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次期竜王のつがい  作者: あいら


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35/37

35

ドラグレシア竜大国王宮。

王太子執務室。


クリストファーは、まるで何かに追い立てられるように執務室へ籠もっていた。


山のように積まれた書類。

侍従達が休息を勧めるほどの仕事量を、彼は黙々と片付け続けていた。


「殿下、少しはお休みを……」


「必要ない」


低く返された声に、侍従はそれ以上言えなくなる。


羽根ペンを走らせる音だけが静かな部屋に響いた。


クリストファーの顔色は悪い。

眠っていないのは誰の目にも明らかだった。


だが彼は止まらない。


止まれば考えてしまうからだ。


――サラの事を。


彼女が笑った顔。

美味しそうにスイーツを食べる姿。

市場で楽しそうに目を輝かせていた様子。


そして。


「……帰る、のか」


ぽつりと零れた声は、あまりにも弱々しかった。


サラはルーナ神聖国へ帰る。


それは分かっていた。

最初から、いつか終わる時間だった。


だが。


クリストファーはいつの間にか、

彼女が隣にいる未来を当たり前のように思っていたのだ。


「クリス」


ダレンが執務室へ入った瞬間だった。


クリストファーの手から羽根ペンが落ちる。


カラン、と乾いた音。


次の瞬間。


「……っ」


彼は机へ突っ伏すように倒れ込んだ。


「クリス!?」


ダレンが慌てて駆け寄る。


熱はない。

だが、顔色が真っ青だった。


ゆっくりと開かれた青色の瞳は、ひどく疲れている。


「……仕事を、続ける」


「無理だ馬鹿!!」


珍しくダレンが怒鳴った。


「お前、三日まともに寝てないだろ!」


「平気だ」


「平気な奴は倒れない!」


クリストファーは黙り込む。


その沈黙だけで、ダレンには十分だった。


彼はずっと耐えていたのだ。


サラが帰る事実を。


つがいでありながら、手を伸ばせない現実を。


ダレンはクリストファーのそんな様子が耐えられなかった。

クリスの何がダメだったのか、

聞いても何も良くはならないかもしれない、

しかし聞かずにはいられなかった。


侍従にクリストファーを預け、よく知った一軒家へと向かった。








ドンドンと扉を叩く。


中から出てきたのはミレナだった。


「サラは?」


「バイトに出かけています」


そうだ、今はカツレツの店で働いている時間だ、

そんな事も頭から抜ける程、焦っていたのかと自嘲する。


「ダレン。サラは、クリスの事が好きです」


「はあ?」


いきなり、しかも思いがけない事を聞いて困惑する。


サラがクリスの事が好き?


ならばなぜプロポーズを受けなかったんだ?


「ですが」


レミナは続ける。


「サラはお父様と約束をされています」


「約束?」


「三年間だけ自由に生きる、と」


ダレンの目が見開かれる。


「三年後は、お父様が決めた方と結婚すると」


「……なんだそれ」


「ですので、お父様の許可さえいただければ……

 サラはクリスと結婚できます」


ダレンは勢いよく踵を返す。


「それを早く言え!!

 つまり親父さんをどうにか説得すればいいんだな!?」


レミナは珍しく笑みを浮かべた。


「ええ」


ダレンは慌てて馬車を呼び、王宮に駆け込み、

クリストファーに報告するのではなく、竜王へ面会を求めた。







王族専用の応接室。


竜王は腕を組み、厳しい顔で話を聞いていた。

隣には竜妃。


「つまり」


竜王が口を開く。


「サラ嬢の父親が認めればよいのだな?」


「はい」


ダレンは頷いた。


「サラは父親を大切にしています。許可なく結婚する事はありません」


竜妃が扇を閉じる。


「でしたら簡単ですわ」


「竜妃様?」


「お願いすればよろしいのです」


さらりと言い放つ竜妃に、ダレンが瞬く。


だが次の瞬間、竜王は真顔で頷いた。


「うむ、我が息子の幸せがかかっている」


その言葉に、


「誠意を見せる事が大切です」


竜妃も頷く。


「正式な手紙を送りましょう」


その場で、竜王直々。

そして、貴族令嬢を代表してジェニファー、

侍女を代表してリリアが手紙を書く事になった。


「……リリアまで書くですか?」


「リリアはサラに心底惚れこんでいます、

 王宮侍女全てが味方だと知ると、お父様も安心されるでしょう」


ふわりと微笑む竜妃。


その事はすぐさま伝達がなされた。






次の日。


ダレンはミレナの元を訪れていた。


重厚な封蝋。

ドラグレシア王家の紋章。


普通なら震え上がる代物だ。


だが、ミレナは手紙を見ても平然としていた。


「……王家の紋章の手紙を見ても驚かないんだな」


ダレンが感心したように言う。


ミレナはいつもの無表情だ。


「まあ」


とだけ返す。


まるで、すべてを理解しているような顔だった。


ダレンは首を傾げる。


「?」


ミレナは手紙を丁寧に受け取りながら言う。


「サラのお父様には、私が責任を持ってお届けします」


「よろしく頼む」


ダレンは深々と頭を下げた。


そして、やっと、サラの同居人という事は、

ミレナも普通の人物ではないなという結論に至ったのだった。

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