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次期竜王のつがい  作者: あいら


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テーブルの上には、先ほどまで二人で食べていたレモーネのケーキの皿と、

まだ温かさの残る紅茶。


その余韻の中で、ジェニファーはふとカップを持つ手を止めた。


何かを考えている顔、

ほんのわずかに視線が落ち、言葉を選んでいるような沈黙。


サラはその様子を、静かに観察していた。


(……何かあるわね)


ただの雑談では終わらない気配を感じ、

サラはカップをソーサーに戻し、口を開いた。


「どうかしたの?」


穏やかに問いかけると、ジェニファーはゆっくりと顔を上げた。


その瞳には、迷いと――決意が混じっている。


「……一つ、サラに提案があるの」


少しだけ、声が低い。


軽い話題ではない、と直感する。


「なに?」


短く返す。


促すでもなく、急かすでもなく。


ただ、受け止める姿勢だけを見せる。


ジェニファーは一度息を整え、それから口を開いた。


「近いうちに、王宮でパーティが開かれるわ」


その言葉に、サラの指先がわずかに止まる。


だが、表情には出さない。


「パーティ?」


「ええ」


ジェニファーは頷く。


「今回の主題は、詩よ」


「詩……」


その響きに、サラは少しだけ興味を引かれる。


この国は文化水準が高い、

教育も、技術も、制度も整っているが、それだけではない、

芸術への理解と支援が、他国とは比べものにならないほど深い。


「フェルシーナという詩人がいるの」


ジェニファーの声に、わずかな熱が宿る。


「新進気鋭。けれど、もう“新進”という言葉では収まらないほど評価されているわ」


「そんなに?」


「ええ」


「感情の描き方がとても繊細で、しかも構造が美しいの。

 言葉の選び方も独特で……読んでいるだけで、情景が浮かぶ」


その語り方は、明らかに“好き”な者のそれだった。


サラは少しだけ口元を緩める。


「ずいぶんと気に入っているのね」


「ええ、とても」


迷いのない肯定。


「そのフェルシーナが、新作を王宮で発表するの」


「なるほど」


サラは頷く。

王宮で発表となれば、フェルシーナという詩人が、

どれだけ評価されているか、自然と分かるという物だ。


「それは確かに、大きな催しね」


「ええ。だから、沢山の貴族たちが顔を出すわ」


ジェニファーはそう言って、わずかに言葉を切った。


その“間”に、サラは気づく。


(……本題はここからね)


案の定。


「あなたも来ない?」


静かに、そう言われた。


一瞬、時間が止まる、

サラは瞬きを一つしてから、ゆっくりとジェニファーを見返した。


「私が?」


「ええ」


迷いのない視線。


試すでも誘導するでもない、

単なる“当然の選択肢”としての提案だった。


「……無理じゃないかしら」


サラは率直に言った。


「私は平民よ?」


その言葉に、ジェニファーはわずかに首を振る。


「一人で行くなら、そうね。でも――」


そこで、少しだけ口元を緩める。


「同行者としてなら話は別よ」


「同行者?」


「ええ」


ジェニファーは視線をまっすぐに向けたまま言う。


「クリスに誘ってもらえばいいのよ」


その名前に、サラの胸が小さく揺れる。


ほんのわずかに。


「……クリスに?」


「ええ」


「彼、男爵なのでしょう?」


「そうね」


「なら問題ないわ。男爵の随伴者であれば、細かな身分の確認まではされない」


理屈としては正しい。


社交界は厳格でありながら、完全ではない。


特に“付き添い”の立場は、ある程度の曖昧さを許される。


「それに」


ジェニファーは続けた。


「あなた、王宮の料理に興味はない?」


「……あるわね」


素直に認める。

休日食べ歩きをするぐらい食には興味がある。


だが、その頂点――王宮は、まだ知らない。


「この国の最高峰よ」


ジェニファーは静かに言う。


「食べておくべきだと思うわ」


サラは視線を落とした。


王宮。


社交界。


貴族たちの世界。


(……久しぶりね)


かつては、そこが自分の居場所だった。


だが今は違う。


名前も、立場も。


すべてを変えている。


(それでも――)


むしろ、よく知っているからこそ。


(今の私で、どう見えるか)


それが気になる。


“サラ”として、あの場に立った時、何が見えるのか。


「……いい機会かもしれないわね」


ぽつりと呟く。


ジェニファーの目がわずかに輝く。


「行くの?」


「ええ」


サラはゆっくりと頷いた。


「クリスに相談してみるわ」


その言葉に、ジェニファーの表情がぱっと明るくなる。


「本当?」


「ええ」


「良かった……!」


心から安堵したような声音。


その反応に、サラは少しだけ笑った。


「そんなに?」


「ええ、そんなに」


即答だった。


「あなたが来るなら、絶対に面白くなるもの」


「それはどういう意味かしら」


「そのままの意味よ」


まったく悪びれない。


サラは肩をすくめた。


(……どんな期待なのかしら)


夕暮れ。


ジェニファーが馬車に乗ったのを確認した頃には、

空は橙から紫へと移り変わっていた。


扉を開け、室内へ入る。


外の空気よりも、少しだけ暖かい空間。


「……王宮、ね」


小さく呟く。


静かな部屋に、その声が溶ける。


懐かしさはある。


だが、それ以上に。


(違う場所に行くような感覚)


同じ王宮でも、立場が違えば、見える景色は変わる。


その変化を、少し楽しみにしている自分がいる。


その時。


扉がノックされた。


「サラ、いる?」


ミレナの声。


「いるわよ」


扉が開き、彼女が入ってくる。


「何かあった?」


ミレナはすぐに察する。


サラは椅子に腰掛け、軽く足を組んだ。


「王宮のパーティに行くことになるかもしれないわ」


その一言で、ミレナの目が細くなる。


「……王宮?」


「ええ」


「また大きく出たわね」


半分呆れ、半分楽しんでいる声音。


「誘われたのよ」


「誰に?」


「ジェニファーに」


「ああ……なるほど」


 すぐに納得したように頷く。


「で、どうやって入るの?」


「クリスの同行者として」


「……ふーん」


意味ありげな視線。


サラはそれを受け流す。


「そういう話になっただけよ」


「はいはい」


ミレナは軽く笑った。







クリスに相談すると、二つ返事でOKしてくれた。

むしろ歓迎してるようだ。


ミレナが確認するように言う。


「ドレスは?」


「クリスが用意してくれるらしいわ」


「……用意するのね」


わずかにミレナの口元が上がる。


もちろん、最初はエスコートだけで十分だと言った、

しかし、クリスは張り切り、

ダレンに押し切られる状態で決まったのだ。


男爵の付き添いである、平民が着るドレスだ、

派手な物や流行の最先端をいくドレスは、

高位貴族の逆鱗に触れる。


あくまで控えめで、どこにでもあるデザイン、

生地もありふれた物。

クリスには念を押して、お願いした。


ミレナはそれ以上は何も言わなかった、

だが、その表情は明らかに楽しんでいる。


「アクセサリーは?」


「髪飾りだけにするわ」


「控えめね」


「その方がいいでしょう」


サラは静かに言う。


「今回は目立つ必要はないもの」


むしろ――


(観察する)


それが目的だ。


誰がどう動くか。

どんな価値観で場が回っているか、それを知る。


「……まあ、サラなら大丈夫か」


ミレナはあっさりと言った。


「何があっても、どうにかするでしょうし」


「ええ」


サラは迷わず頷く。


「どうにかするわ」


その言葉には、確かな自信があった。


夜。


窓の外には、街の灯りが広がっている。


サラはその光を静かに見つめていた。


(社交界……)


「楽しみね」


自然と、そう呟いていた。


その言葉は、夜の静けさの中に、柔らかく溶けていった。

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