21
昼と夜の境目が曖昧になる時間帯。
王都の下町は、いつもより少しだけ柔らかい光に包まれていた。
石畳は夕日を吸い込み、金色と橙色が混ざったような色をしている。
通りを行き交う人々の声は、昼よりもゆるやかで、どこか安心感があった。
そんな中を、三人の影が歩いていた。
クリス、ダレン、サラの3人だ。
普段なら幸せそうな顔を崩さないクリス、
しかし、今、その顔は複雑な表情をしてる。
時は少し遡る。
「ダレンって本当にカツレツ好きね」
「まあ、基本嫌いな料理はないが、ここのカツレツは特別好きだな」
「クリスは?」
「え?」
「嫌いな料理とかあるの?」
暫く、言うか言わないか迷う沈黙がある。
「何?」
重ねて聞かれて、クリスはしぶしぶと言った風に言った。
おそらく弱みを見せるのに慣れていないのだろう。
「ベルジャミン料理・・・」
「ベルジャミン料理?」
苦しそうな表情で続ける。
「あの独特な香辛料は苦手で、でもどうしても食べないといけない時があって、
無理矢理食べて、更に苦手になった」
「そうなのね」
サラは少し考える。
「他に好き嫌いはないのね?」
「ああ、甘い物辛いのも大丈夫だ」
「じゃあ今日は、ベルジャミン料理の店に行きましょう!」
「「え?」」
二人の声が重なり、
クリスの声は絶望に近い。
「私、食べ歩きが趣味で、お勧めの店があるの」
「でも・・・・」
言い淀むクリスに。
「決まりね」
と笑顔で告げる。
惚れた弱みか、クリスはサラには弱い。
結局、ベルジャミン料理の店に行くことになったのだった。
外見からしても、異国情緒あふれる外観。
看板には異国風の文字と、簡単な絵。
なんとも言えない香辛料の香が、店の外まで漂っている。
木製のテーブルが並び、壁には見たことのない模様の布がかかっている。
店中に所狭しと小物が置かれ、更に雰囲気を盛り上げる。
伝統音楽だろうか、普段聞くことのない楽器の音楽が流れていた。
「いらっしゃい!」
店主らしき男が明るく声を上げる。
サラは自然に視線を巡らせる。
ルーナ神聖国ではまずない店だ。
ダレンが席に座る。
「アルコール頼む?」
サラは気軽に聞くが、
「俺は水でいい」
とダレンが返す。
クリスもダレンもアルコールを口にした事がない、
一度聞いたが、エールやワインは好きなようだ、
なら、気軽に楽しんだらと思うが、頑としてそこは譲らなかった。
「……すごい雰囲気だな」
ダレンは店の内装に圧倒されているようだった。
店内の8割ぐらいの席が埋まっていてにぎやかだ。
サラはメニューを見ながら言う。
「じゃあ、クリスはコムタルム、私はこっちのセットね」
クリスは諦めたのか、無言で頷く。
「俺は・・・どうしよう・・・・・」
悩むダレンに、サラは告げる。
「前、お勧めを聞いた時、フォー・ボーがいいと聞いて、美味しかったわよ」
「どんな料理なんだ?」
ダレンが興味ぶかそうに聞く。
「麺料理で、牛肉の出汁、いろんなトッピングがあって、
初心者は店にお任せがいいかも」
「じゃあ、それで」
3人のメニューが決まってオーダーを済ます、
料理が来るまで、何気ない会話をするも、
クリスの表情は硬いままで、どこか決意を秘めた表情をしていた。
(食事一つでそんなに真剣になる事ないのに)
クリスのそんな表情を、サラは面白く見たのだった。
コムタルムが届く。
ライスという珍しい穀物の上に、香辛料で味付けされた肉が乗っている。
クリスはかなり覚悟を持って、口にした。
「おいしい・・・・?」
心底意外だったらしく、その目は驚きで見開かれている。
「でしょう?」
サラは自慢げだ。
「このライスという穀物が、香辛料を丁度調和してくれるのよ、
慣れると癖になるわよ」
「ライス?米とは違うのか?」
「似た穀物だけど・・・
米は水分が多くて、ライスはぱさぱさで縦長なのが特徴ね」
「へえ」
「ベルジャミン料理はこのライスの粉で作った麺が多いのだけど、
少しだけライスそのものの料理もあるの、
麺料理はスープが薄い事もあって、
香辛料の味が強いけど、ライスならそんなに感じないわ」
「たしかに」
そう言っていると、サラとダレンの料理も運ばれて来た。
ダレンは、
「うーん、最初はクセがあるが、慣れればうまいな」
と呟いていた。
しばらく食べ進め、サラが器を差し出す。
「どうぞ」
クリスは一瞬止まる。
「……それは」
「私のスープよ」
「それは分かるが」
「コムタルムにはこのスープも合うのよ、食べてみて」
何気なく差し出された器に胸がどきどきする。
(間接キスじゃないのか……)
サラの表情は変わらない、単にスープを薦めただけの表情だ。
私はこんなにも意識しているのに。
少し俯きがちになりながらも、サラの期待の視線を受けて、
スープを口に運ぶ。
「美味しいよ」
「でしょう?」
そのはじける笑顔に、まだ胸がどきどきする。
どこまで、自分に好きにさせる気なんだ?
自分の気持ちをかけらも気づいていないサラに、
胸が少し苦しくなった。
店を出る。
夕暮れはさらに深くなっていた。
空は赤から紫へと変わりつつある。
ダレンが伸びをする。
「いやー、今日は平和だったな」
その言葉に、クリスは小さく笑う。
「平和、か」
サラは少し前を歩いている。
風が彼女の髪を揺らす。
クリスはその背中を見る。
(彼女との距離はだいぶ縮められたと思うが、彼女はどうなのだろう)
あくまで、まだ友人だ、恋人でさえない事に寂しさを覚える。
彼女が優れた格闘術を身に付けているのはダレンがら聞いた、
父親が商人として成功していて、財力が大きく、
身代金目的で誘拐される恐れもあったので、
専門家を雇い、身に付けたという。
ドラグレシア竜大国の王都で一軒家を持ち、
更に同居人までいるとなると、ルーナ神聖国出身である事を考えれば、
相当な資産家なのだろう。
ならば、平民だとしても、そういったいわばプロを相手どる技術を、
身に付けていてもおかしくないと、ダレンと話し合った。
少しづつ彼女の事を知っていっている。
でも、もっと知りたい。
サラが振り返る。
「どうしたの?」
クリスは一瞬だけ言葉に詰まる。
だが、すぐに答える。
「いや……いい時間だったと思って」
サラは軽く頷く。
「よかった」
それだけ。
だが、その一言が妙に心に残る。
沈黙。
サラは気づかないまま歩いている。
クリスはその背中を見ながら思う。
(早く私だけの存在にしたい)
(”つがい”だと国中に宣言したい)
手をぎゅっと握りしめ、何とか感情を抑えていた。




