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次期竜王のつがい  作者: あいら


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3/34

3

空は、どこまでも青かった。


王都の外れに設けられた飛空艇発着場。

巨大な船体がゆっくりと浮かび上がるその光景は、何度見ても現実離れしている。


風を受け、帆がわずかに揺れる。

空へと向かうその姿は、まるで空を泳ぐ生き物のようだった。


ロザリーは、その飛空艇を静かに見上げていた。


(これで……)


この国を離れる。


生まれ育った場所。

すべてを与えられた場所。

そして――役割を与えられていた場所。


「……準備は整っております」


背後から声がかかる。

振り返ると、そこにいたのは一人の少女。


青い髪に、同じ色の瞳。

年齢の判別がつきにくい、どこか静かな雰囲気を持った女性。


ミレナ・クローディア


ロザリーに付き従う、ただ一人の侍女。


「ありがとう、ミレナ」


「いえ」


短く答える。


その声音には、過剰な感情はない。

だが確かな忠誠が感じられる。


今回の渡航にあたり、ステレット公爵家は徹底した準備を行っていた。


身分の偽装。

経歴の改ざん。

資金の分散。


すべては――ロザリーが“ただの平民”として生きるため。


「書類の方も問題ありません。“サラ”として登録されています」


「サラ……」


その名を、ロザリーは小さく口にする。

平民なのでみよじはない、単なる”サラ”


それは、もう一人の自分。


公爵令嬢ではない、何者でもない名前。


「……いい名前ね」


自然と、言葉がこぼれる。


どこか軽くて。

どこか自由で。


“ロザリー”という名が持っていた重さとは、まるで違う。


「気に入っていただけたなら何よりです」


ミレナは淡々と答える。

だが、ほんのわずかに――口元が緩んだようにも見えた。


「では、参りましょう」


促され、ロザリーは歩き出す。


一歩。


また一歩。


踏みしめるように、前へ。


――そして。


飛空艇へと乗り込む、その瞬間何かが完全に切り替わった。


(私はもう――)


ロザリーではない。


そう、思った。


飛空艇の内部は、想像以上に快適だった。


振動は少なく、座席も柔らかい。

大きな窓からは、徐々に遠ざかる王都の景色が見える。


建物が小さくなり、人が点になり、やがてただの風景へと変わっていく。


「……さよなら」


ぽつりと呟く。


少し寂しい、しかしそれ以上に。


(楽しみ、ね)


知らない国。

知らない生活。


そこに自分がいるという事実が、不思議と胸を高鳴らせる。


「ロザ――」


ミレナが、言いかけて止まる。


一瞬の間。


そして。


「……サラ」


呼び直した。


ロザリーは、そちらを見る。


ミレナの表情は変わらない。

だが、その呼び方には明確な意味があった。


「これより先、公爵令嬢は存在しません」


「ええ」


ロザリー――いや、サラは頷く。


「私はサラ。ただの平民」


その言葉は、不思議としっくりきた。


「……それと」


ミレナが続ける。


「言葉遣いについてですが」


「ええ、分かっているわ」


 軽く息を吐く。


「敬語は使わない。ミレナも、私に敬語は禁止」


「……本当に、それでよろしい……それでいいの?」


「ええ」


「分かりました、元より言葉は道具です。状況に応じて使い分けるだけですので」


さらりと言う。


(……頼もしいわね)


思わず、笑みが浮かぶ。


「じゃあ、ミレナ」


「何?」


「これからよろしく」


その言い方は、これまでとは違う。


主と従者ではなく。


どこか、対等に近い響き。


ミレナは、ほんのわずかに目を細めた。


「……ええ。よろしく、サラ」


数日後。


飛空艇は、ドラグレシア竜大国へと到着した。


空から見下ろすその国は、まるで別世界だった。


整然と並ぶ街並み。

石造りの建物。

規則正しく走る道路。


明らかに――発展している。


「……すごい」


思わず声が漏れる。


ルーナ神聖国とは、あまりにも違う。





飛行艇の発着場から、馬車に乗り家へ向かう。

用意されていた家は、街の一角にある小さな一軒家だった。


豪華ではない。

だが、清潔で整っている。


「ここが……私の家」


サラは、ゆっくりと中へ入る。


木の床。簡素な家具。

それでも、不思議と落ち着く空間。


「悪くないわね」


「むしろ良い方」


ミレナが淡々と返す。


「この家具はなかなか手に入らないのに、

 平民として違和感がない風になっている」


「……そうなの?」


「裏で動いた人間が優秀だったということ」


(お父様ね)


思わず苦笑する。


本当に、どこまで甘いのか。


荷物を整理し、一息ついた頃。


ミレナが口を開いた。


「そういえば」


「何?」


「ルーナ神聖国の件」


その一言で、空気が少しだけ変わる。


「第一王子――セドリックが、廃嫡された」


サラは、目を瞬かせる。


「……そう」


短く答える。


驚きはある。だが、それだけだ。


「早いわね」


「当然」


ミレナは即答する。


「公の場で婚約破棄。しかも相手は男爵令嬢」


淡々と事実を並べる。


「王族として致命的」


「……ええ」


サラも頷く。


「それと」


ミレナが、少しだけ視線を細める。


「公の場で婚約解消をすれば、婚約破棄も無理ではないと仄めかした者がいる」


ミレナの言葉は、鋭かった。


「周囲に。それとなく」


サラは、何も言わない。


「気づいてた?」


「……さあ」


柔らかく、微笑む。


「どうかしらね」


その笑みは、曖昧で何も語らない。


ミレナは、しばらくサラを見ていたが。


「……そう」


それ以上は追及しなかった。


(気づいていたとしても)


それを口にする必要はない。

選択したのはセドリックだ。


今、大事なのは――


(これから、ね)


サラは、窓の外を見る。


見知らぬ街。

見知らぬ人々。


そして、これから始まる新しい生活。


胸の奥が、わずかに高鳴る。


「ねえ、ミレナ」


「何?」


「明日から、忙しくなりそうね」


「そうなる」


即答だった。


サラは、くすりと笑う。


その笑みは、もう“公爵令嬢ロザリー”のものではなかった。


ただ一人の少女――サラのものだった。

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