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次期竜王のつがい  作者: あいら


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17/34

17(ジェニファー視点)

もう一冊、サラの手元にある本に視線を向ける。


『存在と秩序論』


ジェニファーは声に出さずにタイトルを読み取った。


有名な古典哲学書で、貴族の間で教養の一部とされる本だ。

平民が読むような、一般的な読み物ではない。


しかも、サラの持つ本は原典に近い古典語で書かれている。


ジェニファー自身、現代語訳された本で読んでいて、

古典語は有名な箇所しか読めない。


内容も学者の見識を知っていればいいとされる程度、

公爵令嬢としてすら、それで十分とされている難解な本だ。


それを、平民が普通に机に置いている。


「その本は?」


サラが顔を上げる。


金の瞳。


その視線には、怯えも誇張もない。


「ああ、この本は図書館の本ではなく、私の本なの」


「サラさんの?」


「ええ」


「この国は本が身近に手に入って素晴らしいわ」


そう笑顔を輝かせるサラに返す言葉がなかった。

貴族なら自宅の館に、図書室を持つのは当然の事。

本を手にするのに苦労する事はない。


サラは平民だが、本ぐらい簡単に手に入れられるのでは?


私はサラがなぜここまで、本を手にして喜んでいるのか理解できなかった。


「確か一説に『秩序とは外界から付与されるものではなく、

 存在そのものが内包する構造である』という文面があったわね」


すると、サラは本を手に取って、ページを捲る。


「ここね」


指示された文字を読む、確かに合っている。

サラが古典語を完全に理解している事に愕然となった。


「ごめんなさい、私、現代語訳で読んだの」


説明を聞き出す為に、あえて読めない振りをする。


「ああ、ごめんなさい」


サラは続ける。


「解釈がよく分からなくて・・・・」


「認識の仕方の話になるわ」


ジェニファーの呼吸が一瞬止まる。


「……どういうことですの?」


「同じ出来事でも、どう理解するかで意味が変わるってこと」


それは学者の見識よりずっと分かりやすい言葉だった。

恐らく、私のレベルに合わせてくれたのだろうと思う。


「だから秩序は外じゃなくて内にある」


何も言えない私に、少し困った顔でこう言ってくれた。


「古典って、言い回しがややこしい所があるから・・・」


自分に気を使ってくれたのだと知って、複雑な気持ちになる。


サラが完全に古典哲学を理解してる事。


知識を受け取るだけでなく、自分の中で組み直している。


それは教育の成果ではない。


思考の性質そのものといっていいだろう。


ジェニファーの指先がわずかに冷える。


幼い頃から積み上げてきた知識。


礼儀。政治。学問。


それらはすべて“積み上げ型”だった。


一段ずつ、正しい順序で上がる構造。


だが目の前の少女は違う。


階段を登っていない。


最初から“上にいる”ような思考をしている。


そして、その為の努力がどれほどかは、

今まで血を滲むような努力を積み重ねた自分が一番分かっている。


胸の奥にあった感情が、変わっていく。


もう嫉妬の感情はない。


完全なる敗北。


しかし、それは心地よい敗北だった。


自分が竜妃を目指していなければ、

サラの持つ資料、知識に感銘を受ける事はなかっただろう。


竜妃を目指したからこそ、その差が分かる。

その凄さを実感できる。


この方に竜妃になって頂きたい。


心からそう思った。







その夜。


フェルディナ公爵邸。


ジェニファーは書斎に立っていた。


父は書類を見ながら言う。


「何の用だ」


「婚約の件です、隣国大公家の三男との婚約を受けます」


父の手が止まる。


「理由は?」


父が驚いた顔をする。


次期竜妃を目指して、それ以外の道を閉ざしていたのは私自身だったからだ。


「私は、次期竜王のつがいには選ばれません」


「本当にいいのか?」


「サラ様にお会いしました、

 そして、確信しました、サラ様こそが”つがい”であると」


その一言で父の目がわずかに細くなる。


「平民だと聞いたが」


「はい」


否定しない。


逃げない。


誇りのまま認める。


「私は彼女に勝てません」


静かに続ける。


「少なくとも“同じ土俵”では」


沈黙。


「だから立ち位置を変えます」


ジェニファーははっきりと言った。


「競争者ではなく、支援者に」


父の眉が動く。


「支援?」


「はい」


「彼女は政治経験もなく、貴族社会の構造も知らないでしょう、

 竜妃になる為の教育も受けていません、

 このままでは、いずれ苦労する事が見えています」


書斎が静まる。


ジェニファーは続ける。


「だから私は後ろ盾になります、

 婚姻で外部権力を持ち、政治的にサラ様を守る、

 同時に、貴族社会の圧力を緩和致します」


父は複雑な顔で言った。


「……惜しくはないのか?あれ程の努力をしたのだろう」


「サラ様の努力は私以上でした」


その言葉に、公爵は黙った。


そして、ゆっくりと話す。


「フェルディナ家はサラ様を、次期竜王の”つがい”と認め、

 後ろ盾となる、それでよいな」


「お父様」


自分だけがサラ様の味方になるつもりだったのに、

公爵である父までが味方になってくれる、

自分の意思を最大限尊重してくれる父に、感謝の念しかなかった。


「ありがとうございます」


ジェニファーは父に深く礼をした。







書斎を出た後。


夜風が頬を撫でる。


ジェニファーは空を見上げる。


(私は負けた)


だがそれは終わりではない。


「支える側として」


小さく呟く。


それは敗北ではなく、選択だった。


そしてその選択こそが――


彼女の誇りだった。

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