逆鱗
男を捕縛した日から早くも三日が過ぎていった。
変わらずオレは学園に通い、舞華、秋人、武といった友人たちと笑い合う生活を送っている。
転入初日の帰り道。茜色の道程でオレが舞華に言った言葉。
『あぁ、だから明日もきっと今日と同じで楽しい日になる。明後日も、明明後日も、ずっとずっとその先も。今日みたいな日が天堂が望む日々なら、きっと毎日が楽しくなる』
オレが言った通り、この三日間、舞華はずっと笑っていた。
秋人や武と喋って、一緒に昼食をとって、帰りに寄り道して。嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。
その場にオレが居なくとも、三人で笑えていた。
どうやら、もうオレの友人としての役割は必要ないようだ。
舞華は変わることが出来た。これでオレが居なくてもきっと楽しい生活を送っていけるはずである。
オレは目先の問題を別の問題に変えた。
金曜の朝早く。藤十郎の番号に電話をかける。
コール音が鳴り、少しして繋がった。
「東雲です。例の件について何か進展はありませんか?」
「ああ、そのことなのだがね……」
男たち三人は天堂家の管轄の独房にて、専門の人間が訊問をしているとのことだった。
それにも関わらず、未だに事件の状況に進展は無いらしい。その理由は、あの三人が頑なに黙秘して情報を吐かないからだそうだ。
手掛かりがすぐ側にあるのに、一向に進展がない状況にもどかしささえ感じた。
そこでオレは藤十郎に頼んでみた。
「オレにやらせてくれませんか」と
答えは「構わない」の一言だった。
「だが、今日は金曜日だ。学園はどうするつもりなんだい?」
「何か勘違いしてませんか。オレは仕事の都合上で学生の身分になってるだけです。オレの本業はこっちの裏側だ。学園の名簿に欠席が付いたとしても何も問題ありません」
「……わかった。十一時頃、そちらに迎えを寄越そう」
苦々しい藤十郎の返事。理由など自分でも分かっている。しかし、それに構ってやるほどオレは出来た人間ではない。
「それと万が一のために、舞華には変わりの護衛役をつけておいて下さい。自分の役目を放棄するようで申し訳ありませんが、今日一日で全部終わります。頼めないでしょうか?」
その後、了承を得てから通話を切った。
静かになる室内。なぜだか、無性に寂しく感じた。
これからがオレにとっての日常だ。
反して感じている寂しさは、この三日間によるものだろう。
「オレは最強、か。この謳い文句に慣れてから結構経つな」
ポツリとそう呟いた。
それは自分が誰よりも最強でなければならないことを戒める言葉。本当の強者足り得るあいつがよく口ずさんでいた言葉だった。
オレにとっての初めての友人。オレにとっての憧れ。
「なぁ、オレは昔より強くなったよ。もし、今のオレを見たら、お前はなんて言うんだろうな?」
当然、一人しか居ない空間では答えなど返ってこなかった。
オレはそのことに苦笑いをもらした。
それからすぐに身支度に取り掛かることにした。
◇
約束通り十一時になった頃。オレは天堂の関係者に連れられ、三人が収容されている一室の扉の前に来ていた。
これで全部終わる。オレは意識を切り替えた。
「この部屋の中に捕縛した三人を収容しております」
「案内して頂きありがとうございました」
お礼を言ってその部屋の扉を開ける。
部屋の中に居たのは、あの日オレが捕まえた三人とその見張りが二人で計五人だった。
入ってきたオレに見張りの二人が軽く会釈してきたのに対して、捕まった三人は露骨に顔をしかめていた。
「おいおい、傷付くような反応しないでくれよ。これでもオレってかなり繊細なんだぞ?」
肩を竦めながらの冗談に、三人の内の一人が皮肉気に返してきた。
「繊細な人間が街中で人を刀で斬りつけるわけねぇだろ。冗談は顔だけにしろ」
冗談は顔だけにしろ、だとさ。さらっと傷付くことを言われてしまった。
自分では普通だと思ってるのに他人に言われると本当にそう思っちゃうのってオレだけだろうか?
いや、大半の人はそうであるはずだ。例えば自分では普通の臭いだと思っていても、通りすがりに知らない人に「臭う」とか「くさい」なんて言われた日にはどうしようもないくらい凹むだろ?
というか、そんなこと言われて凹まない奴なんて絶対に居ないだろ。
そういうわけで軽く凹んでいると、オレを傷付つけた男が不機嫌丸出しの様子で言った。
「結局お前は何しに来たんだよ?」
「何ってあんたらの話を聞きに来たんだ」
「お前みたいなガキに話すことなんて一つもねぇよ」
その一言に残りの二人は吹き出した。監視の二人もどう反応していいやら分からな気な表情を浮かべている。
それはそうか。プロ相手に口を割らなかった奴を相手に、年端も行かない子供が一丁前に事情聴取しに来たなんて言ったらそんな反応されるのは分かりきってた。
オレは不敵な笑みを浮かべて三人に向かって言ってやった。
「そのガキ一人に伸された奴等がよく言うな。新手のジョークなのか? ぜんぜん笑えないぞ」
その一言に空気が固まった。
三人はそれぞれオレを忌々しげな表情をして睨み付けてくる。
「なんでテメェは街中で魔法を使いやがったのに捕まってないんだよ」
「普通に考えれば分かることだろ。実はこう見えても国家公務員なんだよ、オレ」
この世界中で唯一街中で魔法を行使しても法に抵触しないのはMPだけだ。
天族は自分達の所有する敷地内ならば行使を認められているが、後の民間人は学校や研究所などといった場所でしか行使を認められていない。
そう考えると、MPって結構優遇されてるんだなとしみじみ思う。
「それより話を聞かせてくれよ。いつまででも待つつもりだからさ」
そう言ってオレは不敵に笑った。
◇
『それより話を聞かせてくれよ。いつまででも待つつもりだからさ』
さっきはそう言ったものの、状況の進展の無さに嫌気がさし始めてしまう。
事情聴取しにこの部屋に入ってからすでに六時間以上が経っていた。
それなのに未だに三人は沈黙を保っていた。
「なぁ、どうしても話してくれる気にはならないのか?」
「当たり前だ。お前に話すことなんて一つもない」
ずっとこの調子で話が進まないのだ。
はぁ、なんだかな……。
無駄な時間の経過に深くため息を吐いていると、無機質な電子音が部屋の中に響いた。
プルルルルッ!
プルルルルルルルッ!
発信源はオレの携帯電話だった。
誰だよこんな時に。面倒だと感じながらも対応した。
「もしもし東雲ですけど」
「君か!? 今どこに居る!?」
藤十郎の切羽詰まった様子が電話越しにも感じられるほど、藤十郎の声は大きなものだった。
「まだ三人の所に居ますけど何かあったんですか?」
「舞華が拐われたんだ!」
瞬間、ガツンと頭を金槌で強く殴られたかのような衝撃に襲われた。
藤十郎は今なんと言ったのだ?
舞華が拐われてしまった?
言葉の意味が一向に分からない。
代わりの護衛をつけてはずではないのか?
なんで拐われてるんだ。
それを防ぐ為の護衛じゃないのか。
「いつの話ですか?」
「およそ一時間前だ。バレないようにつけていた護衛は先程まで気絶さ――――」
藤十郎が最後まで言葉を言い終える前に通話を切った。
「…………ふざけ……やがって」
沈黙が支配していた部屋にとても低く、圧し殺したような唸る様な声が響いた。他の誰でもないオレの口から。
「……ふざけんじゃねぇよ」
あまりの怒りに頭の芯がスッと冷えていくのが自分でも分かる。
舞華がこいつらの仲間に拐われた。これはオレの聞き間違いとかじゃない。
れっきとした現実だ。よりにもよって犯行はオレが居ない間だった。
過ぎていった時間には戻ることはできない。舞華が拐われてしまったという事実は覆ることはない。
今それを知ったオレはどうすればいい?
そんなの考えるまでもない。
こいつらからどんな手を使ってでも情報を捻り出せばいい。
それにはこの監視役の存在は邪魔だった。
「済まないが席を外してくれ」
監視役の二人に告げる。その二人は突然に雰囲気や口調の変わったオレを見て、一瞬ポカンとしたものの、すぐに表情を引き締めた。
「申し訳ありませんがそれは出来ません」
「どうしてだ?」
「藤十郎様にそう命じられているからです」
当たり前の事が苛つく。
どうすればこいつらを部屋から追い出せる?
藤十郎の命令だから動けない。
それなら藤十郎に電話をしてこの監視役を部屋から追い出してもらうか?
いや、今はその時間すら惜しい。
なら答えは一つだ。それ以上の権限を使えばいい。
「それならオレがお前達に命じてやる。今すぐここから出ていけ」
そう言いながら自分の権限を誇示するための物を掲示した。
三頭の猟犬が互いに互いを牽制している三つ巴の様子をあしらった銀の徽章。
それが示す意味は――――
「ケ、三ツ首ノ猟犬…………」
監視役の二人内、一人が顔を青くしながらそう呟やいた。
特殊独立魔装部隊・三ツ首ノ猟犬。
それは最強足り得る力を持つ三人を筆頭に編成された、一般のMP機関から完全に独立している小規模の精鋭部隊である。
それにも関わらず、世界というスケールで見てもどの国の軍事力にも追随を許さない確固たる実力を持っている世界最強の部隊。
それ故に。
三ツ首ノ猟犬に所属する者の命令は、有事の際に限っては絶対の権限を誇っている。
これはもちろん法で定められているわけではないが、暗黙の了解として周知されている。
「早く出ていけ。もう一度言う、これはオレからの命令だ」
「は、はい」
顔を青くしている監視役を追い出してから、捕縛した三人に向き直る。
「本当は穏便に済ませたかったけど事情が変わった。今からオレの質問に対する答え以外を口にしたり黙秘した奴には遠慮は一切しないから、自分の行動や発言には気を付けろ」
「「「………………」」」
その言葉にも三人は反応しない。
「まずはあんたらの組織の構成人数とアジトの場所を教えろ」
「さっきから何度も言ってるだろ。お前が誰だろうと言うことは何にもない」
男の一人が不敵に笑みながらそう言った。
その言葉に頭の中で何かが切れた音がした。
あぁ、もうだめだ。さっきまでならこの反応も受け入れていた。
だが、それはあくまでさっきまでの話。今に限っては完全に別問題である。
こいつは完全に地雷を踏み抜いた。更に急激に頭の芯が冷えていく。
今ならオレは、
どこまでも冷徹に
どこまでも冷酷に
どこまでも非情になれる。
「オレは遠慮は一切しないって言っただろ? ――創りしは万物を断ち切り、世界の理を斬り伏せる至上の刃なり」
右手に魔法によって刀を創りだした。
「またその刀で俺たちを斬ろうってか? やってみろ。俺たちはそんなことで吐いたりしない」
その言葉を無視して魔法の詠唱を重ねた。
「共に在りし汝に銘を与える。その銘は――重複する傷剣」
右手に握られている刀に異変が起きた。
黒のインクを薄い紙に垂らしたように鈍色の刀身が夕闇色に塗り潰されていく。僅かだが形も変わっていく。
それは瞬く間に完全に別の物へと変貌していた。
「お前ら本質的に勘違いしてるだろ? オレはさ、『貴方達のアジトを教えてください』って頭を下げてお願いしてるわけじゃないんだよ」
どこか禍々しい雰囲気を持ちながらも、夕闇色に濡れた美しい一振りの黒剣。
それを男の一人に向けた。
そして――――男の心臓の位置に黒剣を突き立てた。
「ぃぎゃあぁぁぁぁぁ!」
上がる悲痛の悲鳴。
「オレがしてるのは『お前らのアジトを教えろ』っていう命令なのがわかんねぇかな。最初から拒否権なんてもんは無いんだよ」
そのまま徐々に徐々に黒剣を動かしていく。
「うぐぁぁぁぁぁっ! や、やめてくれぇぇぇぇぇ!」
室内により一層悲痛な悲鳴が響く。
それでも黒剣を動かす手は止まらない。捻りながらも上下に動かして痛め付けた。
男は一際大きな悲鳴を上げた後、糸の切れた人形のように崩れ落ちてしまう。
仲間の二人は今、目の前で起こった出来事に茫然としていた。
この黒剣はこれまでオレが受けたことのある痛みの一部を感じさせる能力を持っている剣。オレ自身忘れている痛みでも、オレ自身の体は刻まれた痛みを忘れていない。
その経験した数多の痛みの一部を一度に凝縮して感じるのだから、剣が刺さった程度の痛みでは済むはずもない。
「殺した訳じゃないから安心しろ。この黒剣はどんだけ相手を斬ろうが刺そうが絶対に肉体を傷付けることはないから。まぁ、その代わりに死ぬより辛い痛みや苦しみを味わう羽目になるんだけどな」
淡々と説明しながら黒剣を男から引き抜き、残りの二人を恐怖で追い詰める為に、ゆっくりゆっくりと近付いていく。
「さっさと吐かないんなら、お前らも壊れるまで同じ目に遭わせるつもりだ」
「や、やめろ! お前に人の心はねぇのかよ!?」
男の発したその一言。そのたった一言が今抱えている感情を爆発的に加速させた。
「どいつもこいつも屑は皆そう言いやがる。他人を害しといて、いざ自分がその立場になると『俺が悪かった』『許してくれ』『それでも人間のする事か』。好き勝手言いやがって、ふざけるなよ。お前らみたいな人を食い物にしてる奴等が、当たり前の常識を語るなよ。反吐が出る」
男の言葉を冷たくそう切り捨てる。そしてその男に近付いて行きながら、自分の中で沸き上がる感情をぶちまけた。
「オレはお前らみたいな屑が大嫌いなんだ。そしてその屑共がオレの幼馴染みに手を出した。今のオレの気持ちがお前らに分かるのか?」
言葉と共に男の顔のすぐ横に黒剣をかざす。
男達は恐怖により、顔を真っ青に染め上げてガタガタ震えていた。
それでもオレは続ける。
「オレは大切なものを守るためなら、自分がいくら汚れようが一向に構わないんだよ。それこそ、この手で誰かを殺めることになってもだ」
オレ自身、まだこの手で人の命を奪った経験は一度もない。それは姉さんの不文律も、自分の不文律として守っているから奪った経験が無いだけであって、そうする覚悟は持ち合わせている。
『戦場に身を置く者は、常に命を奪う事と奪われる事を覚悟していなければならない。大切な者の為なら尚更だ。その者を失いたくなければ躊躇いは棄てろ。失ってからではもう取り戻せない。悔いを残さないように、自分がその場で打てる全ての手を尽しきれ』
オレが所属している部隊の中で、最強の一角を担っている人に一番始めに教わった教訓だ。
オレは既に二度も失った。三度目は絶対にあってはならないのだ。
故に今は手段を選ばない。こいつらからどんな手を使っても情報を聞き出すのが今打てる最善だ。
「これが最後の通告だ。アジトの場所を教えろ。そうすればこいつにしたような真似はしない」
そこからは早かった。その一言に二人は降伏して、震えながらもぽつりぽつりと情報を吐き出す。
アジトの場所から、組織の構成人数、武装の規模。男二人から聞き出した情報は必要最低限だ。
時間は刻々と過ぎていく。必要な情報を聞き出した以上はもうここに用はないろ
携帯電話を取り出して電話をする。相手は藤十郎だ。電話はワンコールで繋がった。
「恭弥君か!?」
藤十郎の余裕のない様子が電話越しに感じられる。いくら天堂家当主だろうと娘が誘拐された事に焦りを感じていないはずがない。
「まずは落ち着いて下さい。話はそれからにしましょう」
焦りは人間の思考や行動力を半減させる。その半減した能力で会話しても正しい判断が出来ないだろう。
そのため、まずは落ち着いて貰わなければ話にならない。二、三秒置いて藤十郎の焦りが消えた声が電話口から届いた。
「すまなかった、もう大丈夫だ。そちらは何か進展があったのかね?」
「はい。舞華を拐った奴等のアジトを聞き出しました。オレはこれからアジトに向かおうと思っています。そちらはどう動かれますか?」
「私も一緒に現場に向かう。その建物の外で待っていてくれ。すぐに迎えに行く」
「分かりました」
電話を切って携帯電話をポケットにしまってから扉へと向かう。
しかし、その歩みは一歩目で遮られた。
「待ってくれ」
男の制止に目線だけで対応する。
「お前は本当に行くつもりか?」
「それがどうかしたのかよ」
時間が無い時に話しかけられたものだから、なおざりな反応になってしまう。男はその言葉に困惑の表情を浮かべていた。
「天堂家が動くんだろ? なんでお前は自分で動こうとしてるんだよ。普通は天堂家に全部任せるもんだろ」
必要最低限の役割はこなした。後は大人を任させておけばいい。
それが普通の考えかもしれない。
だけどオレはそうは思わない。大切な人を助けるためだからこそ、他人任せにするのではない。自分自身が行動を起こすのだ。
「天堂家が動こうが動かまいがオレには関係ない。大切な幼馴染みが拐われたからオレが助けに行く。簡単な話だろ」
それだけ告げて今度こそ部屋から出て、藤十郎との合流地点へと向かった。
それから数分経ち、二台の車が到着した。車窓が開き、藤十郎が顔を出す。
「乗りたまえ」
すぐさま車に乗り込み、藤十郎に舞華の連れ去られた場所を伝えた。
「分かった。すぐに向かえ」
藤十郎の一言で車が発進した。




