20(バルディス視点など)
ドラグレシア竜大国の王宮の朝。
いつもと同じく、侍従の一人が投書箱の書類を集めた。
大抵、大根が高くなって困っているや、
野良猫がゴミをあさって困っているなど、ささいな事だ。
そでも、民の声をきちんと拾う姿勢に、
侍従はこの国の懐の深さと余裕を感じていた。
今日はどんな内容だろうか。
先日は鶏の鳴く声で赤子が泣いて困るという内容で、
これはこれで、意外と解決が大変だったなと気楽に思う。
手にしたのは、茶色い大き目の封筒。
さして厚みもなく、何気なく開封する。
そして、その書類の文字を見て、目を見開いた。
「すぐにこの書類を宰相に!」
投書箱の内容は、大抵下級官吏か警備に渡される程度、
過去一度も宰相の元に渡った事などない。
その、なかった事が起きている。
内容はマグヌス・サン=クロワが盗賊と繋がり、
女性を売っている証拠だった。
しかも、どんなに調査しても分からなかった、
違法娼館のありかまで、きちんと調べてある。
裏の、しかもプロの仕事だ。
背筋に冷たい物が走る。
「なぜこんな物が・・・・」
投書箱などにあっていい物ではない、
国の国家機密にしなければいけない程の文章。
侍従の手は震えていた。
王宮という場所は、常に二つの顔を持っている。
ひとつは、民に見せる“秩序”
もうひとつは、誰にも見せない“処理”
バルディス・グランツは、
その“見せない側”にも属していた。
冢宰。
それは名目上、国家の行政を統括する役職だ。
だがそれだけではない、
国が壊れないように、壊れかけた部分を“静かに消す”
彼はそれを理解していた。
書類は静かに机の上に置かれていた。
封蝋のない茶色い大きな封筒。
司教マグヌス・サン=クロワによる、
盗賊組織の関与と娼館への人身売買。
王宮でいくら調査しても分からなかった情報、
裏のその裏の情報。
それが、投書箱に入っていた。
バルディスは目を閉じる。
そこに、
「失礼します」
と、一人の侍従が現れた。
どこか神経質そうでありながら、きりりとした顔をした壮年の侍従。
「マグヌス・サン=クロワ、教会の司教だ」
「はい」
「秘密裏に消せ」
侍従の表情は変わらない。
普段はどこででもいる侍従。
しかし、裏の仕事を請け負う頭でもある。
「遺体はどうしましょう」
「残した方がいい」
「はい」
「病死で構わない」
その一言で、すべてが決まる。
男は頷いた。
「では毒を利用します」
「マグヌスに病気はない、怪しまれないように、
数度に分けて、体調を崩したようにみせかけるのだ」
「承知しました」
男は静かに去った。
バルディスは窓の外を見る。
王都は平和だった。
馬車が走り、人々が笑う。
それは“結果”だ。
(それでいい)
彼はそう思う。
理想では国は守れない。
必要なのは、均衡だ。
―数日後―
報告はあまりにも静かに届いた。
「マグヌス・サン=クロワ、病により死亡」
書類にはそれだけが書かれていた。
王宮の記録としては“病死”。
だがバルディスは理解していた。
(成功したか)
彼はゆっくりとペンを置く。
同時に別の報告も届く。
リストに挙げられていた違法娼館全てが潰れ、
女性全員が解放されたという報告だ。
同時に、盗賊の資金もいくつか回収しておいた。
バルディスは書類をめくる。
彼は小さく息を吐く。
これは偶然の成果ではない。
“設計している”
その人物は、闇から浮かび上がるかのように、
存在を露わにした。
この手ではつかめない存在として、
いつでも姿をくらませる存在として・・・・
この自分さえ、その人物の手のひらの上で踊らされている。
この国の裏に、新たな力がいる。
しかも、我々の味方として。
ならそれで十分だ。
バルディスはぬるくなったコーヒーを啜った。




