22(騎士団長視点)
騎士団という場所は、基本的に騒がしい。
剣がぶつかる音、靴底が石床を叩く音、命令が飛び交う声――
そのすべてが常にある。
そんな喧噪の中、騎士団長である私、マクシミリアン・クロイツは立っていた。
今日の訓練場も同じだった。
朝の光が石造りの壁に反射し、白く眩しい。
訓練用の剣が並び、若い騎士たちが整列している。
そこに一人の男が入ってきた瞬間空気がぴりりと引き締まる。
ドラグレシア竜大国の王太子――クリストファー・ファン・デラ・ドラグレシア。
ここでは、彼はただの“訓練参加者”として立っている。
決して特別扱いは希望しない、一騎士として剣を振るう。
しかし、その姿は周りの視線を自然に集める。
(やはり、王者としての資質をお持ちだ)
私は毎回そう思う。
「始める」
合図とともに訓練が始まる。
剣が交わる音が響く。
“必要な分だけ強い”
それが彼の戦い方だった。
若い騎士が一人、彼に挑む。
金属音が響く。
何度目かの剣戟の末、その騎士は剣を弾かれていた。
動きは速く、乱れがない。
(完璧だ)
そう思うのは、私だけではないだろう。
周囲の騎士たちも同じ表情をしている。
騎士の中でも、王宮の騎士、その中でも近衛騎士ともなると、
選びに選ばれた精鋭ぞろい、その中にあって決して劣っていない。
むしろ、政務もあり、訓練ばかりではないのに、
近衛騎士より強い事さえあった。
クリストファーに勝てる近衛騎士は数十名程度、
それ程にクリストファーは強い、十分すぎるぐらいに。
それ程の力を手にしても、決して努力を怠らない姿勢は、
若い騎士はもちろんの事、年を重ねた騎士も忠誠を誓うに十分だった。
訓練が終わると、空気が一気に緩む。
汗を拭く音。
水を飲む音。
クリストファーは静かに剣を収めた。
私は近づく。
「本日も見事でした、殿下」
これは事実だ。
社交辞令ではない。
だが、クリストファーは少しだけ視線を上げる。
「……そうか」
短い返事。
そのあと、少し間があった。
そして、意外な言葉が続く。
「だが私は完璧ではない」
私は一瞬、耳を疑った。
「完璧ではない、とは?」
クリストファーは少しだけ視線を逸らす。
「苦手なものもある」
騎士団長としての経験上、この手の発言は珍しくない。
若手騎士から相談を受ける事、
壮年の騎士の愚痴を聞く事も多い。
だが、彼の口から出ると意味が違う。
”完全無欠の王太子”
“弱さを必要としない人間”だと思っていた。
「殿下にも苦手なものが?」
思わず問い返す。
クリストファーは一瞬沈黙する。
そして――
「ある」
その言葉は、やけに静かだった。
私は少しだけ興味を持つ。
「差し支えなければ、お聞きしても?」
普段だったら聞かなかったかもしれない、
しかし、クリストファーのその目には“聞いてほしい”という色があった。
(……珍しい事もあるものだ…………)
「ベルジャミン料理だ」
私は一瞬だけ理解が遅れた。
「料理……ですか」
「そうだ」
彼は少しだけ真面目な顔で言う。
「香辛料の独特な味が苦手だったのだ」
それだけで、理由としては十分だ。
だが次の言葉が予想外だった。
「だが、それを克服できた」
私は目を細める。
「克服、ですか」
クリストファーは小さく頷く。
そして、少しだけ声の質が変わる。
「彼女のおかげだ」
その瞬間、空気がわずかに変わった。
“彼女”
その言葉が意味する人物は限られている。
サラ様。
私はすぐに理解する。
だが、口には出さない。
クリストファーは続ける。
「サラに薦められた、そうしたら美味しいと感じた」
(これは完全なノロケですな)
ほんわかした気分で、王太子を見る。
「彼女がいれば、どんな困難も克服できる」
その言葉を心強く思う。
「彼女のスープを少しもらった」
私は一瞬言葉を失う。
(彼女のスープ……?)
それは貴族社会では軽い意味ではない。
むしろ距離が問題だ。
私は慎重に言葉を選ぶ。
「殿下、それは……」
だが彼は遮る。
「問題はない」
即答だった。
そして、少しだけ笑う。
「私は、彼女と同じ物を食べた」
その表情を見て、私は理解する。
戦略ではない。
政治でもない。
ハニートラップでもない。
単なる好意を向けられる。
それがこの王太子には本当に嬉しかったのだ。
「”つがい”様にお会いするのが楽しみです」
「早く紹介したい」
「”つがい”様となれば、皆命を懸けてお守りします」
「・・・・うん、多分それは必要ない」
「必要ない?」
「むしろ、騎士達が負けないか心配だ」
「”つがい”様の話ですよね?」
クリストファーは意味深にほほ笑む。
「いずれ分かるさ、私も負けてはいられない」
そう心からほほ笑む王太子に、騎士団長は首を傾げるのだった。




