な判断をして、彼女の側から離れた隙に拐われたんだ。君はSPに憤ってたけど、悪いのは君だ」


 確かにオレが舞華の側に居たのなら、彼女は拐われることはなかった。理論整然と並び立てられ、オレは何も言えない。


 二つ、と中指を立てる。


「君は天堂藤十郎にどちらかのグループを救うかの話をしていたよね? それも間違いだ。自分の命をかけることで全員救えるのなら、躊躇わず命をかけられるだって? 確かに個の命で複数を救えることは、素晴らしいと思うよ。だけど、それは所詮、獣と同レベルの思考だ」

「…………」

「種として存続するために個を犠牲にして複数が生き残る。それは動物的な意味合いから見るヒトとしては正しいと言えるね。だけど、知性、理性、そして何より感情がある人としては浅慮で稚拙で何より最悪だ。なぜ全員で生き残ろうと考えないんだ。なぜ自分が犠牲になればと考えるんだ。なぜ君が死ぬことで大切な人が悲しむということを考えないんだ」


 オレは何も反論が出来ないことを情けなく感じていた。何もかもがこいつの言う通りで反駁が思い浮かばない。


 三つ、と薬指を立てられた。


「今の君は、他人を理由に自分を曲げようとしている。それが一番最低だ。東雲朱里や仲間に言われたから、日本に残るのかい。ボクに事実を指摘されたから、自分の持っていた考えを放棄するのかい。そして、何より自分が救われことを理由に、今度は誰かを救わなければならないと思い込んでないかい。いったい、君の中の、君だけの考えは何処にあるのか教えてほしいものだ」


 そう言い切り、創造神はクルリと背を向けた。そしてオレから遠ざかって行く。


「総じて言うなら、君は自分の過去や他人を盾にして、自分の思想に酔いしれた悲劇気取りの子供だってことさ」

「……うるせぇよ」


 それだけ返すのが精一杯だった。そんなことなど露知らず。

 目の前のやつは自分の言葉を勝手に投げつけてくるだけだ。まるで言葉のドッチボールだ。もちろん一方的な。


「まぁ、今回の説教はここまでにしとこうか。心が折れても困るからね。それじゃ最後に悪い知らせを二つほどしとこうかな」


 またまた軽い調子で、一つ、と後ろ向きのまま人差し指を立てた。


「今回、ボクは君に説教したわけだが、その内容はすっぱり忘れてもらおうかな。これを気づかせるのは、本来はボクの役目じゃない。あまりに過ぎたから言わせてもらったけど、本当なら自分で気づくなり、親しい者に言われて気がつくべきだからね」


 それと二つ、と中指を立てる。


「一月後にボクは休眠するから、そこから先は当分魔法は使えなくなると思ってね。今回は流石に疲れたよ。君が調子に乗って規模のでかい魔法を使うからさ。あぁ、それと、こっちの方はちゃんと覚えたままにしとくから、心配はしなくていい」


 そのまま創造神の姿は薄くなっていく。


 言いたいことだけ言ってそれだけか。

 オレはせめてもの反抗とばかりに消えかけのそいつに向けて無詠唱の火炎球(ファイヤーボール)を放った。


 しかし、それは届く前に掻き消えてしまう。


「じゃあね、恭弥。ボクが消えたら説教のことは忘れるだろうけど、きちんと気づかないと君の願いは叶わなくなるよ。君の願いはボクの願いでもあるんだ。切に君の願いが叶うことを祈ってるよ」


 薄くなる姿ながらも「あぁ、そういえば」と付け加える。


「それとお知らせを一つ追加だ。そろそろ訪ね人が来るみたいだよ」


 それだけ残して今度こそ姿を消してしまった。

 それと同時に頭の中から何かが抜け落ちていく感覚に囚われた。


 それがなんなのか思考を巡らそうとしたその時、無機質な電子音が鳴り響いた。


 ――――ピンポーン、ピンポーン


 誰だよ……

 こんな時に……


 ――――ピンポーン、ピンポーン


 うるさい……

 何度も連続で鳴らすなよ……


 ――――ピンポーン、ピンポーン


 しつこい……

 一回で諦めろよ……


 ――――ガチャリ


 今、ガチャリという音が聞こえた気がする。それは玄関の鍵を開ける音に違いなかった。パタンと玄関の扉が開閉する音が続く。


 しばらくして、


 ――――トントントン


 軽やかに階段を上がってくる足音。それが徐々に近付いてきた。


「恭弥ー? いるー?」


 家に入ってきた犯人は舞華だったようだ。

 どうやって玄関の鍵を開けたんだよ。それが疑問となって生まれ出る。


「どこにいるのー?」


 近付いてくる声と足音。

 それで自分が暴走した状態であったことを思い出す。創造神が知らせのためだけ(・・・・・・・・)に出てきていたことですっかり忘れていた。


 そのことに徐々に焦りが募っていく。

 仕方がないか。内心で自分を納得させるように呟いた。


 そして、痛みの残る声を今より鮮明なものにし、腹の奥から絞り出した。


「神威を縛る銀条の鎖。全てを束縛し、力を貪る呪いの依代。この身を繋ぎて戒めの枷と成れ」


 虚空から現れたのは五本の銀鎖。それが無理矢理にオレを縛り付けるように巻き付き始めた。


戒めの銀鎖バインディングチェーン


 擦れ合う複数の金属音。不快な音を立てる鎖の数々は、身体に食い込むようにして沈み込んでいく。それは重度の激痛を伴った。


「がぁぁあぁぁっ、ぁぁ、あぁぁっ!」


 今日一番の悲痛の叫び声。それが家中に響き渡る。


「恭弥!? どうしたの!?」


 廊下から聞こえてくる、舞華の焦ったような叫び声。それさえもどうでもよく感じていた。

 後少しで全て終わる。今、頭の中にあるのはそれだけである。


「……限定施錠(ロック)


 スゥッと溶け込んで消えていく戒めの鎖。ようやく五本の鎖が完全にオレの体の中へと沈み込んで消えてくれた。


 すると、オレの身体にも変化が訪れる。

 この身体から溢れ出していた魔力の奔流が収まり始めたのだ。


 同時に変わっていくオレの容姿。

 燃えるような紅蓮の赤髪と双眸。それが白銀の髪と琥珀の双眸に変わっていく。それが元々在るべき姿であると勘違いさせるくらいに自然な変化。


 数秒後、長い時間の末に暴走は終わった。本来なら暴走が弱まってからから鎖を巻くという順番なだけに、今回はかなり堪えた。暴走しながらの魔法の行使は激痛を伴ってしまう。


 それでも尚、オレは舞華に心配をさせないために、息を整えて自然体を作り出した。

 その時、脳裏に何か引っ掛かる気がしたが、それを忘却の彼方へと押しやる。


「恭弥!? 大丈夫なの!?」


 乱暴に開けられた部屋の扉。そこから舞華が入ってきた。


「ん? どうしたんだ舞華?」


 出来るだけ何もなかったかのように笑いながら訊ねた。


「どうしたじゃないよ! 恭弥の叫び声が聞こえたから―――」


 舞華の勢いのついた言葉はそこで止まった。

 理由はいちいち聞くまでもない。この部屋の惨状に気付いたためだ。


 めちゃくちゃに吹き飛ばされた家具の数々。引っ掛かれたような傷跡が刻まれた壁。捲れ上がって団子なったカーペット。叩き割られたかのような窓ガラス。本来の部屋の原型すら見て取れないほどに凄惨な光景になっていた。


 疑問に思わない奴なんていないだろう。居るとすればそれは重度の天然か、極悪な犯罪者くらいのものだ。


 身体を蝕む痛みを必死に堪えながらも、何もなかったことを装う。


「ゴキブリが出たんだ……」


 真っ先に口からこぼれる台詞。

 これがオレの頭で思い付く限界であった。自分の残念さに思わず涙が溢れそうになる。こんな言い訳で誤魔化せれるはずも無い。


「ご、ゴキブリ!? それでなんでこんな状況になるの!?」


 案の上、驚愕に目を見開く舞華。

 その疑問は最もであった。ゴキブリごときで何故こうなる。自分自身にもそう言ってやりたい。


 オレはわざと遠い目をして答える。


「……錯乱して魔法を使った。そしたら見事にこの惨状の出来上がりだ」


 その返答に舞華はわなわなと震え出す。一体舞華はどうかしたのだろうか?

 寒いってことは無いはずだ。なにしろ今は五月の中旬。だから震える程に寒いわけがない。本当に舞華はどうしたんだろうか?


「……じゃあ、さっきの叫び声は?」

「ゴキブリがこっちに向かって飛んで来たから、それで思わず」


 右手で頭を掻きながら誤魔化した。


 すると、


「恭弥のばかー!」


 バチーン! と舞華の平手打ちがオレの頬にヒットした。


 それは割りと強く、頭の上で多くの星が瞬いている。角度といい威力といい、文句の付けようが無いくらい見事な平手打ちだ。


 あまりに見事すぎて、


「親にも打たれたことないのに!」


 なんて定番なボケを返すことも出来なかった。 


 むしろ、


「いやいや、何度も打たれただろ!?」


 と、自分の中でそう自分にツッコミを入れてしまうほどに、見事なものである。


 何故ぶたれたか分からず呆然とするオレ。涙目で肩を震わせ、オレを睨み付ける舞華。


 なんだこの状況は? 何故こうなった?


 オレ程度の頭脳では答えが導き出せない。お互いがお互いのことを無言で見つめ合い、目を逸らさない。その沈黙がとても気まずい。


 遂に無言の睨み合いに耐えきれなくなった。


「えーと、何でオレはぶたれたんだ?」


 本心からの問い。舞華の攻撃はあまりにも突然だったのだ。ゴキブリうんぬんの下りで平手打ちをされる理由があったのだろうか。至ってなぞだ。


 舞華は涙目のまま、叫ぶように答えた。


「何かあったんじゃないかって本気で心配したの! それなのに恭弥ときたら……」


 拳をぎゅっとグーの形で握りしめて、プルプルと肩を揺らす舞華。まさかそれでオレの顔を殴るつもりでは無いだろうな。


 昨日から寝ずに暴走に耐えていたんだ。パーでもかなり強かったのに、流石にグーで顔を殴られたらオレの意識が飛ぶ可能性がある。


 てか、心配してる相手を打ちますか普通?


「ちょ、ちょーっと、舞華さん? その手は何かな? 暴力は駄目だよ?」


 ジリジリと少しずつ近付いてくる舞華を低姿勢で宥めにかかる。


 理由としては、舞華の浮かべている満面の笑顔が怖すぎて仕方ないからだ。それ自体は完璧な美少女のスマイル。それはもう初見なら一目惚れするレベル。ただし、その目は笑っていない。


 なんたってオレを殴ろうという意志がありありと伝わってくるのだ。これを恐怖と言わないでなんとする。

 正直、昨日の出来事よりもやばい。今の状況から抜け出す方が100%で困難だと断言出来た。


 どうにか宥める方法は無いのか?

 数秒後に訪れる惨劇を回避する策を考える。


 なけなしの思考を働かせた末、一つだけ思い付いた。

 昔にテレビで見たことのある、怒っている女性を宥める方法。これを実践してみるしかない。


 痛みで軋む体に鞭を入れて立ち上がり、そのまま舞華の近くまで行く。そして、握られている拳を優しく包み込み、彼女の耳元で囁くように言った。


「オレは笑ってる舞華が好きだな。怒っている姿なんて見たくない。いつもの笑顔を見せてくれよ」


 かなりアレな台詞だが、これは仕方ないんだと切り捨てる。ただでさえ体にガタが来てるんだ。これ以上余計なダメージを負ってたまるか。


「な、なななっ……!?」


 台詞を耳にした舞華は、真っ赤になりピキッと石像のように固まる。もう一押し。


「オレの側では笑っててくれよ。それがオレの一番好きな舞華だ」

「にゃにゃにゃにゃにをっ!?」


 わたわたと激しく狼狽し、上手く言葉すら話せなくなる舞華。その反応を見る限り、効果抜群かつクリティカルヒット、かつ会心の一撃のようだ。


 まさか本当に効くとは思わなかった。テレビの情報も侮ることなかれ。そのことを始めて身をもって実感することができただろう。


 それに何より、


「舞華は可愛いな」


 ちょっと趣味が悪いかもしれないが、真っ赤になってテンパってる姿が可愛く思えた。

 例えるなら困っている小さな仔犬だ。頭くらいなら撫でてもいいだろうか。


「か、か、かかわ、かわ!?」


 さらに真っ赤になる舞華。まるで熟れたトマトみたいになっている。

 ついでに人語も忘れてしまっているみたいだ。端から見たらかなり危険な様子に見えた。


「おい、大丈夫か?」


 さすがにちょっと心配になって顔を覗き込んだ。


「恭弥の顔が……ふぁう……」


 舞華は目をぐるぐると回して倒れてしまった。


「ま、舞華!?」


 慌てて抱きとめ、顔を覗き込む。


 ……なぜだか知らないが、大変幸せそうな表情で気を失っていた。


 嗚呼、本当に何故こうなった?

 なんというかこっちに来てからの毎日が変に濃すぎる気がする。


 初日

 帰国後に名家である天堂家訪問。

 そこで幼馴染みの護衛に就くことになる。


 二日目

 凪城学園に転入する。

 朝は舞華に屋上で正体を問い詰められる。

 昼は凛姉に会い、正体を問い詰められる。

 午後の授業で天城院を模擬戦で叩き潰す。

 放課後にナンパ紛いの誘拐犯を捕縛。


 三、四日目

 普通に学校に登校。

 しかし心ここにあらずの状態だった。


 五日目

 誘拐犯の尋問。

 舞華が誘拐される。

 誘拐した組織を潰した。

 舞華と和解。

 オレの秘密の暴露。


 今日

 魔力の暴走。

 舞華にぶたれる。

 その後に舞華が気絶。


 以上、回想終わり。うん、やっぱり変に濃すぎる。

 そして明らかに学生らしくない。学生らしいのは精々三、四日目だけだ。


 せっかく姉さんの計らいで、部隊を休んでまでこっちに残ることになったんだ。しばらくは普通の学生らしい平和で平凡なスクールライフを楽しもう。そう胸に誓った。


 そのためにはまずしなくてはならないことがある。


「この部屋をどうにかしないとな……」


 これじゃまともに生活を送れない程に酷い。


 そう思い藤十郎に電話で修理を依頼した。どうやら明後日にはなんとかなるらしい。学園にいる間に業者に直してもらえるとのことである。

 もちろんその経費は自費。自分のぶっ壊した物の分は、自分のお金できちんと弁償すると約束した。生活する環境を用意して貰ってるんだ。それを壊しといて、無償で直してくれなんて言えない。


 気がつけば身体の痛みも大分和らいできていた。


 取りあえず片付けられる物だけでも自力で片付けておこう。そう思い立ち、舞華を隣の部屋に寝かせた後、砕け散ったガラス片や家具の破片を集めておいた。


 片付けはそこで終了した。これだけ? と思うかもしれないが、実質出来るのはこれだけなのだ。壊れた大きな家具は一人じゃ無理だし、壁や窓は業者の人じゃないと直せない。


 さて、これからどうしようか。そう考えた所で「ぐぅー」と胃の虫が鳴いた。

 そいいえば、昨日の昼、昨日の夜、今日の朝、今日の昼と四食も食べてなかったことを思い出す。


「取りあえず晩飯でも作るか」


 現在は片付けをしていたこともあって午後の五時を回っていた。作り終えたらちょうどいい時間になるだろう。


 そうと決めたら早速行動に移すことにした。



    ◇



 お腹がすきだすであろう六時頃。

 ようやく料理が完成した。


 スパイシーな味付けにした肉厚のステーキを筆頭に、副菜としてサラダとポタージュといった簡単なものしか作らなかったが、飾りつけや盛りつけをしていたら割りと時間が掛かった。


「さてと、舞華を起こすか」


 せっかく二人分作ったので、どうせなら舞華にも食べてもらいたい。

 そう思い立ち、舞華を起こすために階段を上がって二階に行く。そのまま舞華を寝かせている部屋に向かった。


 親しき中にも礼儀ありだ。

 コンコン、と。起きているかもしれないので、一応部屋の扉を軽くノックをした。


 ………返事が無い、ただの屍のようだ。


 ―――というわけではなく、単にまだ寝ているらしい。


 仕方ないなとわずかに苦笑い。

 扉を開けて部屋に入る。備え付けのベットに寝かされている舞華は、未だに幸せそうな表情を浮かべていた。


「おーい、舞華ー。起きろー」


 舞華を軽く揺さぶった。


「っん、だめっ、恭弥……」


 対して舞華は艶っぽい声を漏らした。

 しかし、それだけで起きる気配はない。だいたい何がダメなんだよ。まったく理解不能だ。


「ほら、起きろー」


 さっきよりも強く揺さぶる。


「ゃんっ、そんなに強引にされたら……」


 再び艶っぽい声を漏らす舞華。

 オレは断じて邪なことはしていない。それにも関わらずこの反応。こいつ本当は起きてるんじゃないだろうか。

 強引にされたらどうなるってんだ?


「いいから起きろー」


 舞華の頬を軽く引っ張った。

 つきたての餅のように柔らかな頬は、指で弄ばれるままに形を歪める。縦、縦、横、横、丸書いてちょん。己が本能の赴くままにこね回す。


 数分という時の格闘の末、ようやく舞華は目を開いた。


「はれ? 恭弥?」


 目をごしごしとしながら名前を呼ぶ舞華。

 多分まだ寝ぼけてるんだろうな。


「よく眠れたか?」

「ふぇっ!? 恭弥!? なんで私の部屋に居るの!?」


 目をパチパチと瞬いた後、困惑気味に叫び出した舞華。


 今日の彼女は情緒不安定に見える。涙目になったかと思えば、急に怒り出すし。その後は幸せそうな顔で気絶。起きたと思ったら叫び出す。


 なんだか本気で心配になってきたぞ。


「大丈夫か? 精神科にならいつでも連れて行ってやるぞ? 今から診察の予約しとこうか?」

「なんでよっ!?」


 鋭い右ストレートが飛んでくる。寝起きにしちゃ中々の代物だ。それを左手で受け止めた。


 本気で心配しているのに、右ストレートは酷くないか?


 ……まぁ、別にいいか。こんなことしてたら晩飯が冷めてしまう。料理は温かいうちに食べるに限る。


「いいから飯食うぞ」

「へ? ご飯?」


 不思議そうに首を傾げる舞華に今の時間を教えてやる。

 再び驚く舞華。自分がなぜ今まで寝ていたのかすら覚えていないらしい。

 それは何と言うか、ラッキーの一言に尽きるな。アレを覚えてられたら絶対に気まずくなる。 


「ほら、行くぞ」


 舞華の返事を待たず、そのまま部屋を出て下の階に下りる。すぐに舞華も下りてきた。


「うわーいい匂い。これ誰が作ったの?」

「オレしかいないだろ」


 自分を指差しながら答える。


「きょ、恭弥って料理出来るの!?」


 オレの顔を意外そうな目で見てくる舞華。そんなに意外な事だろうか。


「当たり前だ。自炊が出来なかったら、ここに料理があるわけないだろ」


 十五歳にもなってるんだ。少しなら料理を作れても変じゃないと思う。


「ほら、冷めない内に食べようぜ」

「……うん」


 なぜか落ち込んでいる舞華は、料理が並べられているテーブルの前に腰を下ろした。

 二人揃って「いただきます」と手を合わせてから食べ始める。舞華はおそるおそるといった様子で、一口大に切ったステーキを口に運んだ。


「……美味しい」


 その言葉とは裏腹に舞華の様子はかなり暗い。それはバックにどんよりとした黒いオーラが見てとれるほど。その後も黙々と料理を口に運んでいく。


「もしかして口に合わなかったか?」


 割りと自信があっただけにすごく不安になる。これで不味いなんて言われたらショックだ。


「……ううん、すごく美味しい」


 顔を上げた舞華の瞳に宿っているのは、理不尽に対する抗議や諦めの感情。何故そんな顔をしてるのかに、全く心当たりが見つからない。


「だったら何でそんなに暗いんだ?」


 不味いのなら不味いと素直に言ってほしい。無理して食べられることほど辛いことはない。

 舞華は黒いオーラをバックに背負ったまま、ポツリと理由を言った。


「女として負けた気が……」


 それにより、料理が不味かったかもしれないという不安が解消されたと同時に、舞華がこうなった大まかな理由を察した。


 予想に過ぎないのだが、おそらく舞華は料理が苦手、または出来ないのだろう。それに対してオレは料理が出来きた。それが舞華の女の子としてのプライドを傷付けてしまったらしい。


 でも人間には得手不得手が有るものだ。舞華は料理が不得手なのを気にしてるが、オレにだって得手と不得手がある。ただそれだけの話だ。


 例え舞華が料理を出来ないとしても、それはおかしいことじゃない。料理が不得手に分類されるなら、何かしら得手に分類されるモノが有るだろう。それを誇ればいいと思う。


「勝ち負けなんてどうでもいいだろ。舞華には舞華の良いところがあるんだから、別に気にしなくてもいいと思うぞ」


 すると舞華は、どこか期待を含んだような眼差しで上目遣いに問うてきた。


「じゃ、じゃあ、恭弥から見て私の良いところってどこなの?」


 そう言われてみて改めて考えてみる。

 オレから見ての舞華の良いところ。記憶の中にある舞華を必死に手繰り寄せ、昔の舞華と今の舞華の一致する良い点を探し出す。


 新しい記憶も含め、様々な舞華の姿が浮かび上がる。

 昔に欠陥品と言われ嘲られていたオレと一緒に居てくれた舞華の姿。

 嘘を吐いていたにも関わらず、笑って許してくれた舞華の姿。

 昨日ふっ飛ばされて壁に突っ込んだ時に、心配して泣いてくれた舞華の姿。

 何かあったんじゃないかと心配して、駆け付けてくれた舞華の姿。


 その中でどれも共通することがある。それは―――


「誰かを気遣える優しいところ、かな」


 それが舞華の良い所だとオレは思う。


「得手不得手とは違うけど、他にも意外と頑張り屋だし、誇示しないところとかも良いと思う」

「そっか」


 あまりにも素っ気ない返事。その声音からは、隠しきれていない嬉しさが見てとれた。

 それを裏付けるようにさっきまでのどんよりしたオーラも跡形もなく霧散していた。


 ほっと一安心したところで舞華の方へと視線を向け、ふと気になって話題を変えた。


「そういえば今日は何の用があってここに来たんだ?」


 今更ながらに疑問に思って訊ねたところ、舞華は悪戯っぽい笑みを浮かべながらながら応じる。


「今日から私もここに住もうと思って」


 舞華の言葉に、頬が痙攣したように引きつった。


 舞華は今、何って言ったんだ?

 何か凄く有り得ない言葉が聞こえた気がした。


「悪い、もう一回言ってくれないか。耳がおかしくなってるみたいだ」


 オレの耳がおかしくなっていなければ、『今日から私もここに住もうと思って』と聞こえた。

 だが流石にそれは無いだろう。多分オレの聞き間違いに違いない。むしろ聞き間違いであって欲しい。


 その切な願いは、あっさりと裏切られた。


「今日から私もここに住むから」


 素敵な笑顔であり得ない台詞を放つ舞華。


 キョウカラワタシモココニスムカラ。

 何語だよそれ。たしか日本語だったよな?


 なのにさっぱり理解が追いつかない。本当にオレが修得している言語なのか?


 おかしくなったのは耳ではなく、頭だったのかもしれない。明日にでも病院に診察の予約を入れておこう。


「頼むからオレにも理解出来るように、ゆっくり、はっきりと日本語で言ってくれないか」


 本当に日本語なら集中して聞けば、きちんと舞華が言っていることも理解出来るはずだ。舞華の言葉を一字一句として、聞き逃さないように集中して聞く体勢をとる。


「今日から、私も、ここに、住むから」


 聞き取りやすいように、丁寧に区切りながら言ってくださる舞華さん。どうやらさっきからオレが否定しまくっていたのは、聞き間違いではなかったらしい。


「……なんでそうなる」

「そこに恭弥が居るから」


 絶壁の胸を張って、事も無げにさらりと答えた舞華。

 思わず「お前はどこぞの登山家か」と声を大にしてツッコミそうになった。山が在るから登るみたいなノリで言うなよ。そんなに簡単な問題じゃないだろ。


「ここに住むとか以前に、当主が男と同棲なんて許す訳ないだろ」

「もうお父さんからも許可貰ってる。頑張ってこいって言ってた」


 なんだか頭が痛くなってきた。

 よりにもよって当主の許可済みかよ。それにそもそも何を頑張れってんだよ、あの馬鹿当主は。一度くらいは屋敷と一緒に潰した方が良さそうだ。


「それに恭弥が言ってくれたよね。私が望むなら側にいてくれるって」


 それはオレは絶対に居なくならないから、心配するなって意味だったんだけどな。受け取り方によっては、舞華のような受け取り方も出来ないことはない。


 ようするに全てはオレの口が原因ってわけだ。


「……分かった、好きにしてくれ」


 思わず右手で顔を覆い、天を仰いだ。


 前略、親愛なる姉さんへ。

 帰国してから早くも一週間が経ちました。護衛の仕事も終わり、貴女のお陰もあって、オレはこっちでしばらく暮らすことにしました。いろいろ大変だと思いますが、頑張って行こうと思っています。

 さし当たって一つ問題が発生しました。なぜか幼馴染みと一つ屋根の下で同棲することになったのです。くれぐれも間違いが起こらないよう、どうか見守っていてください。敬具   貴女の弟より

ようやく一章が終わりました。

なんだか無駄に長かった気がする……(´д`|||)


時話から第二章に入ります

テーマは『The heart and bonds』

直訳して、心とキズナです。

ここでようやく他ヒロインの登場となり、主人公と……?


更新ペースは少し下がると思いますが、よろしければどうかお付き合いを(*^^*)

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