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無敵な須佐之男は追放されて出雲の王になる!  作者: 月見


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六話 櫛名の里で事故発生!

挿絵(By みてみん)


 天之冬衣(あめのふゆきぬ)との面会を終えた那岐(なぎ)と須佐之男(すさのお)は、櫛名(くしな)の案内で彼女の暮らす村へ戻ってきた。


 櫛名の家に到着すると、村の村長である父の足名椎(あしなづち)と母の手名椎(てなづち)が出迎えてくれた。


 娘が賊に攫われそうになったところを二人に救われたと聞くと、両親は深く感謝し、ぜひ泊まっていってほしいと申し出てくれた。


 長旅に加えて出雲に上陸してからも落ち着く暇がなかった二人は、その厚意に甘えることにした。


 やがて夕食の支度が整い、三人は食卓を囲んだ。


「飯だ! 助かるぜ!」


 目の前に並べられた料理を見て、須佐之男は嬉しそうに声を上げた。


 七尺もある巨体を維持するためか、須佐之男の食欲は並外れていた。次々と料理を平らげていく姿に、櫛名も思わず笑みを浮かべる。


「須佐之男様のために沢山炊きましたよ! もっと食べてください」


「おう! 櫛名の飯は美味いぜ!」


「ふふ、ありがとうございます。まだ沢山ありますから、遠慮なさらないでくださいね」


 櫛名は嬉しそうに料理を取り分け、須佐之男の前へ差し出した。


 須佐之男も遠慮することなく食べ続けている。


 そんな二人の様子を、那岐は穏やかな表情で眺めていた。


「那岐様はもうお食事はよろしいのですか?」


 櫛名が声をかけると、那岐は小さく頷いた。


「うん、もう十分いただいたよ。ご馳走様でした」


「いえいえ、でしたら先に温泉にでもお入りください。旅のお疲れもあるでしょうし」


「温泉があるのかい?」


「はい。村の近くに湧いているんですよ。旅の疲れを癒やすにはちょうどよいと思います」


「それは嬉しいね。長旅でゆっくり休めなかったから」


 那岐は柔らかく微笑んだ。


「ありがとう。では、お言葉に甘えて先にいただくとしよう」




 那岐は櫛名に勧められるまま、温泉へと向かった。


 長旅の疲れが溜まっていたこともあり、温泉に入れるのはありがたかった。


 湯にゆっくりと身を沈めると、心地よい温かさが全身に広がっていく。


「ふうー、これは極楽だぁー」


 那岐は気持ちよさそうに息を吐き、久しぶりの安らぎを満喫していた。


 ところが、その穏やかな時間は長く続かなかった。


 誰かが温泉に入ってきたのである。


「那岐様ぁー、背中をお流ししますよー」


 聞き覚えのある声に、那岐は振り返った。


 そこにいたのは櫛名だった。


「え? 櫛名? どうして? いや、大丈夫だよ」


 那岐は慌てて湯の中に身体を沈め、隠すように身を縮めた。


 しかし、櫛名はその様子を不思議そうに眺めている。


「もう、那岐様ったら。同じ女同士ではありませんか。恥ずかしがらなくても大丈夫ですよー」


「いや、そうじゃなくてね。私は……」


「遠慮なさらないでください。助けていただいたお礼くらいさせてくださいな」


「だから、私は……」


「ほらー、こちらに来てください」


 櫛名は笑顔のまま那岐に近づき、その手を掴んだ。


「あっ、ちょっと待って、櫛名!」


 那岐の制止も間に合わず、櫛名はそのまま手を引っ張り、湯の中から立たせてしまった。


 その瞬間だった。


 櫛名の目に、女性にはあるはずのないものが映った。


「…………え?」


 櫛名は固まった。


 一度、那岐の顔を見た。


 そして、もう一度、視線を下げた。


「…………え?」


 しばしの沈黙。


 那岐は何とも言えない表情を浮かべながら、困ったように口を開いた。


「だから、私は男だよ……」


「きゃぁぁぁああああああ!!」


 温泉中に櫛名の悲鳴が響き渡った。


「いや、だから言おうとしたのに……」


 那岐は慌てて再び湯の中に身を沈めた。


 そもそも自分は何もしていない。


 勝手に女性だと思い込まれ、勝手に温泉に入ってこられ、挙げ句の果てに悲鳴まで上げられたのである。


 那岐としては、かなり理不尽な話だった。


 しかし、騒動はそれだけでは終わらなかった。


「櫛名! どうしたぁーー!」


 悲鳴を聞きつけた須佐之男が、勢いよく温泉へ飛び込んできたのである。


「何があった! 賊か!?」


「きゃぁぁぁああああああ!!」


 櫛名は再び悲鳴を上げた。


挿絵(By みてみん)


「な、なんだ!? どこに敵がいる!?」


「須佐之男! 何もいないから! 早く出ていきなさい!」


「父上!? なんで櫛名と一緒にいるんだ!?」


「それは私が聞きたいよ!」


「須佐之男様まで、どうして入ってくるんですかぁぁ!!」


「お前が叫ぶからだろうが!」


「だからって入ってこないでくださいぃぃ!!」


「だったら何があったか説明しろ!」


「説明できませんんん!!」


「何だそりゃあ!?」


「ああもう! 二人とも落ち着いて!」


 那岐の声も虚しく、櫛名は悲鳴を上げ続け、須佐之男は何が起きたのか分からず騒ぎ立てる。


 こうして、静かな温泉での休息は、収拾のつかない大騒動へと変わってしまったのだった。




 温泉から上がった那岐は、ようやく落ち着いて休憩することができた。


 せっかく温泉で旅の疲れを癒やすつもりだったのに、かえって疲れてしまった気がする。


 そんな那岐の前で、櫛名は申し訳なさそうに頭を下げていた。


「那岐様、申し訳ありませんでした。てっきり女性だとばかり思っておりまして……」


「あー、もういいよ。たまにあることだからね」


 那岐は苦笑しながら答えた。


 中性的な顔立ちに柔らかな物腰、そして長い髪。昔から女性と間違われることは珍しくなかった。


 もっとも、温泉でこのような騒ぎになったのは、さすがに久しぶりであった。


「父上は、巫女舞もするからなぁ。女と間違われるのも無理はねぇよ」


 須佐之男が何気なく口にした一言に、櫛名がぴくりと反応した。


「……父上?」


「ああ、俺の父上だぞ」


「まあ! お二人は親子だったのですね!」


 櫛名は驚いたように二人の顔を見比べた。


 七尺もの巨躯を誇る筋骨隆々の須佐之男と、華奢で女性のように美しい那岐。言われなければ親子だとは思わなかっただろう。


 しかし、櫛名はすぐに別のことに気づいた。


「……って、巫女舞ですって!?」


「ん? ああ、父上は巫女舞もできるぞ」


「まあまあ! 那岐様が巫女舞を!」


 櫛名の声が一段と弾んだ。


「あー、人手が足りないときには、お手伝いを少しだけね……」


 那岐は何でもないことのように答えたが、櫛名の目はきらきらと輝き始めていた。


「たしかに那岐様なら、巫女舞のお姿がとても似合いそうですわ!」


「おう、父上の巫女舞はすげぇぞ! まるで天女のようだからな!」


「まあ! 天女のようですって!?」


 櫛名はますます興奮して、身を乗り出した。


「那岐様! ぜひ今度、巫女装束を着て舞ってみせてくださいませ!」


「ええっ? いや、私はもう隠居の身だし……」


「きっと素敵ですわ! 私、一度でいいから拝見してみたいです!」


「俺も久しぶりに見てぇなぁ。父上、今度やってくれよ!」


 櫛名と須佐之男は、期待に満ちた目で那岐を見つめていた。


 那岐は二人の顔を交互に見つめると、困ったように笑った。


「あはは……はあ」


 どうやら、余計なことを知られてしまったらしい。


 那岐は小さくため息をつくのだった。


挿絵(By みてみん)

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