白と黒の盤上
オレは今、天堂の屋敷で天堂家の当主である藤十郎に頭を下げていた。
「まったく君も派手にやらかしたものだ」
藤十郎が苦笑い混じりでそう呟く。
壊れた壁、地面についた血痕、オレと捕縛した三人の治療、新しい制服etc.etc。オレが色々とやらかしたせいで複数の手間を掛けさせてしまっていた。
これがつい先日までなら、捕縛した後の処理をしてくれる仲間が居ただけに、いつもの感覚でやってしまった。どうやら初めての単独任務に、少々浮わついてしまっていたようだ。
自分の不甲斐なさを再認識させられた。
「すいません」
自分の失態に項垂れていると、藤十郎がそんなオレをフォローするかのように言う。
「だが今回はよくやってくれた。君のお陰でかなり有益な情報が手に入るだろう」
藤十郎の話だと、捕まった誘拐犯は今回の三人が初めてとのことだった。それ故にこれまで事件が起こったとしても、あまり進展がなかったらしい。
というか、あんなに明るい内から堂々と犯行をしているにも関わらず、初めてということに少なから驚いた。
今回の奴等が馬鹿だったのか、これまでの奴等が優秀だったのか、はたまた日本のMPが無能なのか見分けが付かない。まぁ、恐らくは一番最初の考えだろう。
それよりも重要なのは。
「捕らえた男達はこれからどうするんですか?」
「とりあえず天堂の手の者で情報を聞き出そうと思っている」
それはオレにとってありがたい判断だった。
オレは頭を下げてお願いする。
「差し出がましい要望かも知れませんが、もし犯人のアジトが判明した場合には自分にも教えて頂けないでしょうか」
そうすれば日本のMP機関に直接関わらずに情報が手に入る。
自分の権限を使えばどうにでもなるが、日本のMP機関にオレの身元を明かすと絶対に面倒なことになる。そのせいで天月に繋がったら最悪だ。
そうならないためにも、ここで直接情報を得たかった。
「もとよりそのつもりでいるよ」
そう言って藤十郎は、連絡先の記してある一枚の紙切れを差し出してきた。オレもそれに倣い、自分の連絡先をメモ用紙に記して手渡す。
「君は日本では数少ない特記戦力だからね。期待しているよ」
期待、か。自分の事とはいえども、その数少ない戦力があんな簡単に負傷していれば世話がない。
「オレは言うほど大した奴じゃありませんよ。魔法を使ってすらない相手に負傷してますしね」
自嘲気味にそう呟くと、藤十郎はこれまた苦笑いを浮かべる。
「そんなに自分を卑下するものではない。私は君のことをとても優秀な魔法師だと思っているよ。地位も実績もそれを物語っているじゃないか」
これ以上の反論は出来なかった。そういえばこの人にはオレの経歴が全部バレてるのだ。どんな言い訳しても意味が無い。
それ以前にどうやってオレの経歴を調べたのか。会った時からその事が気になって仕方ない。でも訊いてもはぐらかされるのがオチだ。
そう判断するのと同時にどんな言葉も無意味と諦め、素直に藤十郎の賛辞を受け取った。
「そう言って頂けて光栄です」
もうこれ以上、特に話す事はない。そう判断して暇乞いすることにした。
「それではオレは失礼させてもらいます」
しかし、そこでまさかの待ったがかかった。
「いや、今日はここに泊まっていくといい。傷のこともあるし、大事を取っておくに越したことはないだろう?」
その申し出は大変ありがたかった。
天堂の呼びつけた治療班の魔法を使った処置より、傷事態は塞がっているが、まだ違和感が残っている。この先にある戦闘を前に、少しでも英気を養うのは必須だろう。
なにしろここは天堂家の屋敷。基本的に何もかもが高スペックなのである。
特に昔にここに来た時に入った風呂は最高だった。
大浴場とも言える広さの湯船で、一人、思いっきり身体を伸ばして温まる。それほど贅沢なことはない。想像しただけで心が弾んでしまう。
「分かりました。お言葉に甘えさせてもらいます」
「なんだか目が輝いてるようだが?」
「いえ、何でもないです」
結果、藤十郎から指摘を受けてしまう。
いかんいかん。ちょっと想像しただけで、鉄壁のポーカーフェイス(?)が崩れてしまった。大浴場恐るべし。
「そうかね。それでは部屋の外に使用人を待機させているから、客間に案内もらうといい。夕食までは部屋で寛いでいてくれ」
「了解です」
藤十郎の言葉に頷き、くるりと踵を返し、部屋の扉へと向かった。その背中に呼び掛ける声。
「それと最後に一つ」
「何でしょうか?」
まさか最後の最後でダメ出しだろうか?
そう思いわずかに身構えるも、藤十郎の次の言葉は予想とはまったく違うものだった。
「君が舞華と仲良くやれてるようで安心したよ。これからも変わらずにいてやってくれ」
しばらくキョトンとしてしまったが、藤十郎をしっかりと見て答えた。
「言われなくても分かってますよ。何しろオレにとって舞華は――」
――大切な幼馴染みですから。
そんな言葉が出掛けるが、寸前でどうにか呑み込んだ。
「オレの護衛対象ですから」
舞華に嘘を吐いている手前、幼馴染と言うのを憚られた。
本当にいつまで経っても自分のこの臆病さだけは治らないものだ。
オレは逃げる去るようにしてその場を後にしたのだった。
◆
恭弥が部屋を出てから数分。舞華は父である藤十郎の書斎へと訪れていた。
「お父さん。東雲君と何の話をしてたの?」
「彼には先刻の出来事について詳しく話を聞いていたんだ。今回の件で彼は重要な参考人だからね」
藤十郎は本来の内容と近からず遠からずの内容で返答するが、その場に居なかった舞華にはそれを知るよしもない。
藤十郎の言葉を耳にした舞華は、少し興奮しているようだった。
「それじゃ東雲君は本当にお手柄だったんだねっ!」
恭弥の事を我が事の様に喜んでいる舞華に、藤十郎は親らしい顔で微笑む。
「彼がそんなに気に入ったかい? 随分と仲が良さそうじゃないか」
藤十郎は東雲恭弥が天月恭弥であったことを知っている。
そのことに舞華は気付いているのか? それを確かめるための質問だった。
舞華は言おうか言わまいか迷うような仕草を見せたが、すぐに自分の本音を吐露した。
「あのね……変な話なんだけどね、東雲君と居るとすごく落ち着くんだ。東雲君はあの恭弥じゃないって分かってるんだけど、彼と一緒に居るとなんだか昔に戻ったような気がして、心が温かくなるの」
僅かに頬を赤く染めながら吐露する舞華の姿は、年長者として大変微笑ましいと感じられる。
それでも彼女の親としては苦いものがあった。やはり恭弥は舞華に自分の存在を知らせていない。
そのことが意識内に蔓延る。
藤十郎は舞華には聞こえないほど小さな声で、ここに居ない者に問うた。
「どうして君は正体を隠すことに固執してるんだい?」
藤十郎にもそれが分からない。
なぜ恭弥が天月を出たのか。なぜ過去を必死に隠そうとしているのか。なぜ幼馴染みの舞華にすら素性を隠しているのか。
どれだけデータ上の情報を読み取っても、恭弥本人の心までは読み取れるわけではない。そんな当たり前の事を思い知らされる。
「君はいったい何を抱えてるんだい?」
二度目のこの場に居ない者への問いは、答えの得られないまま、ひっそりと溶けて消えた。
◇
屋敷の風貌に見合う豪華な客間に通された後、オレは何をするでもなく、ただベットの上に寝転がっていた。
そうしている間にも、自分の中で様々な感情が入り乱れているのが自覚できる。
姉さんの期待に応えたいという気持ち。
護衛の任務を終わらせて、むこうに帰りたいという気持ち。
油断して脚を負傷をしたことを情けなく思う気持ち。
初めての高校生活にて、友達が出来たことを喜ぶ気持ち。
舞華に嘘を吐いていることを申し訳無いと思う気持ち。
同様に凛姉に嘘を吐いていることを申し訳無いと思う気持ち。
思い浮かぶものを一つづつ上げていけば、どこまでいっても際限がない。
今日は舞華や凛姉に、オレが天月恭弥ではないかと疑われた。
その都度、どうにか切り抜けてきた。果たしてそこに意味はあったのか? 彼女達の思いを無視していいのか?
じっとしていればしているほど、抜け道のない思考の渦に囚われてしまう。
この思考を外に追いやるには、何か別の事をするのが一番。そう思い至り、ガバッと勢いよく身体を起こし、グルリと部屋の中を見回した。
染み一つない高価そうな絨毯。豪奢な作りをしたシャンデリア。独特なデザインをした対の机と椅子。どれも負けず劣らず値の張る品に違いない。
ふと、あるものが目に留まった。
視線の先にあるのはチェスの盤と駒であった。
あれなら調度いい暇潰しになるかもしれない。そう思ったオレはすぐさまそちらへと移動した。
見つけた盤や駒は石やプラスチック製ではなく、木を彫って装飾されており、どこかアンティークさを漂わせている。
「チェスなんて久し振りだな」
誰にでもなく呟きながらチェスのルールに従い、所定の位置に駒を並べていく。
白の駒と黒の駒。正義と悪、光と闇のように、互いに決して相容れないモノ同士の盤上での闘争。
時間つぶしとして、それを一人で繰り広げることにした。
「さて、どうするか」
カツン。駒を動かす度に硬質な音をたてる。
前進後退。長い時間を重ね、深い思考を重ね、白と黒を順番に動かす。
一手、また一手。時の経過に伴い、ちゃくちゃくと戦況は変化していく。
あくまで自分がどちら側に肩入れをするなどとは考えない。先入観を持たず、どこまでも傍観的に、どこまでも客観的に駒を操る。
こんこん、と。不意に部屋の扉がノックされた。
すぐにそれに対応する。
「どうぞ」
「失礼するよ」
木製の扉の軋む音と共に入室してきたのは、この屋敷の主である藤十郎。一体どうしたのだろうか。
「何か用ですか?」
「君が何をしているか気になってね」
藤十郎はそう言いつつ、ゆっくりとこちらに近付いてくる。その動作でさえ洗練されており、天堂家当主の風格が見てとれる。
近付いてきた藤十郎は、進めているチェスの盤上を見て片眉を跳ね上げた。
「随分とおかしな戦況だね」
そう言える程の理由はあった。
遥かに手は進み、双方共に陣形をとり、相手を攻めている。それにも関わらず、駒は双方共にまだ一つも駒を取られていないという戦況。普通であり得ない。はっきり言って、何がしたいのか分からない盤上である。
「わざとですよ」
オレは肩をすくめてそう答えた。そこには確かな意図はあったのだが、説明するのも億劫だ。
「ふむ、そうなのか。それはそうと、一人でやってもつまらないだろう? 私と一局勝負してみないかい?」
「えぇ、別に構いませんよ」
別段断る理由もないので藤十郎の申し出を受け、進んでいた駒を盤上の所定の位置に全て戻していく。
駒の色はオレが白、藤十郎が黒を動かすことになった。
白の駒を動かす方が先行というルールにより、先行は白であるオレからだ。
「それじゃ」
白のポーンの駒を手に取り、一つ前に進めた。
藤十郎も黒のポーンを手に取り、二つ前に進めた。
「こう見えてもチェスが趣味でね、負けることは憚られるんだ。例え、娘の幼馴染みの君だろうと手を抜いて負けるつもりはないよ」
「オレも負けるつもりはなんてさらさら無いですよ。勝つのはオレですから」
「随分と自信があるんだね」
「まぁ、オレですからね、負けることはないですよ。それより口よりも手を動かしましょうよ」
「うむ、そうだな」
そこから双方の手は進んでいき、盤上には白と黒が散りばめられていく。
中盤に指し当たった頃だろうか。藤十郎が質問をぶつけてきた。
「君はチェスが嫌いなのかい?」
誰かが個人的にチェスをしていたのなら、「好きなのか?」と聞くのが普通だろう。
だけど藤十郎はあえて「嫌いなのか?」と問うてきた。その理由は多分オレの表情にあるだろう。
手を進める度に嫌そうな顔をする。おおよそチェスを楽しんでいるとは思えない表情を浮かべていると思う。
オレは自分の本心を答えた。
「好きですよ。ただ、それ以上に大嫌いなだけです」
真意をはかれぬ意味不明かつ矛盾した言葉を聞き、藤十郎は首を捻る。
好きだけど、それ以上に大嫌い。そんな表現を聞けば、それが普通の反応だ。
その間にも手は進めていく。
「チェスは目的が明確化されていてとても分かりやすいと思いませんか? 戦場には王様が居て、それを支える家臣達が居る。そして敵をひたすらに倒し続け、最後には敵の王様を討つ。ただそれだけ。それだけでいいシンプルなルールだ」
チェスは、二人で行うボードゲームだ。先手・後手それぞれ6種類16個の駒を使って、敵の王を追いつめるために知略をはかる。
二人零和有限確定完全情報ゲームというカテゴリに分類され、ゲームに勝つためにはあらゆるセンスを総合する能力が必要であると言われている。
カツンと駒が一つ倒れる。黒のビショップが白のナイトを倒した。
「それが好きな理由かい?」
「そうです」
「では、嫌いな理由は?」
オレは白のクイーンを動かし、黒のルークを撃破する。その直線上には藤十郎の黒のクイーン。案の上、藤十郎は黒のクイーンで白のクイーンを取ってきた。
そのあと、先の逆襲とばかりに白のナイトで黒のクイーンを討つ。
「敵を討つには自分の駒を犠牲にする必要がある。目的を達成させるために一人、また一人。そうしないと前に進めない。その結果、いくら自分の策略通りに進もうが、残るのは討たれた王様か傷付いた兵士達しかいない」
カツンとまた白のポーンが倒される。たったそれだけのことなのに、それがひどく虚しく感じれた。
「……まるでこの腐った世界そのものを見ているようで、ひどく不愉快だ」
この世界では、誰かの犠牲の上に全てが成り立っている。
必死に苦しみながら、懸命にもがいている人が居るからこそ、楽をして笑っていられる人が居る。
会社、学校、平和な日常。全てがこのゲームと同じだ。
世界という盤の上で、何かしらの目的の為に誰かが犠牲という礎になる。その礎になった人が居るからこそ、誰かが乗り越えていけるのだろう。
ひどく偏屈な見方かもしれないが、見ようによってはそう見える。
大抵この意見を聞いた者は二つのパターンに分かれる。
一つは「確かに」と賛同する人。
もう一つは「何を馬鹿な」と否定する人。
聞く人によりそれぞれ。かくいうオレもこの考えは受け売りだ。
自分が所属している所に居る、ある人物から同じ言葉を投げ掛けられ、その意見に賛同した。
この五年間で様々な光景を見てきて、そう実感させられたからだ。
オレは最後の一手を打った。
「これでチェックメイトです」
対局はそこで終了した。
最終的に藤十郎の黒の駒で残っているのは、ポーンが2つ、ビショップが1つの計3つ。
対してこちらが取られたのは、白のポーンが3つ、ナイトが1つ、クイーンが1つの計5つ。
本来ポーンが8つ、ルークが2つ、ビショップが2つ、ナイトが2つ、クイーンとキングが1つずつである、計16つの駒からなるゲーム。
つまりオレは、約四分の一の駒を犠牲に勝利を収めたことなる。チェスとしては少ない犠牲での勝利だろう。
それでもオレは納得がいかない。できれば犠牲は零で勝ちたかった。
だけどそんなことできるはずもない。
それがこの偏屈な考えの本質だ。
どれだけの結果で自分が満足できるか。それが自分の心を写す鏡だと言われた。
犠牲が零ではないと満足できないオレは、よほど我が儘で傲慢なのだろう。
「ここまで惨敗するのは始めてだよ。それが君の打ち方か……」
藤十郎は盤の上を静かに見やる。そこには、それぞれの白の駒が白の駒を護る陣形が敷かれている。
相手側が不用意な一手を打てば、その時点で逆襲が始まり、苦しい戦況に陥れる陣形。
その中でも見捨てられたのが、藤十郎に取られた5つの犠牲だ。その犠牲が礎になったからこそ、他の駒達は犠牲にならずに済んだといえる。
「笑えますよね。王様なんて名乗っておいて、仲間を全員守れないなんて」
ピンッと。白のキングを人差し指で軽く弾いた。
キングはカツンと空虚な音を響かせ、盤上をただ転がる。
その駒はチェスの駒の中でも、最も高い立場に位置している駒。しかし、その実態は単独では何もできない無力な存在である。
チェスのルールにより、キングの駒は全方向に動けるが、一つしかマスを移動できない。その上、自らが危険にさらされる場所の方には近付けれないという無能っぷり。
本来は周囲を守らなければいけない存在にも関わらず、ただ守られるための存在として盤上に君臨している駒。
その事がおかしすぎて笑えてくる。思わず失笑が漏れてしまうほどにだ。
そういった内心に気付いているのか、藤十郎は何かを含むような口調で訊ねてきた。
「君は今の生活をどう思ってるんだい?」
藤十郎からの何の脈絡もない問い掛け。藤十郎が言葉にした『今の生活』。その言葉が示すのは、あの日から今までの出来事についてのことだろう。
問いに対し、先程まで対局していたチェスの盤上を指先でコンコンと指し示す。
「何をも覆すことのできる最強の王の駒としてこの世界に立つためなら、今の生活も苦じゃ無いですよ」
世界に最強の王の駒として立つため。
それが何を意味するのか。さっきまでの話の流れから考えれば、自然とその意味は分かってくる。
「なぜ君は――」
コンコンと室内に響く音。藤十郎が何かを言おうとしたところで、扉をノックする音がそれを遮った。
これ以上は質問に答える必要がない。そう判断し、来客を部屋の中へと招いた。
「どうぞ」
「失礼します」
恭しい態度で客間に入室してきたのは、天堂家の使用人。その出で立ちは、黒のロングスカートに真っ白なエプロン。頭の上にはホワイトプリムが鎮座している。いわゆるメイドさんだ。
扉の開閉の音を最小限にとどめたり、その動作の身のこなしから、先日の黒服と同様、優秀な使用人である事が分かる。
彼女は藤十郎やオレに頭を下げてから、用件を告げた。
「夕食の準備が整いましたので御呼びに参りました」
「分かりました。すぐに向かいます。貴女は先に行っていてもらえませんか?」
「かしこまりました」
再び彼女は一礼し、部屋を後にする。オレは藤十郎の方に向き直り、口を開いた。
「行きましょうか」
「うむ」
そう返事をした藤十郎だが、その顔には納得がいかないという心情がありありと浮かんでいた。
少しは隠すなどしないのだろうか。オレはチェスの盤を一つ撫で、大きなため息をつく。
「こちらに帰ってきた日にも言いましたが、世の中には知らないでいいことの方が多いんですよ。だから、貴方がオレの本質を知る意味なんて何処にもありません」
そう告げた。藤十郎は僅かに目を見開く。
気付かれていないと思っていたのだろうか。
彼は度々こちらの内心を探ろうと、様々な言葉を掛けてきた。
任務を受ける時の軽い挑発。
オレの経歴に関すること。
舞華のことについて。
そしてさっきの質問。
その度に内側が揺らされた。だからこそ、少し考えれば分かる。藤十郎が持っているのは、オレに関する上部だけの情報だけだと。
そこに内側。つまり心や感情という情報が無いからこそ、自分で様々な言葉を掛け、何かを探ろうとしていた。おそらくはそういう事だろう。
「オレは誰よりも最強で在ればいい。そう在ることが今のオレの全てです。そこに愉悦も快楽も必要ない。あるのは自分の望む結果だけだ」
それだけ言い、今度こそ歩を進めた。
藤十郎はその場に固まっていた。オレはそんな藤十郎をおいて、一人で客間を後にしたのだった。




