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次期竜王のつがい  作者: あいら


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5

昼時の店内は、熱気に包まれていた。


「いらっしゃいませー! 二名様こちらどうぞ!」


明るい声が響く。


皿の音。人の話し声。油の弾ける音。

すべてが混ざり合って、活気を生み出している。


その中心に――サラはいた。


白いエプロンを身につけ、軽やかに店内を動き回る。


「カツレツ三つ、オムライス一つですねー!」


「おう、頼む!」


慣れた手つきで注文を通し、次の客へと視線を向ける。


動きに無駄はない。

流れるような所作。


だがそれは、かつての“完璧な令嬢の優雅さ”とは違う。


もっと実用的で、軽やかで――生きている動きだった。


ここは、下町の人気店。


看板メニューは――カツレツ。


叩いて薄く伸ばした豚肉に、細かなパン粉をまぶし、油で揚げる。

シンプルだが、それだけに完成度が問われる料理。


外はさくりと軽く。

中は驚くほど柔らかい。


噛めば、じゅわりと肉汁が広がる。


初めて食べたとき。


(……何これ)


思わず、そう呟いてしまった。


衝撃だった。


今まで食べてきた料理とは、明らかに違う。


洗練されているわけではない。

だが、完成されている。


“美味しい”という一点において。


(この国……本当にすごいわね)


改めて、そう思ったのを覚えている。


メニューは多くない。


カツレツ。

オムライス。

トマトパスタ。


基本はこの三つ。


そこにパンとスープ、サラダをセットにできる。


飲み物はフルーツジュース、紅茶、コーヒー。

夜になると、ワインも提供される。


シンプルだが、無駄がない。


だからこそ、回転が速く、客が途切れない。


そして――


その七割が、カツレツを注文する。


「サラ! 皿下げておくれ!」


「はーい!」


厨房から声が飛ぶ。


振り返ると、そこには恰幅の良い女性が立っていた。


茶色の髪を後ろでまとめ、腕を組んでいる。


この店の女将――マルタだ。


「相変わらず混んでるねぇ!」


「ほんとですねー! 今日もカツレツばっかりです!」


「そりゃそうさ!」


豪快に笑う。


その笑い声が、店の空気をさらに明るくする。


「うちのカツレツは一番だからね!」


「ですね!」


素直に頷く。


本当に美味しいのだから、否定のしようがない。


「それにしてもさ」


マルタが、ふとサラを見る。


「最初の頃はどうなることかと思ったよ」


「え?」


「覚えてないのかい?」


にやり、と笑う。


「いきなり貴族言葉で話し出したかと思ったらさ」


「あ……」


思い出す。


あれは、かなり焦った。


「次の瞬間には、とんでもないスラング使い出すんだもん」


「……すみません」


思わず苦笑する。


「びっくりしたよ、あたしは」


マルタは楽しそうに笑う。


「どこのお貴族様かと思ったら、“ふざけんなこの野郎”だろ?」


「やめてください……!」


思わず顔を覆う。


完全に黒歴史だ。


「いやー、あれは傑作だったねぇ」


「物語の本で言葉を覚えたので……」


小さく弁解する。


「正しいと思って……」


「まあ、分からなくもないけどね」


くすくすと笑うマルタ。


だがその目は、どこか優しい。


最初は、本当に混乱した。


ルーナ神聖国で学んできた言葉。

それは当然公爵令嬢として、外交に相応しい貴族言葉だった。


自国では庶民の言葉も習得していたが、

ドラグレシア竜大国でも、庶民と貴族で言葉が違う事を失念していた。


それで、最初はこの国の下町でも貴族言葉を使って驚かれ、

あれ?と思って、逆にルーナ神聖国で使ってはいけないと教えられた

言葉を使ってみたらスラングで、赤っ恥をかいたのだ。


驚きつつも、豪快に笑い飛ばしてくれたマルタには、本当に救われた。


それから2年、今では庶民の言葉をすっかり習得している。


「お待たせしましたー! カツレツです!」


皿を運ぶ。


「おお、うまそうだ!」


「熱いので気をつけてくださいねー!」


自然と、言葉が出る。


硬すぎず、崩れすぎず、ちょうどいい距離感。

それが分かるようになった。


「サラ」


声をかけられる。

振り返ると、同じ店で働くアンがいた。


「そのテーブル、私がやっとくよ」


「ありがとう!」


「いいっていいって」


軽い調子で笑う。


そのやり取りも、今では自然だった。


(……変わったわね)


ふと、思う。


あの頃の自分なら。


こんなふうに働くことも、笑うことも想像していなかった。


厨房から漂う、カツレツの香り。


客の笑い声。


忙しくも、充実した時間。


それらすべてが――今の自分の“日常”だ。


「サラ!」


「はーい!」


呼ばれて、すぐに動く。


その足取りは軽い。


迷いはない。


公爵令嬢だった過去は、もう遠い。


(私は、私)


ロザリーでもあり、サラでもある。


その両方を抱えたまま、前に進んでいる。


カツレツの香りに包まれながら、サラは、今日も働いていた。

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