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次期竜王のつがい  作者: あいら


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9/37

9(クリストファー視点)

黒髪の鬘は、思っていたよりも鬱陶しかった。

クリストファーは、わずかに眉をひそめる。


今日は下町に偵察に出る予定だ、

王族特有の金髪では人目を引く、


その為、黒髪の鬘を被り、眼鏡をかけているのだが、

普段付けないので、なかなか慣れない。


いつも違和感を感じていた。


クリストファーは、小さく息を吐いた。


今日は“王太子”ではない。


――男爵、クリスだ。


その身分で、街を歩く。


報告書では分からないものがある。


それを知るには、自分の目で見るしかない。


王宮を出て、下町へ。


足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。


石畳の道。

整然と並ぶ店。

行き交う人々。


いつもと同じ日常が広がっていた。


怪しまれない程度に周りを見渡しながら歩く。


少し離れた所で、護衛の近衛騎士が控えているはずだが、

誰が騎士かは分からない。


完全に下町に溶け込んでいて、

いつもながらそのプロ意識の高さに驚かされる。


町の中心部へとやってきた。


沢山の屋台が並び、

屋台からは、香ばしい匂いが漂ってくる。


肉を焼く音。

パンを切る音。

人の笑い声。


すべてが混ざり合い、街の鼓動を作っている。


歩きながら、周囲を観察する。


服装。

表情。

会話の内容。


どれも自然だ。


不満の気配は少ない。


この国がうまく機能している証だ。


(だが……)


意識がどこか落ち着かない。


その時だった。


 ――ドクン。


心臓が、強く脈打った。


「……っ」


思わず足が止まる。


呼吸が、わずかに乱れる。


今まで完全に下町の人間に紛れ込んでいた近衛騎士達が、

あの者かと分かるような動揺を見せる。


ドクン。


今度は、はっきりと。


強く。


確実に。


(……何だ、これは)


今までに感じたことのない感覚。


胸の奥が、熱を帯びる。


血が、ざわつく。


そして。


視線が一人の女性へと、勝手に動いた。

 

広場の噴水の近く。


人々が行き交う中で――


彼女は、そこにいた。


ピンク色の髪。


柔らかく揺れるそれは、陽の光を受けてかすかに輝いている。


金の瞳。


静かで、澄んだ光。


派手ではない。


目立つ装飾もない。


着ている服も、平民のもの。


だが。


(……心臓が……苦しい)


目が、離れない。


ただ立っているだけ。


それだけなのに。


周囲の景色が、すべて霞む。


音が、遠のく。


人の声が、消える。


世界が、そこだけ切り取られたように。


彼女だけが、はっきりと存在していた。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


心臓の音が、うるさい。


(違う)


一目で分かる。


これは。


ただの“興味”ではない。


ただの“好意”でもない。


もっと根源的なもの。


もっと、抗えないもの。


理解よりも先に、本能が告げている。


(――見つけた)


言葉にならない確信。


それが、胸の奥に落ちる。


疑いは、一切なかった。


あの女性だ。


それ以外はありえない。


理屈ではない。


説明もできない。


だが。


(つがいだ)


その瞬間。


世界が、変わった。


今までのすべてが、色鮮やかに輝き、

これからのすべてが、彼女へと収束する。


呼吸が浅くなる。


足が、自然と動き出す。


止まれない。


止まる理由がない。


彼女の元へ行く。


それが、当然だった。


近づく。


一歩。


また一歩。


距離が縮まるたびに、鼓動がさらに速くなる。


彼女は気づいていない。


ただ、噴水の水を見ているようだった。


その何気ない仕草さえ目を奪う。


彼女の前に立つ。


距離は、もうほとんどない。


彼女が、顔を上げる。


視線が、合う。


その瞬間。


すべてが、決定した。


逃げ場はない。


否定もできない。


ただ一つの答え。


クリストファーは、自然と膝をついていた。


考えるより先に、体が動く。


その手を取り。


そっと持ち上げる。


そして。


口づける。


「結婚してください」


言葉は、迷いなく出た。


それが、当然だったから。


彼の世界はもう、彼女を中心に回り始めていた。

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