第十嚢:
途中で申し訳ありません。
八畳くらいの広さの空間に四人の人間がいる。
スポットライトの当たる真ん中には一人の女が立っており、それを囲むように透明な壁がある。
壁にはスライド式のドアが付いており、時々そのドアを人が行き来する。
だがよほどのことがない限り、動こうとしない。
どいつもこいつも物臭だったり、人嫌いだったり、一癖も二癖もある奴ばかりだからだ。
俺はといえば唯一常識の欠片を持っているからという理由で、柄でもないのに、そんな奴らをまとめたりする役目を押し付けられている。
かくいう俺とてまともとは言い切れないのだが、不幸なことにまともな奴がいないのだ。
そんな苦労人な俺が何年ぶりかにスポットライトに当たるはめになったのも、ヨウコが面倒なことに巻き込まれ、収集がつかなくなったせいである。
後始末を俺に丸投げしたのだ。
打たれ弱く、内気なヨウコにどうにかしろというのが無理なのだとはわかっていたが、うんざりするのは許してほしい。
俺は渋々ながらも、前に進み出た。
目の前に広がるのは真っ赤な血の海と錆びた匂いと唸るような呻き声。
本来であれば、こういう暴力ごとにはトウヤが向いている。
何せあいつは無差別通り魔殺人という大事件を起こし、現在警察からマークされている危険人物だ。
まだ捕まっていないというから恐ろしくも思える。
こういう血の匂いのすることには敏感で、今も外に出たくてトウヤが部屋で暴れている。
普段はクールで冷血な外科医なのに一度枷が外れると厄介な奴である。
そんな奴を抑えるのはかなり大変だ。
それなのに俺がわざわざそんな面倒なことをしてまで前にでてきたのにはわけがある。
ヨウコが友達を殺したくないというからだ。
「くそっ!誰か回復を!」
絶望的な状況。
ゲームの中にいた魔獣が生身を持って自分たちに襲いかかるなんて悪夢以外の何ものでもない。
しかも四方を囲まれ、仲間は四人だけ。
経験の浅い勇者と、ハーレム要員の幼馴染の武闘家、同じくハーレム要員のおちゃめな魔女っ子を加え、三人目のハーレム要員の真面目で内気な僧侶。
この内二人が負傷し、一人が気絶で戦意喪失。
唯一戦っているのが勇者だけという最悪のパーティーである。
これ、詰んだな。
ピロリローンだかピロリロリーンだか、頭上で変な音がする。
どうやら、俺のステータスやらジョブやらに変化があったらしく、ウィンドウが出ている。
見ている暇はないので、右手を振ってそのウィンドウを閉じ、技能画面を見つめる。
とりあえず壁となっている勇者が今死んだら俺に攻撃がくるのはまずいので、回復技があったほうがいいのだが、どうにも見当たらない。
僧侶であったヨウコなら回復技の一つくらいありそうだけど、俺は僧侶じゃないみたいだ。
しょうがないので代わりに、『ゴウダツ』というあからさまな技を使ってみる。
カタカナで書いたからと言って、言葉の響きの物騒さは変わらない。
なんとなく俺の職業も推測できたところで俺は右横に装備画面を浮かべる。
左横に出した持ち物画面をスクロールして、お目当ての短刀を装備画面の杖と交換。
右手に持っていた杖が短刀に変わると同時に急いで魔獣に向かい、走る。
勇者のHPはすでに点滅を始めているので時間がない。
俺は魔獣の意識が勇者に向かっているのを幸いに素早く背後に回る。
都合のいいことに分かりやすく紐でくくりつけられた布を発見し、短刀で紐を切る。
どういうわけか『ゴウダツ』の技の最中は俺の気配が消えるみたいで、魔獣どころか勇者まで気付いていない。
気付かれないうちに何体かの魔物から盗み出す。
あとは『チョウサ』で布の中身を調べる。
この世界の物理法則はどうなっているのか、布は四方5センチくらいの小さなものなのにもかかわらず、『回復薬×5』とは如何に。
まあ今はそんなのはどうでもいい。
今は息も絶え絶えな勇者に回復薬を与えなくては。
「どけ!」
短刀を持ち、血まみれになっている勇者を自らの後ろに追いやる。
そして間抜けな顔で呆気にとられて尻持ちをつく勇者に先ほどぶんどってきた回復薬の入った布を投げ渡す。
まるで死人が蘇ったような顔で見つめられて少し苦笑する。
さっきのヨウコを見てればそれも仕方がないことか。
「それを飲んでさっさと回復しろ!俺はいつまでも持たねえからな!」
魔獣は勇者一人の血のにじむ死闘により、5体にまで減っていた。
それでも力のない女の体である俺一人で相手するにはきつい。
勇者の回復を待つしかないのだ。
「ちっ、きりがねえな」
俺のような小柄な女の体で攻撃をするには素早く動き、攻撃を出来るだけ避けながら、急所を狙うしかない。
MPも少ないので使いたくはないが、俺は技画面で『シサツ』を選択する。
オートで体が動き、一瞬で間合いを詰めたかと思うと、魔獣の首筋に短刀が突き刺さる。
レベルが低いからか、死ぬまではいかないがある程度のダメージは与えられた。
俺は一体でも多く倒そうとMPを使いきる寸前まで技を使った。
欲を言えば、MPを温存して、もう一度『ゴウダツ』を行いたかったが、そうも言ってられない。
ようやく二体を倒し終えると勇者も復活したようだ。
「助かった」
「気を抜くな。残りは」
「後2本」
「二人には悪いが、万が一のために残しておいたほうがいいな」
戦意喪失状態の奴にやるよりも、役に立つ人間に与えたほうが生きる確率は上がる。
パーティが全滅したら終わりなのだ。
ハヤトのLvがあがった!
Lv1→Lv5
『ゴウダツLv1』→『ゴウダツLv4』
『チョウサLv1』→『チョウサLv2』
『シノビアシLv1』→『シノビアシLv3』
愛のアドバイス:一気にレベルが上がりましたね。Lv20になると、『カイトウ』と『アンサツシャ』の道も開けるようになります。がんばって裏街道を突き進みましょう。これからの方針としておすすめなのは『ゴウダツ』のLvUP。モノを盗む時に敵に攻撃できるようになったり、必殺技『リャクダツ』が身につき、パーティ全員で物を盗めるようになるので早めにLvをあげることをおすすめします。更に警察に捕まると『ダツゴク』という技も覚えるようになるので、一度捕まってみるのも一興です。