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晴れている。
それだけで、気分は少し上がる。
それも休日とくればなおさらだ。
「いい天気ね」
サラは、ゆるく息を吐きながら空を見上げた。
雲はほとんどなく、澄みきった青が広がっている。
晴れた休日にする事は決まっている――食べ歩きだ。
「今日はどこ行く?」
隣を歩くミレナが、気だるげに聞いてくる。
「そうね……あの通り、まだ制覇してないのよね」
「ああ、揚げ物ばっかのとこ?」
「そう、それ」
くすりと笑う。
「昨日は甘いものだったし、今日はしょっぱい系がいいわ」
「バランス取れてんのか取れてないのか分かんないな、それ」
「気分よ、気分」
石畳の道を歩く。
家族連れ。
恋人同士。
友人同士。
仕事らしくあわてて行きかう人。
人々の表情は明るい。
外食店が並ぶ通りに入ると、一気に香りが押し寄せてくる。
油の弾ける音。
肉の焼ける匂い。
「……いい匂い」
サラは小さく呟いた。
それだけで、少し幸せな気分になる。
「ほら、あれ」
ミレナが顎で示す。
すぐ先にバイト先が見えた。
相変わらず行列ができて盛況だ。
「やっぱり人気ね」
「七割はカツレツ頼むって話本当?」
「ええ、本当よ」
サラは頷く。
初めて食べた時の衝撃を思い出す。
薄く叩かれた豚肉。
サクサクの衣。
噛んだ瞬間に広がる旨味。
あれは確かに、多くの人を虜にする味だ。
「カツレツもいいけど、今日は唐揚げを試してみたいの」
「唐揚げ?」
「ショウユという珍しい調味料の料理らしいわよ」
「へえ」
ミレナが初めて聞いたという顔をする。
「開拓も大事でしょ」
とある店に入る。
ノレンといった変わった布が玄関に飾られているのが特徴的だ。
店内は混雑しており、ショウユと思わしき匂いが漂ってくる。
「唐揚げ定食一つ」
「はいよ」
「定食ってなに?」
「いわゆるセットの事ね」
「本当、この国いろんな文化が混じりすぎて、混乱する」
そんな事を言っていたミレナだが、唐揚げを一口頬張ると、
目を輝かせていた。
「何これ!美味しい」
「本当、これは当たりね」
もちろん、食べ歩きにはハズレもあるが、
こういった出会いがあるから食べ歩きは止められない。
味噌汁という変わったスープも飲み、店を後にする。
ぶらぶらと歩いていると、
下町の中心街の公園に来ていた。
ここの噴水は、数分ごとに水が出る向きが変わり、
見る者を楽しませてくれる。
そして、その水を求めて、小鳥が集まり、
可愛い小鳥も見れる、お気に入りの場所だ。
(……?)
ほんの一瞬。
だが、確かに誰かに見られている気配。
サラは、自然に視線を巡らせる。
特に不審な人物はいない。
(気のせいかしら)
そう結論づける。
ここは人が多い、視線くらいいくらでもある。
「サラ?」
「ん、何でもない」
ミレナの問いに、軽く答える。
その時、目の前に影が差した。
「……?」
顔を上げる。
そこにいたのは、一人の男性だった。
黒髪に眼鏡をかけた、整った顔立ちの男性だった。
服装は、下位貴族程度だろうか。
(……?)
サラは、わずかに首をかしげる。
見覚えはない。
だが、なぜか、彼の目がまっすぐこちらを見ている。
迷いなく。
強く。
(……何、この人)
違和感。
だが、不快ではない。
むしろ――
妙に、真剣だ。
次の瞬間。
彼は、片膝をついた。
「え」
思考が止まる。
周囲のざわめきが、一瞬で広がった。
「なに?」「え、プロポーズ?」「ここで?」
人々の視線が集まる。
だが、本人は気にしていない。
彼は、静かにサラの手を取った。
「ちょっ――」
抗議する間もなく、その手の甲に口づけが落とされる。
「結婚してください」
――沈黙。
数秒。
いや、もっと短いかもしれない。
だが、サラにとっては十分だった。
(……は?)
頭の中が、完全に止まる。
状況を整理する。
知らない男。
いきなり。
人前で。
片膝。
手の甲にキス。
結婚してください。
(……いや、意味が分からない)
どこからどう考えても、おかしい。
ミレナの方を見る。
彼女は腕を組んでいた。
そして。
「……変な男に絡まれてるな」
完全に他人事だった。
(助けなさいよ)
心の中でツッコミを入れる。
だが、現実は進む、
目の前の男性は、真剣そのもの、冗談でもふざけてもいない。
だからこそ、余計に意味が分からない。
「……あの」
サラは、ゆっくり口を開いた。
「お断りします」
即答だった。
周囲がざわつく。
「え、断った」「即答!?」「強い……」
だが、サラは気にしない。
「初対面の方に、いきなり求婚される理由がありません」
冷静に、淡々と告げる。
「そもそも、あなたのお名前も存じませんし」
当然の指摘。
だが、男性は微動だにしない、ただ、サラを見つめている。
(……何、この人)
断られることを想定していない。
そんな空気。
「……理由はあります」
彼が、静かに言う。
「あなたが必要だからです」
(余計に意味が分からない)
「申し訳ありませんが」
サラは、きっぱりと言う。
「私は、そんな曖昧な理由で人生を決めるつもりはありません」
視線を外す。
それが、終わりの合図。
「行きましょう、ミレナ」
「はいはい」
そのまま、歩き出す。
背後で、ざわめきが続いている。
だが、振り返らない。
(……何だったの、今の)
歩きながら、ため息をつく。
「モテるねえ」
ミレナがにやにやしながら言う。
「やめて」
「いやでも、あれはなかなか面白かった」
「面白くないわよ」
眉をひそめる。
「いきなり結婚って……普通に怖いでしょう」
「まあな」
「しかも真剣だったし」
(……あれは、冗談じゃない)
それだけは分かる。
だからこそ。
(関わるべきじゃない)
直感的に、そう思った。
だが。
ほんの一瞬だけ。
胸の奥に、何かが引っかかった。
あの視線。
あの確信。
(……気のせいよね)
すぐに打ち消す。
ありえない。
ただの偶然。
ただの変わった人。
それだけ。
「で、次どこ行く?」
ミレナが聞く。
「……そうね」
サラは、気持ちを切り替える。
「とりあえず、次は甘い物かな」
さっきまでの出来事を、頭の片隅へ追いやる。
「結局、甘い物なのね」
あきれ顔のミレナを見ながら、公園を後にした。




