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次期竜王のつがい  作者: あいら


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24/34

24(カトリーヌ視点)

夜の空気は、どこまでも静かだった。


高級娼館の最上階。

外界の喧騒とは切り離されたようなその部屋で、カトリーヌは窓辺に立ち、

ゆっくりとグラスを傾けていた。


赤い液体が、わずかに揺れる。


視線の先には、夜の街。

灯りが点々と連なり、人の営みがかすかに見える。


「……終わったようね」


小さく、呟く。


ほんの数日前まで、この街の裏側では“商品”が動いていた。

名前を奪われ、意思を奪われ、ただ売られるためだけに存在させられた女たち。


それが今は――


いない。


娼館は潰れ、関係者は消え、女たちは解放された。


あまりにも、あっけない終わりだった。


「まるで夢みたいね」


くすり、と笑う。


だが、その瞳に浮かぶのは、甘さではない。


冷静な観察者の色だった。


あの夜のことを思い出す。


招いたのは、教会の下働きの男。

名はリュート。


持ってきた証拠の書類、

それから、情報は十分すぎるほどに引き出せた。


――マグヌス・サン=クロワ。


教会の司教。


(あの時点で、もう勝負は決まっていた)


結果は、見ての通りだ。


組織は崩れ、証拠は消え、関係者は消えた。


そして。


「司教様は、急なご病気でお亡くなり……ね」


ふ、と笑う。


あまりにも都合の良い終わり方。


だが、裏の世界ではそれが“正しい処理”だ。


裁判も、弁明もない。

ただ、消える。


それで全てが片付く。


カトリーヌはゆっくりと窓から離れ、ソファに腰を下ろした。


背もたれに身を預ける。


柔らかな感触が、わずかに身体を沈めた。


(王宮の裏……)


王宮なら裏の顔があって同然、驚く事ではない、

この国には“もう一つの顔”がある、

表では見えない場所で、確実に秩序を保つ存在。


それは正義ではない。

だが、必要なものだ。


そして。


(繋がった)


カトリーヌの唇が、ゆっくりと歪む。


あの情報が流れた先。

その動き。

処理の速さと正確さ。


間違いなく、王宮の裏の人間が動いた。


そしてその糸は、今――


「こちらにも届いている、というわけね」


テーブルの上に置かれた小さな封筒に視線を落とす。


差出人の名はない。

だが、封蝋に刻まれた紋章は見覚えがあった。


王宮の内側にいる者にしか使えない印。


カトリーヌはそれを手に取り、指先でなぞる。


「面白いじゃない」


静かに、呟く。


これは“招待”だ。


裏の世界で生きる者に対する、静かな了承。


――お前は、使える。


そう言われているに等しい。


普通の女なら、恐れるだろう。


だがカトリーヌは違う。


恐れよりも先に、興味が勝つ。


どれほどの力を持つ者たちなのか。

どれほど深く、この国に根を張っているのか。


そして。


(その上に立つ存在は、どんな存在なのか)


「……ふふ」


小さく笑う。


街で耳にした噂。


盗賊から女を救った“ある人物”。


名は広まっていない。

今は侍女のネットワークに流れているだけのようだが、

このカトリーヌの耳には、詳細な情報が入っている。


(ああ、なるほど)


グラスを持ち上げる。


ゆっくりと口をつける。


舌に広がる芳醇な甘味。


それを味わいながら、カトリーヌは目を細めた。


(そういうことね)


この国において、特別な存在。


竜の血を引く者が選ぶ、ただ一人。


理屈ではない。

制度でもない。


“選ばれる”存在。


――つがい。


その言葉が、静かに浮かぶ。


カトリーヌは、これまで多くの人間を見てきた。


貴族も、商人も、裏の人間も。


欲に溺れる者。

権力にしがみつく者。

弱者を踏みつける者。


だが、ごく稀に。


まったく違う種類の人間がいる。


理屈では測れない存在。


周囲の空気を変え、流れを変え、

気づけば“当然のように”中心にいる者。


(彼女は、そういう存在ね)


確信に近い感覚だった。


証拠など必要ない。


長年この世界で生きてきた勘が、そう告げている。


そして今回の件。


あまりにも整いすぎた結末。


(あの方が、流れを変えた)

 

重要なのは“何を成したか”。


そして、その結果。


「……認めるしかないわね」


単なる平民、いや、平民だからこそ、

その異常さが分かる、明らかに突出した存在。


静かに、言葉を落とす。


グラスをテーブルに置く。


指先が、軽く音を立てた。


「次期竜王のつがい」


純粋な評価。


この国で生きる者としての、理解。


「面白くなってきたじゃない」


口元に、ゆっくりと笑みが浮かぶ。


裏の世界は、力で決まる。


金、情報、権力。


サラは全てを持っていた。


当然普通の平民である訳がない。


カトリーヌはソファから立ち上がり、再び窓辺へと歩み寄る。


夜の街を見下ろす。


変わらないようでいて、確実に何かが変わり始めている。


そんな気配があった。


「さて……」


小さく呟く。


手の中の封筒を、軽く叩く。


「こちらも、動くとしましょうか」


王宮の裏と繋がった今、出来ることは格段に増える。


裏の人間として、”次期竜王のつがい”を認めた瞬間だった。

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