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次期竜王のつがい  作者: あいら


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34/37

34

夜は、静かだった。


王都の喧騒から少し離れた一軒家。

灯りは最低限、外から見ればただの平民の家にしか見えない。


(……落ち着かないわ)


サラは、小さく息を吐いた。


椅子に腰掛け、ぼんやりとテーブルを見つめる。


何も置かれていない木の天板。


そこに、さっきの光景が重なる。


夜景。


風。


そして――


(……あの人)


クリスの顔。


まっすぐな瞳。


迷いのない声。


あの言葉。


「……私と、結婚してほしい」


思い出した瞬間、胸の奥が強く締め付けられる。


最初に噴水の前で告げられた時とは明らかに違う、


”嬉しい”と思った。


その手を取ってしまいたかった。


(やめて)


自分で考えておきながら、すぐに否定する。


これ以上考えると、揺らぐ。


揺らいではいけない。


そう、分かっているのに。


「……サラ」


背後から、声がした。


振り向かなくても分かる。


ミレナだ。


気配も、足音も消していないのに、気づかなかった。


(それだけ余裕がない、ってことね)


「どうしたの?」


できるだけ、いつも通りに返す。


それでも――


「クリスのこと、好きですよね」


迷いのない一言。


まっすぐすぎる言葉。


(……やっぱり)


心のどこかで、来ると思っていた。

今日の自分の様子を見て、だいたいの所を察したのだろう。

ミレナは、こういうところを見逃さない。


「……いきなりね」


「いきなりではありません」


淡々とした声。


感情は乗っていない。


だが、その分、逃げ場がない。


「ずっと見ていましたから」


その言葉に、サラはわずかに目を伏せた。


私の心なんて、筒抜けなのだろう。


嘘などミレナには通じない。


(……本当に、困る子)


心の中でそう思いながらも、わずかに口元が緩む。


だが、それも一瞬。


すぐに消える。


「……そうね」


小さく、認める。


それだけで、十分だった。


沈黙が落ちる。


だが、それは重いものではない。


むしろ、次の言葉を待つ静けさ。


そして――


「では、駆け落ちしますか」


あまりにもあっさりと。


まるで、明日の予定でも聞くかのように。


「……は?」


一瞬、思考が止まる。


予想外すぎる言葉だった。


「駆け落ち、です」


ミレナは繰り返す。


真顔で。


冗談の気配はない。


「サラが望むなら、準備はできます」


「……何を言ってるの」


「事実です」


淡々とした説明が続く。


「資金は十分にあります。身分も新しく用意できます。国外へ出ることも可能です」


よく考えると、現実的な提案だと思い当たる、

決して夢物語ではない、実行可能な話。


(……この子、本気だわ)


サラは、額に手を当てたくなった。


だが――ほんの一瞬だけ。


(……できるのなら)


そんな考えが、頭をよぎった。


すべてを捨てて、何もかも放り出して、ただ、あの人と――


(……駄目よ)


即座に、その思考を切り捨てる。


選んではいけない。


ゆっくりと、顔を上げる。


「しないわ」


はっきりと、言う。


迷いのない声で。


自分に言い聞かせるように。


ミレナは、わずかに首を傾げた。


「理由を伺っても?」


「簡単なことよ」


サラは、静かに息を整えた。


言葉を選ぶ。


逃げないために。


誤魔化さないために。


「この国に来る時約束したの」


それは、何よりも重いもの。


「三年後には、父の決めた相手と結婚するって」


あの日、父と交わした約束。


あの怒り。


あの優しさ。


すべてを思い出す。


(……父は完全に味方だった)


だからこそ。


「裏切るわけにはいかない」


その一言に、すべてを込める。


ミレナは、少しだけ黙った。


だが、それで終わらない。


「それだけですか?」


静かに、問いを重ねる。


「……どういう意味?」


「“それだけ”であれば、優先順位は変えられます」


淡々とした分析。


「契約は、破棄可能です。代償は支払えます」


「違うわ」


即座に否定する。


強く。


はっきりと。


「そういう話じゃないの」


ミレナの言葉は、正しい。


理屈としては。


だが――


(そうじゃない)


「私は、公爵令嬢よ」


静かに言う。


その言葉には、重みがあった。


「その責務から逃げるつもりはないわ」


生まれた時から背負ってきたもの。


責任。


義務。


全て。


「背負っているものがある、それから逃げることはしないわ」


はっきりと、言い切る。


それが、私の生き方。


誰かに強制されたものではない。


(……私が決めた)


しばらくの沈黙。


ミレナは、やがて小さく頷いた。


「承知しました」


それだけ。


それ以上、何も言わない。


引くべきところで引く。


それがミレナだ。


しばらくして、ミレナが静かに部屋を出ていった。


扉が静かに閉まる。


一人になる。


静寂。


その中で――


(……好きよ)


誰にも聞こえない声で、呟く。


認めるしかない。


クリスのことが好きだと。


けれど――


(それでも)


選ばない。


選べない。


それが、ロザリー・トゥ・ステレット。


“サラ”としての時間は、終わりに近づいている。


胸に痛みが走る、それでも、自分に課せられたものを背負う覚悟から、

背を向ける事はできなかった。

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― 新着の感想 ―
男はこの国の王子だと話して番だと話せばよかったし、女の子も他国出身の公爵令嬢で3年後にお父さんが決めた人と結婚するって話せば親同士も話して万事上手くいきそうなのに、、 お互い素性も何もかも隠すわお互い…
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