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それは、空気が“裂けた”ような瞬間だった。
詩の余韻がまだ会場に残っている中で――
「どういうことですの!!!」
高く、響く声。
その中に含まれる怒気ははっきりと示されている。
サラは驚いて視線を向けた。
人だかりができている。
ほぼ中央の位置。
明らかにただ事ではない空気。
(……問題ね)
遠目から状況を確認する。
そこにいたのは――
(イグナリアの王女)
イグナリアとは、カルディナ大陸とは別の、
いくつもの島からなる連合国。
独特の文化を持ち、工芸品の中には、
イグナリアでしか生産できない物もあり、重要な交易国だ。
その王女。
ルティーナ・イグナリア。
燃えるような赤い瞳。
鋭く吊り上がった視線。
そして、その正面には――
青ざめた少女。
(彼女は確か・・・・)
ティセット・ヴァルハルト。
辺境伯のご令嬢だったはずだ。
そして、その隣には父である辺境伯グレイヴが立っていた。
「申し訳ございません、王女殿下」
父親のグレイヴが頭を下げる。
だが、ルティーナは一切揺るがない。
「謝罪など、求めておりませんわ」
冷たい声。
「問題は――侮辱されたという事実です」
その言葉に、周囲が息を呑む。
ルティーナの手には、一つのネックレスがあった。
真珠。
だが――
(偽物だった訳ね)
とても良くできた偽造品。
ドラグレシア竜大国の技術の高さを悪用された形だ。
「これを“贈り物”として渡すとは」
ルティーナの声がさらに低くなる。
「私を愚弄しているとしか思えませんわ」
「それは……誤解です!」
ティセットが声を上げる。
だが、その声は震えていた。
「私は、本物だと――」
「黙りなさい!」
一言で、空気が凍る。
ティセットは言葉を失い、肩を震わせる。
「辺境伯」
ルティーナが視線を向ける。
「これは“国”の問題です」
その一言で、意味が変わる。
個人の失態ではない。
外交問題。
グレイヴの表情は硬い。
「その娘の首で償っていただきます」
宣告。
場が凍りつく。
ティセットが小さく息を呑む。
”死ね”と言われたのだ、当然の事だろう。
グレイヴの拳が、わずかに震える。
「……王女殿下」
「何か?」
「私が代わりに償います、なので娘だけは――」
「私はその娘に代償の支払いを求めているのよ!!!」
遮られる。
鋭い視線。
場が氷りつく。
外交問題でもあるので、動く貴族はいない。
宰相も裏でいくつか指示を出していたようだが、
表立っては動かなかった。
竜王、竜妃はこのパーティには出席していない。
男爵も参加できるこのパーティは、
そこまで格式が高いパーティではないのだ。
王太子もいず、この場を収められる程の権力を持つ者が存在しなかった。
(……仕方ないわね)
サラはゆっくりとルティーナの元に向かう。
周囲の視線が集まる。
だが、気にしない。
そして、ルティーナの前で立ち止まる。
「御機嫌よう、王女殿下」
その言葉に、周囲がざわめく。
誰だ、という視線。
「あなたは?」
この場で自分に声をかけられるのは、
相当な身分と誤解したのだろう、一応は対応してくれた。
そして――
次の瞬間。
サラは、流れるように言葉を変えた。
イグナリアの言語で。
『少しだけ、お時間をいただけますか』
完璧な発音。
流れるようなイントネーション。
それを聞いた瞬間、ルティーナの瞳が大きく揺れた。
『……あなた』
驚き。
そして、興味。
サラは静かに続ける。
『この件、私に収めさせて頂けないでしょうか』
ほとんどの者には理解できない言葉。
ドラグレシア竜大国、グランヴェルド帝国、エルディシア王国
で使われる共通言語が、主要言語となっており、
イグナリアの言語を話せる者はごくわずか、
実際王女自身、主要言語で話していた。
それなのに、いきなりイグナリアの言語での会話が始まり、
周りは困惑しながらも、成り行きを見守る。
『あなたが?』
『ええ』
サラは一歩だけ距離を詰めた。
そこには大至急王宮侍女に、
私の荷物から持ってきてもらった箱が用意されている。
中から取り出したのは、一つのネックレス。
先には赤い石。
単にそれだけ
『こちらでお許し頂きたいのです』
ルティーナに差し出す。
彼女は無言でそれを受け取った。
そして――目を見開く。
その反応で確信する。
(分かって下さって良かったわ)
『これは……』
サラは微笑む。
しばらくルティーナは沈黙していた。
周囲は意味が分からないまま、ただ緊張を見守っている。
確かに赤は血を意味し、
それゆえ血を流す事なく収める事を願う意味がある、
それと同時に聖ルーナの色、貴色とされる。
しかし、王女に渡すにはあまりにも小さくて、装飾も大した物ではない、
到底満足するような品ではない、誰もがそう思っていた。
そして――
『……面白い方ね』
小さく笑った。
怒りではない。
興味。
そして、評価。
『あなた、名前は?』
サラは一瞬だけ考え――
『サラと申します』
『そう、サラ』
ルティーナは、ふっと息を吐いた。
「……いいでしょう」
周囲が息を呑む。
「許しましょう」
その一言で、空気が一気に緩む。
ティセットがその場に崩れ落ち、グレイヴが深く頭を下げる。
「感謝いたします」
だが、ルティーナは視線をサラに向けたままだった。
「良い交流を持ちたいわね」
サラは軽く微笑む。
「光栄です」
短い返答。
それだけで十分だった。
場が落ち着いた後、
人々のざわめきは、先ほどとは違う意味を持って広がっていた。
(あーあ、相当注目されちゃったわ)
サラはグラスを手に取りながら思う。
だが、後悔はない。
「サラ」
何とも言えないクリスの表情を見る。
聞きたい、でも聞いてはいけない、そんな表情だった。
「王宮の料理、まだ食べてないのがあるの、もっと食べましょう」
「まだ、食べるのかい」
やっと笑顔を見せたクリスに、サラはほほ笑んだ。




