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次期竜王のつがい  作者: あいら


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33/37

33(クリストファー視点)

夕暮れの名残が、街の輪郭を柔らかく縁取っていた。


王都の喧騒から少し離れた通り。

石畳はよく磨かれ、街灯の灯りが淡く反射している。


その一角にあるレストランは、決して大きくはない。

だが、扉の前に立つだけで分かる。


静かな品格。


豪奢すぎず、だが軽くもない。


中級貴族が良く利用する店として知られていて、

“男爵”として来るには少し背伸びした店。


何でもないというように店を案内しているが、

実は、政務が押すぐらいに、

大量の資料から悩みに悩んだ末、選んだ店である。


「ここ?」


隣でサラが小さく首を傾げる。


視線は店の外観を丁寧に辿っていた。


「素敵ね!」


その言葉に、わずかに胸が緩む。


店を選ぶ為の、時間、苦労が一気に報われた気持ちになる。


(頑張って選んでよかった)


扉を開ける。


中に入ると、柔らかな灯りと、バターと香草の混ざった香りが迎えた。


店内は広すぎず、テーブルの間隔も程よい。

会話が他の客に漏れないよう、絶妙に配置されている。


控えめな装飾。


だが、どれも質が高い。

貴族が利用するに相応しい品位を感じる。


ウエーターに案内されて案内された席に着く。


クリスが椅子を引くと、サラが自然に腰を下ろした、

その動作は自然だ。


(……やはりな)


改めて思う。


単なる平民だけではない事は、今までで明らかだ、

資産家という枠を超えている。

”特別に優れた存在”その事を動作一つで改めて感じる。


しかし、今はそれを追及する気はない。


目の前の時間の方が、遥かに重要だった。


最初に運ばれてきたのは、前菜だった、

白い皿の中央に、色彩が整然と配置されている。


薄くスライスされた鴨肉。

その上に、柑橘を使った透明感のあるソース。

周囲には、軽く火を通した季節の野菜。


「綺麗ね」


サラが、素直にそう言った。


「ダレンはも来れればよかったのにね」


今日はダレンはいない。


剣術の稽古で、指導者に急遽捕まって来れなくなったと説明したが、

これは嘘だ。


今日は最初から2人きりで過ごすつもりだった。


クリスの心臓はずっと音を立て続けている。

サラに聞こえるはずもないのに、気づかれないか心配になる程だ。


いや、こんなにも思っている事を気づいて欲しいのか・・・


複雑な思いを隠し、料理に手を伸ばす。


「味もいい」


そう言いながらも、確かに美味しいとは思うが、

半分ぐらい味が分からなくなっている自覚はあった。


「じゃあ、楽しみ」


サラがフォークを取る。


動きが、やはり美しい。

中級貴族の店であっても、まったく違和感ない。


そう、違和感がないのだ。


平民としては当然。

しかし、中級貴族としても、

王宮のパーティであっても違和感がない。


普通、平民がいきなり王宮のパーティに来れば、

どこか場違い感が出る、それがまるでなく、当然のように馴染んでいた。


場慣れし慣れている・・・

違和感がない事の違和感。


サラの事は大分知ってきたつもりだ、

ただ、まだまだ底が見えないという思いもある。


サラはそんなクリスの思考にはまったく気づかず、

一口料理を口にする。


わずかに、間。


そして――


「……美味しい」


その声は小さいが、確かな満足があった。


「鴨の脂が重くならないように、酸味で整えてる……?」


「そのようだね」


「へえ……面白いわね」


素直に感心している。


その様子に、自然と口元が緩む。


(……この表情は好きだ)


計算ではない。


純粋な興味。


それが伝わってくる。


次に出されたのは、スープ。


淡い黄金色。


表面には細かく刻まれた香草が浮かぶ。


一口すくうと、ほのかに湯気が立ち上る。


口に含めば、優しい旨味が広がる。


鶏と野菜を長時間煮出した、澄んだ味。


「……落ち着く味ね」


「派手さはないが、飽きない」


「ええ、ずっと飲んでいられそう」


サラは、静かに微笑んだ、その笑みに心が跳ねる。


メインは、肉料理だった、

厚みのある仔牛のロースト。


表面は香ばしく焼き上げられ、中は柔らかい。


ナイフを入れると、すっと刃が通る。


肉汁が、静かに溢れる。


付け合わせは、バターでソテーされたじゃがいもと、軽く火を通した豆。


ソースは赤ワインベース。


深い香り。


「……すごいわね」


サラが、少しだけ驚いたように言う。


「焼き加減が完璧……」


一口食べて、目を細める。


「……これは、贅沢」


その言葉に、胸の奥が温かくなる。


(……幸せだ)


思わず、そう言いたくなる。


その表情一つで、すべてが報われる気がした。


食事は、ゆっくりと進んだ。


急ぐ必要はない。


時間を味わうように。


会話も自然に続く。


料理の話。


街の話。


図書館の話。


どれも特別ではない。


だが――


(……心地いい)


無理がない。


沈黙すら、穏やかだ。


王宮ではあり得ない空気。


それが、ここにはあった。


店を出る頃には、夜が完全に訪れていた。


街灯が並び、石畳に光が落ちる。


人通りは少なく、静けさが広がる。


「少し歩こう、案内したい場所があるんだ」


「ええ」


短い返事。


だが、それで十分だった。


丘へと続く道。


緩やかな上り坂。


足音だけが、静かに響く。


やがて、視界が開けた。


そして――


夜景が、広がる、

王都全体が、一枚の絵のように広がり視線が釘付けになる。


無数の灯り。


整然と並ぶ光の筋。


遠くに流れる川には、灯りが揺れて映っている。


「……綺麗」


サラが、息を呑むように呟いた。


その声には、隠しきれない感動があった。


目を奪われている。


完全に、この景色に。


(……よかった)


心から、そう思う。


この瞬間のために、ここへ来た。


この顔が、見たかった。


「サラ」


名前を呼ぶ。


彼女が振り向く。


その一瞬で、決まる。


迷いは、ない。


一歩、前へ。


そして――


片膝をつく。


驚きが、わずかに伝わる。


だが、視線は逸らさない。


手を取る。


温もり。


細い指。


それを、そっと持ち上げ――


手の甲に、口づける。


「……私と、結婚してほしい」


静かに、だがはっきりと。


すべてを込めて。


沈黙。


夜の風。


遠くのざわめき。


すべてが遠のく。


サラは、しばらく何も言わなかった。


ただ、こちらを見ている。


そして――


ゆっくりと、目を伏せた。


「……ごめんなさい」


その声は、柔らかい。


だが、揺るがない拒絶。


(……そうか)


「困らせてすまない」


そう言って立ち上がる。


「ごめんなさい」


そう繰り返すサラに、首を振る。


笑顔を作ろうとして、失敗している事は自覚していた。


「帰ろう」


その言葉だけを絞り出すだけで精一杯だった。









王宮に戻ったあと、ダレンに首を振る。


ダレンは、


「そうか」


と、落ち込んだ顔をした。


心から、気持ちを分かってくれる人がいる事が救いだった。


「すまない、あんなに力になってくれたのに・・・」


「無理をしないでくれ」


これではどちらが上司か分からないと苦笑する。


ベッドに腰かけ、手のひらを見つめる、

彼女に出会って、色鮮やかだった世界が、

一気に真っ黒な世界になったようだった。


これからどう生きればいい?


竜神の血を引く者にとって、つがいは絶対だ。


その存在がいない。


サラは辺境伯令嬢を助けた時、褒章として養女となる事を断った、

身分や権力、財力、それらを必要とはしていない。


苦しい、苦しい、苦しい、


思わず、体を前に倒して、ぎゅっとちじこまる。


権力者として、無理矢理でも権力で縛るのが正しいと理解している、

しかし、そんな事はしたくないという、

一人の男としての気持ちがせめぎ合う。


さすがに、おかしいと思ったのだろう、

侍従が声をかけてきた。


「クリストファー様」


「一人にしてくれ」


自分でも、ひどい声だと思う、

侍従は何も悪くない、しかし余裕がなかった。


侍従は一瞬迷いを見せたが、部屋から出て行った。


頬に静かに涙が伝う。


私のつがい、私の半身。


諦めるべきだと分かっている、

それでもどうしても求めてしまう。


もう会えないのか?


それなら、もう生きている事自体が苦しい。


レストランでの胸の苦しさとはまったく別の、

切り裂くような苦しみに、クリストファーは包まれていた。

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