救出
車で移動を開始して数十分。
ようやく舞華が捕らえられているらしい場所へと着いた。
そこは臨海部に位置する廃工場であった。
オレは車を降り、周辺一帯を順繰りと調べることにした。
廃工場自体はそれほど大きな建物ではないが、周囲にはその廃工場以外の建築物が一切建っていない。
少し離れた所には小さめの駐車場があり、そこには車が数台停車してあるように見える。
また、臨海部に位置しているためか、すぐ近くに少人数用の船が二隻停泊していた。これらの船は、恐らく舞華を拐った奴等の所有しているものである可能性が極めて高い。
敵が逃走手段として使うとしたら徒歩、車、船の三つ。
そう分析していると、藤十郎が近付いてきた。
「これからはどうするつもりなのだ?」
「どうとは?」
意味がよく分からなかったので、質問に対して質問で返した。
藤十郎は嫌な顔一つせずに答えた。
「作戦や戦力の配置についてだ」
「オレに任せていいんですか?」
「あぁ、全て君に任せよう」
当然とばかりに藤十郎が頷いた。
こちらの戦力はオレ、藤十郎、天堂家のSP六人。
相手の戦力は聞き出した情報によると八十人をいくかどうかといった辺りだ。
人数的にはこちらが圧倒的に劣勢。
この人数でどう対処するか、どう戦力を動かすか悩んだ末に指示を下す。
「当主、貴方はオレについてきて下さい」
指示を聞いた藤十郎が訊ねてくる。
「私達はどこから入るんだ?」
「正面から乗り込むつもりです」
オレの考えはいたってシンプルだ。
無駄に策を巡らすより正面から乗り込んだ方が敵に遭遇しやすくなる。そして仲間に知らされる前にその遭遇した敵を無力化する。単純にそれの繰り返しだ。
敵に遭遇する度に足を止められるのは少々痛いが、倒した分だけ後が有利に進む。
それに何より、奇襲など成功するはずもない。
奇襲とは時間をかけ、綿密な計画を練り、それ相応の人員が居てようやく成功する作戦だ。
お互いの性能を知らないもの同士では、破れかぶれの奇襲を仕掛けたところで、悲惨な結果になることは目に見えている。
そう考えをまとめていた所、SPの一人が訊ねてきた。
「我々はどうすれば?」
「SPの方々はここに残って、逃げ出てきた奴の捕縛を頼みます」
それは建前。辛辣な評価かもしれないが、不覚を取って舞華を拐われてしまうような連中と共闘が出来るとは思えなかった。
正直、無駄な犠牲を出したくはない。
天堂家お抱えのSPが何人死のうが知ったことではないが、必然的に後味の悪さは残るし、何より舞華が傷つくことになる。自分のせいで人死が出れば、必ず心に傷が残るだろう。
だからこそオレは、実力の保証されている藤十郎しか連れて行こうと思えなかった。
だが、彼らがそんな真意に気付くはずもない。各自が頷いたのを確認してから、オレは次の行動に移した。
「今から敵の逃走経路を入り口の一本だけに絞り込むんで、オレの魔法に巻き込まれないようにしてください」
その言葉で藤十郎達が二、三歩後ろに下がってから魔法を発動した。
オレは両の手を広げ、空間把握に努めながら感覚を張り巡らし、とある魔法の詠唱を紡いだ。
「銀氷に彩られた獄は何人も抜け出せぬ魔氷の呪い。蒼白の終点よ、ここに現りて、咎を背負いし者を閉じ込めろ――銀氷の城牢」
詠唱の終わりと同時に入り口を残して、廃工場全体を氷が満遍なく覆った。まるで氷の牢獄に廃工場が捕らえられているようにすら見える。
しかし、この魔法は見た目ほど優れた魔法ではない。
ただ規模が大きいだけであって、効力としては、分厚い氷の壁が周囲を囲むといった単純な魔法である。
これで敵の逃走経路は入り口の一本だけに絞られた。
それを見ていた藤十郎とSP達は眼前の光景に唖然としていた。
「君は本当に規格外だな。これでは私の二つ名も形無しだよ」
感心半分呆れ半分といった声音で評価する。
二つ名とは実力を認められることで受けとることが出来る名誉のようなものだ。
確か藤十郎の持つ二つ名は『氷帝』だったか。
天堂家は天族の中で、最も氷属性の魔法に長けている一族である。だからこそ当主である藤十郎は、氷を冠する二つ名を有していた。
記憶の奥底から思い出しながら、藤十郎の発言をスルーしつつ行動を開始する。
「それではこれから乗り込みます。最優先の目的は舞華の救出。その次に敵の殲滅です」
「うむ、心得た」
「それと最後に。敵を無力化する際にオーダーなどあれば、それに従いますがどうします?」
そう藤十郎に問う。
また無闇に怪我をさせると処理が面倒だ。オーダーがあるならそれに従った方がいい。
「出来るだけ外傷を少なくして無力化してくれるとありがたい」
「分かりました」
それだけ返し、薄暗い廃工場の中へ進んだ。
◆
舞華は薄暗い場所で目を覚ました。
「ん、ここ……は……どこ……?」
朦朧とした意識の中で、ゆっくりと周囲を見渡す。
そこは薄暗くて汚い、何もない部屋だけが映る。
「私、どうしてこんな場所に……」
首を左右に振るうことで、蔓延る寝起き特有の酩酊感に似たものを拭い去る。それによって、朦朧としていた意識が次第に回復していった。
「んっ……」
身動きしようとして、それは失敗した。
手足に視線を向け、ようやく気が付いた。手と足に金属の枷が嵌められていて立つことすら儘ならないのだ。
「なんでこんなものが付いてるの……」
手足をよじって必死に外そうとするが、カチャカチャと金属のぶつかる不快な音が鳴るだけだった。
「それなら魔法で……」
舞華は流れるように詠唱し、魔法を発動しようとしたが、その魔法は途中で消え去る。
「――――えっ?」
突然の事態に思考を巡らせるが、全くもって理解できない。
「……もう一度」
小さく呟き、再び魔法で発動しようとする。
「……ま、また……」
魔法はやはり途中で消えてしまう。
その原因が考えられるとしたら一つしかない。
それは、
「……この枷のせいで…………」
「ふふっ、ご名答です。どうですか? その枷の効力は凄いでしょう? 一つ手に入れるだけでも苦労したんですよ」
薄暗い部屋の扉の外から声が響いた。
「――――っ!?」
「ご機嫌はいかがです? 天堂家のお嬢様」
そう言って扉から入ってきたのは一人の男。年齢は二十後半くらいの若さで、ヒョロリとした体つきに黒渕のメガネ。その男は研究者のような趣の外見をしていた。
「あなたは誰?」
「おおっと、これは失礼。僕は君を誘拐した張本人であり、この組織の副リーダーだ。ま、名前を明かすほど馬鹿ではないがね」
問いに男は大袈裟な仕草で手を広げ、自慢気に答えたが、舞華は冷ややかな目線を送るだけだ。
「目的は何?」
この男はその反応に面白くないといった表情を浮かべる。加害者と被害者。二人の内情のすれ違いは然るべきものだ。
しかし、我々人間としては、自分の立つ立場でしか物事を考えることはできない。
限りなく近く考察した内情であったとしても、それは結局のところ模造品。似て非なる完全に別のものだ。
故に舞華の腹の内側と目の前の男の間には、言いも難き断崖が鎮座していた。
「目的を聞かれてホイホイ答える馬鹿は居ませんよ。少しは自分で考えたらどうです? お嬢様なのだから、さぞかし頭がいいんでしょう? 家柄と一緒でね」
男は背を向けて扉の方へ歩いていく。
「僕は貴女が目を覚ましたか見に来ただけですので、それでは」
言葉と共に扉が閉まった。バタンと扉の音がこだまする。
そして再び部屋は静寂に支配されてしまった。
「どうしよう……」
止め処なく溢れ出す不安が、舞華のか細い精神をガリガリと削っていく。
今、心の支えになっているのは昔一緒に居た『あいつ』の存在。自分にとって特別な『あいつ』の存在だけだった。
小さな頃にいつも側に居てくれた大切な存在を想って、震えた声で呟いた。
「逢いたいよ、恭弥……」
こんな時に、あの恭弥が居てくれたらどんなに心強いことだろう。どんなに安心出来ることだろう。
叶わない想いが積りに積っていく。
しかし、今の状況から鑑みるに、最悪の場合はもう恭弥に逢うことすら叶わないかもしれない。
そんな考えが頭をよぎり、涙の雫が頬を伝い始めた。
涙の雫は次第に量が増えていく。
「そんなの……嫌だよ……恭弥……助けて……」
嗚咽混じりの言葉が静かな部屋に溶けて消えかけた時、一つの声が響いた。
「もう大丈夫だ。泣かなくていいぞ」
その声は最近聞きなれた少年の声だった。
◇
あれから敵とは何度か遭遇した。
入り口付近で八人、そこから伸びている通路で五人、かなり大きめのホール状フロアで十二人。
その都度、全ての敵を騒ぐ前に気絶させて無力化した。
そのフロアを抜けて少し進めば、次は小部屋が幾つか並んでいる場所に出た。
この小部屋も調べるべきかと扉に手を掛けたところ、内側から聞こえる声に気付いた。
「どうかしたのかね?」
話しかけてくる藤十郎に人差し指を立てることで、静かにと伝えて会話を聞き取る。
『ご機嫌はいかがですか? 天堂家のお嬢様』
その言葉が耳に入った瞬間に思わず手が動きそうになる。が、その衝動をどうにか堪え、会話に聞き耳を立てた。
『あなたは誰?』
『おおっと、これは失礼。僕は君を誘拐した張本人であり、この組織の副リーダーだ。ま、名前を明かすほど馬鹿ではないがね』
『目的は何?』
舞華の冷めている対応。
それに対して男の心底つまらなさそうな返答が続く。
『目的を聞かれてホイホイ答える馬鹿は居ませんよ。少しは自分で考えたらどうです? お嬢様なのだから、さぞかし頭がいいんでしょう? 家柄と一緒でね』
扉の方への近付いてくる足音を捉え、すぐに藤十郎と共に近くの物陰へと身を隠す。
『僕は貴女が目を覚ましたか見に来ただけですので、それでは』
ガチャリ、という音と共に出てきたのは、だいたい二十後半くらいのヒョロっとした体つきに、黒渕メガネをかけたインテリらしき雰囲気を感じさせる男だった。
男は扉を閉めた後、こちらに気付いた様子もなく奥の方へと消えていく。
それを見届けてから、藤十郎に指示を出した。
「インテリ眼鏡を捕まえてきてください。オレは舞華の方に行きます」
「インテリ眼鏡……?」
不思議そうに首を傾げる藤十郎に、分かるように言った。
「さっきのあいつですよ。インテリっぽい雰囲気出しまくりの眼鏡かけてるやつ。インテリジェンス眼鏡。略してインテリ眼鏡。ぴったりだと思いませんか?」
「……分かった」
なんだか微妙な顔をしているが、納得してくれたようだ。
藤十郎が行った後、辺りに誰も居ない事を確認して、再び舞華のいる部屋へと向かった。
オレはドアノブに手をかけ、扉を押すべく力を入れる。
否、入れるはずだった。
『逢いたいよ、恭弥……』
扉を開けようとした所で、内側から聞こえた嗚咽混じりの声に身体が硬直してしまう。
『そんなの……嫌だよ……恭弥……助けて……』
それを聞いた瞬間に、じんわりと心に暖かいものが広がり、自分の頬が緩んでいくのが分かった。
こんなオレを想ってくれる幼馴染みがいる。
こんなオレを頼ってくれる幼馴染みがいる。
それがたまらなく嬉しかった。
今度は嘘の『大丈夫』じゃない。昔みたいに本当の『大丈夫』を届けたい。
一つ深呼吸して緩んだ頬を引き締め、今度こそ扉を開けた。
そこには横に倒れている舞華の姿があった。
手足に枷の様なものが付いていて起き上がれないようだ。舞華は身体を放り出すように横たわり、顔を伏せたまま嗚咽を漏らしている。
弱々しい舞華の姿を見て、昔みたいに彼女が安心できるように微笑んだ。
「もう大丈夫だ。泣かなくていいぞ」
ぴくりと体を動かした後、舞華はゆっくりと顔を上げた。
涙の伝う美しい顔。その顔には嬉しさ半分、困惑半分といった表情が浮かんでいた。
「……しの……のめ……君?」
掠れた涙声で舞華がオレの名前を呼ぶ。
東雲君、か。その呼び方を聞いて、微笑みは苦笑いに変わってしまう。
そういえば舞華は、まだオレが元・天月恭弥ってことを知らないんだったな。
オレは苦笑いをどうにか押し留めながら、もう一度、舞華が安心できるような微笑みを浮かべた。
「あぁ、助けに来た。もう心配は要らないからな」
そう言いながら舞華に近付く。
見た様子どこにも怪我もしてないし、身に付けている着衣には乱れも無い。乱暴なことはされてないようだ。
それを確認してほっとした。
枷のせいで体を動かせない舞華の身体をこの手でおこし、頬を伝う涙をそっと指で拭ってやった。
「ほら、そんなに泣いてると綺麗な顔が台無しだぞ? お前は笑ってるのが一番だ」
「な、なっ……!?」
舞華はさっきまで泣いていたのが嘘のように、真っ赤になってわたわたと慌て始めた。
ん? ちょっと待てよ。オレ今何って言った?
特に意識せずに言ったけど、何気に恥ずかしいこと言ったような……。
落ち着いてさっき自分が何を言ったのか思い出す。
確か、『ほら、そんなに泣いてると綺麗な顔が台な――――』
オレの脳は、そこまで思い出した所で何を言ったのかを思い出す事を拒絶した。
いつからオレはこんな台詞を平然と吐くような男になったのだろうか。否、なっていない。まだ手遅れではない。
と、自分の歯が浮くような台詞に身悶えしていると、後ろから冷やかな声が掛かった。
「コホン……私はまだ外にいた方がいいかね?」
ギギッと錆びたように固まった首を軋らせて振り返ると、そこにはインテリ眼鏡を片手に藤十郎が立っていた。
「お父さん!?」
嘘だと言ってほしい。さっきの恥ずかしい場面を見られてたとか本格的に穴に埋まりたい……。
がっくりと項垂れていると、藤十郎はオレの心情をよそに、己の疑問をぶつけてきた。
「なんでこの男を捕らえる必要があったんだい?」
「ああ、それは、こいつが普通にムカついたんで殴――この組織のリーダーがどこに居るのか聞き出そうと思いまして」
思わず本音が半分漏れてしまった。藤十郎の冷めた視線を感じるのもご愛嬌。
多少気恥ずかしさが残るものの、意識を切り替えた。
最優先の目的である舞華の救出は達成している。次の目的はこの組織の殲滅だ。
だけどこいつを起こす前に―――
「この男がこの枷の鍵を持ってないか確認してください」
舞華の両手足に嵌められている枷を指で示す。
藤十郎は枷を確認するさま、男を床に下ろしてズボンや服に付いているポケットをごそごそと漁り始めた。
しばらくして、
「……無いようだ」
首を左右に振りながらそう一言。
鍵が無ければ枷が外せない。それなら仕方ないか。別の方法を取るまでだ。
「これから魔法を使ってその枷を外すから、絶対に動かないでくれよ」
「で、でもこの枷には魔法が効かないの」
困ったような口調で言う舞華。
その言葉に引っ掛かりを覚えた。魔法が効かないというのはどういうことだろうか。
「この枷に触れると魔法が消えちゃうの」
疑問を持ったのが顔に出ていたのだろう。舞華が補足するように言った。
触れると魔法が消える、ね。そういった便利な代物は聞いたこと無い。取り合えず本当に魔法が消えるかどうか試してみることにした。
「創りしは万物を断ち切り、世界の理を斬り伏せる至上の刃なり」
魔法で一振りの刀を創りあげた。
「それが東雲君の魔法?」
「……ちょっと動かないでくれよ」
あえて舞華の問いには答えず、刀を試しに枷に触れさせた。
すると刀は一瞬の内にガシャンと儚い音を立て、崩れて消えてしまう。
これから見るに本当に魔法が消されてしまうみたいだ。
こんな代物があるのなら、情報くらいリークしておけ。
厄介すぎる代物を前に内心で毒づいた。その手の研究機関の研究者どもを殴り飛ばしたい気分だ。
だけどそんなことしてる暇も無い現状。
出そうになるため息を呑み込み、次の手段に移ることにした。
二人から少し距離を取り、携帯電話をポケットから取り出して電話した。コールを始めてから相手はすぐに出た。
「もしもし、どうしたの恭弥?」
電話の相手はオレの育ての親こと東雲朱里。
姉さんなら何かこの魔法を消す枷についての情報を持っているかもしれない。
「姉さん、訊きたいことがあるんだけど今大丈夫か?」
「えぇ、もちろん。愛する弟の為だもの。時間が無くたって無理矢理作るわ」
ったく、この人はさらりと一番嬉しいことを言ってくれる。その言葉がどれだけオレの心に影響を与えているかも知らずに。
嬉しさに震えそうになる声をどうにか悟られないように、今の状況とこの魔法を消す枷について説明した。
「ちょっと待ってなさい。今からそっち視るから」
「今それ使って大丈夫なのか? 無理だけはしないでほしいんだけど」
「問題ないわ。今日は任務は一つも入ってないことだしね」
それからすぐに姉さんは黙り込んだ。
しばらくして。
「あぁ、それは咎人の枷ね」
「咎人の枷? なんだよそれ?」
「簡単に説明するなら、文字通り罪人に付ける枷ってところかしら。まだ試作の段階のはずだけれど、効力は触れた魔力を全て吸収して分解するっていう優れ物よ」
魔力を吸収して分解する、か。つまり、魔法は消えたんじゃなくて、吸収されて分解されたってことか。
「外す方法とかって分かるか?」
「うーん、恭弥なら無理矢理壊せると思うわよ」
思わず「具体的な方法は!?」とツッコミかけたが、姉さんが言うなら本当に無理矢理なんだと思う。
誰よりも信頼のおける姉さんの情報だけに、無理にでもそう納得せざるおえない。
「教えてくれてありがとな。姉さんが居てくれて助かったよ」
結局、外し方は分からなかったものの、本心からそう思っている。この人が居なければ、それが何かすら分からないままだった。
「どういたしまして。他にも分からないことがあったら、いつでも電話してきなさい」
いつでもの部分を協調して言う姉さん。心なしか、わずかに声が上機嫌に弾んでいるように聞こえた。
「りょーかい、そうさせてもらうよ。それじゃまたな、姉さん」
「仕事頑張ってね、恭弥。怪我の無いよう気を付けなさいね」
「姉さんこそ。魔法を使った後なんだ。また転んだりして、怪我をしないでくれよ?」
「ふふっ、転んだのは一回だけじゃない。そう何度も転ばないわよ」
弟心で忠告したら、笑って流されてしまう。
そうして通話は切れてしまった。
名残惜しさを感じながらも携帯をポケットに仕舞い、二人の方へ向き直った。
「その枷の正体が分かりました。それは咎人の枷ってものらしいです」
その言葉を聞いて二人は「なにそれ?」といった表情を浮かべていた。オレはさっき姉さんに教えてもらった情報をそのまま二人に伝える。
それを聞いた二人も、咎人の枷の存在を知らなかったらしく驚いていた。
さて、理屈は分かったが一体どうしたものか。
ここには鍵が無ければ、魔法が消されるために魔法も使えない。姉さんの助言も、オレなら無理矢理壊せるという微妙なモノだった。
取り合えず、舞華の足に付けられている枷に触れて魔力を流してみた。
魔力の奔流により周囲の空気が渦を巻く。それはまるで小さな台風のように感じられるほどのものだった。
「きゃっ」
「少し我慢してくれ」
魔力の奔流によって生まれた余波。
それを受けたために小さな悲鳴を上げた舞華にそう言い、魔力を流し続ける。
だけども、一向に咎人の枷には変化は無かった。
まだだこれじゃ全然足りない。
もっと、もっと、もっとだ。
大量の魔力を流し続けた。だが、やはり枷には変化は見られない。
「これじゃ無理か……」
魔力の放出を中断した。
この枷は触れた魔力を吸収して分解する。故に魔法が使えない。
それなら処理が追いつかない程の魔力を流して負荷をかけたならどうなるか。膨大な魔力を処理しきれずに徐々に負荷が蓄積して、その結果枷は壊れないのか。
そう考えての実験だった。結果はこれ程はない完敗。
しかし同時に収穫が一つだけあった。
ほとんど感覚的なものだが、この咎人の枷は魔力を吸収してから完全に分解しきるまでに僅かなタイムラグが存在する。
その僅かな時間を利用するのがネックになるとみた。
「それなら……」
多量の魔力を腕に纏わせ、腕の力を強化した。
それから再び枷に触れる。
今度は理屈じゃない。完全な力任せだ。
舞華の足が痛まないように配慮しながら枷を引きちぎりにかかる。
「これ、なら……どう、だ……?」
そう呟いている間にも、腕に纏わせている魔力はガンガン吸い取られ分解されていく。
それでも常に魔力を供給し、腕の強化をしたまま力一杯に行動を続けた。
十秒、二十秒、と刻々と時は過ぎていく。それでも咎人の枷には変化がない。
これでも無理なのか……。そう思い、諦めて枷から手を離そうとした所で変化は突然起きた。
ピキッ。
枷に小さな亀裂が走ったのだ。
これならいけるかもしれない。そう確信し、更に流す魔力の量を増やして腕の力を強化した。
ピキッ。ピキキッ。
亀裂が次第に大きくなっていく。
あとちょっとだ。あとちょっとでこいつを壊せる。
ラストスパートをかけた。
ピキッ。ピキキキッ。―――ガシャンッ!
遂に舞華の足の自由を奪っていた枷が音を立てて壊れた。
「はぁ……はぁ……やったぞ、こんちくしょうめ……」
それでも結果は芳しいとは言えなかった。この方法はかなり消耗してしまう。
成功したから良いものの、失敗したら目も当てられない。
「ど、どうやってこれを壊したの?」
舞華は目を丸く見開きながら問うてきた。
「……はぁ……はぁ……見た、まんまだ」
今やったのは理屈抜きの力任せ。
身体強化に割いた魔力が完全に分解されるまでに更に魔力を継ぎ足して腕を強化し、枷を無理矢理ぶち壊す。
それは見事に成功した。本当に姉さんの言葉通りだった。ならせめて「力任せにぶっ壊せ」と言ってほしかったものだ。
「ごめんな。手の方までは無理だ」
息を整えてからそう言う。
舞華の手に残っている枷を取れない理由。それは足の枷を壊すためにかなりの魔力を消耗してしまったためだ。
ここに来るまでに魔法も使ったせいでこの状態での魔力の残量はおおよそ四割弱ってところまで激減している。
敵の大元の数は得た情報によると約八十人。
現在はその内の二十六人の敵を無力化することに成功している。敵の残りは約五十四人。
この人数を相手にすると考えると、これ以上消耗するのは危ない。
それなら今の状況下でこの先どうするのが最善の選択だろうか?
ここで選択を誤れば最悪のケース。誰かが傷付いてしまうという可能性がある。そうなることだけは絶対に避けたい。
今、考えられる選択肢は全部で三つだ。
一つ目に三人とも一度外に出る。
それから舞華を安全な場所に非難させた後に体制を立て直して、藤十郎とSPを引き連れて戻り、敵の殲滅。
二つ目に二手に別れる。
舞華と藤十郎は二人ともを外に、自分は敵のリーダーが居る場所へと向かう。
三つ目に自分、舞華、藤十郎の三人で敵のリーダーが居る場所へと向かう。
この三つの中で最もリスクが低くて安全な選択肢はどれだ。
思考を巡らせろ、無駄な思考は捨てろ、今出来る最善を打て、と自分に言い聞かせる。
まず一つ目だが、これは却下だ。
自分と藤十郎だけならまだしも、枷のせいで魔法を使えない舞華を守りながらだと巧く立ち回れる気がしない。
出口に向かうまでに敵に遭遇すれば、確実に今持てる全力で戦う羽目になる。そうすれば敵を全滅させる前に魔力を使い切ってしまう恐れがある。
二つ目。これも却下。
別れた後に再び捕まったら目も当てられない。藤十郎を舞華につかせていても、万が一ということもある。
それになにより、どんなに魔力を節約しても残り五十四人を相手に巧く立ち回れるか不安だ。
三つ目。これは論外だ。
護衛の対象を連れ、拐った敵の前に行くとか馬鹿にもほどがある。冗談にしても笑えない。
どの案もハイリスクかつローリターンだった。
八方塞がりってのはこういう状況を言うんだろう……。
それでも、どれも苦しい選択だが選ばねば今の状況は変わらない。仕方なく一つ目の案を採用することに決めた。まずは舞華の安全を確保することが優先だ。
「今から三人で外に出ます。手が不自由かもしれないけど我慢してくれ」
前半は舞華と藤十郎の二人に向けて、後半は舞華に向けて言った。
二人は首肯することで了解の意を示す。
それを確認してから行動に移した。
「オレが先頭を行きます。当主は舞……天堂の事をしっかりと守ってやって下さいよ」
思わず舞華と呼びかけた。内心焦っていると、藤十郎が笑いを堪えているのがチラリと視界の端に映った。
イラっとしたので藤十郎に、
「やっぱり作戦は変更ですね。オレと天堂の二人でここを出ます。あなたは一人で頑張って残りの敵を倒してください」
と冷たくそう告げ、背を向けて扉の方へと歩いて行く。
さりげなく後ろに視線を向けた。
舞華はオレの突然の変化に戸惑っているようで、さっきから視線がオレへ藤十郎へと交互に行き来して大忙しだ。
一方、藤十郎は真剣な眼差しを送ってくる。
「冗談は止してくれ。いくら私でも三十人くらいならまだしも、五十人以上は無理だ」
とても真摯に訴えかけているのが分かる。
その様子に悪戯心がうずいてしまう。
「まさか年端もいかない高校生に五十人以上も相手しろと。そんなことしたら最悪の場合はどうなってしまうか……。それを分かっていながら連れて行こうなんて、天堂家当主は酷いお方ですね……」
目を伏せて声を震わせながら言った。
さっきの仕返しなんだから、これくらいの冗談は許してもらいたいものだ。
「そ、それは……」
藤十郎は、どう言ったらいいのか困っている様子。
いいものが見れたしそろそろ良いだろう。
「なんてね、冗談ですよ」
困っている藤十郎を尻目にしれっと言う。
「冗談にしてはたちが悪すぎる……」
心からそう思っているようで半眼になってオレを睨み付けてきた。
「でもオレが言ったことも事実ですよ?」
「ま、まぁそうなのだが……」
実際にオレは十五歳の高校生だ。
それなのに被害者としてならまだしも、解決する側として関わっている。端から見たらどんなにおかしく映っているのだろうか。
「天堂はどう思う?」
さっきから静かに話を聞いている舞華に話を振ってみた。
舞華はすぐに答えた。しかし返ってきたのは質問に対しての答えではなかった。
「なんで東雲君とお父さんってそんなに仲良いの? この前知り合ったばかりだよね?」
意外に鋭い指摘だった。別に藤十郎と仲の良いつもりはないが、一度しか会ってない相手に対しての接し方でないのも事実。
オレと藤十郎は素早くアイコンタクトを交わし、事実を隠蔽するべく話を全く別のベクトルへ逸らした。
「へぇ、もしそう見えるなら天堂家に婿入りしようかな。相手の親とも仲が良いんなら、障害なんて一つも無いようなもんだ」
「む、婿入り!? 誰が誰の!?」
効果は至って覿面。瞬間湯沸し器のように、顔中を一瞬の内に真っ赤に染め上げる。
軽い冗談のつもりなのだが舞華の反応が思ったより可笑しくて悪戯心をくすぐる。
「んー。この場合でいくとオレが天堂と結婚するのかな。幸せにしてくれよ?」
「わ、私とし、東雲君が、けけけっつ、結婚!?」
オレの悪ノリに対して過剰に反応する舞華。そのやりとりに藤十郎は笑いを堪えるように必死に口を押さえて肩を震えていた。
そんな藤十郎に気付いている様子もなく舞華は、真っ赤な顔で「あぅあぅ」と言っている。
これで追及を逃れることに成功しただろう。
もうちょっといじっていたいが既に目的は達成されている。これ以上は時間の無駄だな。
そう判断して本来の目的に戻る。
「さて、冗談は終わりにして、さっさとこんな建物から脱出しましょう。最初言った通り三人でここを出ます」
舞華が恨めしげな目でオレの事を見ていたが、当然スルーした。
「結局この男はどうする?」
「そのゴミはそこら辺に捨てといてください」
さりげなくゲシゲシと二、三回蹴ってから扉へと向かう。
「うわぁ、ゴミって……」
二人の何か言いたげな視線を無視して、今度こそ三人で部屋を後にして歩き出した。
「それで戻ったら後はどうする?」
やや速い足取りで入り口に向かっている途中で藤十郎がこれからについての話を振ってきた。
しばらく考え、答えを口にする。
「天堂をSPに預けてから、何人かで戻って当主を中心にして、敵を殲滅って所ですかね」
来た道を逆に辿り歩くオレたち三人。
そうしてホール状の広いフロアに差し掛かった所で進んでいた足は止められる羽目になってしまう。
「……最悪だ」
オレはそう言って目元を覆った。




