↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
次期竜王のつがい  作者: あいら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/35

32(リリア視点)

王宮の朝は早い。


まだ陽が完全に昇りきる前から、侍女たちは動き出している。


廊下は磨かれ、花は整えられ、

一日の始まりにふさわしい空気が作られていく。


その中で――


(……今日も、いつも通り)


リリアは静かに息を整えていた。


手元には、茶器。


磨き上げられたポットとカップ。

4代目前の竜妃によって描かれるようになった、

美しい花が繊細な模様になっている一級品の茶器だ。


そして――王宮専用に仕入れられた、最高級茶葉。


香りを確かめる。


湿度。


葉の状態。


すべて問題ない。


(完璧)


そうでなければならない。


リリアの役目は“完璧であること”


それ以上でも、それ以下でもない。


王都にある侍女になる為にある学園、

そこに入学できるのは、男爵から伯爵の令嬢のみ。

それだけに無事に卒業できればステータスになる。


そのうち3分の1が公爵家などに仕え、

またその3分の2が花嫁修業となっている。


王宮に勤められるのは、学園の中でも、

特に優秀な成績を収めたほんの限られたエリートのみ。


学園で最高の教育を受けて、

それで王宮に来てなお、訓練はかかせない。


リリア自身、先輩の侍女の凄さに、最初は圧倒された。


更に竜妃に仕える事が許されるのは、

ほんの一握りの侍女のみ。


お茶が美味しく入れられる事に自信はあるが、

そんな侍女はいくらでもいる、

王宮で勤められただけでも、両親には恩返しできただろう。


……そう思っていた。


「失礼いたします」


軽くノックをして、部屋に入る。


昨夜、客人として迎えられた女性の部屋。


サラ様。


名前だけは聞いていた。


詳しい素性は知らない。


リリアは余計なことは考えず、準備に入る。


国賓クラスの部屋にいる人物の事、

侍女ごときが詮索していいはずがない。


湯の温度。


蒸らしの時間。


注ぐ角度。


一つ一つを、正確に。


無駄な動きはない。


ただ、淡々と。


そして――


カップに注がれた紅茶から、柔らかな香りが立ち上る。


「おはようございます」


サラ様という客人から話しかけられてびっくりした。


しかも侍女である私に敬語だ、

どきどきしなからも何とか返す。


「おはようございます」


リリアは頭を下げる。


「朝の紅茶でございます」


「ありがとう」


貴族言葉ではない?


この部屋は国賓の部屋。


泊まる客は当然王族か高位貴族で、

それ相応の言葉遣い、振る舞いをしていた。


リリアは内心驚きながらも、紅茶を差し出す。


サラは、それを受け取り、一口。


そして――


「……美味しい」


その一言。


リリアの指先が、わずかに止まる。


「ブレスト山で取れた、最高級茶葉でございます」


リリアは答える。


「そうなの」


それが、いつもの答え。


だが――


次の言葉が、違った。


「……でも」


サラはカップを軽く傾けながら言う。


「あなたの腕がいいのね」


その瞬間。


時間が止まったように感じた。


「……え?」


思わず、声が漏れる。


自分でも信じられないほど、小さな声。


サラは自然に続ける。


「茶葉だけじゃ、ここまでにはならないわ」


何でもないことのように。


当たり前のように言う。


「お茶の淹れ方がとても上手いのね」


リリアの喉が、わずかに震える。


「名前は?」


その問い。


それは、あまりにも軽く。


だが――


リリアにとっては、重かった。


これまで何度も紅茶を淹れてきた。


しかし名前を聞かれたことは一度もない。


必要ないからだ。


侍女は、侍女。


しょせん機能の一つでしかない。


それが普通。


だから――


一瞬、言葉が出なかった。


「……リリアと、申します」


やっとの思いで、答える。


声が、少しだけ震えていた。


「リリア」


サラは、その名前を繰り返す。


確かめるように。


大切にするように。


「名前覚えたわ、ありがとう」


その一言で――


何かが、崩れた。


今までの全てが肯定され、報われた気分になった。


「……っ」


視界が、滲む。


慌てて顔を伏せる。


涙が落ちそうなのを何とか堪えた。


(国賓の前で泣くなんて……)


侍女としてあり得ない事だ。


(でも、嬉しい)


自分の技術が認められた。


だが、それ以上に――


(私を、見てくださった)


それが、何よりも大きかった。


「……ご、ご無礼を」


慌てて言う。


だが、サラは気にした様子もなく。


「いいのよ」


そう言って、ハンカチを渡して、私を怒らないように言って下さった。







その後、リリアには信じられないような事が起こった。


竜王。


竜妃。


そして、王太子。


それぞれに紅茶を淹れる。


王族にお茶を淹れるのは、専属の侍女の仕事、本来ならあり得ない事だ、

心臓が止まりそう思いをしながら淹れる。


手が震えそうになるのを、必死で抑える。


失敗は許されない。


震えそうな手をなんとか制御して、紅茶を差し出す。


一口、飲まれる。


沈黙。


そして――


竜王が、ふっと笑った。


「これが”つがい”が好きな味か」


竜妃も頷く。


「ええ、とてもよいわ」


王太子は、何も言わない、

だが、その表情は柔らかい。


リリアは冷や汗をかく、

サラ様が”次期竜王のつがい”だったなんて!


「リリア」


竜妃が名前を呼ぶ。


「はい」


「あなたは――」


一瞬、言葉を選び。


そして、微笑む。


「今後、王太子妃付きにします」


その言葉にリリアの思考が、止まる。


「……はい」


理解が追いつかない。

しかし竜妃の前で失礼はできない、

いつものくせで、なんとか「はい」とは返事ができた。


竜王は当然のように頷いている。


王太子も、静かに言う。


「サラが好きな味なら、それが一番だ」


それで、決まった。


あまりにもあっさりと。


(……王太子妃付き)


それは、侍女にとって最高位に近い役職。

夢に見た、自分には縁がないと思っていた場所。


(王太子妃は……)


サラ様


リリアの胸が、大きく脈打つ。


理解する。


自分の役目を。


そして――


(次期竜妃に仕える)


それが、どれほどの意味を持つのか。


深く、息を吸う。


そして、ゆっくりと頭を下げる。


「……心よりお仕え致します」


声が微かに震えるが、瞳には確かな意志が宿っていた。


部屋を出た後。


リリアは、静かに手を握りしめた。


(決めた)


心の中で、はっきりと。


(サラ様に、すべてを捧げる)


技術も。


時間も。


人生も。


すべて。


あの一言で、決まった。


「あなたの腕がいいのね」


その言葉を、何度も思い出す。


単なる侍女ではなく”リリア”を認めてくれたサラ様。

私に最高の道を下さったサラ様。


胸が熱くなる。


自然と、涙が滲む。


だが――今度は、止めなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。