強さの翳り
これまでの話の中で入る◇は、場面変更とお伝えしていました
それとは別に話の中に入る◆は、視点変更だと思ってください
不毛とも言っていい模擬戦が終了し、オレは大きな声援と拍手と共に迎えられた。
「お疲れ様、恭弥」
「うむ、出迎えご苦労、恭弥様のご帰還だ。もっと盛大に労いたまえ」
「心配してたんだけど、くだらない冗談が言えるようなら大丈夫みたいだね」
「まさか、大丈夫じゃないさ。今のお前の気遣いのなさに泣き崩れそうだ。やり直しを要求する」
無駄に気疲れしたせいか、こんな冗談も飛ばしたくなるものだ。
「おい、恭弥!」
一つ、オレの名を呼ぶ大きな声。
天城院との模擬戦を終えたオレは、舞華、武の二人を筆頭とした複数の人達に囲まれてしまっていた。
取って食べられそうな、その勢いが怖い。
「ちょ、ちょっ、一体どうしたんだ!? ストップ! ストップ!」
余りの勢いに若干戸惑いながらも必死に制止を呼び掛けた。
「なーにがどうしただよ、このヤロー!」
武が乱暴にオレの髪をわしゃわしゃと掻き混ぜながらそう言った。余りにも乱暴に掻き混ぜるものだから痛い。
「恭弥、お前やるじゃねーか!」
わしゃわしゃわしゃ。手は休むことなく髪を掻き乱し続けていた。
「武、そろそろ止めてくれ。暑苦しい」
「天族に勝ったんだぞ、もっと喜べよ!」
わしゃわしゃわしゃわしゃブチッ。
……おい、今ブチッていったぞ。
同時にチクッとした小さな痛みが頭皮を突く。これは髪が一気に数本抜けた感触だと思う。
武はそれに気付いた様子もなく、わしゃわしゃと続けていた。
「……い」
「い?」
「いい加減にしやがれ!」
右手によって繰り出された鋭い突き。それが武の腹部を射ぬいた。
「むぐっ!?」
ズドンッという鈍い音と共に崩れ落ちた武は、地べたをゴロゴロと転げ回る。余りの光景に周りにいた奴等は皆、顔を青くして蜘蛛の子を散らしたように離れていった。
残って居るのは今日一日で定着した面子である舞華と秋人、そして転げ回っている武の三人だけ。本当に人間と言う生き物は単純だ。
「うわー痛そう。恭弥って意外と容赦ないタイプだったんだね」
秋人の言葉は転がり回る武ではなく、ボロ雑巾のような身形の天城院の姿を見てのものだった。
「普段のオレは動物園にいる餌付けされたライオン並に大人しいんだぞ? あんなことするのは一部の人間にだけだ」
「いやいや、それはそれで十分怖いよ」
そう言って苦笑いする秋人。
かなり長い期間の間、一般とかけ離れている所に身を置いていたせいで、いまいち加減が分からなくなっているようだ。これは早急に戻さなければならない。
そう考えながらオレも苦笑いをしていると、武がガバッと身を勢いよく起こして喚いた。
「俺の心配は一切無しかよ!?」
それに対し、
「あれ? まだ居たのか武」とオレ。
「もう土遊びは終わったのかい?」と秋人。
「ごめんね。忘れてた」と舞華。
三者三様の言葉に武はがっくりと肩を落として項垂れてしまった。特に秋人からのダメージが深刻なようだ。
オレは笑いながら項垂れている武に近付き、周りに聞こえないように小声で囁く。
「大体、お前ダメージなんて受けてないだろ?」
さっき武は、オレの拳が体に当たるほんの一瞬だけ身体強化し、後ろに身を引く事で殆どのダメージを殺していた。それこそ軽く体を押される程度までにだ。
それを誰にも悟らせないように、馬鹿みたいに転げ回る演技まで付けていたのだ。学生の中では間違いなく頭一つ分、抜きん出ている実力者だと分かる。
オレの指摘を受けた武は、僅かに表情を強張らせた。
そして観念するように肩を竦めて呟く。
「お前すご過ぎるだろ」
「お前もな」
お互いにニッと笑い、男の友情を深めていると、二人のこそこそ話す声が耳に届いた。
「もしかして恭弥って実はホモなのかな?」
「なんかいい雰囲気だよねー」
……なんだかとても素敵な勘違いをしている奴を二人も見つけた。いつの間にか仲良くなったのは良いが、おぞましい思考は棄てて欲しい。
「誰がホモだ! 何がいい雰囲気だ!」
「あははっ。冗談だよ冗談」
「冗談でも止してくれ。吐き気がする」
その後も授業が終わるまで、他の模擬戦を観戦したり、他愛ない話をして過ごした。
◆
時は模擬戦が始まる前に遡る。
「A frog in a well doesn't know the big sea――ってな」
恭弥の小さな呟きに舞華が反応した。
「ん? 何か言った?」
「いーや、なんにも」
恭弥は小さく苦笑いして舞華の追及を流してしまう。
「そんなに心配しなくても大丈夫だって。オレは最強だ。誰が相手だろうが、誰にも負けねぇよ」
そう言って恭弥は笑みを浮かべていた。その笑みはおそらく自分達を安心させようとして浮かべているのだろう。
だが、秋人はその笑みに違和感を覚えていた。
何故かその笑みがどこか翳っているようにも見えたのだ。
舞華と武は気付いていない様子。
言葉とは裏腹なその表情に、秋人は先よりも更に不安を募らせた。秋人は思わず恭弥に声をかけようとする。
しかし、恭弥は声をかける前に天城院の居る方へと行ってしまい、結局止めることが出来なかった。
「さっきのやつ英語ぽかったけど、恭弥の奴は何て言ってたんだ?」
恭弥の独り言は舞華だけでなく、近くに居た秋人と武にも届いていた。故に恭弥が去った後、武は聞いていたであろう秋人にこっそりと訊ねていた。
秋人は武に答える。
「……井の中の蛙、大海を知らず。さっき恭弥はそう言ったんだよ」
秋人の言葉に武は言葉を失った。
「ってことは、さっきといい、今といい、恭弥は遠回しに天城院より自分の方が強いって言ってたってことだよな」
秋人は何やら教師と話している恭弥へと視線を向けながら言った。
「この模擬戦が始まれば、恭弥の言葉の意味が分かるんじゃないかな」
武にはそう言ったものの、秋人は内心穏やかではなかった。言動と中身がどこかズレているような少年。秋人はそれが自分の気のせいであればいいと願うばかりだ。
秋人の言葉を受けた舞華と武は、恭弥に視線を移した。
どうやら丁度模擬戦が始まるようだ。
「それでは両者構えて――試合開始!」
その言葉と共に双方が身構え、開始の合図と共に動き出す。
秋人達は恭弥の真意をはかるためにその模擬戦を周りに居る誰よりも真剣に注視していた。
だが、それも直ぐに意味を無くすことになる。
突如現れた白い濃霧が、周囲を覆い包んだせいだ。
教師を含め、周りにいる生徒達が騒ぎ出す。
「なんだよあれ!?」
武も例外ではなかったらしい。ただ秋人と舞華は違った。
「天堂さんは、あの霧は恭弥と天城院君。どっちの魔法だと思う?」
「私は東雲君の魔法だと思う。天城院の家系では、一人を除いて炎と雷の2系統の属性魔法しか使えないはずだから」
「やっぱり天堂さんもか。ただあの魔法は何だろうね? あの魔法はどの属性にも当てはまらない」
秋人の言葉に舞華と武は息を呑む。
魔法は炎、氷、雷、風、土、光、闇の七つの系統から形成されている。炎は炎を、氷は氷を、雷は雷を、風は風を、土は土を、光は光を、闇は闇をといった具合に各属性と同じものしか使役できないのである。
だが恭弥が使ったものは霧。故に秋人はその魔法がいずれの属性でもないと言っているのだ。
「もしそうなら固有魔法って事だよな」
武はそう呟く。そう、どの属性にも該当しないなら必然的に解答はその一つに絞られてしまう。
考えを巡らせている間も、天城院雅貴の吼える無駄に大きな声と断続的に続く衝撃音。
それが三人の不安を刻々と募らせていく。
教師も同様だった。教師は慌てた様子で模擬戦を止めに入ろうと、霧のドームに駆け寄っていく。
おそらく恭弥を助けようとしているのだろう。
しかし、それは中断させられることなる。
理由は見たままを言い表すとすれば、端的に白い霧に進路を阻まれたからだ。
教師は白い霧に触れた瞬間に弾かれていた。
弾かれた教師は、自身の魔法で白い霧を散らそうとする。だが、それすらも弾かれてしまう始末。
それを幾度となく繰り返し、遂には諦めてしまう。
未だに鳴り響いている轟音。煩わしいほどに大声で吼える天城院。内側ではまだ戦闘が続いている。その状態が数分続いた。
そして数分の時間を経て、ようやく白い霧が晴れていく。
複数の視線がある一点に集中する。
そこに映っていたのは、白銀色の髪をした転入生こと東雲恭弥の姿。
秋人はその姿を見て、自分の感じた違和感が杞憂に過ぎたことを胸の中で安堵していた。
何故なら恭弥の後方には、ボロボロになって何かしらの感情に顔を歪ませた天城院雅貴の姿があったのだから。




