18
ドラグレシア竜大国の昼は、いつも騒がしい。
石畳の通りを馬車が軽やかに走り、
屋台からは焼き立てのパンの香ばしい匂いが漂う。
遠くではトラムの車輪が規則正しい音を刻み、
人々の会話がその隙間を縫うように流れていく。
サラはその喧騒の中に立っていた。
白いエプロンを軽く直しながら、木製の扉に手をかける。
「いらっしゃいませ!」
扉が開いた瞬間、店内の空気がふわりと変わる。
香ばしい油の匂いが一気に広がる。
今日も店は混んでいた。
「サラ、テーブル3、追加でカツレツ!」
奥からマルタの声が飛ぶ。
「了解」
短く返事をして、サラは滑るように動く。
この店の看板料理は“カツレツ”だ。
薄く叩かれた豚肉に細かいパン粉をまとわせ、黄金色になるまで揚げる。
それを特製のソースとともに出す。
シンプルだが、なぜかやみつきになる。
ルーナ神聖国では考えられない調理法だった。
「サラ、これ運んで!」
「はい」
軽やかに皿を持ち上げた。
サラの仕事が終わるちょっと前、店の扉が再び開いた。
入ってきた二人の男を見て、サラの手がほんのわずか止まる。
(……あの二人)
一人は、黒髪に青い瞳。
もう一人は赤髪に緑の瞳。
見慣れた顔。
クリスとダレンだった。
ダレンが軽く手を振る。
「よぉ、忙しそうだな」
「いらっしゃいませ!」
サラはいつものように笑顔で応える。
クリスは一瞬だけ目を細め、サラを見た。
「今日もカツレツで」
ダレンが席についてそうそうに注文する。
いつも何がいいか聞いて、いろんなメニューを試すクリスとは違い、
ダレンはカツレツ以外を注文した事がない。
仕事が終わった後、3人でパフェを食べる事になった。
ダレンの紹介する店はいつもハズレがない、
決して高級店ばかりではなく、
600年前から続いている店などもあるが、
どの店も美味しく、サラを楽しませてくれる。
サラはこの2人と出かける事を、
今では当然のように思い、心待ちにしていた。
今日、テーブルに届いたパフェも、
色鮮やかなフルーツがふんだんに使われ、
何層にも重ねられたアイスが美味しそうだ。
「この前の盗賊の事だけど、何か分かったの?」
サラが不思議そうに聞く。
いきなり昼間から暴れていたのだ、何かあってもおかしくない。
「その後調査が入って」
ダレンが顔を顰めて言う。
「盗賊が女性攫い、違法な娼館を作り、そこで売っているそうだ」
「え?」
サラは驚いた顔をする。
クリスが続ける。
「可能性が高い。だが証拠がない」
「証拠がない?」
違法な娼館を作れば、すぐ分かりそうな物だが・・・
「書類を偽造している、権力者の協力があるな」
難しい顔をするダレンを見る。
「昼間暴れていたのも、そのバックのせいだろう」
「貴族とか?」
「いや、厄介な事に、教会が絡んでる可能性が高い」
その瞬間、サラの肩がわずかに動いた。
教会。
ルーナ神聖国は教会の総本山だ。
大陸中の信仰を集める教会は、歴史も古く、格式も高い。
それを利用するなんて・・・とても許せる事ではなかった。
「とにかく頭がいい人物のようだ、
盗賊と繋がっているのが誰か、まったく分からない」
「あくまで推測だからな」
クリスの声は静かだった。
だが、その静けさの中に怒りがある。
サラは息を殺していた。
(教会が……娼館に関与……?)
ルーナ神聖国で学んだ教義が、脳裏に浮かぶ。
もしそれが本当なら――
(見過ごす事はできない)
サラの中で、何かが音を立てた。
パフェを食べて、クリスとダレンと別れ、
図書館にも寄らず、すぐに家に向かった。
同居人のミレナはすでに夕飯の準備をしていた。
青い髪をまとめ、テキパキと動いている。
「サラ、今日は図書館行かなかったの?」
「命令よ」
その一言で、ミレナの手が止まる。
「調査してほしいことがあるの」
サラの声は静かだった。
しかし、その言葉には重さがある。
人に命令をし慣れた者だけが持つ、絶対的な声。
ミレナは少しだけ目を細めた。
「何を調査致しますか?」
「娼館と盗賊。それと……教会」
サラはダレンとクリスとの話をする。
「かしこまりました」
ミレナはその場にに膝をついて、正式な礼を取る。
ミレナの仕事は料理と掃除。
確かに普段はそれだけだ。
護衛すらしない、そんな必要はないからだ。
ただ、普段決して見せない顔がある。
隠密。
これがミレナが、サラの侍女として選ばれた理由だった。
数日後。
ミレナは淡々と報告を持ち帰った。
「繋がっておりました」
短い言葉だった。
だが、それだけで十分だった。
テーブルの上に置かれた書類。
盗賊組織の資金流入、非合法の娼館が書かれている。
そして、ひとつの名前。
マグヌス・サン=クロワ。
全ての元凶。
リュートという下働きが証拠を見ているが、
下働きが証拠を持ちだすのは命がけの為、
信頼されていない我々では対応不可。
サラはその文字を見つめる。
だが同時に理解する。
あくまで情報だけだ、“証拠”とはならない。
サラが言う。
「これだけじゃ足りないわね」
「申し訳ございません」
「ここはルーナ神聖国ではないわ、仕方ない事よ」
ミレナは優秀だ、ミレナで不可能なら、他の誰でも不可能という事だ。
だが、その瞳は冷えている。
教会が悪事を働いた事が公になると、民の信仰心が薄れる。
それに、ドラグレシア竜大国の権威にも関わり、
裏で処理する必要がある案件だ。
(ルーナ神聖国でも同じだった)
“正しさ”だけでは動かない世界。
必要なのは証拠。
そして力。
サラはゆっくりと息を吐く。
「……手が出せないわね」
ミレナは少しだけ視線を上げる。
「いかがなされますか?」
サラはすぐには答えなかった。
窓の外を見る。
空は青い。
あまりにも、平和に見える。
サラは静かに言った。
「確実な証拠を手に入れましょう」
ミレナはわずかに目を細める。
「どうやってですか?」
サラは怪しくほほ笑んだ。




