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朝の空気は、少しだけ冷たかった。
石畳の道を踏みしめながら、サラは軽く息を吐く。
この時間の街は、まだ静かだ。
だが、その静けさの中にも、確かな“動き出す気配”がある。
(今日も一日頑張らないと)
小さく気持ちを切り替える。
午前十時、出勤。
店は、すでに開いている。
服はそのまま、髪を結んでエプロンを付ける。
「おはようございます」
「ああ、今日もよろしくね」
「はい、お願いします」
店内に入って挨拶をしてると、すぐに店の扉が開く音がする。
「いらっしゃいませー!」
サラの声が、店内に響く。
あわててメニューを手に取り、お客様の元に向かった。
昼に近づくにつれて、客は増えていく。
注文を取り、料理を運び、皿を下げる、その繰り返し。
忙しい。だが、嫌ではない。
むしろ――心地いい。
体を動かし、人と関わる。
それは、これまでの自分にはなかった日常だった。
午後三時。
「お疲れー、サラ」
「お疲れ様です」
仕事を終え、軽く手を振る。
エプロンを外し、店の奥へ、少し遅めの昼食の時間だ。
今日のまかないはサンドイッチ。
パンに具材を挟んだシンプルなもの、だが、これがまた美味しい。
(今日は天気がいいわね、外で食べようかしら)
近くのベンチに腰を下ろし、一口。
(……やっぱり、美味しい)
思わず頬が緩む。
贅沢な料理ではない。
だが、どこか満たされる味。
空を見上げる。
青く、広い。
風が、心地いい。
食事を終え、立ち上がる。
向かう先は――図書館。
サラはトラム乗り場に向かった。
金属の車体。
規則正しく敷かれた軌道。
石炭の力で動くこの乗り物は、今でも少し不思議だ。
席に座り、外を眺める。
街が、流れていく。
(便利ね……)
時間が、短縮され、移動が楽になる。
それだけで、できることが増える。
この国は、そういう“積み重ね”で成り立っているのだと感じる。
午後四時。
図書館に到着する。
この国の中央図書館は、官僚も利用するだけあって、年中無休で開いている。
貸出はされず、必ず図書館の中で本を読まないといけないが、
物語から、歴史書、裁判の記録、
そして、実際の政治の資料まで、あらゆる記録を読む事ができる。
紙の匂い。
インクの匂い。
知識の集まる場所。
2年間通い、受付の人とは顔見知りになった、
軽く挨拶をし、サラは迷いなく奥へと進む。
目的の本を取り、席に着く。
ページをめくる。
文字を追う。
理解する。
そして、また次へ。
気づけば、時間は過ぎている。
午後五時四十五分。
涼やかな鐘の音が響く。
「……もうこんな時間」
小さく呟く。
図書館の閉館は六時だ、後十五分で退館しなくてはいけない、
あわてて、机に置いていた本を本棚に戻す。
今日も、少しだけ前に進めた気がする。
図書館を出ると夕方の光が、街を染めている。
人の流れも、朝とは少し違う。
仕事を終えた者たちが、家路につく時間。
その中を、サラは歩く。
ふと、川の近くを通る。
視線を向けると、整備された水路が広がっていた。
水は濁らず、流れも安定している。
(上下水……)
この国に来て、図書館で本で読んで知った事だ、
この国では、水の管理も徹底されている。
ただ流すだけではない。
制御し、利用する。
その発想が、根本から違う。
ルーナ神聖国では、川に低い土手を作る程度だった。
自然に任せるしかなかった。
だが、ここでは。
(人が、管理している)
だからこそ、街が清潔で、病も少ない。
また水は水力発電にも利用されている。
石炭と合わせ、夜の9時までは各家庭にも電気がつくようになっている。
王宮や病院などは、必要に応じて24時間電気が供給され、
必要な対応ができるようになっている。
ルーナ神聖国では、電気があるのは王宮と高位貴族の屋敷ぐらい、
しかも、水力のみだったので、
水の流れがなくなると、電気がつかないなんてしょっちゅうだった。
水の仕組み、これ一つ取っても、大きな違いがある。
歩きながら、考える。
一つ一つの違い。
その積み重ね。
それが、この国を作っている。
(……面白い)
自然と、口元が緩む。
知れば知るほど、新しい発見がある。
理解すればするほど、次が見える。
家へと続く道。
夕焼けが、街を染めている。
その中を、サラは歩く。
今日も、働いた。
今日も、学んだ。
そして。
今日もまた――
この国を、少しだけ理解した。
(もっと知りたい)
その思いは、尽きることがない。
サラは、歩みを止めない。
この国で。
自分の人生を、積み重ねるために。




