事後のお話①
長くなりそうなので二つに分けました
場所は天堂家の所有する屋敷。
現在は藤十郎の書斎にて、高級感漂うソファーに腰掛けていた。
とてもフカフカして座り心地の良いソファーなのだが、そこはとても気まずく、重苦しい沈黙で溢れかえっている。
現在の位置取りはこんな感じだ。
向き合っている二つのソファー。藤十郎を対面に、木製の机を挟んでオレ。その左隣に舞華という構図で座っている。
しかも舞華の距離はかなり近く感じられる。オレの服の端を掴んで、梃子でも動きませんといった様子だ。
「え、えーとだな……」
痛いほどの沈黙を破るために口を開こうとするも、続く言葉が出てこない。
そんな状況から目を背けるように、今回の事件の顛末をおさらいしようと思う。
オレが舞華を拐った組織を叩き潰した後、倒れている奴等は国が管理する監獄へと送られた。こいつらは誘拐騒動以外にも悪事を働いていたらしく、即刻に死刑になるだろうとのことだ。
拐われていた学生達は計六名で彼等は無事に解放され、体に異常がないか検査する為に病院へと搬送され、六名共が異常なしと判断されたとのこと。せいぜい、魔力の低下が気になる程度だったようだ。
因みに今回の事件での負傷者は被害者敵味方含めてゼロ。これについて日本のMP機関から深く説明を求められたらしいが、オレの存在については隠してもらった。
その事が外部に漏れてしまわないように、オレに関わった天堂の人達には藤十郎から箝口令を敷いて貰って事なき得た。
これらの理由としては、オレの存在がバレると厄介極まりない故だ。いや、厄介とは違うか。面倒と訂正させてもらう。
話は戻り、それにより今回の事件を解決した功績は、全て天堂家の物となり丸く収まった。
戦果としては舞華を含む学生達の帰還、強制強奪の魔法の返還、押収物として星の雫を手に入れたといったところだ。目的も果たして戦果も上々。
そんな感じで今回の件は幕を閉じたので、オレは爽やかかつスタイリッシュに別れを告げてその場から逃げ出した。
しかし、オレの逃走は舞華によって阻まれてしまう。
理由は事件が解決したから、
『全部これが終わってから話す。だから……今は待っててくれないか?』
あの時に約束した通りに、話し合いの場を設けるためだ。
一度進路を塞がれたオレは身を翻し、全力の身体強化を施し直ぐさま猛遁走。
が、またしても舞華に捕獲されてしまった。それも身体能力すら無しで。
その身体能力おかしくね?
今回の件で分かったのは、この場で一番恐ろしいのは魔王様であったということ。
形容しがたいとても素晴らしい笑みにて引きずられること数十分。それで現在に到っている。
それにも関わらず、未だにオレは黙していた。
舞華と藤十郎はオレの話を黙って待つ。
舞華に至ってはオレが逃げ出さないように服の端をしっかりと掴んでいる。
それに対してオレは一体どこから話し始めればいいのかが分からない。
その三つの要素がこの気まずい雰囲気を作り出している原因だ。
「コホン……それでは私から訊いても良いかね?」
咳払いを一つし、見かねたように助け船を出す藤十郎。その助け船に救われた。
「はい、なんなりと」
ようやく無言の重圧から逃れる事が出来て、ほっとしながら頷いた。
「では最初に、君が天月を出た理由を教えてくれないかい?」
「……はい?」
その言葉に違和感を感じた。オレは天月に捨てられたのだ。あれから五年もの時間が経っている。
それなのに理由を知らないなんておかしいにも程があった。
「天月からはどんな風に聞かされたんですか?」
質問に質問で返す。無礼な事だとは分かっていたが、オレはそう訊かずにはいられなかった。
「君が十歳になった日、突然に『自分は天月から出る。探さないてくれ』と言って家を飛び出したと私は聞いた」
その言葉に舞華の方へと目を向けた。舞華もそう聞いたらしく首を縦に振った。
それが確かな答えのようだ。これなら舞華たちの反応も分からないものではない。
「はぁ……」
かなり深いため息が出てしまう。
原因は至って単純。これ程ないまでに呆れたからだ。
自分達から切り捨てておいて、
『自分は天月から出る。探さないてくれ』だとさ。
冗談も程々にして欲しいもんだ。
大方いくら欠陥品のオレと言えども、自分達から切り捨てたとあれば、世間体が悪くなるとでも思ったのだろう。
だが、オレが自分自身の意思で居なくなったのなら話は別だ。自分の無力さに嫌気が差して逃げ出した。昔に自分を取り巻いていた周囲の評価から見れば、そう判断されるはずだ。
そう判断されれば天月は泥を被る心配はない。オレが逃げ出したと後ろ指を指されるだけだ。どこまでもくだらない。
思わず失笑が漏れてしまう。
「この天月家は、代々炎の魔法を扱い、歴史に名を刻む人材を幾人も輩出している一族だ。だがその炎の魔法はおろか、他の魔法もろくに使えない欠陥品のお前には、この家の名を名乗る資格はない」
一字一句間違えずに、あの日オレに向けて言われた言葉を口にする。
「オレはそう言って天月に捨てられました。だからあの日、家を出た」
その言葉に二人が息を飲むのが分かった。二人にとっては驚きなのだろう。
表向きには天月の人間は、品性漂い、温情に溢れているという評価を受けている世間体の良い名家。
その実、能力で人を選び、自分より力のない者を見下し、徹底的に差別する最低極まりない一族だ。凛姉や数人を除いて、ほぼ全員がそうなのだ。
付き合いが長い天堂でも、かなり深いところまでは知なかったのだろう。
だから天堂を含めた他の人達は、天月の言った、ありもしない真実を信じた。それが嘘だとも知らずにだ。
「それで捨てられたオレはある人に救われて、アメリカで暮らしてた。んで三ツ首ノ猟犬で働いてて、つい先日に当主がオレに依頼をしてきたから帰ってきた」
その後を知らない舞華に簡略化した説明した。
「お父さんの依頼……?」
「あぁ、舞華の護衛っていうな」
舞華の護衛。その言葉に彼女は大きく見開いた。
さっきから驚いてばかりだな。顔がそのままから、戻らなくなっちまうぞ?
そう思っていると、意を決したように舞華は口を開いた。
「じゃあ、なんで私に嘘を吐いたの? 自分は恭弥じゃない、別人だって」
「それは……」
本当の事を言って欲しい。言葉に出してそう伝えなくてもいいほどに、舞華の強い視線はそう告げていた。
一瞬誤魔化すことも考えたが、真実を教えることにした。
「オレは二度と天月に関わりたくたい。舞華に幼馴染みの恭弥として関われば、必然的に天月にも知られる可能性がある。だから別人を装ったんだ」
その答えを聞いた舞華は安心したようにポツリと呟いた。
「……良かった」
オレにはそれが何のことか理解できなかった。
「何が良かったんだ? オレはお前に嘘を吐いてたんだぞ」
それに対して舞華はやんわりと微笑んだ。
「だって恭弥が私自身を避けたわけじゃないって事が分かったから」
「それでもオレがお前に嘘を吐いた事実は変わらないんだぞ。お前はそれを許せるのか?」
どんなに理由を並べ立てようと、自分を大切に思ってくれている人に嘘を吐いた。それも自分自身の我が儘の為にだ。
オレが逆の立場に立っていたとしたら、相手を許せる自信がない。
それでも舞華は言ってくれた。
「確かに嘘を吐いたことに怒りたい気持ちもあるよ。だけど恭弥にはそれ以上に感謝したいとも思ってるの」
「感、謝……?」
何を感謝されることがあるのか。自分でも分からない。
オレは嘘を吐いて舞華を騙しただけだ。そこに感謝される理由なんてどこにもない。
「そう、感謝。恭弥は私を助けに来てくれた。私を守ってくれた。だから私は恭弥のことを許す」
「だけど――」
自分を許せないオレは尚も反論しようとするが、それは遮られた。
「もう、しつこいっ! 私が許すって言ったんだから許すの! 恭弥に文句言う権利は一切ありません!」
舞華は突然、オレの両頬をムニッーと指で引っ張りながら捲し立てた。
「それとも何? 恭弥は許して欲しくないの?」
彼女は頬を指で引っ張ったまま、上に下に横にと動かす。
「いひゃい。いひゃいははひゃはひてふへ、ふぁいふぁ」
痛い。痛いから離してくれ、舞華。そう言ったつもりだが、出てきたのは何を言っているのか解読不能な間抜けな言語だった。
「何て言ってるのか分かりませーん」
「はら、へをははひへふへひょ」
やはり出てくるのは間抜けな言語。舞華はえいえいと頬を引っ張りながら笑う。
「なに言ってるのー?」
どこまでも楽しそうに笑う舞華に、毒気が抜かれていくのが分かる。
「てい」
舞華の力が緩んだ瞬間に手を払い、今度はこちらが舞華の両頬を引っ張る。
「ひょ、ひょうひゃ!? ふぁひふふほ!?」
多分『きょ、恭弥!? 何するの!?』かな。
「さっきの仕返しだ」
縦に横にと舞華の両頬を餅のようにこねくり回す。
「いひゃい、いひゃいははへをははひて。ひゃはいひょ、おほふふぁひょ」
「何って言ってるのか分からないなー」
笑いながら引っ張り続ける。
「ほんほーひおほふふぁひょ!」
うん、何て言ってるのかさっぱり分からん。
でも涙目になって真剣に何かを言っているのは伝わった。十分に引っ張り回して満足したオレは、舞華の両頬から手を離した。
「うぅ~」
舞華は涙目のまま唸り、さっきまで引っ張られていた両頬を自分の手で撫で擦っている。それを見て、自然と口元が綻んだ。
「許してくれてありがとな、舞華」
頭に手を置いて、許しくれた礼を言った。すると沈黙を守っていた藤十郎が口を開く。
「それでこの後はどうするんだい? こうして舞華とも無事に仲直りすることも出来たんだ。もうしばらくこちらに残るのかい?」
この後、か。その意味が分からないほど馬鹿じゃない。
オレの答えるべき言葉は――――
「オレはアメリカに帰ります」
その言葉に舞華はショックを受けたような顔をする。
「な、なんで!? どうして帰っちゃうの!?」
その瞳からは縋る様な、それでいて懇願する様な気持ちが見てとれる。
今ならオレも幼馴染みの恭弥として、舞華と一緒に居たい、一緒に笑い合いたいと思える。
だけどそれは無理だ。
「これはオレ一人で決められる事じゃないんだ。オレは……三ツ首ノ猟犬・序列第一位の『オメテオトル』だから」
そう言って舞華の頭を一撫でした。
オレが預かっているのは世界最強を名乗る三席の内の一角だ。自分の意思だけで、勝手に離れることの出来る立場じゃない。
「ごめんな、舞華」
そう謝ったところで、いきなりけたたましい電子音が鳴り響く。発信源はオレの携帯電話。
ポケットから携帯電話を取り出して画面を見ると、相手が姉さんであることが分かった。
二人に断ってから電話の対応をする。
「もしもし。どうしたんだ姉さん?」
「恭弥は本当にそれでいいの?」
姉さんからの脈絡も無い突然の確認。それが何を指すのか分からずに問い返した。
「何の事だよ」
「恭弥は本当にその選択で良いのかって訊いてるの」
いつもと違う真剣な声での問いかけ。それが意味するものの真意をようやく悟った。
「もしかして視てたのか」
「えぇ」
「いつから?」
「恭弥が電話してきた後からよ」
オレが電話した後って言うと、咎人の枷の事を訊いた時のことか。
思考を巡らせる。そしてそれはストンと府に落ちた。
姉さんは魔法でオレを視ていたらしい。
彼女の魔法はかなり特殊である。遠視や予知、予測、高度な識別まで、ありとあらゆる幅で役に立つ固有魔法を有している。
今回はもう既に、遠視か予知でこの場を視ていた。だからこそオレの選択を知っていたのだろう。
そして、このジャストなタイミングで電話をかけてきたってことだ。
「あなたは自由に選んでいいのよ」
いつもの心が安らぐような優しい声音。聞く者を包み込むような声が電話越しに届く。
「だけどオレの選択がみんなに迷惑をかけるかもしれないだろ。オレがトップなんだから」
仮にとはいえ部隊のトップに立っているオレが、私情で動いていたら話にならない。オレがこちらに残れば、あっちに居る部隊のメンバー達に迷惑がかかるのだ。
「それも解決済みよ。既にみんな納得してるもの」
「なっ……!? いつの間に……」
「いつの間にってさっきよ。視てたから、みんなにも教えておいたの」
「……みんなは何て言ってるんだ?」
「ちょっと待ってね」
しばらく会話するようなやり取りが聞こえてくる。
おそらく今、訊いているのだろう。
「お土産よろしく♪ 良いもの期待してるからな♪ だって」
その言葉に脱力してしまう。姉さんが言っていることは、十中八九で本当の事だろう。
あいつらなら、まともな事は言わないだろうから、自信を持ってそう思えた。
普通こういう時って、『お前の分も自分達が頑張ってやる』とか『自分たちの分も楽しんでこい』とかだろ。何がお土産よろしくだ、こんちくしょう。
「……みんなに伝えといてくれ。帰ったら地獄をプレゼントしてやる。楽しみにしてろ。…………それとありがとうって」
クスッと笑うような声が電話越しに聞こえた。
くそっ、すごく恥ずかしい。最後のは言わなかった方が良かった。
「りょーかい。それじゃ舞華ちゃんに代わってくれないかしら?」
「舞華に? なんで?」
「ちょっとしたガールズトークよ」
なんだよちょっとしたガールズトークって。
そう思っていると、姉さんは続けて注意するように言った。
「それと恭弥は離れているように」
「はいはい、わかったよ」
そう返して舞華に断りを入れる。
「電話の相手が舞華と話したいらしいんだ。代わってくれないか?」
「私?」
自分を指差しながら不思議そうに首を傾げる舞華。
まぁ、そりゃそうか。いきなり自分に代われって言われたら困るか。
「誰なの?」
「オレの育ての親……いや、育ての姉さんだ」
育ての親と言った瞬間に向こう側から、不機嫌に唸るような声が聞こえ、思わず訂正した。
「お姉さん?」
不思議そうに首を傾げる舞華に携帯を手渡した。
「まぁ、適当に話してやってくれ」
「うん、分かった」
それから姉さんの指示通り少し距離を置いたのだった。
◆
「も、もしもし、お電話代わりました」
舞華は緊張をはらみながらも、恭弥の携帯電話に耳をあてて声を出す。
正直なところ、何が何だか分からない舞華。彼女は恭弥のことで頭が一杯になっているにも関わらず、急な電話の対応に落ち着けないでいた。
「初めまして、私は東雲朱里。恭弥の愛人兼お姉さんよ。よろしくね」
「わ、私は天堂舞華です。きょ、恭弥の幼馴染みですっ。ふ、不束者ですがどうかよろしくお願いしますっ」
電話越しに聞こえる女性の柔らかい声に一瞬落ち着くも、『恭弥の愛人兼お姉さん』というフレーズ。
その驚きのあまりに舞華は自分でもよく分からない自己紹介をしてしまった。
よくよく考えれば冗談だと分かるのだが、相当にテンパっている頭ではそこまで考えることができない。混乱は混乱を招き、更なる混乱が脳内を埋め尽くしてゆく。
尤も、それも直ぐに晴れることになるわけだが。
「冗談だからそんなに焦らなくてもいいわよ」
クスクスと可笑しそうな笑い声を漏らす朱里。
それに対して舞華は自分がからかわれていることを悟り、顔が真っ赤になっていた。もちろん羞恥によっての赤だ。
「うぅ、すいません……」
「ほら、気にしないの。貴女が謝ることなんて何一つ無いんだから」
「はい」
優しい声音に舞華は不思議と落ち着いた。まるでこの人に包まれているような安堵感を感じられたからだ。
「それで舞華ちゃんに幾つか訊きたい事があるんだけど良いかしら?」
「はい、私に答えられることなら」
「そう。じゃあ、まず一つ目の質問ね。舞華ちゃんは恭弥に助けてもらって嬉しかった?」
ありきたりな質問。
でも、当然答えはすでに決まっている。
恭弥とはもう二度と逢えないと思っていた。その恭弥が助けに来て、自分のために闘い、そして守ってくれた。これが嬉しくないわけがない。
「はい、もちろんです。本当に、心の底から嬉しかったです」
だから舞華は自信を持ってそう答えた。
「ふふっ、良い返事ね。じゃあ二つ目。恭弥に帰らないで欲しい?」
そんなこと当たり前だ。この五年間ずっと待ち望んでいた再会。それがようやく果たされたのだ。
「……私は帰らないで欲しい、です」
アメリカに帰って欲しくなかった。そして自分の側にずっといて欲しい。
だがこればかりは自分の我が儘に他ならない。恭弥にも恭弥の都合がある。それ故に舞華は強く断言できなかった。
電話の相手は楽しそうに、嬉しそうに笑う。
「うんうん、いいね。これで最後よ。舞華ちゃんは恭弥のこと好き? もちろん異性としてよ」
自分が異性として恭弥のことが好きか。聞かれるまでもなかった。ずっと昔から想い続けていたのだ。
想いは言葉となり、流れるようにその言葉は紡がれていく。
「もちろん好きに決まっ――」
そこで気付いた。自分が今何を言おうとしたのかを。
顔が熟れたリンゴのように真っ赤になっているのが自分でもよく分かる。それを証明するかのように顔がすごく熱を持っている。
「い、いや、その、違うんです! 今のは……」
舞華は少し離れた位置にいる恭弥の様子をチラリと窺った。
恭弥は、何だ? とばかりに首を傾げている。
どうやら話の内容を理解していないようだ。それを見て、落ち着くことが出来た。
ただでさえ頭がいっぱいいっぱいであるのに、肯定、肯定、と本音を吐露させた上での最後の質問。
「誘導尋問なんてひどいですよ……」
舞華は少し憤慨していた。一歩間違えば、自分の気持ちを本人に知られるところだったのだ。
引っ掛かった自分も自分だが、引っ掛かけた相手が恨めしい。
「ごめんね。舞華ちゃんが素直だから、ついね♪」
舞華は恭弥に聞こえない程度の声量で怒鳴った。
「つい、じゃないです。本人に知られたらどうするつもりなんですかっ!」
本当に恭弥に知られたらどうするつもりだったのだろうか。万が一にでも知られていたら、目を合わせることすら出来なくなってしまう自信がある。
「その時はその時よ。昔からよく言うじゃない。当たって砕けろって♪」
本当にこの人は何を言っているのだ。砕けたら本末転倒じゃないか。
舞華は小さく叫んだ。
「砕けちゃダメなんですっ!」
「あはははっ。冗談よ、冗談。舞華ちゃんは可愛いわね」
電話越しに伝わる明るい声に、抱えていた感情は一瞬で霧散してしまった。
この人はズルいと思う。全てを包む包容力と言うのだろうか。電話越しにでも伝わるそれは、イタズラをされても何でも許してしまいたくなる何かがあった。
つまり、怒ろうに怒れないのだ。
「恭弥のことが大好きな舞華ちゃんに一つお願いしてもいいかな?」
「そんなに堂々と言わないでください……それと、お願いって何ですか?」
「恭弥のことよ。あの子は誰よりも弱い。だから舞華ちゃんには恭弥を守ってあげて欲しいの」
その言葉に違和感を覚えた。
恭弥が誰よりも弱い? そんなわけがない。
贔屓目を無しにしても恭弥は強かった。なにしろ父の助力があったとはいえ、実質ほぼ一人で組織を一つ壊滅させたのだ。その恭弥が弱いはずがなかった。
舞華は自分のことではないにしろ、それは看過できる言葉ではない。思わずムッとして言い返してしまう。
「恭弥は弱くないですよ。恭弥は私を助けてくれました」
「そうね、確かに恭弥は誰よりも強いわ。だけどそれは恭弥であって恭弥じゃないの。本当のあの子は誰よりも脆くて弱い。だからお願い。あの子を守ってあげて」
その声には真摯な想いが込められていた。どこまでも恭弥を大切に想っての発言。
しかし、舞華にはその発言の意味がよく分からなかった。
恭弥だけど恭弥じゃない。誰よりも強いけど誰よりも弱い。それら言葉がぐるぐると頭の中を回る。
「今は分からなくてもいい。いつかきっとわかる日が来るわ。だから、心には留めといて欲しいの」
その言葉は何故か深く深く胸に響いた。
「分かりました。私に何が出来るか分かりませんが頑張ります」
だから頑張ろうと思った。知らないなら知りたいと思う。この言葉の示す本当の意味を。素直にそう思えた。
「ありがとう。それじゃ切るわね」
「はい」
そして通話を切ろうとした所で朱里の声が続いた。
「それと恭弥に伝えといてくれないかな。今回あなたが使ったのは二月分よ。もう少し自分を大切にしなさい。それとたまには顔を見せてねって」
「分かりました」
「それじゃ、またね」
今度こそ本当に通話は終わったのだった。




