状況の進展
茜色に染まる街並みの中。心に舞華への誓いを立てたときのことだった。
ふと、細い道の奥の方から、女の子の必死に拒絶するかのような声が風に乗って聞こえてきた。
周りに居る奴等は誰も反応しない。どいつもこいつも面倒事には関わりたくないといった顔をしている。
ハァー、と一つ長いため息。
この一回のため息の間にも、オレの幸せは絶賛逃走中に違いない。それも戦闘機も真っ青なスピードで。
関係無い事柄に干渉するのは面倒くさいが、気付いておきながら放っておくのも後味が悪い。だから関わるのも仕方がない。
自分にそう言い聞かせがらも、行動に移すことにした。
「すぐ帰ってくるからここで待っててくれ」
身を翻し、声の方へ向かおうとする。だが、現場に行こうとするも、そのアクションは舞華に止められた。
「待って東雲君。私も行くから」
残念ながらそれは間違った選択だ。
質の悪いナンパかもしれないのに、その現場に的を増やしてどうする。最悪、荒事になる可能性があるのだ。
オレは顔を真剣な表情に変えて舞華を諭す。
「いいか? 女の子が絡まれてるんだぞ? そこに更に可愛い女の子を連れていってどうするんだ。絡む相手が増えるだけだろ?」
「か、可愛い女の子……」
舞華は少し頬を赤くしながら顔を俯けた。
そこに反応するところじゃないから。今オレが聞いて欲しかったのは、絡む相手が増えるってところだった。
「とにかく天堂はここに居てくれ」
赤くなって惚けている舞華にそう言い残し、声の方へ向かう。
そして着いた現場には案の定、大の男が三人と、腕を掴まれている凪城学園の制服に身を包んだ女生徒が居た。
彼女には悪いが、状況を把握させてもらう為にしばらく静観することにことにした。
「嫌っ! 放してっ!」
女の子は叫んで必死に抵抗するものの、掴んでいる男は一向に放そうとしない。よく有りがちなナンパの現場だ。
それでも抵抗を続ける女の子に苛立ちが募っているようで、腕を掴んでいる男の顔は徐々に厳めしい表情になっていく。
「早く眠らせろ! 誰かが来ちまったらどうすんだよ!」
男が他の仲間の二人に対して怒鳴った。ずいぶんと物騒な奴等だ。ただのナンパでそこまでするのか。
呆れ返っていると再び男が怒鳴る。
「早くしろ! こんな魔力の高い獲物は滅多に捕まえられないんだ! 逃したのがバレたらボスにどやされちまうだろうが!」
「お前の声デケェって。それ聞いて誰かが来ちまったらお前のせいだぜ」
仲間の冷やかしにもう一人の男はゲラゲラと笑っている。
会話を聞いているオレは、残念ながらもう来てるんだけどな、と心の中でツッコんだ。
…………ん? ちょっと待て。こいつら今なんて言った?
『早くしろ! こんな魔力の高い獲物は滅多に捕まえられないんだ! 逃したのがバレたらボスにどやされちまうだろうが!』
確かにそう言ったよな。その言葉が頭の中で何度も繰り返された。それが指し示す意味を考える。この中で重要なワードは主に三つ。
『魔力の高い獲物』
『滅多に捕まえられない』
『ボスにどやされる』
これに具体的に肉付けするのなら、きっとこうなるはずだ。
こいつらは何かしらの組織に属している。そこでは魔力値の高い人物を拐っているが、そのターゲットになりえる人物を滅多に捕まえることができない。だからこそ、このような機会に逃せば、組織のリーダにどやされてしまう。つまりはそういうことだろう。
そこまで理解すれば、ある結論に辿り着く。
これはナンパなんて生易しいものではない。藤十郎が言っていた誘拐事件そのものだと。
このような場所で騒いでいたら、どうぞ気付いてくださいと言っているようなものだが、それならそれで都合がいい。
オレのやることは変わらず、やらなければならない理由が増えただけなのだから。
今ここでこの三人を無力化する。
そして捕まえたこの三人から情報を聞き出せば、今回の件の全てが丸く収まり、晴れてオレは護衛の任から解放される。
そこまで考えてから、ようやくオレは行動に移った。隠していた身をあえて晒す。
「そこの三人。今すぐその子から離れろ」
オレの登場に三人の内の一人が顔をしかめて舌打ちした。
「ほらみろ。早くしねぇから来ちまったらじゃねぇか」
「まぁまぁ、そう怒んなって。ついでにこいつも拐えばいいんだからさ」
「それもそうだな」
女の子を離した三人は、へらへら笑いながらも逃げ道を塞ぐようにしてそれぞれの立ち位置を移動していく。
通路はこの一つだけ。奥にはまだ行けるが少し進めば行き止まりになっていた。
これで完全に逃げられないようになったわけだが、その代わりに腕を掴まえていた女の子は解放されている。
これならまったく問題ない。
状況を冷静に分析していると、男の一人がにやにやしながら口を開いた。
「運が無かったなぁガキ。お前も一緒に連れてってやるよ」
三下っぽいセリフを吐きながらジリジリと近付いてくる。男には呆れを禁じ得ない。が、それよりも先に対処しておかなければならない相手に声をかけた。
「そこの女の子。いつまでも突っ立ってないで今すぐ後ろの方に行ってくれ。巻き込んじまうから」
あえて邪魔とは言わなかった。本音はそうだが、この状況で冷たく接するのは酷だろうと判断したからだ。
「う、うん。わ、分かった」
短い返事と共に女の子が移動したのを確認してから、三人の男達に向かって言う。
「三人とも大人しく投降しろ。そうすればオレは手を出さない」
「ぎゃはははははっ! こいつ馬鹿じゃねぇ。女の前だからって強がってやんの」
オレを指差しながら笑う男三人。すごく不愉快だ。
「ったく、ちゃんと通告はしたからな。おい、後ろの子。ついでに目を閉じて両耳を塞いでてくれ」
後ろに居る女の子が指示に従ったのを目で確めてから、当分は使える魔法を小さな声で詠唱する。
「創りしは万物を断ち切り、世界の理を斬り伏せる至上の刃なり」
詠唱の終了と共に左手に一振りの刀が現れた。僅かな太陽の光さえ反射する、研ぎ澄まされた一振りの刃。
それが現れると同時に身体強化を施し、一瞬で距離を詰めて斬りかかる。
流麗な銀の軌跡を描き、オレの一閃は袈裟切りの形で一人目を切り裂いた。その後も二回の鋭い刺突を繰り出し、男の両の腿に孔を穿つ。
どしゃっという音と共に倒れた男を中心として、赤い液体の海が広がっていく。
その凄惨な光景を見ていた、この男の仲間が驚愕したように叫んだ。
「お前、何してやがんだよ!? 街での魔法行使は法律で禁止されてるのを知らないのか!?」
無駄な講釈をご丁寧にありがとう。
こいつの言った通り、一般的に市街地での魔法行使は法律により固く禁じられている。これを破れば犯罪者として扱われ、魔法を扱う警察官ことマジック・ポリス。通称MPに捕まってしまうのだ。
便利な魔法を使えば、大抵の犯罪なんて簡単にやってのけられる。それが市街地であれば尚のこと最悪だ。何かしらの犯罪の危険性だけでなく、周囲への危害も増えてしまう。
だからこその相応しい処置だと言える。
だがそこには当然のごとく例外が存在している。
それは市街地にて魔法を扱う人物が魔法警察ことMPに該当する場合だ。国の選考試験に合格してライセンスを取得していれば、犯罪者を捕縛する場合にのみ、市街地での魔法の使用が許可されている。
オレはアメリカでこれに合格し、すでにライセンスを取得しているから、この例外に当てはまっている。
故にオレが市街地にて犯罪者を捕縛する為に魔法を使おうが、誉められこそすれ、犯罪には一切問われない。
そもそも、誘拐犯が仮にも警察相手に一般常識を説くなんてどうかしている。お門違いにも程があった。まずは自分を見直して欲しいものだ。
「分かりきってる事でいちいち騒ぐなよ」
身体強化によって強化された脚力にて、叫んだ男との距離を再び一瞬でゼロにし、頭を掴んで壁に叩きつける。あがる苦痛の悲鳴を最後に、その男は地面に崩れ落ちた。
「クソが!」
最後の一人が魔法を発動しようとする。
魔力が世界に干渉し、地面が形を歪めようとしていた。おそらく土属性の下級の魔法。下級の魔法は威力が弱いのと引き換えに、詠唱の短いため短時間での発動が可能である。
それでも、さして離れていないこの間合いでは、その利点も霞んでしまう。
「させるかよ」
男が最後まで詠唱し終わる前に接近し、脚部に重い蹴りを入れてやった。そこからメキリと骨を砕いたような感触がするも、さらに銀閃を奔らせた。
刀は最後の男を逆袈裟に一閃する。男は呻きながらその場に崩れ落ちた。ゆっくりと広がっていく赤い海。刀で斬りつけられた男二人の血によって地面は赤の液体に満たされていく。
「あー、これは早く止血しないとマズいな」
聞くに耐えない声を無視して、刀で斬った二人の男に近付く。そして二人の傷口を氷の魔法によって凍結させた。これでしばらくは大丈夫だろう。
一人目は多量の失血により気絶。二人目は壁に頭を叩きつけられて気絶。三人目は意識はあるが、足の骨が粉砕と刀による傷を負っている。
これで無力化は終わったと判断して男三人を放置し、女の子の方へと向き直った。女の子は未だに小さく震えながらも、オレの指示通りにしゃがんで目を閉じて両耳を手で塞いでいた。
それを見て、「よかった」と一安心した。
いくら助ける為といっても、普通の女の子にこんな光景を見せたのなら、100%トラウマになっていたことだろう。オレのせいで、消えないトラウマを刻み込まれるのは流石に忍びない。
女の子に近付いて終わった事を伝える為に、ポンポンと優しく肩を叩く。女の子は怖々と目と耳を解放しようとしたが、その視界を手で遮るようにして言った。
「これから外の道まで送る。オレがいいって言うまで目を絶対に開かないでくれないか?」
女の子はコクンと素直に頷いてくれた。
「それじゃ行くぞ」
「きゃっ」
掛け声と共に女の子を持ち上げる。
いわゆるお姫様だっこの形だが、これしか方法がなかった。目を閉じたままだと血だまりを踏んだり、転がっている男三人に躓いてしまう。それよりは幾分かマシだろうと思っての配慮だ。
突然の事に慌てる女の子に、
「絶対に目を開けたら駄目だぞ」
と念を押してお姫様だっこのまま歩き出す。
その歩みはわずか一歩目にして止められた。
「まだ終わってねぇぞ! クソガキがぁ!」
重傷を負っているにも関わらず、意識が残っていた男が怒号を上げながら、ナイフを突きつけて突っ込んできたせいだ。
どこから出したのかは知らないが、悪足掻きも大概にして欲しい。
「ちょっと揺れるかもしれないけど我慢してくれよ、っと」
耳元で囁く様にそう言ってから、女の子を抱えたまま軽く跳躍し、男の側頭部目掛けて蹴りを放つ。
蹴りを受けた男は頭から派手に壁へ向けて突っ込んでいき、その衝撃によって今度こそ戦闘不能になった。
「げっ……」
目的は達したにも関わらず、この口からはらしからぬ声が漏れてしまった。
そこにはちゃんとした理由があった。なにしろ決定的なミスを冒していたのだ。こんな声が漏れるのも仕方無い。
跳躍して、的確に側頭部を蹴り抜いたところまでは良かったのだが、男の持っていたナイフが脛の辺りを切り裂いていたのだ。
傷口はそう深くはないものの、そこからはドクドクと赤い鮮血が溢れて出している。白い制服はどんどん赤に染まっていく。
文字通り痛恨のミスだ。いくら女の子を抱えていたとはいえ、自分のミスに苛立ってしまう。
どれだけ油断してんだオレは。
心の中でそう呟いてから、さっきと同じように氷の魔法で止血した。
「大丈夫だったか?」
被害が自分の脚だけで済んだのか確認するために、抱えている女の子にも確認した。さっきの男の怒号に、きゅっと縮こまっているが、質問にはきちんと答えてくれた。
「う、うん」
女の子に被害が無くてほっと一安心した所で、傷の痛みを堪えながら歩を進めた。
「東雲君っ!」
大きな道に出る出前で舞華が心配気な表情を浮かべながら近付いてきた。
そんな彼女をスルーし、さっさとやることを済ませる。
「よっこらせっと」
年寄り臭い掛け声と共に女の子を降ろす。運の良いことに人通りは無くなっていた。
「ほら、着いたぞ。さっさとここから離れな。面倒い事になるから」
まぁ、大半はオレが原因なんだけどな、と心の中で付け足した。
「あ、ありがとう」
女の子は震えた声でお礼を言い、駆け出そうとしたのだが途中でピタリと足を止める。
「どうしたんだ?」
怪訝に思い尋ねると、女の子は頬を赤らめてもじもじとしながら声を出した。
「あ、あの、名前を訊いてもいい?」
名前くらい別にいいか。別に減るものでもないし。
「東雲恭弥だ。ほら、早くここから離れな」
「助けてくれて本当にありがとう」
ペコリと丁寧にお辞儀して、女の子は去って行った。
これで一件落着――――と言いたいところだが、残念ながらそれは叶わない。それどころか一難去ってまた一難と言った方が正解だろう。
誘拐犯捕縛のお次は、オレのすぐ隣でぶすっとむくれているお嬢様をどうにかしなければならないようだ。
「悪いな。心配かけちまったみたいで」
とりあえず謝ってみた。
「別にー。私はこれっぽっちも心配なんてしてませんよー。私を無視して女の子とイチャラブして、フラグ立てしてるどこかの誰かさんの事なんてー」
笑顔でそう言うが目が笑ってない。ここまで怖い笑顔は中々ないと思う。怖い笑顔の威圧を前に、じっとりとした冷や汗が大量に吹き出してきた。
「無視して本当に悪かった。許して欲しい」
別にイチャラブしてフラグを立てていたつもりはないんだが、意識してスルーしていたのは事実だ。
頭を下げて謝った。それにより舞華も許してくれた。
「それより天堂。家の人に電話してくれないか?」
「どうして?」
「天堂家ってMP機関とも関わりがあるだろ? あっちで寝てる奴等を片付けてもらいたくて」
「うん、わかった」
オレの説明に納得してくれた舞華は、ポケットから携帯電話を取り出し操作する。
舞華の携帯電話は女子高生らしい装飾はされていないが、そのシャープなデザインは世界でも有名なメーカーのものだ。しかもちゃっかり最新型のもので、生産量の少ない限定モデルだったりする。
時々忘れそうになってしまうが、流石は天堂家のお嬢様だ。
わき上がる感心を余所に、舞華はコールした携帯電話を耳に当てる。
「もしもしお父さん?」
どうやら天堂家の当主である藤十郎に直接かけたらしい。当然と言えば当然なのだが、直接藤十郎にかけるとは少し予想外だった。
まぁ、それならそれで都合がいい。色々と説明する手間が省けたというものだ。
「天堂。ちょっと借りるぞ」
返事を聞く前に舞華の手から携帯を引ったくり、少しだけ距離を取った。
「あ、ちょっと、何するの」
非難がましい目をした舞華が近付こうとするが、手で制して止める。
「もしもし、東雲です」
「……なんで君が舞華の携帯から話しているんだ?」
「あんたの娘はオレが預かった。返して欲しければオレの役目を解任しろ」
「……電話を切ってもいいかい?」
なんともつまらない反応だった。少しくらいは慌ててほしいものだ。
興ざめしたオレは遊びから、本題へと意識を切り替える。
「冗談ですから切らないで下さい。それと電話したことには理由がありまして」
凪城学園の女子生徒が拐われそうになっていた事、それが最近の事件を起こしている一員だという事、そいつらを魔法を使って沈めた事、それの事後処理を頼みたい事を順番に伝えた。
藤十郎の答えはあっさりとしたものだった。
「うむ、分かった」
その返事を聞いてから舞華に携帯を返す。
「お父さん? えっ!? うん、うん。分かった」
返した後になにやら舞華は藤十郎と会話しているが、もう一つ思い出した事を頼む。
「あ、それと、天堂。悪いけど車を呼んでくれないか? ちょっと怪我してて、歩けそうにないんだ」
その言葉に舞華の視線が下へと移動した。
視線の先にあるのは、切り裂かれて赤く染まった白い制服のズボン。パッと見は結構悲惨な感じだ。
まさかたった一日だけで制服をダメにするとは思いもよらなかった。自分の物持ちの悪さにちょっと残念な気がしてならない。
オレの感想とは裏腹に、それを見た舞華は大声で叫んだ。
「なんで早く言わないの!? それになんで平気そうに立ってるの!?」
いや、オレも忘れてたけど、普通は言われなくても気付くはずだろ? それに平気ってわけじゃないぞ。かなり痩せ我慢してるんだからな?
心の中でそう弁解するも、舞華が怖すぎて口には出せなかった。
「早く車で迎えに来て! 場所は――」
電話を終えた舞華の説教を聞きながら数分し、天堂家の車が二台到着した。
片方はオレと舞華を乗せて。もう片方は誘拐犯の三人を乗せて、天堂家の所有する屋敷へと向かった。




