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次期竜王のつがい  作者: あいら


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26/35

26(ジェニファー視点)

ドラグレシア竜大国の王立図書館は、今日も静かだった。


天井まで届く巨大な本棚。磨き上げられた深い色の木材。

高窓から差し込む午後の陽光が、本の背表紙を金色に浮かび上がらせている。


週に1度、金曜日。

ジェニファーは子爵令嬢を装い、サラと会話を楽しんでいた。


誰が敵で、誰が味方か分からない。

味方だと思ってた人が、次の瞬間敵になる。


そんな貴族のやり取りの中では、

本当の意味で友人などいなかった。


周りにいたのは、公爵家に逆らえない、

安全な令嬢数人のみ。


サラはそんな令嬢達とは全然違う。


家も肩書も気にしない。

対等な認め合え、心が許せる友人。


そんな存在に出会えた事が、心から幸せだった。

神に感謝したいぐらいに。


サラといると、不思議と肩の力が抜けた。


彼女は決して媚びない。

けれど無礼でもない。


その空気感は、貴族教育だけで身に付くものではなかった。


「ジェニファー、この本探していなかった?」


談話室へ向かう途中、サラが一冊の本を差し出した。


「……あら。よく分かられましたわね」


「以前、“竜騎士団創設史”を探していたのよ」


私は目を瞬かせた。


普通、そんな何気ない会話を覚えているだろうか。


しかも数週間前の話だ。


「記憶力が良いのね」


「そう?」


サラはふわりと笑った。


一応、子爵令嬢と平民で身分差はあるが、

あくまで友人として、くだけた口調で身分を意識しないで話して欲しいと、

サラにお願いしている。

サラは「本当にいいのかしら」といいつつ、

普通に話してくれている。


談話室へ入ると、私たちはいつもの席へ座った。


窓際の丸テーブル、中庭の花壇がよく見える場所だ。


紅茶が運ばれてくる。


私は何気なく尋ねた。


「そういえば、最近はどんな本を読んでいらっしゃるの?」


「貴族名鑑よ」


「……え?」


思わず聞き返してしまった。


「今年度版が出たので、最新情報を確認する為に、

 今回は情報更新が多くて、面白かったわ」


私も毎年目を通すが、しばらくは暗記で頭が痛くなる思いをする、

それを面白いと言ってしまえる所に、尊敬の念がますます深くなる。


まず分厚い。

貴族家の家系図や派閥まで載っているからだ。


私は半ば呆れながら笑った。


「まさか全部覚えるつもり?」


「もう大体覚えたわ」


「……え?」


サラはさらりと言った。


あまりにも自然に。


私は思わず身を乗り出す。


「大体って、どのくらい?」


「主要貴族百二十家ほどかしら」


「ひ、百二十……!?」


思わず声が裏返った。


「……本当に?」


「ええ」


「家族も入れると、五百人近いわよ」


「そうね」


サラは当然の事のように言い、呆然とする。


ジェニファーも貴族名鑑には目を通すが、覚えるのは伯爵家以上の家に限定していた。

サラは男爵・子爵も全て覚えているという事だ。


私は試すように言った。


「では、アーヴェント侯爵家」


「現当主はレオニード・アーヴェント侯爵。五十二歳。

 保守派寄りだけど、中立傾向。

 夫人は病弱で社交界にはほとんど出ない。

 長男は竜騎士団所属、次男は研究院。

 三女は昨年婚約されたのよね」


「…………」


正確だった。


完璧に。


「じゃ、じゃあ……ヴァルハイド公爵家」


「現当主はエドガー・ヴァルハイド公爵。

 王家寄りの筆頭貴族。

 クリストファー殿下とも関係が深い」


「そこまで知っているの!?」


「有名だもの」


有名だもの、ではない。


「……サラ、あなた本当に平民?」


今更の質問だと思うが、聞かずにはいられなかった……


「父の仕事の関係で、必要になるかもれしない事だから」


サラはにこり、と微笑む。


柔らかい笑顔。


まったく裏は読めない。


もし読ませないのだとすれば、プロ中のプロだ。


むしろ――。


私は少し楽しくなってきていた。


「なら、私が追加情報を教えてあげる」


「追加情報?」


「ええ。名鑑に載らない“噂”よ」


サラの金色の瞳が、ぱっと輝いた、

私は思わず笑ってしまった。


「例えば、アーヴェント侯爵家の次男。

 研究院所属だけれど、実際は女性関係がかなり派手」


「なるほど……」


サラは真剣な顔で頷き、手帳へ書き込む。


「あと、ヴァルハイド公爵夫人は甘いもの好き。

 特に蜂蜜菓子」


気付けば私たちは、時間を忘れて話し込んでいた。


誰がどの派閥か。

誰と誰が不仲か。

どこの夫人が宝石好きか。


サラは驚くほど飲み込みが早い。


彼女の力になれている事が、心から嬉しかった。







「ジェニファー、もしよろしければ……」


ある日の帰り際、サラが少し遠慮がちに言った。


「今度、家へ遊びに来ませんか?」


「……え?」


「いつもいろいろ教えてもらっているでしょう、

 お礼にケーキでもどう?」


私は少し驚いた。


貴族同士ならともかく、平民の家へ招かれるなど初めてだ。


「行くわ」


そう答えると、サラは本当に嬉しそうに笑った。


次の日曜。


私はサラの家を訪れた。


下町にある、小さな一軒家。


けれど驚くほど清潔だった。


窓辺には花。室内は整頓されどこか温かい。


「いらっしゃい、ジェニファー」


同居人だというミレナを紹介される、

お菓子は彼女の手作りだそうだ。


「今日は特別なお菓子を作ったんです」


「特別?」


「はい」


テーブルへ案内される、

しばらくして運ばれてきたのは、淡い黄色のケーキだった。


ふわりと爽やかな香りが漂う。


「……何かしら?」


「レモーネのケーキよ」


「レモーネ?」


聞いたことのない果実名だった。


「ルーナ神聖国でのみ採れる果実だから、

 この国の人には珍しいはずよ」


私は恐る恐る一口食べた。


――その瞬間。


「っ……!?」


衝撃が走った。


爽やかな酸味。

甘さとの絶妙な調和。

香りが一気に鼻へ抜ける。


こんなお菓子、食べたことがない。


「お、美味しい……!」


「良かったです」


サラはほっとしたように微笑んだ。


私は夢中で二口、三口と食べる。


「何これ……凄いわ……!

 こんなものを普通に出すなんて……!」


私は貴族のお茶会に出したら、

一気に上位の立場に立てると計算する。


「このお菓子は秘密にしておいて、ここぞという時に出すべきよ」


サラは少し驚きながらも。


「特別なお客様だけよ」


と言い。


自分がその”特別”である事が、嬉しかった。


サラは人の心を自然に掴む。


ただ優しいだけではない。


相手を理解し、居心地の良い空間を作り、

気付けば心を許させている。


これは才能だ。


天性の。


「サラ」


「はい?」


私は静かに言った。


「私は絶対の貴女の味方よ、何があっても力になるわ」


サラが目を丸くする。


「ありがとうございます、そんな友人がいるなんて、

 私は果報者ね」


その言葉に胸が熱くなる。


「友人?」


「ええ、とてもいいお友達だと思っているわ」


私はその言葉を何度も頭で繰り返し、

ゆるくなる頬を隠すように、紅茶を飲んだのだった。

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