願いを乗せて
ブックマークが徐々に増えつつある喜ばしいこの頃
だけど時々減ったりしてて、自分の不甲斐なさが身に染みます
良い点、悪い点、感想などいただければ、すっごくありがたい&嬉しいです(*^^*)
日本に帰国して二日目。私立凪城学園に転入して一日目。
オレは藤十郎の勧めで豪勢すぎる天堂家の屋敷で一晩過ごすことになった。
オレは贅沢な夕食をご馳走になり、楽しみにしていた大浴場へと足早に向かう。
幸い、大浴場の場所は覚えていたので、付き添い兼案内を遠回しに断り一人で通路を歩く。
「ここだな」
目的地にたどり着いたオレは脱衣所に入り、藤十郎に借りている服を脱いでいく。
なぜ服を借りているかは察してほしい。
血に染まった制服なんてものを着てられるほど、オレの精神は頑丈ではないからだ。
服を脱ぎ終わったオレは大浴場に入るなり、かけ湯をして湯船につかる。
入浴剤か何かが入っているのか、乳白色をしたお湯から花のような柔らかい香りが漂う。
オレは湯船のヘリに背を預け、思いっきり身体の節々を伸ばしてリラックスできる体勢をとった。そうしているだけで、昨日から溜まっている不満や悩み、疲れといったものが全部吹き飛んでいく気がした。
「……あぁ、最高だ」
思わず呟きが漏れてしまうほどに心地いい。
この広い浴場を一人で独占かつ満喫しているからこそ、こんなにも開放的で幸せに感じられるのだろう。
「まさに命の洗濯ってやつだなこれは」
オレは携えていたタオルを頭に乗せ、そのまま更に深く湯船につかる。たったそれだけで、何倍にも気持ちよく感じられた。
点数を付けるのなら100点満点を通り越して、文句なしの120点だ。異論はオレが認めない。
もし、文句を言うような奴がいれば、くすぐりの刑で悶絶させてやる。
弛んだ思考回路でアホな事を考えながらその幸福感に身を任せてていると、だんだん眠気が押し寄せてきた。
疲れの原因として色々な出来事があげられるが、なによりこの心地いい湯船につかっているのが主な理由だろう。
ああ、このまま寝てしまおうか。
そんな事を思った時だった。
ガラガラガラッ、と。ある方向から広い浴場に音が響く。
そこにゆっくりと視線を向けると、横にスライドさせるタイプの扉が開いていた。
もう一度ガラガラガラッ、と今度は扉が閉まる音。
どうやら誰かが入ってきてしまったようだ。
せっかくの貸し切り状態は終了。それが少し名残惜しいが仕方無い。
元々ここは天堂家の屋敷。ここの住人が使うのは普通のことだ。
オレは向けていた視線を元に戻し、再び温もりと微睡みを満喫することにした。
入ってきた誰かは壁際に移動し、備え付けのシャワーにて身体を洗いだす。シャワーを流すような音が湯煙の奥から聞こえた。
そうして数分間経ってから、その人物は身体を洗い終え、ようやく湯船に入ってくるらしい。
ヒタヒタと濡れた足音を立て、こちらに近付いてくるのが分かった。
そして、浴場内に立ち込める湯煙によって、隠されていたその姿が遂にさらされた。
その姿を見て、オレはごくりと喉を鳴らす。
一糸纏わぬその人物は眠気すら完全に忘れ、見惚れてしまうほどに綺麗だった。
蕾を連想させるわずかに膨らんだ胸部。それすら引き立てるように緩やかなカーブを描く華奢な腰のライン。すらりと伸びた白い脚。
桜色に上気した肌は水滴を弾いて玉の雫を作り、瑞々しさをうかがわせている。
また、普段は後ろでまとめている髪を下ろし、濡れた黒い髪が肌に張り付いている様はなんとも言えぬ色香を放っていた。
さて、そんな魅力的な人物なのだが、かなり大きな問題が発生した。
先程の表現でも分かったように、入ってきたのは同性である男ではない。むしろ馴染み深い異性だったりする。
彼女は湯船に足を踏み入れた。
そこでようやくその人物は、先に入浴していたオレの存在に気付いたようだ。
彼女はキョトンとした表情で固まってしまい、そのまま動かなくなってしまった。
そのまま確かめるように視線を動かしていく。
不意に視線が交錯した。
ヤバイ、イマスグニゲロ。本能がそう告げているが、金縛りにあったようにこの身体は一向に動こうとはしない。
オレは引きつる頬をどうにか駆使し、ぎりぎり笑みと呼べるであろう表情を張り付け、片手を上げて声を絞り出す。
「よ、よぉ、天堂、いい湯だな……」
それでようやく思考が回復したようだ。闖入者こと舞華は、顔をこれでもかという程に赤く染め、羞恥を露にする。
「き」
「き?」
「きゃあああああああっ!」
舞華は両の腕で身体の大事な部分を隠し、大浴場全体に響くような大きな悲鳴をあげ、湯船の中にしゃがみこんだ。
彼女の裸体は湯船に貯まっている乳白色のお湯により、たちまち見えなくなってしまう。
決してもう少し見てたかっただとか、お湯が透明であれば、なんて考えてはいない。
オレはこう見えても紳士(?)である。合意の上でならともかく、事故とはいえ女性の裸体を不躾に見るのは気が咎められた。
オレがそっと舞華から視線を逸らしたのと同時に、彼女は上擦った声を漏らす。
「な、なな、なんで、し、しの、ししののめ君がここに!?」
「何でって風呂に入るためだけど」
この口から出た声は、思いの外かなり冷静なものだった。
目の前で自分以上に取り乱している者が居ると、人は案外冷静になれるようだ。
と言っても、それは思考限定だけ。
この広い大浴場に裸体の男女が二人きり。歳は同じ十五歳で、しかも相手は幼馴染み。オレとて健全な男子高校生(今日からだけど)だ。
この状況下において、思考だけでも保ってられることが奇跡だ。
その証拠に、オレの心臓はバクバクとうるさいほどに鼓動を打っている。
「悪い。オレは今すぐ上がるから」
頭の上に置いていたタオルを取り、それを湯船の中で腰に巻いてから立ち上がった。
「あっ、ちょ、ちょっと待って!」
ザバリと音を立てて舞華まで立ち上がる。
ぐわんぐわんと響き渡る大音声。急に舞華に呼び止められ、オレは動作を止めた。
「し、東雲君に聞きたい事があるの」
再度見た彼女の瞳は真剣そのものだった。
それはいいのだが。
透明な雫が伝う白い鎖骨に、未成熟な蕾にさす淡い桜色。やがて雫はなめらかな肌を伝い、小さなへそ、果てはその先へ。
「て、天堂、その……色々見えてるから」
「きゃあっ!」
何を思ってか立ち上がって裸体をさらす舞華に注意を飛ばせば、彼女は再び湯船に沈む。
正直、もう色々と限界だったが、オレも再び湯船につかることにした。
「……オレに答えられることなら別に構わないぞ」
それから少しだけ舞華から距離をとり、湯煙で彼女が見えなくなるようにした。
もう一度だけ言っておくが、舞華が見えなくて残念だとは思ってはいない。
「で、聞きたい事ってのは何なんだ?」
「………………」
舞華はなぜか沈黙する。そこまで言い出し辛い内容なのだろうか? オレは彼女に気を遣い、そっと言葉をかけた。
「スリーサイズくらいなら答えるぞ? それとも好きな異性のタイプか?」
「ぜ、全然違うから!」
舞華の姿は見えないが、彼女の大声だけは湯煙越しに伝わってきた。
どうやら違ったようだ。そうだとしたら――――
「流石に女性の経験人数とかはちょっと言いにくいんだけど……」
「だから全然違うってば!」
二度目の咆哮が大浴場全体を揺らす。実は舞華のこの反応も予測済みだったりする。
さすがに沈黙の理由が分からないほどオレも馬鹿ではない。自分を含め、舞華の感情を別のベクトルへ逸らすことが目的だったのだ。
オレは事も無げにもう一度用件を訊ねた。
「お茶目な冗談なんだから怒らないでくれよ。んで、お前は何が聞きたいんだ?」
オレの飄々とした態度に苛立ったのか、湯煙の向こう側から、深く息を吸い込むような息遣いが聞こえてきた。
どうやら深呼吸しているらしい。それで冷静さを取り戻そうとしているようだ。
数回の深呼吸を挟み、舞華はいつも通りの声音で質問をしてきた。
「東雲君は天上院君との模擬戦の時、勝ちを収めたよね?」
「あぁ、そうだな。それで?」
「私が聞きたかったのは、君が何を思って魔法を使っているのか。君は何を思ってそれを人に向けているのか。そしてどう感じているのか。それが聞きたかったの」
「そんな事を聞いてどうするんだ?」
「私は知りたいの。魔法を使うときの人の気持ちが……」
舞華が静かに紡いだその言葉。その言葉が暗に指し示す、裏に隠された本当の意味。
十歳になるあの日まで自分と一緒に居た舞華の言葉だったから、オレはその意味に気付けていた。
だからこそオレは質問には答えなかった。
「そんなこと聞いたって多分無駄だと思うぞ? 人によって感じ方は違うんだしな。それにこの世界にいるのはオレだけじゃないんだ。オレの考えだけじゃ、お前の疑問は解消できない」
「それでも私は知りたいの。それがきっといつか『恭弥』に逢うために必要な事だから……」
その言葉を今聞きたくなかった。
固めたはずの覚悟が揺らぎ、崩れてしまいそうだったから……
「なんで力の有無だけで迫害されなきゃならないんだろうな……?」
ポツリと小さな呟きが漏れてしまう。普通なら聞こえるはずもないわずかな音量。しかし大浴場の反響により、それはもう一人の人物へも運んでしまう。
「……東雲君も同じなの?」
何が、とは聞くまでもない。それでもオレは自分の気持ちに嘘をついた。
「さぁ、どうだろうな? オレには『天月恭弥』のことは分かんないから」
舞華が『天月恭弥』という名前に息を呑む。
しかし、彼女の心境お構いなしにオレはザバリと湯船から腰を上げた。もちろん腰にはタオルを巻いている。
「オレは全てを知るのが賢いとは思わない。知ったところで既に起こった結果だけは変わる事がない。もう変えられないんだ。二度と戻ることはできない」
そう。今さら全てを知ったところで、結果はどうにもならない。
始めは質問に答えるつもりなどなかった。
だが、気が変わった。オレは思いを言葉として紡ぎ出す。
「最後になったけど、天堂の質問に答えるよ。オレは力を使う時、いつも願いを乗せてるんだ。いつの時も決して変わらない一つの事を願って、な」
それだけ舞華に告げ、今度こそオレは大浴場の外に出た。




